表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

日曜日

 夢は記憶の整理だという話を聞いたことがある。私の体がでろんと力を抜いて休んでいる間、頭は乱雑な記憶を整理整頓しているのだとか。私の頭もそれなりに頑張っているらしい、でももう少し頑張ってもらいたい。例えば、起きたらすぐに活動を開始するくらいのめりはりは欲しい。目覚めたばかりの私はそんな風に考えながら、布団から出られずにいる。時計の針は十一時を指していた。

 今日もまた休日で、しかし昨日とは違い何の約束も、何の用事もない。このまま一日中布団にくるまってぼんやり過ごしたいという欲望はあるけれどそれは勿体無いを超えている。過ぎた贅沢は無駄と呼ばれてしまう。だから私は意を決して起き上がり、今日という一日を始める。


 台所には食パンが二枚残っていたので、卵と牛乳と砂糖を取り出してフレンチトーストを作る。ろくに料理をしたことのない私の、唯一の得意料理だ。

 卵、牛乳、砂糖をボウルに入れて箸で溶く。卵はパン一枚に対して一個、牛乳と砂糖は目分量で。今日は少しだけ砂糖を少な目に。十分に溶いたら縦半分に切った食パンを浸して置いておく。その間にフライパンを火にかけ、バターを乗せて延ばす。パンをフライパンに乗せてじっくりと焼いていく。家にあるフライパンの大きさでは一度に焼けるのは一枚分が限界なので、二回に分けなければならない。

 中火で片面を焼いて、ひっくり返す。うん、少しだけ焦げ目のついた、いい焼き具合だ。そのままもう片面も綺麗に焼いてしまうとフライパンから上げてもう一枚も同じように焼いてしまう。それで完成。

 本当はシナモンだとかメープルだとかあったらいいのだけれど、そんなものは家に常備されていない。バニラアイスとミントを添えたり、生クリームを上に乗せたりもしたいけれど、生憎そんなものも無かった。けれど、このシンプルなフレンチトーストも好きなのだ。だから、満足。

 テーブルに座って出来立てのフレンチトーストを牛乳で流し込んでいると、どこかに出掛けていたらしい母が帰ってきて、私を見るなり小言を言った。寝間着のままの私が、今さっき起きたことを察して。母は私が朝弱いことをいつも怒る。平日も、休日も、朝の母は怒っているイメージしかない。

 人間は寝溜めが出来ず、休日でもいつも通りの時間に起きることが大事である。毎日の生活リズムを崩さないことが健康的で目覚めのいい朝を迎える秘訣なのだ。ということを何かの雑誌で読んだのか、どこからか聞いたのか、一時期母は休日であっても寝ている私に怒鳴って無理矢理に起こそうとしていた。今は半分諦めてしまっているようだったけれど、こうやって文句だけは言われ続けている。

 思うに、そんな規則正しい生活よりも、眠りたいときに眠れる方がずっと素晴らしい。私はそう考えているし、それが私にとっては正しいことなのだ。例え毎日同じ時間に起きたとして、じゃあそれで私が毎朝清々しい気持ちになれるだろうか。それよりも、起きなければいけないというプレッシャー、休日に寝過ごしてしまったときの後悔、そんなものが私の幸福を押し潰してしまう気がして、だから私は眠れるときにぐっすり眠る。いいじゃないか、外敵に狙われている訳でもない。


 食事を終えた私は部屋の掃除をする。窓を開けて、まずは掃除機をかける。ハンディタイプのそれは大きな音を上げながら埃をどんどん吸い込んでいく。一通り掃除機をかけ終えたら今度は窓拭きだ。なるべく綺麗な雑巾を二枚出し、一枚を水に濡らしてからよく絞り、内側と外側をさっと拭く。わざわざ洗剤を使うことはしない。面倒だからという理由の他に、余程丁寧に拭き取らないと却って濁りが残ってしまうからだ。それからもう一枚の、乾いた雑巾で拭く。これでお仕舞い。うん、普段は気付かない程だとしてもやはり汚れていたのだなと思う。

 気分が乗っているから窓まで拭いてしまった。もっと気分がいい日なら机や床にも雑巾がけをするところだけれど、今日はもういいやと思って掃除を終える。もう午後の一時を回っていたし、私はそんなにしっかり者ではないのだ。結婚後とか、ちゃんと家の掃除が出来るだろうか、ちょっと不安ではある。


 それから暫くは本を読んで過ごす。本当は久しぶりに勉強でもしますか、真面目に、と思って机に向かったのだけれど、鞄から教科書を取り出すのが億劫で、つい机の横にある本棚に手が伸びてしまう。致し方ない、今日は休日で、休日とは休む日なのだ。学生の本分が勉強なのだとしたら、じゃあ今日を除いていつ休めばいいのだ。私はそんな言い訳をして、漫画本をぺらぺらと捲る。

 漫画に飽きた頃、そういえば、と思って昨日ショッピングモールで購入した小説を取り出す。私はどちらかと言えば漫画の方が好きなのだけれど、たまにはこうして文章を読んだりもする。でも長かったり難しかったりするのは途中でだれてしまって投げ出すことも多い。今回買ったのは短編がいくつも載った本で、これなら少し気の向いた時に一個か二個読んでいけばだれることもないだろうと思ったのだ。再開したときに、あれ、この人はどんな人だったっけ、今はどんな場面だったっけとページを遡って思い出す作業も必要ない。

 それは、恋愛のちょっとした話が沢山載っている本だった。出逢いだったり、進展だったり、別れだったり、幼少期の約束だったり、老夫婦の安穏だったり、運命だったり、偶然だったり、様々な恋愛の一瞬を切り取った話だった。くすぐったい気持ちで十編程読んでしまうと本を閉じる。なかなかの当たりだった。

 ふと伸びをしたときに鏡に映った自分を見て、寝間着のままでいることに気付く。服を着替えよう、そう思った。時刻は午後三時をまわっていた。


 神様は七日間で世界を造ったという話を、どこかで聞いたことがある。確か、六日間で全てを造り出し、七日目にお休みしたら最後に造った人間がとてつもなく増えていて吃驚、みたいな話だった。

 その話を聞いてからというもの、私はカレンダーにずっと違和感を持っている。カレンダーは日曜から始まり土曜で終わっているけれど、この話を鑑みれば日曜は週の最後にあるべきではないだろうか。最後に一日だけ休みがある、それが神様に倣った一週間の在り方なのでは、という違和感。神様はもしかして、土曜日に休んだのかな。じゃあ私たちだって日曜日に働いたり学校に行ったりするべきなのか。日曜日を赤くして強調なんてしないで、土曜日こそ赤くするべきなんじゃないだろうか。そうでないなら、ちゃんと日曜日を一番後ろに表記するべきなのだ、うん。

 服を着替えながら、壁に掛けられたカレンダーを見て漠然とそんなことを考える。実際はもっとちゃんとした理由があって日曜日が週の始めにあるのだろうし、そもそも神様の話だって昔に聞いたきりなので曖昧だったりする。でも私にとっては日曜日こそ終わりにあってほしい。

 お休みみたいな幸福は、最後まで取っておきたい。


 私は何となくで家を出る。折角だし一日中家に居てもね、と思ってのことだけれど何が折角なのかはわからない。昨日よりずっと冷たい風が吹いて手袋でもしてきたら良かったなと思うが一々取りに戻るのも面倒なので手を擦りあわせて歩く。薄い雲が伸びているばかりで、今日も晴天だった。

 鎖に繋がれた犬に吠えられ、用水路の臭いを嗅ぎ、小学生らしい子供達の遊んでいる横を通り過ぎ、走り去る車から漏れる音楽を聞き、遠くで電車の過ぎ行くのを見ながら、私は歩く。

 こうして一人で散歩をしていると、色んなことを考えてしまう。真理や瑠璃のこと、赤川や青原のこと、黄島の言葉。それから私の選んだことや、選ばなかった未来について。

 一応は、私なりに最良の選択が出来たと思う。真理の気持ちに応えて、瑠璃の恋を壊さないで済んだ。でもそれは、赤川の失恋があったり私の心に初恋の残骸が仕舞われていたりして、完璧だよねとは言えないような気もする。

 本当に私の望んだことは、誰もが無邪気に笑っている世界で、もっと言えば恋とか愛とかのない、皆でお手々繋いで仲良しこよし、幼稚園のお遊戯みたいな世界なのだ。まあ、それは私があんまりにも幼稚だから望んでしまっているだけで、私達はもう高校生で、まだ全然子供だとしても少しずつ大人になっているのだし、それはつまり、誰か他人を好きになってしまえるくらいには成熟したということなのかも知れない。

 この季節は、ついいらないことまで考えてしまう効用があるみたいだ。たっぷり考えなさいと、澄んだ空気が囁いている気さえする。

 私はいつの間にかクレープ屋に出来た行列に並んでしまうが我に帰ってその列から離れる。危ない、意識が違う方に向いていて、体が無意識に動いていた。小腹が空いているのは確かなのだけれど、お昼はちゃんと食べたのだし、夕飯だってあるのだし、ここでクレープなんて食べてしまっては太ってしまう。それは、本当にまずい。私は自動販売機で温かいレモンティーを買い、こくりと飲む。胃袋にはこれで我慢してもらおう。体重にもお財布にも優しい。


 私は缶を握りながらまだ歩いている。レモンティーは大分冷めてしまって、もう冷たいとすら感じる。早いところ飲んでしまって缶を捨てなければと思いながら、もっと全然別のことを考えている。

 真理のこと。彼女は私を好いて愛して包んでくれる。その熱情は凄まじく、普段の彼女からは想像もつかない。おっとりとした話し方で、華奢な体で、力も弱く、男の子を前にするとおどおどしているような彼女の、一体どこにそんなエネルギが秘められていたのだろうと驚く。まるで別人のようだ。

 そう。別人。真理と知り合ってからまだ二年にも満たない時間しか過ごしていないけれど、それでもその間、ずっと見てきたのだ。あれは本当に真理なのだろうか。愛を剥き出しにした真理を、確かにこれまで一度も見たことはないけれど、でも二人きりで、私を大きな手のような笑顔で掴んでしまおうかという真理は、やはりどこか違和感がある。

 それは、強風に吹き飛ばされないように耐えるような。それは、誰かを無理矢理押さえ付けるような。そんな力が、真理の意思に込められているような気がする。私みたいな人間を愛するには、ちょっと肩に力を入れすぎじゃなかろうか。

 余剰。そう、余分なのだ、あの熱量は。有り得ない、と言い切れるくらい。必要ない、と思えるくらい。それくらい、私といるときの真理は、不自然なのだ。

 一瞬の閃光。突然の衝撃。私は頭が一気にクリアになる。見晴らしがよくなる。全部がすっきりしたような気分になる。私は今、理解した。確証の無い確信を得た。これが真実なのだと、訳もなく信じられる。


 真理は、私に恋なんてしていないのだ。

 私のことは友達としてなら好きだと断言できるけれど、じゃあ恋人としてと聞かれると、それは全然そうは思えないのだ。私が真理にそう感じるのと、同じように。

 私は足を止めて、溜め息を吐く。ああ、何でもっと早くに、気付いてあげられなかったのだろう。空を仰いで、嘆く。ああ、何でもっとちゃんと、真理を見てあげなかったのだろう。

 真理は言っていた、昔は普通に男の子を好きになっていたと。真理は昨日、瑠璃を呼んで三人で遊ぶことにさして抵抗を示さなかった。真理はいつも、男の子の前では自分を出せずにいた。

 真理はずっと真理自身を騙そうとしていたのだ。男の子なんて好きじゃない、好きなのは千鳥楓という女の子なのだと。完璧に信じ込もうとして、彼女自身と、私と、世界を騙していたんだ。だから、あんなに無理をしているみたいに力がこもっていたのだ。私に愛してると言うためには、あれくらい大きなエネルギが必要だったのだ。

 真理もきっと、私と瑠璃と三人でいることが楽しくて仕方ないのだ、本当はいつまででも私達は友達のままでいたいのだ。だから瑠璃が部活に行く時点で瑠璃と別れたりしなかったのだ。三人から一人欠けるのは、寂しいから。

 確たる証拠なんて何一つ無い。これは全部推論なのだけれど、でも私にはそれが真実だとわかる。真理の友達だから、私も真理と同じように、無理矢理に好きになろうとしているから。


 また一つ溜め息が出てから、私は歩き出す。じっとしていても寒いばかりで、道の真ん中で立っていては通行の邪魔になる。

 なあんだ、と口から言葉が漏れる。真理は全然同性愛者ではなかった。真理は私を好きではなかった。真理はでも、私に好きと言ってくれた。

 おかしなことだと思う。好き同士でもない私と真理は、自分を丸ごと騙して恋人になった。告白され、はいと答え、手を繋ぎ、囁きあって、いずれ体を抱き合うことになるだろう。

 昨日、学校で真理の言った「ごめんね」の意味が、今なら何となくわかる。「本当は好きでなくて、ごめんね」と伝えたかったのだ。あの瞬間の真理は、いつもの、私とずっと友達だった真理の、普段の真理だった。弱々しくて、守ってあげたい、守ってあげなくちゃという気持ちが湧き出てくるような、お嬢様でお人形みたいな、可愛らしい等身大の真理だった。

 何故だろう、と思う。真理はどうしてそんな嘘をついたのだろう。沢山疲れて、沢山傷付くだろう嘘を。理由なんて、わからない。想像でなら、いくらでも出来るけれど。

 例えば、昔好きになった男の子と悲しい出来事があって、男の子に恋をすることに臆病になっているだとか。例えば、瑠璃の赤川に対する恋心に気付いていて、私と赤川が付き合ったりするのを防ごうと思っただとか。例えば、赤川の私に対する好意を知って、私が赤川と付き合うことによって三人で遊ぶ時間が減ってしまうのではと危惧しただとか。

 理由なんていくらでも思い付くしそのどれにもやはり確証は無い。真理に直接問い質しでもしなければわからないことだろう。でも私はこんなことをわざわざ真理に聞いたりはしない。そんなことを言うのは本物の馬鹿で、私は本当は馬鹿ではないからこのまま一生聞いたりはしないだろう。別に何でも構いやしない。

 強い風が吹き抜けて、私は肩を抱いて足早になる。ドラッグストアを見付けて、そこに駆け寄る。店の前には自動販売機とごみ箱があったので、すっかり空になったレモンティーの缶を捨ててから店内に入る。

 暖房が優しく迎えてくれ、私はふわわと溶ける。やけに明るい店内をゆっくり見て回り、暖を取る。リップクリーム一つだけを買い、外に出ると随分と日が傾いている。思ったよりも遠くまで歩いてきたようだった。私は家に帰る。

 今来た道を戻りながら、橙に照らされた町は綺麗だと感じる。鳥が二羽高いところを飛んでいたけれど、あれは何という名前の鳥だろう。


 私は真理の嘘を、嬉しく思う。同時に私の嘘を、誇らしく思う。それは優しい気持ちが含まれた嘘なのだ。

 それは青原の手紙と同じだ。時々意味を成さなかったり、誰かを傷付けるばかりになってしまう嘘だったとしても、あの手紙は誰かを想って書かれたものだ。青原は多分、赤川の為にあの妙な計画を実行した。決して私を慌てふためかせてやろうだとか、私や赤川が傷付くのを見て喜んでやろうだとかいう気持ちはなかったはずだ。

 私や真理のこの嘘も、誰かを傷付けたり誰かを悲しませたり誰かを不幸にさせてしまうかも知れないけれど、そう望んでついたものではない。それは何かを大切に想ったり、誰かの気持ちを守ろうとしたり、世界を失いたくないと願ってつかれた嘘。

 だから私は私達の嘘が愛おしい。自然に笑みがこぼれ、体の中心にぽかぽかした温かい塊があるように感じる。私はこれからも、真理もきっとこれからも、互いに嘘をつき続けるだろう。自分を、相手を、友達や他人や世界や人生を騙していくのだろう。少なくとも私と真理の関係が終わるまでは。そこには私が真理や瑠璃を想う気持ちがちゃんとあるのだ。今日読んだ恋愛小説みたいに、正確で、絶対で、完全で、万人の納得するような恋愛でなくても、これは正真正銘、私の愛だ。

 そもそも、聞いたところによると恋愛とは勘違いや思い込みで始まることが往々にしてある、らしい。じゃあ嘘から始まっても全然不思議ではない。瑠璃が赤川を好きだったり、赤川が私を好きだったり、私が赤川を好きだったりするのも、きっと勘違いや思い込みが幾分か含まれているのだ。でもそれで想いが欠けたり汚れたりはしないのだ。それなら十分すぎる程十分じゃん。

 黄島に言われたことを思い出す。解決が別の問題を生むことがあるという。でもそんなのは平気だ。何といっても私と真理が手を取り合っているのだ、どんな問題だって次々に解決してしまえるだろう。例え二人を繋ぐものが、まやかしであったとしても。

 夕日が、建物の間に溶けていくのが見える。空は段々と夜に衣替えをして、星が微かに光を放っている。

 あの太陽は私から今日を奪って落ちていき、そして別の誰かの明日を連れて昇るのだ、私の知らない場所で。

 私は満たされた気持ちで、鼻唄でも歌いたくなるのだけれど、べぶしとくしゃみが出て鼻をすする。うう、寒い寒い。


 神様がお休みしているその隙に、沢山歩いてしまった。家に着いた私はお風呂に入り、冷えた体を温める。湯船の中で、ふくらはぎと内腿を揉んで、足指を掴んで伸ばす。ろくに運動をしない私は、たった数時間歩いただけで疲れてしまう。

 お風呂から出て夕飯を食べ、部屋に戻って真理のことを想う。思い付いて、机の引き出しを開ける。どこにやったかな、と一人で呟きながら。

 取り出したのは、便箋だった。昔何かの機会に買って、余っていたもの。可愛らしいデザインで、薄い桃色で、私は一目惚れしてこれを手にしたことを覚えている。

 真理に、ラブレターを書こう。昨日の閃きは交換という形だったけれど、何も示し合わすことはない、私が勝手に渡せばいいんだ。

 私の本当の愛情を嘘の愛情で塗り固めて文字にして、真理に渡してしまおう。真理は驚くだろうか。自分を騙して喜ぶだろうか。嘘の感動をするだろうか。私は真理の反応を想像しながら、すらすらと嘘を書き綴る。私と真理とを騙してしまおうという意思を、綺麗な言葉で覆ってしまう。沢山の嘘に私の本当の気持ちを隠す、託す。

 嘘から出た真とも、瓢箪から駒とも言うのだし、きっと私と真理の嘘はいつか本当になってしまうだろう。そうするように、私達は努力するだろう。信じ込んで思い込んで騙しきってしまうだろう。瓢箪から出てこなかったら、瓢箪を壊してでも馬を取り出してみせる。それが私達には出来る、真理は私の大切な友人で、人間には、友情には、それくらいの力があるのだから。それに、そう、私は真理のことが好きなのだ、今は愛していなくても。


 書き終えたラブレターを、セットになっていた封筒に丁寧に入れて糊付けをする。封筒の表には「三橋真理様」と書いて、裏には小さく「千鳥楓」と書く。これはだって、私が真理に向けた手紙なのだ。

 ラブレターを鞄に入れて、満足して布団に入る。途端に、瞼はとろんと重たくなる。今は夜の十時、少し早いけれど、今日は沢山歩いて沢山頭を使ったから、もうすっかり疲れているのだ。どうにか目覚まし時計をセットすると、そのまますぐに眠ってしまう。明日の太陽が、私の今日を連れてくるのを、夢を見ながら待とう。


 夢を見た。

 誰かに呼ばれている。辺りは暗く、空に月が浮かんでいる以外に見えるものはない。私は呼ぶ声に向かって歩きながら、それが一体誰の声なのか思い出そうとしている。

 誰かに呼ばれている。火が煌々と燃える丘を、水が波紋を作る湖の横を、木々が豊かに茂る森を、金で出来た門の下を、土くれの人々の間を、私はただ歩く。そのどれもが美しく思えて手を伸ばしたくなるのだけれど、足を止めることが出来ない私は眺めるばかりでそれらを通りすぎてしまう。誰に呼ばれているのかわからないまま、けれど懐かしさを感じるその声は私を導くように静かな夜に響く。

 私はこの声を知っている。確かにどこかで聞いたことがある。それは誰の声でもあり、そして誰でもない。家族や、友人や、知り合いや、まだ出逢っていない沢山の人間の声と、それは等しい。必死に私を呼んでいる、姿も見せないで。

 立ち止まって後ろを振り返ると、月が沈んでいくのが見える。私の通り過ぎてきた物達はひっそりと佇み、過去になる。私は自分の歩いてきた過去に微笑み、そして前を向く。地平線から太陽が顔を出し、夜明けを知る。眩しすぎて手をかざし、指の間から太陽を見ようとする。その光の中に、その人を見付けた。私を呼び、私を先へと急かすその人は、光に包まれて輪郭すらぼんやりとしており、誰なのか判別できない。あの人のところに行かなくては、と思う。私はあの人を知っている。

 私はまた歩き出す。ずっと歩いてきたのだし、これからも歩くのだろうと思う。過去と現在と未来をこうやって歩きながら、私は光の中で手招きをするあの人に辿り着きたいと願う。早く。

 私は過去に傷付けられたり傷付けたり、嘘をついたりつかれたりした。未来にも傷付けられたり傷付けたり、嘘をついたりつかれたりするだろう。それでも私は過去や未来を好きでいられる。その傷や嘘すら愛しているから。

 私を呼ぶ声は止むことはない。私は歩くのを止めない。じきに目が覚めてしまうだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ