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一つの恋の行方  作者: はにゃか
本編
1/3

女の恋の行方

月のない夜。

少し肌寒さを感じるこの場所は表通りに近い場所に建っているのに、まるで人気を感じない。

彼との逢瀬の場所はこういった場所が多かった。

昼間は大層忙しいらしく、早くても夕日が沈む時間帯からしか会えない。

過去にどのような職業か聞いた時は万屋のようなものだ、と微笑んで話していた。

ひやりとした風が吹き、あまりの冷たさに肩を震わせた時、後ろからふわりと暖かい何かを背中に感じた。

振り返ると端正な顔の男が私に上着をかけている所だった。

「遅くなってすまない。今夜は特に冷え込む。中に入ろう」

雲の隙間から出た月明かりに照らされ、神秘的な雰囲気を放っている彼につい見とれてしまった。

そんな私に気づかない様子の彼は、私の腰を抱いて縁側から室内へと移動した。

「明かりもつけないで、どうした」

部屋の四隅にある蝋燭に火をつけようとする彼の腕にそっと手を添えて、首を横に振った。

「本当にどうした。何かあったのか」

薄暗い部屋の中でも彼の心底心配する表情がうっすらと見えた。

「最近忙しくて、あまり眠れてないの。酷い顔をしているから見られたくないわ」

「そんなこと気にしなくてもいい。辛いなら少し横になるか?」

「ううん。大丈夫」

私を座らせると肩をやさしく引き寄せて、慰めるように背中を擦られる。

心地よい沈黙の中、じわりと胸に暖かい何かを感じた。

ずっとこうしていられたらいいのに。

彼との逢瀬の度にそう願っても、事実難しいことだった。

あまり遅くなると部屋にいないことがばれてしまう。

後少し、後少しと思っても、時間は過ぎていく。

私も彼もあまり多く語る方ではなく、ありふれた話をぽつりぽつりとこぼしていく。

肩を抱き寄せられて、少し話をするだけの逢瀬でも、全く不満をもったことはなかった。

一時間程たった頃だろうか。

彼が力強く抱きしめてきた。

ああ、もう時間なのか、と私も彼の背中に手を添える。

逢瀬の終わりはいつも変わらず抱きしめられて終わるのだ。

いつもだったら後ろ髪引かれながらも素直に手を放すのだが、今日は中々手を離せず、縋り付くように彼の服を握り締める。

いつもの私と違う様子に少し戸惑うように体を動かしてから、先ほどのように背中を撫でてくれる。

「やはり何かあったのか?」

「・・・いいえ、ただこれから忙しくなってしまうから、しばらく会えないと思うと、寂しくて」

吐息を吐くように彼は笑って、もう一度力強く抱きしめる。

「私も寂しい。けれど一生会えないと言う訳でもない。あなたの主の姫の婚礼が終わればまた会えるさ」

「・・・引き止めてしまってごめんなさい。もう大丈夫よ」

彼の着物を握り締めていた手を緩めて、体を離すと、愛おしいというように何度か髪を撫でてから、彼は立ち上がった。

「姫の婚礼は一月後だな。一月半後なら会えるだろうか」

「わからないわ。休日が決まったら、手紙を送る」

「あぁ。ではそうしてくれ。忙しいからといって体調を崩さないように気をつけて」

「えぇ、貴方も。・・・さようなら」

薄っすらと微笑んでから、彼は私に背を向けた。

もう一生会うことは出来ないと思うと、いつまでも未練たらしく彼の背中を見つめてしまう。

私の頬を伝う涙に気づくことはなく、彼は闇の中へと消えていった。



愛する人に騙されていると知った時、他の人はどのような感情を見せるのだろうか。

驚き、嘆き、悲しむのだろうか。

それとも憤り、怒りを抱くのだろうか。

私は一通り感情を露にした後、物が散乱とした部屋の中で呆然としながらもそれでも未だに愛する気持ちが揺らいでいない自分自身に嘲笑した。

今すぐにでも彼に会いたいと恋しがる自分が浅ましくさえも思った。

私は国主の姫に仕える女官の一人だ。

その上、血筋でいえば国主の遠縁に当たり、現国主の教師を勤めた祖父がいる家系であった。

城の内情に詳しく、地位の高い家系ではないが国主や姫の側に仕える私が、隣国の間者に目をつけられてもおかしくはなかった。

許婚もおらず、多感な時期に出会った彼を恋い慕うにはそれほど時間はかからなかった。

恐らくあの出会いも偶然ではなく、作りだされたものだったのだろう。

よくよく考えれば彼と会うのはいつも人目のつかない場所や時間帯が多かった。

あの涼やかな顔に反して常に私を優しく気遣い、恋物語で読んだどの殿方よりも愛しんでくれた。

いつも逢瀬は夢心地の気分だった。

けれど全て偽りだったのだ。

そのことに気づいたのは、数日前に起こった事件が発端だった。

暗殺者が城へと侵入したのだ。

幸い国主は予定外の事態で城を空けていた為大事はなく、無事だったのだが、たまたま庭で仕事をしていた私は暗殺者が隠れ道へと逃げ込むのを見かけた。

庭の隅におり、暗殺者には気づかれなかったようだが、私は青ざめた顔をしたまま部屋へと戻ると布団をかぶる。

暗殺者が使った隠れ道は、国主やその家族、それに国主に近しい極一部の使用人しか知らないはずの道だった。

特殊な仕掛けをしている為、城の周りを探ったぐらいでは到底見つけられないようになっているその道を他の人間が知るはずがない。

けれど、例外が一人だけいることを私は思い出したのだ。

私が彼との逢瀬のために、一度だけ隠れ道を使ったことがあった。

隠れ道を出た時に、偶々待ち合わせ場所に向かっている彼と遭遇したことがあり、慌てて隠れ道について内緒にしてほしいとお願いした経緯があったのだ。

まさか、そんな訳がないと思い込もうとしたが、一度疑ってしまったことを切欠に、私は夢から覚めたように冷静になってしまった。

私は彼のことについて多くを知らない。

彼の職業は万屋のようなもので、男性だということしか知らない事実に驚愕とした。

年齢も、住んでいる場所も、誰と交友関係があるのかも、またどのようなことが好きなのかさえ知らない。

初めて実った恋に浮かれて、何も知らないことさえ、私は気づいていなかったのかと思うともう笑うしかなかった。

それでも、彼は間者ではないのではないかもしれない。

私が聞かなかったから答えなかっただけで、本当はただの町民なのではないか。

その可能性を捨て切れなかった私は、真夜中だというのに思いもたっていられず、城の自室を抜け出した。

飛び出して町を歩き回っているうちに、また少し冷静になったからか彼の家を知らないことを思い出し、途方にくれた。

とぼとぼと歩いてきた道を戻っている途中で、私はある住所を思い出した。

私と彼の逢瀬の日取りはほとんど逢瀬の時に決めているのだが、どうしても予定がわからない時には手紙を出して日取りを決めることもあった。

その住所の宛名はお店の名前だったが、もしかしてそこが彼の仕事場なのかもしれない。

城へと向かっていた足取りの方向を変え、私はまた走り出す。

町から少し離れた場所にぽつんとその家はあった。

家に近づくにつれて、私の足は止まった。

その家の屋根には大きな穴が開いていて、何十年も使われていないのか、奥の壁は半分剥がれており、足を踏み込むことさえ出来ない状態だった。

私は何も考えられないまま、再び城へと駆け出した。

どれくらいか走った時、私は地面へと倒れこんだ。

しばらくぼんやりとしていたが、違和感を感じて足元を見てみると下駄の鼻緒が無残に千切れていた。

それをぼ呆けたように見つめていると、人の話し声が聞こえてきた。

どれだけ心が傷ついていても、女が真夜中に一人でいれば怪しまれるし、最悪犯罪に巻き込まれてしまう、と条件反射のように一瞬で考え、木の陰に姿を隠した自分に少し驚いた。

息を潜めて男たちが通り過ぎるのを待つ。

足音からして二人のようだ。

ぼそぼそと小声で話している声が近づいてきた。

見つからないだろうか。気づかれないだろうか。暗闇のせいかそんな不安が増長していた。

足音は無事に私の近くを通り過ぎた。

ほっと息をつき、男たちの動向を見るため少しだけ木の陰から覗き込んだ時、突風が吹いた。

着物のすそが捲れそうなほどの突風の中私は見てしまった。

風に煽られた笠の下の横顔が彼のものであること。

そして捲れた着物の下に隠されていた小刀の鞘に隣国の紋が刻まれていたこと。

あれだけ否定していた疑いが、真実であったと突きつけられた瞬間だった。



犯人探しが始まった。

犯人が隠れ道を使った経緯からその存在を知るものの犯行ではないかと思われたが、それは否定された。

あの隠れ道を知っている人たちは皆、国主が城に不在であったことを知っていたからだ。

では陽動、または脅しではないかとも推測されたが、全て否定された。

そして持ち上がったのは誰か犯人と通じているものがいるのではないかという憶測だった。

正直もう時間の問題だと思った。

進展がある度に私や他の女官に情報をもたらしてくれる国主付の女官の言葉を聞いて、私は覚悟を決めるしかなかった。

隠れ道を知っているものの人間関係を調べれば、疑惑の一人として私の名前が上がるのはそう時間がかからないだろう。

私は国と彼のどちらを選ぶべきか考えなければならなかった。

私が幼いころに亡くなってしまった両親の変わりに育ててくれた祖父母の顔が浮かんだ。

姫様に同僚の女官たち、たまに顔を出す店の愛想の良い従業員に、何かと気に掛けてくれる国主様夫婦。

次々に良くしてくれた人たちの顔を思い浮かべていっても、最後にどうしても彼の顔が思い浮かんでしまう。

彼の微笑み、疲れた顔、少し困ったように眉を下げた顔。

あれだけ愛し、育ててくれた祖父母よりも、彼のことを思い浮かべてしまう自分にもう覚悟を決めるしかなかった。

数日とたたず、私は兵に連れられて国主様の下へと連れられていった。

後ろ手に縄を縛られた私を見て、一瞬眉をひそめたものの、国主として彼は問いただした。

間者と通じていたのか、隠れ道を教えたのか、国を裏切ったのか。

全ての問いに私は無言でいるしかなかった。

兵に返事をするように怒鳴られ、殴られても私は答えなかった。

わからなかったからだ。

彼が間者であるのは間違いない。

けれど国の秘密を漏らしたことも、国を裏切るつもりもなかったからだ。

それにこんな状況になっても彼のことを愛しく思っていた。

彼の不利になるようなことは絶対に言えないとさえ思っていた。

国を思う気持ちに嘘はなく、けれど彼を愛しているという気持ちにも嘘はない。

だから私は何も言えなかった。

罪人として牢へと連れて行かれる時、国主様は思わずといった様に私に問いかけてきた。

「何故」

このようなことをしたのか、本当に国を裏切ったのか。

たった一言に全ての意味が篭められていたような気がした。

主としてではなく、一人の人として問いかけてきた言葉に私は初めて口を開いた。

「・・・私にもわかりませぬ」

思っていた以上に乾いた声だった。

牢に入れられて数日後、私の斬首が決まった。

他に疑わしいものが見つからなかったのだとわかった。

数日と空いたのは恐らく祖父母が働きかけてくれたからだろう。

他に犯人がいるはずだ、孫がそんなことをするわけがない。

そう国主様たちに訴えて、他に犯人がいないか探してくれていたのだろう。

それでももうこれ以上は何も見つからず、私以外に怪しい人はいなかったのだと思う。

祖父母への罪悪感で一杯になった。

何度心の中で謝ってもそれがなくなることはない。

どれだけ許しを請うても、それは祖父母へと届くはずもない。

私は愚かな人間だとつくづく改めて理解した。

恋に溺れ、騙されてもなお、私はその恋にしがみついているのだから。

その恋ゆえに知らぬ間に家族を、国を裏切っていた。

そんな罪深い私が処刑されるのは当然のことだと思う。

処刑日の当日になったのだろう。

私は兵に囲まれて牢を出た。

暗く、日の入らない牢にいたためかあれからどれだけの日数が経ったのかわからない。

外は快晴だった。

久しぶりに出た外はまるで神の祝福を受けているかのようにきらめいていた。

私が日向ぼっこをしているような心地よい気持ちに浸っている中、兵により罪状が読み上げられる。

河川敷に設けられた処刑場の周りには人だかりが出来ていた。

人々は思い思いの罵詈雑言を放っているのだろうが、私の耳には届かなかった。

座らされた私はぐるりと人ごみを見回した。

真正面の最前列には青ざめた顔をした祖父母が立っていた。

祖母は涙を流しこちらに手を伸ばしている。

祖父はあまりのことに何も言えないのか、口を大きく開けていた。

二人の姿が次第にぼやけていく。

頬に涙が伝い、私は人生で最後となる言葉を漏らした。

「ごめんなさい」

か細く小さな声で、離れた場所にいる祖父母には届かない声色だった。

それでも言わずにはいられなかった。

ごめんなさい。先に逝く私を許さないでください。

最後に一目彼を見たいと願っている馬鹿な私を忘れてください。

項に冷やりとした感触を感じたのか最後だった。

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