最後の場所
22
冷たいなにかを頬に当てられ、びっくりして飛び起きる。
途端に激痛が走った。
「なにっ! つっ、痛たたたた」
「いつまで寝てるつもりだ」
顔を上げると、ジュンがいつもの仏頂面でベッドサイドに立っていた。
毛布の上には、イミテーションオレンジの缶ジュースがひとつ転がっている。
さっきの冷たいものはこれだ。
「なにすんの、いきなり!」
夢を破られたのと傷の痛みの恨みを込めて、ジュンを睨む。
「出発するぞ」
「出発って……。あたし怪我してんだよ?」
怪我が回復するまでは、当然ここにいるものと思っていたあたしは、半ば唖然としながら抗議口調でそう言った。
「差し障りはないとフェイが請け合った。ジープの振動は多少響くだろうが」
さらりと。
「ひっでぇ」
「今まで甘やかしすぎたことに気づいたからな。いくらガキだとはいえ、置いていくと言った覚えもないのに、勝手な思い込みでピーピー泣かれちゃかなわない」
かっと頬が赤くなる。
「うるさいな、もうッ」
「さぁどうする? そうしたいならここに残ってもいい。フェイに礼儀を仕込んでもらえば、その口や行儀の悪さも少しはマシになるかもしれん」
「いいね、それ!」
ふんっと、鼻を鳴らして、あたしはそっぽを向いた。
そんなことできるはずないくせに、からかい混じりの売り言葉を、ついつい買ってしまう。
「フェイさんの方が優しいしお金持ちみたいだしね!」
「ただしフェイには、泣いてごめんなさいは通じないぞ」
「うるさいってばっ。十五分で仕度するから、出てけ!」
「十分だ。地下の駐車場にいる」
「横暴ッ!」
「それだけ元気があれば充分だ」
ジュンがドアの向こうに消えると同時に、あたしはベッドから飛び降りた。
この際多少の痛みは無視だ。
サイドテーブルに用意されていた服を超特急で身に付ける。
一緒においてあったリュックを右手でつかみ、あたしは部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、地階を目ざす。
見慣れたジープはすぐに見つかった。
傍らにはフェイとジュンが立っている。
「セーフ?」
「二十秒前。まだまだだな」
「ぶーっ」
親指を下に向けてブーイングする。
フェイがにこやかに笑っているのに気づき、慌てて手を引っ込めた。
「その様子なら心配なさそうですね。手当てに必要なものはすべてこれに入っています。消毒と服薬を忘れないように。もし傷が悪化した場合はすぐに連絡をしなさい。いいですね?」
「はい」
フェイの差し出した袋を受取り、あたしは頭を下げた。
「すまなかった、フェイ」
「いいえ。ヤブキが気にすることはありません。今回の分はメイファにつけるのが妥当というものです」
「だが」
「気をつけていきなさい。ペルソナの追跡が緩んだとしても、組織をつぶされ逆恨みしているグレート・マザーの残党がいます」
「ああ。…感謝する」
「ありがとう、フェイさん」
「いいんですよ、メグ」
フェイに深く頭を下げてから、ジュンとあたしはジープに乗り込んだ。
「元気で」
「フェイさんも」
別れの言葉を交わし、出発する。
ジープはみるみる加速し、屋敷から遠ざかった。
23
街を通り抜け、太陽を追って風とともに大地を疾走する。
「まだ、怒ってるのか」
珍しく、ジュンが先に口を開いた。
「そんなことないよ」
と答えつつ、あたしの口調は完全に拗ねてる。
「だから、ガキだというんだ」
あきれたようにジュン。
怒ってない。
平静のジュンにはありえない饒舌とからかいが、昨夜を帳消しにして気まずさを取り除くためだって、バカじゃないからわかってる。
ただ、どう返すのが一番いいかわからなかったのだ。
……やはり、あたしはまだ子どもなんだろう。
ジュンが、あたしの膝の上にベレッタ1934を置いた。
はっとしてジュンの顔を見る。
「持ってていいの?」
うれしくて自然に顔が笑ってしまった。
「当然だ」
ジュンは前を向いたまま、
「これから、覚えてもらうことがたくさんある。旅を続けるつもりなら、少しは役に立ってもらわないとな」
「うんっ」
「容赦しないぞ。一緒にいると言ったのはお前だ」
「……フェイさんのところに残ったほうがよかったかな」
「もう遅い」
「うええ」
「あのマリアの娘だ、すぐに慣れる。少なくとも、その減らず口に相応しいくらいには仕込んでやるからな。…とりあえず、銃の扱いからだ。安全装置を外したまま銃を放られちゃ、危なくて仕方ない」
「ふんっだ」
思いっきり鼻にしわを寄せて舌を突き出す。
やっぱり、ジュンは優しい。
多分、ジュンは忘れないんだろう。
あたしが側にいようといまいと。
痛み苦しみ後悔も、人が消し去ろうとすることを全部忘れない。
だから、こんなに優しくて強いのだ。
「ねえ、ジュンの名前って、やっぱ日本語?」
ふっと思いついて聞いてみた。
「…ああ」
「どういう意味? 日本語って同じ音でも綴りで意味が違うんでしょ」
「綴り……。そう、漢字によって違うな」
「だから、意味は?」
また、黙殺されたかな、と言うくらいの沈黙の後、
「ピュア」
一言ジュンが呟いた。
「あは。ピュア? ……ピュアね」
笑ってしまう。
だってあまりにも似合いすぎだ。
ジュンはポーカーフェイスを崩さずハンドルを握っている。
大好きなジュン。
ストイックで優しくて馬鹿でピュアなあたしの保護者。
「………どこまで行くの?」
あたしは、いつかと同じ問いをくり返してみた。
「どこへ、行くの?」
「…そうだな、地の果てでも見に行くか」
「うんっ!!」
行けるとこまで行こう。
ジュンと一緒なら、どこまででも。
一瞬を重ねながら旅を続けるのだ。
……いつか、最後の場所に、永遠に辿り着くまで。
あたしはシートに寄りかかって、目が痛くなるような蒼穹を仰いだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
古い作品ですが、移動のために読み返すのは、懐かしくて楽しい作業でした。
※ 別サイトより作品を移行中です。かなり以前に書いた小説なので時勢に合わない部分が多々ありますが、ご容赦ください。
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