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田舎の自由人

 二十歳の誕生日は、昔馴染みのロクスケと二人っきりで過ごした。とてもとても、しめやかに営まれた誕生日会だったが次の日になってサブロウとヒコセも一緒になって祝ってくれた。昔馴染みとはいっても高校で知り合って、俺が退学してからも付き合いを続けてくれている気の良い連中ばかどもである。

 実に下らない馬鹿話をしつつ、さて面白いんだか面白くないんだかさっぱり分からない戯言を並べて大笑い、まったく何が楽しいんだかわからないが酒の力はおもしろいものだ。


 それから二年ばかり過ぎた訳だが、相も変わらず俺は一人っきりで、ぶらぶらしている。

 身体を鍛えるのは嫌いじゃない。頼れるのは己の体だけなのだ。もしかしたら、俺の身辺を探って良からぬ事を考える奴らがいるかも解らないし、面倒な事に巻き込まれる可能性もある。

 ロクスケの実家は古書店だが、店舗はシャッター街にあり、近所は飲み屋や酒屋、八百屋に魚屋、生花店やらが軒を連ねている。そこの貸しビルの一角に俺は部屋を一つ、ロクスケの親父の好意で借りている。

 俺自身はボロアパート暮らしだが、このビルの一室はいわば隠れ家のような物だ。つりさげたサンドバッグに拳を叩きこむ。この瞬間が心地よい。ここには風呂もシャワーもトイレもあるし、今日の様な暑い夏の日でも冷房が効いている。ビルと言っても三階建てでエレベーターはついていない。なかなか古い建物でもある。そしてここには、俺の「事務所オフィス」もあるというわけだ。

 田舎町らしく、平和な毎日が営まれていると言う訳だ。誰に迷惑をかけるでもなく、人知れずこっそりと生活を続ける。

 この町は、ロクスケが生まれ育った町である。ちなみに高校には寮があり、俺は短い間だったがそこに暮らしていた。

 ロクスケたちは上京してきてその寮に入ったクチだ。田舎者同士で意気投合したわけである。俺はと言うと、最初の頃は自分の生れた家の事は話したくなかったから伏せていたわけである。

 今は連中にも俺の素性は知れているが、俺の生き方についてとやかく言ったりはしないのがあいつらの良い所だ。ロクスケにいたっては、あいつ自身はまだ東京で暮らしているというのに、実家の親父さんに働きかけて、そのはからいで俺にビルの一室を貸す位だ。筋金入りのお人好しと言ってもよい。大した酔興である。

 しかし俺はそのお陰でかなり優雅な暮らしをする事が出来ている。

 世の中の連中は俺の様な放蕩のらを、世の中を舐め腐ったろくでなしと見る事だろう。実際にその通りだ。学校を辞めたあとの数年間は特に。

 しかしこの町の人たちは、東京からやってきたろくでなしの俺を白い目で見る様な事もせず、温かく迎え入れてくれたわけである。ビルの一室もそうだが、アパートの家賃だって有って無いような物だ。俺はこの町での生活をそれなりに楽しんでいる。

 だから、今後何があったとしても、ああ、この生活を脅かす様な余計な事はして欲しくないのだ。

 なぜ身体を鍛えるのか。一体何と戦う積りなのか。そんな事はどうだっていい。でも俺にも守れる者があるんだって事を示したいし、何より自分自身の生活を守らなくてはならない。


 ビルでのトレーニングを終えた俺は一息つくために、馴染みの喫茶店に行くことにした。

「けーちゃーん、いらっしゃーい。あついねー!」

 商店街から少し離れた所にある喫茶店、こづかの茶房に赴くと、テラス席のテーブルを拭いていた少女が元気に挨拶してくれる。俺はそれに笑顔で応える。

「おう、あっちーなー。今日もしっかりお手伝いか、偉いな」

「だって、することないんだもーん」

「そうなのか? 宿題はどうした?」

「そんなの、終わっちゃったよー。けーちゃんあたしのこと甘くみてるでしょー?」

「まーじかよ。夏休み始まって一週間もたってないのに? すげーな、こはる」

「けーちゃんは、あたしがべんきょうできるの知らないんだー? 得意なんだよー、体育いがいはね」

「そうだな、もう四年生になるのにまだ逆上がりできないしな」

「ぶー、いじわる言う人にはサービスしてあげないんだよー?」

「おっと、そいつはすまねえ。なんだ、宿題手伝ってやろうかと思ってたのに」

「ほんと? えっとね、まだ自由研究が残ってるんだ。それでね、きいてけーちゃん!」

「うん、聞いてる聞いてる」

「あたしね、自由研究のてーまは、お店の新しいメニューを作る事にしようと思うの」

「へえ、喫茶ここの新メニュー。そいつはいいじゃないか」

「えへへー、そしたら、自由研究も、りっぱなお店の宣伝になるよね」

「……なるほど。やっぱりえらいなこはる」

 さて、この可愛らしいツインテールの少女は、今年小学四年生になった狐塚野こづかのこはる、言うまでも無くこの喫茶店こづかの茶房の娘さんである。夏休みだと言うのに店のお手伝いをしているしっかり者だ。

「おう京葉けいよう、そんなとこ突っ立ってどうしたのー? 入ってくればいいのに」

「ちはっす。こはると話してたんすよ秋朱音あかねさん。新メニュー作るんだって?」

「あっははは、そうなんだよねぇ、張り切っちゃってさ。まだ夏休み始まったばっかりだって言うのに、ほんとにね」

「ああ、……まあ、俺も夏休みの宿題は早めに終わらせてましたからねぇ。気持ちは解るかなと」

「うっそ、全然そんな風に見えないよ、絶対最終日に泣きながらやってそうなイメージ。女の子の前だからってかっこつけてうそついちゃだめだぞー?」

「いや、そんなしょーもないうそついてどうするんすか。とりあえずカフェオレ用意してくれますか?」

「お、かしこまりましたー。こはる、けーちゃんのカフェオレ作るよー」

「うん、けーちゃんのカフェオレつくるー」

「それじゃ、適当なとこ座っててよ、すぐ持ってくから」

「うっす」

 狐塚野秋朱音さんはこはるの叔母さん……ではあるが、まだおばさんなんて年齢じゃないので迂闊な事は言えない。俺より三つ上と言うだけで、年が近いので親近感がある。さすが田舎だけあって、あまり年の近い人がいないのである。それも年下の方が圧倒的に多く、頼れる姐さんな秋朱音さんには世話になっている。店に立っているのは主に秋朱音さんで、親父さん夫婦は普段は店に出てこない。そして店自体、特に忙しくも無いので殆ど秋朱音さんの店と言ってもよい状態である。こはるの御両親は現在、隣り町で働いているのだが、今夏は海外出張らしい。こはるは店の手伝いをしたいからと言って一人残っている。じいちゃんばあちゃんも、優しいお姉ちゃんもいるから大丈夫なのだろう。

「けーちゃん、カフェオレできたー」

「うい、ありがとさん。――いや、まったく生き返るね、この店は俺のオアシスだよ」

「けーちゃん、おおげさー」

「大袈裟って事はないぞ、今日みたいな日は俺ものんびり過ごせるんだ。こう言う時はここで一杯、くつろぐのが一番なのさ」

「ふーん。それじゃ、あたし遊びに行ってくるね」

「おう、いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、自転車乗るの、ちゃんと気をつけなさいよ」

「わかってるもーん。いってきまーす」

 元気な娘さんである。まあ子供はみんな元気なもんだ。俺だってまだ若いんだから、頑張らなければ。

「ところで京葉、咲矢間神社の夏祭りとか手伝いに行くの?」

「んー、そっすね。まあ手伝ったり手伝わなかったりって感じっす」

「なに、どっちなの?」

「あー、そら裏方に駆り出されるだけですから、設営と、終わってから撤去、だから特別何かやる事があるわけでもない感じですかね。まあ適当に例年通り盆踊りでもしますわ」

「そうか。じゃー予定空いてる感じなのかねー。もしよければ、私と過ごさないかね京葉くん?」

「別に構いませんけど。これデートの誘いっすか?」

「ふふーん、そうとも言う。まあ、けっこう休みの日には付き合って貰っているから今さらと言う感じもするけれど、咲矢間も存外でかい町だからねぇ、祭りの夜の楽しみを教えてやろうかなと」

「気が早いっすね……祭りは来月ですよ」

「いやー、先約がいたらこまるからねー」

「いやいや、いるわけねっす……」

 この町は、田舎町とは言っても、ちょっと大きな咲矢間市内に位置している。東の端っこの山の麓のこの地区は、本当に田舎の風情が漂っている。中心地に駅やビル街のある同市内とはとても思えない閑静な土地である。

 市内の他の地区には、高級住宅地として名高い一等地などがあり、小学校も第一小学校から第六小学校まである。中学校も第一から第三まであり、幾つかは小学校と並んで立てられている。それなりに大きな市である。

 ちなみにこはるが通っているのは第二小学校、俺が時たま用務員だったり警備員だったりで世話になっている職場の一つでもある。小学校の校庭に畑があったり裏山があったりするんだから、本当に田舎の学校である。

 俺も最初は、咲矢間の中心地でバイトをしていたのだが、ロクスケに絆されてこっちの方のアパートに移住して、よくわからないまま「よろずや」などという看板を背負わされてしまっている。これがなかなか面白い生活なのである。この仕事のお陰で、町の人々とも親しくなれたし、まあ有りがたい事である。そもそも「よろずや」の看板を最初に立てたのはロクスケである。中学を出るまで、あいつはこの地元でその通り何でも屋をしていたのだ。始めたのは小学校の時から、らしい。それについては出会った時から、地元の話やらを聞かされたりして知ってはいたのだが、まさか自分がその看板を担ぐことになるとは。

 つまり俺はその看板を受け継いだ二代目といったところでもある。

 なんとも自由な生活である。今日はのんびりした休日なのだ。こんな生活が待っていようとは、夢にも思わなかったに違いない。今でもたまに夢なんじゃないかと思う時がある。そんなセンチメントは願い下げた。俺は確かに俺の現実を生きている。俺の人生だ。

 そんな休日でも、誰かに声をかけられれば馳せ参じる覚悟だし、全然嫌では無い。

 誰かに頼りにされる、誰かに必要とされると言うのは、自信にも繋がるし、実感としてとても充実している。

 そう、こんな夢みたいな田舎暮らしが、いつまでも続いたらいいのに、と、俺は近頃良く考えている。


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