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永遠の旅路  作者: 朔良
最後の場所
23/24

欲しいものは

21

 ほどなく、いつもの仏頂面でジュンが現れた。

 フェイがベッドの脇に置いた椅子に腰かけ、

 

「傷は、痛むか?」

「少し」

「すまなかった」

 

 沈鬱な声。

 

「ジュンのせいじゃないよ」

 

 邪魔をしたのはむしろあたしだ。

 

「フェイさんも、すぐ治るって言ってたし」

「そうか」

 

 沈黙。

 ジュンといるときの沈黙が苦しいなんて。

 

「ジュン……。あたし……」

 

 ここでなにか言わなければジュンを失う。

 置いていかれる。

 アダチもルキーノも死に、パパも死んだ。

 Rプランやイレイザープロジェクトに関することは、決着がついてしまった。

 もし、ジュンがあたしと一緒にいるのが、彼らから守るためなら。

 それがママとの約束で、彼らが消えることで、約束が果たされたのなら。

 ジュンにはあたしと一緒にいる理由がなくなる…。

 それを恐れて口を開き、言葉を探しあぐねて唇を噛む。

 

「思い出したんだな」

「うん……」

 

 慌てて言葉を続ける。

 

「でも! ママとジュンがあの夜の少し前に会って、それからママの様子が変わったことと、あの夜、パパがママを撃ってそこにジュンが飛び込んできたことくらい。それからあとは、見てないし、覚えてない」

「お前にはすべてを知る権利がある。そこまで思い出したなら、話したほうがいいだろう」

「聞かないでいい」

「だが」

「聞きたくないってば」

 

 傷が痛むほど激しく首を振り、頑なに拒む。

 だって、それを聞くことはすべてを終わらせることだ。

 ジュンが、ママやパパのことをちゃんと説明したら、あたしは嫌でも納得させられてしまうだろう。

 ママとの約束を果たし、語るべきことをを話してしまったら、きっとジュンは、あたしを“安定した生活”ってやつに置き去りにして、自分だけどこかに行ってしまう。

 そして、ママの想いを知ったあたしは、それを拒めない。

 だったらなにも聞きたくない。知りたくない。

 

「……これだけは、覚えておくんだ。マリアはお前を愛していた。愛しい娘を大事に育てたかった。それだけなんだ」

「うん」

 

 不器用な日本人は事実しか言わない。

 だからあたしはそれを信じる。

 それだけでもう十分だ。

 

「そして」

 

 ジュンはベレッタを取り出して安全装置を外し、あたしの右手に銃把を握らせた。

 

「メグ、マリアを殺したのは俺だ。ウィルが言ったことの中でそれだけは本当だ。…ウィルもだ。両親を殺した俺に復讐する権利がお前にはある。その、マリアのものだったベレッタ1934で」

「バカっ!!」

 

 ベレッタをベッドに放り投げる。

 

「バカバカバカバカバカっ! ジュンのバカ!」

 

 右手を痩せた胸に打ちつけ、

 

「なんで、そんなことっ」

 

 顔を上げてジュンを凝視する。

 表情に乏しい真面目な日本人の顔。黒い…あたしと同じ色の瞳を。

 あたしは右手でジュンの左肩をつかんだ。

 ここにはかつての銃創が深く刻まれている。

 

「…パパやママなんか、どうでもいい。ジュンが誰を殺してても構わない。一緒にいたい。あたし、ジュンが好き。本当に好き」

 

 泣いちゃいけない。

 ここで泣くのはずるい。

 そう思うのに、次々に熱い滴がこぼれ落ちる。

 

「思い込んでるだけだ」

「違う」

「他の人間と接することが少ないからわからないんだ。それは恋愛とは違う」

「ちゃんとわかってる。あたし、もう十五だよ」

「まだ、十五だ。俺の半分も生きてない」

 

 じゃあ、いくつなら、あたしの言うこと真剣に聞くの?

 16? 17? 18? 

 半分でいいのなら、ジュンの倍の早さで、あたしは年を取る。

 追いつくのなんかすぐだ。

 

「……」

 

 どうすることもできなくて、ただジュンを見つめる。

 だって、なんと言われても、あたしはジュンが好きだ。

 ジュンはあたしから目を逸らして立ち上がった。

 

「しばらく頭を冷やしたほうがいい」

 

 ジュンが行ってしまう。

 

「待って! 待って、ジュン」

 

 夢中で追い縋ろうとし、ベッドから落ち、したたか傷を打ちつける。

 

「つうっ」

 

 燃えるような痛み。

 でも、堪えて立とうとあがく。

 だって、ジュンが行ってしまう。

 今、離れたら、多分もう。

 

「無理するんじゃない」

 

 ジュンは、戻ってきて床に膝をつき、あたしを抱き起こそうとした。

 その首にしがみつく。

 

「言わないからっ!」

 

 止めどなくこぼれる涙が、ジュンの服を濃く染め変える。

 

「もう、言わない。だから、お願い! 置いていかないで…」

 

 ジュンはあたしの保護者以外にはならない。

 とうの昔に、それを思い知らされていたはずじゃないか。

 なのに、あたしはどうして言わずにいられなかったんだろう。

 ……どうして、こんなにジュンが好きなんだろう。

 

「…そんなことはしない」

 

 初めて聞いた嘘。

 不器用なジュンらしい、聞いただけでそれとわかる嘘。

 

「子どもなんだよ、あたし。だから、言っていいことと悪いことの区別もつかない。まだ、なにもわかんない。ジュンがいないと生きていけない。あたしを守るって言ったのはジュンじゃないか。」

 

 ジュンに抱きついた右手にぎゅっと力を込め、

 

「保護者でしょ。置いていっちゃ、やだ」

 

 自分のずるさを十分理解して、それでもあたしはそういった。

 …それは、ジュンにとっては辛いことなのかもしれない。

 あたしとともに旅を続ける限り、忘却は決して訪れない。

 過去の過ちと罪の化身であるあたしが側にいる限り、神の祝福は。

 

 それでも、譲れない。

 我儘でも、傷つけても、そのせいでいつか罰を受けても。

 ジュンの側にいたい。

 それだけが、あたしの願いだ。

 

「わかってる」

 

 あたしを腕ですっぽり包み、ジュンはあやすように背を叩いた。

 

「一緒にいたい。それだけでいいから」

「わかってる、メグ」

 

 きっと、ジュンは苦しそうな顔をしているだろう。

 見なくてもわかる表情が胸を刺す。

 ジュンは、あたしが泣きやむのを待って、

 

「お前が望む限り側にいよう。何があってもだ。約束する」

 

 融通のきかない日本人の約束は法的な根拠のある証文より固い。

 ジュンはあたしの願いを受け入れるだろう。

 どんな苦痛を伴おうとも。

 

「だから、身体を休めるんだ。このままじゃ、傷に障る」

「うん」

 

 まともにジュンの顔を見ることができず、あたしは俯いたまま頷いた。

 ジュンはあたしを抱えあげ、ベッドに横たえた。

 

「少し、眠ったほうがいい」

「ジュン、あたし…」

「心配ない。大丈夫だ」

 

 自分がなにを言うつもりだったのか、なにが大丈夫なのか。

 どちらもわからぬまま、ジュンの服の袖をつかんで、目を閉じた。

 ジュンの声の優しさに、再び泣きそうになったのを隠すために

 

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