嫌い嫌いも
あの飄々とした笑顔が嫌い。
見透かしたように喋るのが嫌い。
土足で人の内側に入るような態度が嫌い。
反吐が出そう、と口が動きそうになったけれど、キュッと結んで言葉を飲み込んだ。
飲み込んだ言葉は胃の辺りに、ボチャンッ、と落ちて嫌悪感を広げる。
そんな私の気持ちを察しているはずなのに、目の前の男はいつもと変わらない飄々とした、私の嫌いな笑顔を浮かべていた。
何を考えているのか分からないところも、嫌い。
「ははっ、怖ぇ顔」
こういう失礼なことを普通に言う口も嫌い。
嫌いと言うか縫いつけてやりたい。
胃の辺りで広がっている嫌悪感を隠すこともなく、私は顔を歪めて目の前の相手を睨む。
そもそもそこはお前の席じゃないだろう。
読み掛けの本は開いたまま、そこから進むことはなくて机の端に置いてあるお菓子は、彼の胃の中に次から次へと吸い込まれていく。
「これ、美味いな。新作?」
「そーね」
基本的に学校に持ち込むお菓子は、うちの家で作られているものだ。
ケーキ屋なんて女の子らしい家に生まれたけれど、まともにお菓子作りをしないままに育った私は、三つ上の兄よりも女子力というものが低い。
「いつ、店に並ぶの?」
「さぁ」
彼がいるせいで全く読書が進まない。
ずっと同じページの同じ行を見つめ続けるせいで、読み終わる気配が一向にしないのだ。
イライラし始めて自然と溜息が漏れると、彼が「幸せ、逃げるぞ」なんて言って地雷を踏みに来る。
誰のせいだ、と叫び出したくなるのを押さえて、お菓子へと手を伸ばす。
今回の新作は果物を使った焼き菓子だけれど、これは兄が作ったもので、これまた女子力の高い可愛らしいラッピングをしていた。
だがしかし私が触れたのは焼き菓子ではなく、ラッピングの部分で、カサッ、と音を出す。
「アンタ……全部食べたの?」
信じられない、と思い切り顔に出して聞けば、目の前の彼は「え?」と首を傾げて、お菓子の入っていたラッピングを見た。
それから沈黙。
「ご馳走様」
テヘペロ、とでも言うように言った彼に対して、殺意にも似た何かが湧き上がる。
誰が全部食べていいって言ったんだよ。
そういう意味を込めて睨んでも、彼はヘラヘラと笑っていて全く堪えていない。
これしか持って来てないのに。
グシャッ、と音を立ててその可愛らしいラッピングを握り潰して、席から立ち上がる。
彼は座ったまま私を見上げた。
「でも俺、お前が作ったの食いてぇな」
真意の見えない目を隠すように細めて笑う。
その笑顔も嫌い。
本心が分からないのが一番嫌い。
グッ、と奥歯を噛み締めてゴミを捨てるために床を蹴った。
じんわりと後頭部が熱くなる。
熱が頭や顔の方に回るのが分かって、嫌いだっ、と吐き捨てておいた。