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月曜日

 朝、まだ私はまどろみの中にいて、夢と現実とがごちゃ混ぜで、人の呼んでいる声と、目覚まし時計のベルが鳴り響く音とが同時に私の脳を刺激した。私は飛び起きて目覚ましを止め、一体自分は何故こんなにも慌てているのだろうと思い返すのだが、誰かが必死に私を呼んだ、つまりは夢の方の記憶はつかみ損ねたようにこぼれ落ちて、もう頭のどこにも残っていないようだった。確かに、誰かが登場していたのだ、私の夢に。けれど、それは「私の知り合い」という肩書きだけをどうにか覚えているだけで、例えば適当に親や友人、その他知り合いを思い付く限り当てはめてみても、ちっともしっくりこない。私はもう一度布団を被り、私を呼んでいたあの人の正体を突き止めたいと願ったが、それは目覚まし時計のスヌーズ機能が阻止してくれた。この瞬間は鬱陶しくて五月蝿いだけの機械だとしか思わないけれど、トイレに行き、歯を磨いて、寝癖を直し、パンを食べて、制服に着替えた頃には頭も働きはじめて、目覚まし時計に感謝するのだった。ベリーベリーサンキュー。

 私は今日が月曜日であることを思い出していて、九割の憂鬱と一割のやる気を持って家を出た。雲が無造作に千切られているように点々と浮かんだ空を見上げながら、もう随分と冷たくなった空気の中を早足で歩く。バス停までは通常七分、今のペースならば五分。恐らくはバス到着の三十秒前には辿り着いて、そして列の最後尾に並ぶことになるだろう、これはいつもと変わらずに。朝は一分一秒が勝負で、タイムスケジュールはシビアだ。一秒でも長く布団の中にいたいし、バスも学校のチャイムも腕にはめた時計も時間を間違えたりはしない。私は、いや、多くの人間は毎朝勝負している。自身の睡眠欲、出勤や登校しなければならないという義務感、そういったものと必死に戦って、そして勝たねばならない。

 ということをうだうだ考えながらバス停に着いて、ぎゅうぎゅう詰めとは言わないまでも混んだバスに乗り込んで私は学校へと連れていかれる。今日もまたバスの前方、前から三列目の椅子の前に陣取ることが出来た。目の前の椅子に座っているのは、同じ制服を着た男の子。後輩なのか先輩なのかもわからないが、毎朝見掛ける顔だった。バスや電車での通勤通学は不思議なものである。毎朝のように同じ車両に乗り込んで、大抵は見慣れた存在だというのに、互いに知り合いかと聞かれたら全然そんなことはなく、名前も素性も知らない同士の集まりだったりする。妙な連帯感というか、親近感みたいなものはあるけれど、かといって仲良くなりたいと思うこともない。きっと、同一の空間を共有しているという事実がそう思わせて、でもそういう事実しかないからそうとしか思わないのだろう。勝手なものだなあ、私も。

 朝の私は、こういう下らなくてどうでもいいことばかり考えて学校までの道のりを過ごす。隣に立っているサラリーマンのように新聞を読むことも、少し後方の椅子に座っている女の子のように本を読むことも、今、目の前の椅子に座っている男の子のように単語帳を捲ることもしない。ちょっと時間の無駄遣いじゃない?と思わなくもないけれど、致し方ない。私は朝に弱く、だから朝っぱらから文字を追ったりするような疲れることは出来ないのだ。人には向き、不向きがあって、私は朝に不向きなのだ。

 そういう具合に、今日は始まった。多少の誤差はあれど、普段と変わらない、いつもの日常だった。私、千鳥楓の日常が、そこにはあった。


 バスを降りて校門を抜ける頃には、友人のうちの誰かと出会うことが多い。そうなると私はちょっとだけくたびれてしまう。朝から元気におはようを言って、昨日何があったとか宿題を片付けたとかテレビの内容だとかを話すには、朝の私には活力というものが足らない。教室まで歩くのが精一杯、限界なのだ。私は友人を嫌っているわけではなく、友人も私を苦しめたいわけでもなく、しかしそれでも誰かは不幸になったりする。誰も悪くはないのに。敢えて言うのならば、状況が悪い。朝じゃなかったら私はもっと嬉しくなるしけらけら笑う。でも今は無理なんですよと声を大にして言う気力も湧かない。

「楓ってば毎朝死にそうな顔してるから、心配になるわ。無理しないでね、いざとなったら私が担いで運ぶから、安心して倒れなさいね」

 私に屈託のない笑顔でそんなことを言い放つのは、友人の中では一番華奢な三橋真理。お嬢様オーラ全開で後光も差しているんじゃないかというくらいに眩しいのに、本人はとっつきやすい性格をしていて、だから気のおけない友人だったりする。

「真理が箸より重いもの持てるなんて知らんかったわ」と返すと、真理はにひにひと笑って私の手を取り、引っ張った。

「馬鹿言ってないで早く行きましょ。ほら、遅刻するわよ」

 初めに馬鹿を言い出したのはそっちじゃないか、とは思ったけれど、今の私にそんな反論を言う力は残されておらず、というかそもそもこんなところで一々反論を言うのは本物の馬鹿で、私は本当は馬鹿ではないのだから黙って真理に引っ張られて歩いた。

 教室に着くと、幾人かの友人と挨拶を交わす。おはよう、おはよう。皆おはようと言うし、私もおはようと言う。皆が皆、お早いと思っているらしいから、もっと遅い時間に授業が始まったらいいと思う。そうしたら私も毎朝のんびり、ぬくぬくと過ごせて、学校に着く頃には元気一杯、真理に心配されるような顔をしなくて済むというものだ。

「屁理屈。あのね、全体を遅らせるよりも、もっと簡単な方法を教えてあげよう。楓が今より早く起きたらいいのさ。ほら、それなら楓から見て全体が遅れることと同じだろう?」

 私の画期的な案を正論で返すのは、二ノ宮瑠璃。名前に違わず、まるで宝石みたいに、光を浴びて美しく輝くような女の子。すらりと高い身長と、中性的な目鼻立ちと、少年のように低い声で、彼女のいないところで王子様とか呼ばれていたりする。

「楓はほら、朝は我が儘で馬鹿になっちゃっているから、仕方ないよ瑠璃ちゃん」という真理のフォローになっているんだかなっていないんだか、フォローしたいんだか貶したいんだかわからない言葉に、けれど瑠璃は妙に納得したように「それもそうだね、はっは」と舞台口調で答えた。演劇部に所属している瑠璃らしい手振りを添えて。納得するなよという怒りよりも、わあ、女優さんみたい、男役の、という感嘆が漏れてしまった。

 私はそうやって朝弱いなりに友人と話をしていたから、まだそれに気付かないでいた。机の中にあるそれを見つけて、おや、と思ったのは、三時限目が終わった休み時間のこと。英和辞典を机から出そうとしたときにそれを目にして、そういえばこれは私のではないぞ、確か昨日までは入っていなくて、そしてあんまり定かではないけれど朝にはあった気がするぞと考えて取り出した。

 それは真っ白な封筒だった。表にも裏にも何も書かれていない、宛名すら。私は不思議に思って封筒を開けると、中には白い便箋が一枚、三つ折りになって入っていた。ぺらりと開くと、中には綺麗な字で、たった一文だけ書かれていた。


千鳥楓様、ずっとずっと好きでした。


 私は「ひゃあ」と素っ頓狂な声をあげてしまってから、慌ててその便箋を封筒に仕舞った。

「ちょっと、楓、今の声何よ?」と、真理が笑いながら近付いてきた。

「いや、ううん。何でもない。思い出し驚き?」

「そんなものがあるのね、知らなかったわ。ひゃあ、だって。可愛い」

 いや可愛くはないだろう、どちらかと言えば無様とか、阿呆らしいとか、そういう形容の方が似合うだろう、とは思ったけれど言わなかった。真理はまだ私の無様な声を真似して笑っていて、私も「もう、やめてよう」とか言っていたけれど、胸のどきどきは止まらなかった。変な声を出してしまった恥ずかしさと、文面からとはいえ好きだという言葉をぶつけられたことに、とても動揺していた。

 私は地味というか、あんまり誇れるような外見ではない。平均値から少し上かな、という自己評価なので、実際は平均よりちょっと下だろう。真理や瑠璃みたいに美形で華がある友人に囲まれると、もう私なんて埋もれてしまってどうしようもない。いや、他人は関係なく、純粋に私は、そんなにもてない。これまで恋愛というものに無縁で、だからといっては語弊がありつつも、だから私自身、まだ恋愛なんて早いよね、まだまだお子様だものという言い訳的意識を植え付けて暮らしてきた。高校二年生にもなってこの意識はどうだろうという思いもあったが。

 この手紙は、つまり私にとって初めてのラブレター。どきどきくらいはしてもバチは当たらないだろうと思う。それからの授業も、休み時間も、私は鞄に仕舞った手紙の方につい目をやってしまって、何ともそわそわしっぱなしだった。挙動不審にならないように、他の誰かに心中を悟られないように、極力努めた。


 授業が終わって、演劇部に向かう瑠璃を見送り、帰宅部仲間の真理と一緒に帰る。あの手紙の入った鞄は妙に重たく感じられて、見えないはずなのに圧倒的な存在感を放っていた。バス通学の私と電車通学の真理は途中まで同じ道のりで、どちらかに予定の無い限りはこうして二人で帰ることが多い。

「千鳥と三橋じゃん、今帰るところ?」

 私達の後ろからそう話し掛けてきたのは、同じクラスの男の子、赤川廉次郎だった。坊主頭でいつも黒く日焼けしており声が大きく活発な、いかにもらしい野球少年。

「そうだよ、あれ、今日野球部休み?」

「へっへ、今日はちょいとサボりだ」

 珍しい、赤川が部活を、意味もなく休むなんて。来年こそは甲子園に行くんだ、と息巻いていたのを覚えているし、地区予選で負けたときには球場で泣いていたことらしい噂も聞いた。そんな赤川が、ねえ。

「ねえ、良かったら、赤川くんも一緒に帰らない?折角だからどこか寄っていきましょうよ」という真理の提案に私が驚いたのも無理からぬところで、赤川と私達は特別仲が良いということもなく、クラスで時々話す程度だったし、真理はどちらかと言えば男の子と話すときにいつも緊張してしまうような子だったから、私は真理の言葉も、赤川の「お、じゃあどっか行こうぜ」という快諾も信じられなかった。

 赤川と真理はそれなりに和気藹々と話をしていて、私も会話に参加していたけれど、今の状況の不自然さ、違和感に戸惑っていた。真理が、男を誘う?赤川が、私達と一緒に帰る?有り得ない、とは言えないまでも、ちょっと普通とは違っていた。それに、私は今日ばかりは早く帰りたかった。あの手紙。家に帰って、部屋で一人きりになって、もう一度読みながらあれこれ考えたかったのだ。

「そうそう、この先に、神社があるんだぜ。外周したときに見つけて、ちょっと気になっててさ。行ってみないか?」

「へえ、知らないわ、神社なんて。ねえ楓、楓は知ってた?」

 私は首を横に振った。振りながら、きっと変な顔になっていた。高校生の寄り道として神社とはどういう算段だろう。お詣りでもするのだろうか、最近の若者は進んでいるということらしいけれど、進んだ先が参詣なのだろうか。私は二人の感性についていけず、しかし断る雰囲気でもなかったので適当に賛成した。

 神社は、確かにあった。私達以外に誰もおらず、こぢんまりとしていて静かなところだった。雑木林が風に揺れてさわさわと音を立て、短いながらも参道は石造りで、物悲しさと荘厳な雰囲気の同居する場所だった。たまにはこうして意味もなく神社に来るのも悪くはないなと一人満足していると、赤川も真理も社殿に向かう途中でぴたりと足を止めた。どうしたのさ、と言うが早いか、真理が突然、「楓、聞いてほしいことがあるの」と言った。「千鳥、俺も聞いてほしいことがある」と赤川も続いて、私は変に身構えてしまった。身構えていて、良かったと思う。

「私ね、楓のことが好きなの。友達としてじゃなくて、ラブの方で。ごめんね、急にこんなこと言って。でも本気なの」

「俺、赤川廉次郎は、千鳥楓さんのことが好きです。付き合ってください」

 私はよく倒れなかったと思う。よく逃げ出さなかったと思う。偉いと思う。誰にも誉められないから自分で誉めた。

 二人は真剣な眼差しで、頬を少し赤らめて、私にそう言った。二人は前もって示しあわせていたんだろう。今日、偶然を装って三人で帰り、ここに私を連れてきて、こうやって二人同時に告白しようと計画していたのだろう。スポーツマンシップじゃないけれど、正々堂々とした二人だ。出し抜こうとせず、陥れようとせず、互いの納得のいくやり方で、私に気持ちを伝えてくれたのだろう。私がまず感じたのは、そういう二人の実直さだった。そして次に感じたのは、困惑だった。

「あ、ありがとう。ええと、あれ?これはここで答えなきゃいけない、のかな?」

 私は全く馬鹿だ。まずそこを気にしてしまうくらいに馬鹿で愚かで配慮が足りない。赤川も真理も私を責めたりしなかったから、自分で責めた。

「あ、その、ごめん。今はまだ、二人にどう答えていいか、わからないの。本当に、あの、好きとか嫌いとかより、驚いちゃって」

「いいのよ、楓。ゆっくり考えてくれて」

「そうだ、千鳥だって吃驚しただろうから、焦って答えてもらうわけにもいかない」

「けれどね、楓」

「出来れば、そのうちでいい、ちゃんと答えを言ってほしいんだ。イエスでもノーでも、ちゃんと俺と三橋に答えてほしい」

 二人はじっと私を見つめたまま、そう言った。私は口を開けたまま二人の言葉を聞いていた。頭が上手く働かず、その場に硬直したまま、風の冷たさだとか、木々のざわめきの音だとか、手に持った鞄の重さだとかを感じているばかりだった。あ、鞄、と気付いて、私は二人に質問をした。

「あのさ、二人のうちどちらかはさ、最近私に、その、手紙とか、くれた?」

 二人は不思議そうな顔をして、それから答えた。

「いや、俺は手紙なんて年賀状くらいしか書かねえし」

「私も、楓に手紙を書いたことなんてないけれど……もしかして、何か手紙を貰ったのね?そしてそれは私達が書きそうな内容が書いてあったのね?つまりは……」

「いやいや、いやいやいやいや!違うったら。単に、ほら、私、こういうの慣れてないから、そういうのを、もしかしたら見落としてたり、見逃してたり、読んだのに忘れてたり、してるかなあって、そう思っただけ!そう、あの、こういうのって、ドラマとかだと、いついつ、どこどこで待ってます、みたいな手紙から始まるなって、ね、思ったのよ!」

 あまりに慌てて、却って怪しい弁解になった。けれども、それ以上の追求はなかった。

 それから二人は、じゃあ、と言って帰ってしまった。真理は手を振りながら、また明日ね、と付け加えた。その時の真理はもう、いつも通りの、優しいお嬢様みたいな笑顔だった。私は一人きりで残されて、ぽかんとした表情のまま、思考が停止したまま、空を見上げた。日が短くなってきて、もう低いところは少し赤く色付いていた。何も考えられないままで、ああ、もう夕方じゃん、帰らなきゃとだけ思った。


 家に着いて服を着替え、ご飯を食べてお風呂に浸かり、部屋でくつろいでいるときに漸く気持ちが落ち着いてきた。と同時に、今日起こった出来事が今更現実味を帯びて、そわそわと部屋を歩き回った。これはとんでもないことになってしまった。鞄を漁り、あの白い封筒を取り出す。一日で三人から、告白というものをされたらしい。

 一人は親友の、お嬢様みたいな、可愛らしい女の子から。

 一人はクラスメイトの、スポーツ少年然とした、野球部員の男の子から。

 一人は名も知らぬ、顔も知らぬ、素性もわからぬ手紙の主から。

 いやはや全く劇的すぎて私にはちょっとついていけない。どうやら当事者らしい私は、恋愛というものにとことん疎く、心構えが出来ておらず、だからどんな感情を抱くべきなのか、喜んでいいのか、驚いたらいいのか、それすらもわからないでいて、そもそもそういうのはいいとか悪いとかよりまず勝手に涌き出てくるものだよね、とか考えていた。いかんいかん。今はそんなことを考えるときではないのだ。

 頭の中で、状況を整理する。やらなければならないことを確認する。真理と赤川には、返事をしなくてはいけない。好きだと言ってくれた二人に、いやごめん、全然そんな気はないから、とか、すっごく嬉しい、こんな私だったら是非お付き合いさせて下さい、とか、そういう文言を、ぶつけなければならない。それが私にとっていかに困難なことかは置いておいて。それから、あの手紙。あれは一体どんな意味があって私の机に忍ばされていたのだろう。慌てて自分の名前を書き忘れたのだろうか、それとも名前を出すのは憚られるけれど溢れ出す気持ちからつい手紙を書いてしまったのだろうか。こっちはとりあえず対処の仕方もない気がする。

 もしくは、誰かの悪戯だろうか。私が慌てふためく様を見て、どこかで笑っているのだろうか。あるいはそれに、真理や赤川も加担しているのだろうか。ううん、それは無さそうだ。手紙や赤川は兎も角として、真理は人を騙して楽しもうという人間ではない。少なくとも、私の知っている真理は。

 いや、私の見ていた、私の知っていた、私の想像していた真理は、私に告白もしない。親友のことを全部わかっているつもりもなかったけれど、でも少しは理解しているつもりだった。けれど、真理が内心どう思って私と話し、笑い、過ごしていたかを、本当は私は全然、全く、これっぽっちも知らないままでいたのだろうか。そう考えたら、もしかして真理にも私が慌てている様子を影から観察してくすくすと笑いたい、という感情があったとしても、おかしくはないだろうか。赤川や、別の人間と組んで。

 それも、飛躍しすぎだな。そんな可能性ばかり追っていては、収拾がつかなくなる。それこそ誰かに洗脳されたとか、あれは怪盗よろしく別人の変装だとか、そんな下らないことまで考えるのと同じくらい馬鹿げている。それに、これでも私は真理の親友なのだ。真理がそんなことを、私を騙して喜んだりしないことを、私が信じなくてどうする。とりあえず、真理の言葉を疑うのはやめた。赤川は、そんな真理のいたいけな気持ちを利用して悪戯をしている可能性もあるから、保留。赤川とは別に親友でないから、まだ疑っておこう。手紙はもう、悪戯だと思っておいた方がいいかな。どうしようもないし。そう、今日は真理や赤川とあんなことがあったから、何となく手紙もひとくくりにして考えていたけれど、あれだけを単体で考えたらどう見たって悪戯じゃないか。やっほいラブレター貰ったぜと舞い上がっていたお昼の私が恥ずかしいくらいに怪しいじゃないか。うん、この手紙は悪戯。決めつけた。一応、取ってはおくけれど。こんなものでも、記念すべき初ラブレターなのだ。

 現状をとりあえずそうやって結論付けた私は、すっかり疲れてしまっていた。頭を使うと体力も消耗する。歯を磨き、ふわわとあくびをして、目覚ましをセットして、布団に潜り込むと、あっという間に現実から離れてしまう。


 夢を見た。

 私は草の生えていない土の上を裸足で走っている。少し湿って、冷たくて軟らかい。私は必死だった。何故だろう。目の前、何もない道のずっと先には夜空が広がっていた。空には雲も星の光もなく、ただ月が大きく出ていて、私はその月を目指して走っているのだと思っていた。けれども、この焦燥感は何だろう。何かに追われているような、何かから逃げようとしているような、そんな焦りがあって、しかし後ろを振り返ることも出来ない。私の瞳は真っ黒な中に浮かぶ月をじっと見つめていた。このまま月に届くこともなく、誰かに追い付かれることもなく、走り続けるのだろうか、それは良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか、と思った。

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