欲しいものは
21
ほどなく、いつもの仏頂面でジュンが現れた。
フェイがベッドの脇に置いた椅子に腰かけ、
「傷は、痛むか?」
「少し」
「すまなかった」
沈鬱な声。
「ジュンのせいじゃないよ」
邪魔をしたのはむしろあたしだ。
「フェイさんも、すぐ治るって言ってたし」
「そうか」
沈黙。
ジュンといるときの沈黙が苦しいなんて。
「ジュン……。あたし……」
ここでなにか言わなければジュンを失う。
置いていかれる。
アダチもルキーノも死に、パパも死んだ。
Rプランやイレイザープロジェクトに関することは、決着がついてしまった。
もし、ジュンがあたしと一緒にいるのが、彼らから守るためなら。
それがママとの約束で、彼らが消えることで、約束が果たされたのなら。
ジュンにはあたしと一緒にいる理由がなくなる…。
それを恐れて口を開き、言葉を探しあぐねて唇を噛む。
「思い出したんだな」
「うん……」
慌てて言葉を続ける。
「でも! ママとジュンがあの夜の少し前に会って、それからママの様子が変わったことと、あの夜、パパがママを撃ってそこにジュンが飛び込んできたことくらい。それからあとは、見てないし、覚えてない」
「お前にはすべてを知る権利がある。そこまで思い出したなら、話したほうがいいだろう」
「聞かないでいい」
「だが」
「聞きたくないってば」
傷が痛むほど激しく首を振り、頑なに拒む。
だって、それを聞くことはすべてを終わらせることだ。
ジュンが、ママやパパのことをちゃんと説明したら、あたしは嫌でも納得させられてしまうだろう。
ママとの約束を果たし、語るべきことをを話してしまったら、きっとジュンは、あたしを“安定した生活”ってやつに置き去りにして、自分だけどこかに行ってしまう。
そして、ママの想いを知ったあたしは、それを拒めない。
だったらなにも聞きたくない。知りたくない。
「……これだけは、覚えておくんだ。マリアはお前を愛していた。愛しい娘を大事に育てたかった。それだけなんだ」
「うん」
不器用な日本人は事実しか言わない。
だからあたしはそれを信じる。
それだけでもう十分だ。
「そして」
ジュンはベレッタを取り出して安全装置を外し、あたしの右手に銃把を握らせた。
「メグ、マリアを殺したのは俺だ。ウィルが言ったことの中でそれだけは本当だ。…ウィルもだ。両親を殺した俺に復讐する権利がお前にはある。その、マリアのものだったベレッタ1934で」
「バカっ!!」
ベレッタをベッドに放り投げる。
「バカバカバカバカバカっ! ジュンのバカ!」
右手を痩せた胸に打ちつけ、
「なんで、そんなことっ」
顔を上げてジュンを凝視する。
表情に乏しい真面目な日本人の顔。黒い…あたしと同じ色の瞳を。
あたしは右手でジュンの左肩をつかんだ。
ここにはかつての銃創が深く刻まれている。
「…パパやママなんか、どうでもいい。ジュンが誰を殺してても構わない。一緒にいたい。あたし、ジュンが好き。本当に好き」
泣いちゃいけない。
ここで泣くのはずるい。
そう思うのに、次々に熱い滴がこぼれ落ちる。
「思い込んでるだけだ」
「違う」
「他の人間と接することが少ないからわからないんだ。それは恋愛とは違う」
「ちゃんとわかってる。あたし、もう十五だよ」
「まだ、十五だ。俺の半分も生きてない」
じゃあ、いくつなら、あたしの言うこと真剣に聞くの?
16? 17? 18?
半分でいいのなら、ジュンの倍の早さで、あたしは年を取る。
追いつくのなんかすぐだ。
「……」
どうすることもできなくて、ただジュンを見つめる。
だって、なんと言われても、あたしはジュンが好きだ。
ジュンはあたしから目を逸らして立ち上がった。
「しばらく頭を冷やしたほうがいい」
ジュンが行ってしまう。
「待って! 待って、ジュン」
夢中で追い縋ろうとし、ベッドから落ち、したたか傷を打ちつける。
「つうっ」
燃えるような痛み。
でも、堪えて立とうとあがく。
だって、ジュンが行ってしまう。
今、離れたら、多分もう。
「無理するんじゃない」
ジュンは、戻ってきて床に膝をつき、あたしを抱き起こそうとした。
その首にしがみつく。
「言わないからっ!」
止めどなくこぼれる涙が、ジュンの服を濃く染め変える。
「もう、言わない。だから、お願い! 置いていかないで…」
ジュンはあたしの保護者以外にはならない。
とうの昔に、それを思い知らされていたはずじゃないか。
なのに、あたしはどうして言わずにいられなかったんだろう。
……どうして、こんなにジュンが好きなんだろう。
「…そんなことはしない」
初めて聞いた嘘。
不器用なジュンらしい、聞いただけでそれとわかる嘘。
「子どもなんだよ、あたし。だから、言っていいことと悪いことの区別もつかない。まだ、なにもわかんない。ジュンがいないと生きていけない。あたしを守るって言ったのはジュンじゃないか。」
ジュンに抱きついた右手にぎゅっと力を込め、
「保護者でしょ。置いていっちゃ、やだ」
自分のずるさを十分理解して、それでもあたしはそういった。
…それは、ジュンにとっては辛いことなのかもしれない。
あたしとともに旅を続ける限り、忘却は決して訪れない。
過去の過ちと罪の化身であるあたしが側にいる限り、神の祝福は。
それでも、譲れない。
我儘でも、傷つけても、そのせいでいつか罰を受けても。
ジュンの側にいたい。
それだけが、あたしの願いだ。
「わかってる」
あたしを腕ですっぽり包み、ジュンはあやすように背を叩いた。
「一緒にいたい。それだけでいいから」
「わかってる、メグ」
きっと、ジュンは苦しそうな顔をしているだろう。
見なくてもわかる表情が胸を刺す。
ジュンは、あたしが泣きやむのを待って、
「お前が望む限り側にいよう。何があってもだ。約束する」
融通のきかない日本人の約束は法的な根拠のある証文より固い。
ジュンはあたしの願いを受け入れるだろう。
どんな苦痛を伴おうとも。
「だから、身体を休めるんだ。このままじゃ、傷に障る」
「うん」
まともにジュンの顔を見ることができず、あたしは俯いたまま頷いた。
ジュンはあたしを抱えあげ、ベッドに横たえた。
「少し、眠ったほうがいい」
「ジュン、あたし…」
「心配ない。大丈夫だ」
自分がなにを言うつもりだったのか、なにが大丈夫なのか。
どちらもわからぬまま、ジュンの服の袖をつかんで、目を閉じた。
ジュンの声の優しさに、再び泣きそうになったのを隠すために




