第一部 最終話 救援
都内、外資系チェーンの喫茶店に遠藤はいた。
学校は休んだ。
本当はデモにも参加したかったがそれよりも優先するものがあった。
「山岡さん。ほんとうに道彦を助けてくれるんですね……日本政府は道彦を助けてくれるんですね」
オールバックに眼鏡の中年男性、山岡と名乗った男は遠藤の目を見て言った。
「もちろんだ……と言いたいところだだけど、残念ながら僕らは政府でも少数派だ」
「……どうしてですか?」
「外務省が反対してる。隣国と戦争になるのが恐ろしいんだ。彼らは鈴木くんの死を待っている。韓国軍が高校生を殺したというカードを欲しがってるんだ。それであらゆる交渉が有利になると思ってる。バカだね。彼らが約束や常識をわきまえているはずがないのに」
「そんな……ひどい」
「もちろん彼らも一枚岩じゃない。そんなカードに意味がないことをわかっている人たちは彼を救出することにした。それが僕らだ」
「……あなたは法務省の人だって言ってましたよね」
「広く解釈すればね」
「公安ですか?」
「今は違うよ。つい2時間前からトルコの通信社の社員になった」
「……それって」
スパイ映画の世界である。
「遠藤くんは、パコ大統領が拘束されたのを知ってるね?」
「ええ。なんでも韓国に帰ってきてないとか」
「これはまだ誰にも言わないで欲しいんだけど、つい一時間前、異世界の国家……王国らしいんだけど、その首都が陥落した」
「そ、それって!」
「国王は死亡。今夜あたりに王国の韓国への編入を宣言すると言われている」
「なぜそんなに急ぐんですか?」
「現在調査中だ……でも鈴木くんのせいかもしれない」
「生放送を辞めさせたいんですね」
「遠藤くんは道彦くんのスマホが未だにインターネットに繋がっていることをおかしいと思わなかった?」
「そ、それは……電波を切ったら非を認めるようなものだから……」
「そうだね。自分から切るのは嫌だったんだ。韓国では自分の非を認めるのは奴隷になるのと同じ意味だからね。韓国は現場の兵士による犯罪で鈴木くんには感謝しているし救助に手を貸すという苦しい言い訳をしてたしね。まったく面の皮が厚いやつらだ。だからこそ今までは自由にさせていた。兵士から奪った充電池やモバイルバッテリーが切れるまではね。それも一両日中には全てなくなる計算だ。……つまり」
「電池が切れたら殺すつもりなんですね」
「そうだね。韓国では証言が物証より優先される。だからこそ彼らは鈴木くんを殺して口をふさぐつもりだ。……僕らは鈴木くんをたいへん評価している。まさか高校生が一国の軍隊に情報戦を挑むなんてね。CIAが分析官として欲しがってるよ……それでね……」
山岡は遠藤にパスケースとパスポートを差し出した。
「君の身分証とパスポートだ。うちの部門はね、いまプロデューサーが足りないんだ。世界中のメディアを動かすようなプロデューサーがね。遠藤くんのようなね。どうだろう? インターンとして我が社で働いてみないかな? 契約は10日。場所は異世界。学校には短期留学として認めさせた。報酬は……ってあの動画の再生回数だったら雀の涙だね」
「山岡さん……」
「チームは元CIAに元公安に元自衛隊に……なあに戦闘は任せてくれ。君の仕事は中継を盛り上げることだ」
「……山岡さん」
遠藤の目に涙が浮かんだ。
日本人を見捨てない。そんな矜持がまだこの国には残っていた。それが何よりも嬉しかった。
だが誇りを持った男がいれば、どうしようもない腐れ外道もいる。
「えんどうくーん♪ 学校サボってなにやってるのー?」
それは赤日の腕章をつけた男たちだった。
禁煙席で堂々とタバコを吹かし、テレビカメラを遠藤たちに向けていた。
「……誰ですか」
「いまネトウヨの遠藤くんが学校をサボって喫茶店で中年サラリーマンと話してます。援助交際でしょうかね?」
おじさんと少年が話しているのを見て即座にそういう発想が浮かぶと言うことは、おそらく男子高校生を買った経験があるのだろう。
取材クルーの下卑た顔は醜く歪んでいた。
「えんどうくーん。君のせいで何十万人っていう日本にいる韓国人が困ってるんだよ。意見を言ってくれないかなあ?」
「君、やめないか!」
山岡が取材クルーを軽く突き飛ばす。
「ぼ、暴力だあああああああああああ!」
取材クルーは興奮すると山岡を撮影する。
「援交野郎を撮影してまーす♪」
「とにかく撮影は禁止だ!」
山岡がカメラを奪おうと掴みかかる。
その時だった。
乾いた破裂音がした。
カメラマンの頭に穴が空いた。いや頭蓋骨が破裂した。
脳漿と脳みそを吹き出してカメラマンがどさりと倒れる。
「くそ外した!」
金のネックレスをつけた男が銃を構えていた。
とっさに山岡は遠藤を抱きかかえ床に押し倒す。
銃撃の音が何発も響いたが銃弾は虚しく空を切り、ガラスを粉々にした。
押し倒された遠藤はとっさに赤日の取材クルーのカメラをひったくり、男に向けた。
「遠藤くん!」
「オラァッ! 殺るなら殺してみやがれ! こっちはテメエのツラ晒してやんよ!」
男が遠藤に銃を向けた。
山岡はその隙にテーブルの上のコップを掴み投げつける。
コップとその中身の水があたり男が怯む。
その隙を狙ったかのように周辺の席でコーヒーを飲んでいたサラリーマンが男に襲いかかった。
「確保ー!!!」
押し倒されもみくちゃにされ男は手錠をかけられる。
「くそ! まさか本当に襲ってくるとは! 誰かが漏らしやがった!」
山岡が床を叩くと遠藤の方を向いた。
「君も狙われている。今すぐ行くよ。親御さんにも警備をつけてるから安心してくれ」
◇
道彦たちは森に隠れていた。
あれから韓国軍との戦闘はない。
その代わりに傷ついた村人や子どもたちがこの世界から旅立つたびにそれを報道していた。
だがもう限界だった。
韓国軍の兵士から奪った携帯のバッテリーもあとわずか、食料も少ない。
かと言って遠藤のクラウドファンディングがこちらに届くわけもない。
それに遠藤は数日前から連絡がつかなかった。
道彦はすべてが悪い方に向かっているような気がした。
道彦は首を振った。
だめだ。ネガティブなことばかり考えている。今できることをしなくては。
「傷口を見て見たいと思います」
道彦は呑気を装って実況中継をはじめた。
声が震えている。
顔はまだ青白い。
全身は重く、肩はまるで無くなったかのように感覚はなく、そのくせ熱を持っていた。
たぶん全身が発熱しているだろう。頭もくらくらした。
なんとか気力で実況を続けていた。
>グロ中尉
道彦は書き込みにクスリと笑った。
笑うと肩から締め付けるような痛みが走ったが少し元気が出た。
包帯代わりにした布を取り外す。
湿った組織が包帯にくっついた。
電車内にホームレスが乗ってきたようななんとも言えない強烈なニオイがする。
そう言えば傷口こそお湯で洗浄したがこの世界に来てから風呂に入っていない。
汗と皮脂で変な髪型になっていた。
怖くて痛くてくさい。
それが戦場というものなのだろう。
傷口を見ようとしたが自分の肩なのでスマホで撮影する。
>ちょっ!
凄まじい勢いで書き込みがされていく。
>蛆!
>腐ってる!
>蛆がわいてる!
意識が飛びかけた。
どおりで傷口がかゆいとは思っていた。
「あ、ああああ、あう。あうあ……」
>落ち着け
>落ち着いて
「どどどどど、どうすればいいですか?」
>落ち着いて。たしかウジ虫って治療で使うよね?
>マゴット治療は無菌状態で育てたウジ。野生のは感染症の原因になるよ。
>そうとも限らない。南北戦争やWW1でも天然物でよくなった例がある。
コメント欄では議論が始まる。
道彦は青白い顔をさらに青くしながら「死ぬかも」と思った。
恐怖でガチガチと上下の奥歯がぶつかった。
「フィーナ。診てあげて」
アリアが指示を出した。
フィーナは傷口を診る。
「大丈夫そうですね。腐った肉をウジが食べてくれました。腫れも引いてます。ウジを洗い流せば回復するでしょう」
この世界では普通のことらしい。
家に帰りたい。
道彦は本気で思った。
そんな道彦の耳にカラカラカラという音が聞こえてきた。
何かが草むらをかき分け迫って来る。
明らかに人工の物体が発する音だ。道彦はそれが何かわかっていた。
無人機だ。
「隠れろ!」
偵察用かもしれない。
道彦は焦った。
爆弾を仕掛けられているかもしれない。
銃を撃てるようにしてあるかもしれない。
カメラで位置を割り出そうとしているかもしれない。
道彦たちはすぐに草むらに隠れた。
(道彦はまだ充分に動けないためアリアが肩を貸している)
その物体はキャタピラをつけた砲台のない戦車だった。
無人機のてっぺんには箱がくくりつけられている。
無人機にくくりつけられた箱が地面に落ちた。
すると無人機はカラカラと音を立ててどこかに行ってしまった。
道彦はカメラを向け箱の側へ近づいた。
「い、今、無人機が物資を運んできました……」
そう言いながら箱を棒でつつく。
何も起こらない。
「道彦様、ご無理をなさらないでくだされ。私が開けます」
村人の男性が道彦に声をかけた。
「い、いえ……」
「なに恐れることはありません。ただの箱です」
外装を破ると箱は普通の段ボールの箱だった。
男性はナイフを出し箱を開ける。
中には水、食料、薬が入っている。
それを道彦は撮影する。
「それでは村長と物資を配る相談をしますので一度休憩します」
道彦は水を取り出すと物資の下に封筒が入っているのを発見した。
「撮影しないで」と書かれている。
「これは……なんだろう?」
アリアが封筒から手紙を出し道彦に渡す。
そこには驚きの情報が掲載されていた。
鈴木道彦くん
私は山岡厚志と言います
元法務省の職員です
SNS経由だと情報が筒抜けになるのでお手紙で失礼いたします
いま韓国の鈴木くんを助けるために派遣されたチームと一緒に異世界にやって来ています
水と食料、薬、それに撮影機器やパソコンも用意してます
もしよろしければ同封の地図の場所にご来訪ください
一緒に日本へ帰りましょう!
追伸、遠藤くんも異世界に来ています
救助が来た。
それを認識した瞬間、道彦の頬を涙が濡らした。
道彦は顔をくしゃくしゃにしていた。
日本に帰れる。
その思いで胸がいっぱいになった。
これで前半戦終了です。
これで無事に帰れるかというと……悪役がとんでもないことをします。
さて今回物語の都合上、遠藤が異世界に行くことになりました。
実際なら未成年をリクルートするのはまずないでしょう。
するのは北海道大学の学生をリクルートしようとしたイスラム国くらいのものですね。
あくまで物語の都合です。
後半は道彦の逆襲編です。
これまでの陰鬱な展開を吹き飛ばすようにリアル寄りではなくラノベ寄りの展開になります。
リアルじゃないって怒らないでね。
エンディングは三つです。
お返事コーナー!
>警察の扱い
警察屋さんは扱いが難しいんですよねえ。
好きな人は好きだし嫌いな人は嫌いですねえ。
過去の例からすると事件が取り返しのつかないことになってから逮捕っていうパターンの方が現実寄りかなあと思います。
ですが栃木県中国人研修生死亡事件で警官が刑事で無罪、民事でも差し戻し控訴審で遺族側が負けましたので、射殺自体はないとは言えないと思います。
警察小説では各都道府県警によって、こういう気質はかなり違うって書いてありますね。
>拡散
どうぞどうぞ!
>宜保愛子さん
韓国に降りたくないって言ったのは有名らしいですね。
しかもそのあと胃がんで具合が悪いのに撮影に連れ回されて死んでしまったそうで……
メディアはどんだけ鬼畜なんだよと思います。




