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永遠の旅路  作者: 朔良
最後の場所
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過去 1

20 

 覚えのある香りの中で、あたしは目を覚ました。

 

 知ってる、鼻に残るこの…。

 ……そう、漢方薬だ。

 ジュンを失うんじゃないという不安とともに嗅いだこの香りを、あたしは今も覚えている。

 

 身体を起こそうとして、激痛に顔をしかめる。

 思わず手を当てた左腕には包帯が厚く巻いてあった。

 

 そうだった……、あたし…。

 

 音もなくドアが開いた。

 弾かれるようにそちらを見る。

 身体を動かした途端に腕に痛みが走る。

 

「つうっ」

「無理をせずに……。もう少し寝ていなさい」

 

 それもまた覚えのある声。

 

「フェイさん…」

「久しぶりですね、メグ」

 

 二年前と変わらぬ、女と見まごうほどの美貌で、フェイがあたしに微笑みかけた。

 

「痛みがひどいなら、薬を煎じてあげましょう。怪我自体は、弾は掠めただけですし、傷口もきれいだから、若いあなたならすぐに回復すると思いますよ」

 

 フェイは、戸棚からいくつかガラス瓶を取り出し、中の漢方薬を土瓶に入れ、あらかじめ準備してあったらしい卓上コンロの上にかけた。

 強火で一気に沸騰させると、火力を弱めて煮詰めていく。

 鼻を刺す独特の香り。

 

「ここは…フェイさんの店?」

「そう、いくつかある分店のひとつです。だから、安心してお休みなさい」

 

 フェイが薬を煎じるのを見るとはなしに眺める。

 

「………パパは? 死んでしまった?」

 

 それを見たのに、そして覚えているのに、あたしは問うた。

 

「はい」

 

 フェイは淡々と頷いた。

 

「…そう、か。」

 

 かわいそうなパパ。

 せっかく生きていたのに、会えたのに、死んでしまった。

 あたしは、パパを助けなかった。

 ううん、見殺しにした。

 

 …親を見殺しにして平気な娘、か。

 薄情な自分に苦笑いする。 

 でも、懺悔も後悔もしない。

 だって、もし同じ場面をリピートすることが出来たとしても、あたしは同じことをする。

 何度繰り返しても、パパよりジュンを選んでしまう。

 だから、後悔なんてしちゃいけないんだ。

 …きっと、あたしは地獄に落ちるんだろう。

 それでも構わない。

 

 あたしが悲しんでいると思ったのか、フェイは優しい口調で、

 

「酷なようですが、忘れたほうがいい。彼は五年前に死んでいた男です。」

「うん」

 

 あたしは素直に頷いた。

 ふっと、

 

「そういえば…メイファは?」

 

 フェイは、手を止めてあたしを見た。

 知ってるんだ。

 メイファがしたことを。

 

「……手当のあと帰りました。ヤブキにきつく釘を刺されてからね。しばらくはおとなしくしているはずですよ。…メグにとっては許せることではないでしょうが」

「ううん」

 

 あたしは首を振った。

 大嫌いなあの女。

 でも、不思議と怒りは感じなかった。

 例えあたしを殺そうとしたとしても。

 

「実際問題として、当分の間、彼女にそんな時間はないでしょうね。アダチが消えて、これまで実質的にペルソナの指揮系統を把握していたメイファが後任になるでしょうから。組織の完全な掌握と内外の調整で忙殺されるはずです」

 

 メイファが後任。

 と言うことはやっぱり。

 

「……フェイさん。時間はある? 聞いて欲しいことがあるんだ。想像と推測の話でしかないんだけど、いい?」

「いいですよ。薬を煎じ終えるまでにはまだ時間があります」

 

 フェイは椅子を引き寄せ、ベッドの側に座った。

 目顔で促され、あたしはところどころ考え込みながら話し始めた。

 

「イレイザープロジェクトって、あの火事のこと…だよね? Rプランってやつを台無しにしたパパとママ…そしてあたしを消してしまい、全てをなかったことにするための計画。

 昔調べた新聞の記事で3人が死んだことになっていたのは、イレイザープロジェクトまでもが失敗したことを敵に知られるわけにはいかなかったから? 実際は、あたしはジュンに助けられて生きてたし、パパまで生きてたから大失敗だったわけだけど。

 ……メイファは、ペルソナの幹部の中でも一部しか知らないはずの、Rプランやイレイザープロジェクトに詳しかった…。中身だけじゃなくてそれらの計画がどういう性質を持っているかにも。そしてもちろん、ジュンの行動パターンも把握してる。フェイさんが捕まってることやパパが生きてることを持ち出せば、ジュンを動かすのなんて簡単だ。 

 それに今回、メイファはアジトに混乱が起こるって…自分のボスが襲撃されるって知っていた。予測とか曖昧なものじゃなくて、それを利用してあたしを連れ出す計画を立てるくらい確実な情報として。なのに、指揮系統を掌握しているはずのメイファはなんの手もを打たず、…それどころかあたしを連れてアジトから離れた。まるで、ボスを狙う襲撃犯にチャンスを与えているみたいにね。おまけに、ボスのことを嫌っていた」

 

 オフィスビルのアジトから脱出するとき、メモで混乱を予言したこと。

 ルキーノの屋敷に着くまでの奇妙な饒舌さ。

 アダチのことを語るメイファは、最初から全て過去形で話していた。

 すでに死んだ人間の話をするように。

 最初から何も隠そうとしなかった理由もわかった気がする。

 …殺すつもりの相手になら、何を話しても、手駒を明かしても怖くない。

 

「あたしが知っているのはほんの少しだ。でもね、影で仕組んだのはメイファだったんじゃないかって思ってる。

 ボスの下で働くことに飽き飽きして、ペルソナとグレート・マザーが食い合うように計画したんじゃないのかな…。まず、パパを利用してルキーノをそそのかし、アダチを消すように仕向ける。次に、ジュンを利用してパパとルキーノを消した。ふたつとも見事成功。これで、無能な自分のボスと目障りな敵のグループのボス、邪魔な人間が二人も片付いたってわけだよね。

 そして、ついでがひとつ。…ジュンの側にはりついている目障りなあたしを消す。ジュンから預かった手前、アジトで何かがあったらまずいから、不可抗力に見せかけるために、ルキーノの屋敷に連れて行って始末しようとした。あたしの性格なら、どんなことをしてもジュンの元に行こうとするのは分かってたはずだし。…でも、それは失敗した」


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