スローモーション
「マーガレット」
ジュンと睨み合ったままパパ。
「よくやった。さすがは私の娘だ。……生きていたんだね、可愛いお前が無事でよかった」
「…パパ」
「私を恨んでいるのかい? ずっと案じていたんだよ。忘れたことはなかった。しかし、五年前の傷は深く、私はほとんど死にかけた。記憶にも障害が残った。だから大事なお前を捜すこともせず諦めてしまったんだ。すまなかった。……許してくれるね?」
あまりに穏やかな。
幼児に言い聞かせるような優しい口調。
それが、小さい頃の記憶を呼び覚ます。
大好きなパパの記憶を。
「…パパを恨んだことなんかないよ」
「お前は優しい娘だ。さ、持っている銃でその男を殺しておしまい。パパを助けてくれ」
「お願い。殺し合いなんて止めようパパ。ジュンは今まであたしを育ててくれたんだよ!」
「お前も騙されているんだ、マーガレット。ヤブキは五年前私を撃ち、マリアを殺した。そして今また私を殺そうとしているんだよ」
「…ママを撃ったのはパパだ」
「誤解だよ、マーガレット。そんなはずがないだろう。」
「違う。あたしは五年前見た」
それが、あたしの記憶の混乱と喪失の元凶。
優しいパパが大好きなママを撃つ。
その、信じられない出来事を消し去るために、あたしはその場で昏倒し、それを忘れた。
覚えていては生きていけなかっただろう。
忘れていてさえ、ジュンと旅を始めてから半年の間、あたしは言葉も失い、悪夢に苦しみ続けた。
普段、ママに比べてパパのことが意識に上らなかったのも、無意識に制御してたからに違いない。
「……嘘はついてない。確かに私はマリアを撃った。ママは悪い女だったからね。だが、殺したのはヤブキだ」
「嘘だ!!」
否定が欲しくて、ジュンの顔を見る。
なのに、ジュンはなにも言わない。
そのあまりにも苦い表情…。
「……嘘」
「その男のおかげですべて台無しだ。せっかくRプランの全貌を餌にルキーノに取り入り、アダチを抹殺したというのに。
だが、ヤブキがいなければ、まだやり直すことができる。アダチの権力を継ぐのはあの女のはずだ。あの女には貸しがある…。
さあ、マーガレット、ヤブキを撃つんだ。パパと一緒に行こう。パパを助けておくれ、可愛い娘よ」
あたしが、ジュンを?
「できない……。できないよ!!」
「マーガレット! 早くするんだ!」
ぶんぶんと首を振る。
だって、そんなこと、できるはずが!
突然、背後でカタっと小さな物音がした。
一瞬の間隙。
それが張り詰めていた緊迫と均衡を破る。
双方が動いた。
パパはジュンを、ジュンは思わぬ方向……あたしを狙って!?
いやだっ!
考えるより先に身体が動いた。
「やめてっ!」
両手を広げてパパの前に踊り出る。
やめて! ジュンを殺さないで!
それ以外は何も考えられなかった。
ジュンのM92とパパのパイソンが同時に火を吹く。
錯綜する銃声。
ジュンを狙った.357マグナム弾があたしの左腕を掠める。
焼けるような痛み。
着弾の衝撃で吹き飛ばされ、そのまま倒れ込む。
廊下の方で女の呻き声が聞こえた。
痛みを堪えてそちらを見ると、メイファが立っていた。
銃を握っていたはずの右手から血が滴っている。
メイファが殺そうとしていたのはあたしなのか。
だからジュンは。
再び銃声。
相手が構える暇を与えず、ジュンは走りながらパパを撃った。
パパが倒れていく…。
そのスローモーションの光景が、薄れていく意識の中で網膜に深く焼きついた。