会いたい
11
はっとして飛び起きる。
「ここっ」
見慣れない部屋、隣にいないジュン。
心臓がひやりとする。
ふたつの違和感に軽くパニックを起こす。
「やだ、なんで…。…ああ、そうか」
強く頭を振る。
そう……そうだった。
多少クリアになった頭で、自分の置かれている状況を思い起こす。
…結局、睡魔に負けて眠ってしまったらしい。
メイファがベッドに寝かせてくれたのか、いつの間にか毛布の中だ。
サイドランプをつけて時計を確かめると、もう午前四時だった。
四時間もベッドで眠れば休息は十分だ。
ジープの助手席での八時間とは比べものにならない。
…さすがにもうジュンの治療は終わってるだろうか。
確かめようにも部屋にはだれもいない。
少なくとも、あたしの感じることのできる気配はここにはない。
メイファ…。あのむかつく美人のそれも。
もっとも、彼女がその気になれば、あたしじゃ気配なんか読めないだろうけど。
だれも、いない。
突然。
本当に唐突に、あたしは泣きたいほどジュンに会いたくなった。
意識がなくてもいい。
ジュンの顔を見て、無精髭に触って、その呼吸を……生きていることを確かめたい。
そう思ったら、もう押さえられなかった。
あたしは、よく眠ったのに奇妙な気だるさの残る身体をせき立て部屋を出た。
ジュンの寝かされていた治療室を捜して、妙につるりとした印象の薄暗い廊下を足音を潜めて徘徊する。
「部屋の外に出るな」と警告されたわけじゃないって、いくら自分にいいわけをしても、自然にびくびくびくしてしまう。
助けてもらった恩人の地下施設の中を探るなんて、趣味のいいことじゃない。
だから、見覚えのある銀色の扉を見つけたときはほっとした。
きっと、あそこだ。
「あれ…? ちぇっ」
思いっきり舌打ちする。
苦労して重い扉を開けたのに、中にはだれもいなかった。
整然と片付いていて、血の香りすらしない。
まるでなにもなかったみたいに。
「ジュン、どこにつれてかれたんだろ」
小さく呟いてみる。
考えてみれば、治療と療養は別の部屋だってのは当然だ。
なのに、なぜかわかんないけど、腹が立つ。
あたしはジュンの顔を見たい、一緒にいたいだけなのに、どうしてこんなに邪魔が入るの?
「ふぅ…」
ひとつため息をついて苛立ちを押さえつける。
仕方ないよね、こっちは助けてくださいと縋った身だ。
そうそう勝手ばっかり言うわけにはいかない。
日が昇ってからフェイかメイファに頼めば、ジュンに会わせてくれるだろう。
…戻るしかないか。
諦めて踝を返す。
途中で、細い明かりが漏れている部屋に気づいた。
行きは見覚えのある扉を探すのに夢中でわからなかった。
……もしかして。
甘すぎる期待を胸に、足音を忍ばせて近づく。
こっそり中を覗いてみる。
ジュンにバレたらきっと、行儀が悪いと叱られるに違いない。
まず最初に、緋色のチャイナ服が見えた。
抜群のスタイル、燃えるような赤毛のベリーショート。
後姿でもわかる。
簡素な部屋に設えられたベッドの傍らに立つチャイナ服の女性は、間違いなくメイファだ。あんな綺麗な赤毛はそうそうない。
ってことはあそこに寝てるのってやっぱり…。
声をかけるかどうか迷っていると、メイファと思しき女は、しなやかな動きで身体を折り、ベッドに顔を寄せた。
眠っている相手に口づけしているようにも見える。
そんなの、やだっ。
立場も忘れてドアに手を掛けようとした瞬間、メイファがはっとして顔を上げ、ベッドの側から身を引いた。
まずい! 気付かれたっ!
一瞬ひやりとしたが、そうではなかった。
「……メイ、ファ?」
いぶかしむ調子の掠れ声。
ビンゴ!!
ジュンだとわかった途端、身体がカッと熱くなり、心臓が普段の倍の早さでリズムを刻み始める。
さっさとドアをノックすればよかった。
とん、と凭れるように右肩を壁につける。
出ていくタイミングを逃したあたしは、凭れたまま覗き見を続けた。
よくないことだと思いつつも、好奇心を押さえられなかった。