突破
笑ったまま、メイファはすっと目付きだけを変えた。
それだけで全く雰囲気が違ってしまう。
「残念だけど、おしゃべりの時間はおしまいみたいだわ」
眼前に屋敷が姿を現していた。
高く厚そうな塀。正面にはうんざりするほど頑丈そうな鋼鉄の門扉が見える。
メイファは、アクセルを踏み込み自動車のスピードを上げた。
ぐいっとアクセルを踏み込んだメイファは、不敵な笑いを浮かべ、
「お嬢ちゃん、後部座席の下のケースを持って、助手席に移ってちょうだい」
声の調子ががらりと変わる。
お気楽に無駄話をしていたときとは違う。
逆らうことを許さない迫力に、あたしは軽口も叩かずにメイファの言葉に従った。
ケースはすぐにわかった。
見ためより遥かに重いそれを持って助手席に無理やり移動し、メイファの膝に置く。
なにが入ってるんだろ。
どうするつもり?
いぶかしんでいると、メイファは、突然あたしの手をつかんだ。
そのままぎゅっと身体ごと横に引っ張って、ハンドルを握らせる。
「え、」
あせって身を乗り出す。
「動かさないで、そのまま握ってて」
言うが早いか、ケースから物騒なものを取り出した。
ブローニング社のハンド・キャノン。口径は20ミリで、エクスプローダー弾頭を使用する。
単発式の…対戦車用だ。
「メイファ? あんた…」
正気かと問う間もなく、メイファは弾を装填し、車窓から身を乗り出した。
グリップに装着されたエンフォース・ストックを伸ばして肩付けする。
銃身の支えもなしに撃つ気だ。
しかも、自動車のスピードも落ちてない。
アクセルは踏んだままだ。
「ムリだって!」
正気かとか、そういう問題じゃない!
イカレてるとしか思えない!
「大丈夫よ。」
メイファは、ふふっと余裕の表情で笑い、
「お嬢ちゃんが、ハンドルをしっかり持っててくれさえすればね」
言うが早いか、ハンドキャノンをぶっ放した!!
耳をつんざく轟音。
鋼鉄の門扉が紙箱のように呆気なく吹っ飛んだ。
メイファが反動で、座席に叩きつけられる。
ハンドルを取られる。
あたしは必死で踏んばり、なんとか衝撃を捩伏せた。
なんて女。なんて女!!
こんなのありえない! 正気の沙汰じゃないって!
メイファはハンド・キャノンを窓の外に投げ捨て、あたしからハンドルをもぎ取った。
「行くわよ。座席にしがみついて。歯を食いしばって頭を庇って」
そんな暇あるもんか!
慌てて頭を腕で抱え込むとほぼ同時に、加速したまま自動車ごと屋敷に突っ込む。
キィィッ!
悲鳴のような急ブレーキ。
覚悟はしていたが、そんなもんじゃなかった。
口を閉じてても舌を噛むほどの衝撃。
屠殺される動物の声に似た音を立て、自動車は、一回転半して玄関に半ば尻を突っ込む形でやっと止まった。
「痛ってぇ」
殺されるかと思った。
ぶつけた場所をさすりもせずベレッタを握って襲撃に備えたのに、パラリとも銃声がしない。
メイファに目配せし、警戒しながら自動車を降りる。
「……ッ」
声を失い、あたしは警戒も忘れて左手で口を覆った。
完膚無きまでの破壊と殺戮。
あたしたちを歓迎してくれるはずの屈強なガードマンや厳つい番犬たちは、庭のそこここに事切れて転がっていた。
生を伝えるものはうめき声すらない静寂の中、ただ血だけぷんと強く匂う。
死体を数える気にもなれない惨状だ。
「…こんな派手な参上の仕方する必要なかったね」
「ええ、本当ね。観客がいなくて残念だったわ」
強引すぎるやり方への皮肉も込めたつもりだったが、通じやしない。
「これ、全部ジュンが」
「そう……」
メイファは辺りを見回し、
「いえ、きっとヤンが一緒ね。ヤブキの仕事にしては血と死体が多すぎるわ」
ふうん。
二年前にフェイの店で会ったチャイニーズの顔を思い浮かべる。
とりあえず、行き過ぎた殺戮には目を閉じて、自分が死なずにすんでよかったって思うべきか。
彼らが生きていたら、そこに転がるのはあたしたちだったかもしれないのだ。
同情するような相手じゃない。
「急がなくちゃならないわ、お嬢ちゃん。私はフェイを捜すから…」
自動車のトランクから手品みたいに銃器をとりだしながらメイファ。
「ジュンを捜す」
「二手に分かれましょ。玩具じゃない銃を貸してあげる」
取り出したうちの一丁をあたしに向かって差し出す。
S&W(スミス&ウエッソン)のM19。
6インチバレルの何の変哲もない銃だけど、護身用に過ぎないベレッタの1934よりは心強い。
「いらない」
一瞬もためらわず、あたしは断った。
これ以外には触らないって約束を破りたくない。
「そう」
あっさり、黒光りするリボルバーをホルスターに戻し、
「脱出は三十分後。目的のものが見つかっても見つからなくても戻ること。時間厳守よ。戻らなかったら置いていくわ。いいわね?」
自分用らしいモーゼルに弾倉をセットしながらメイファ。
多分、モーゼルの中でも大型のミリタリー・M912。
使うのは9ミリ弾で、フル・オートマチックで速射できる。装弾数は……忘れた。もしも今度があったら復習しよう。
重いし、どう考えても女が使う銃じゃないが、メイファなら大丈夫だろう。
ハンド・キャノンを自動車から撃つなんて非常識なことを平気でする女だ。
「了解」
うなずき交わして、二人で左右を警戒しながら屋敷に侵入する。
そこも既に破壊と殺戮の洗礼を受けていた。
目を覆いたくなるような惨状。
一度だけぎゅっと目を閉じ、動揺と恐怖を押し殺す。
こんなの恐くなんかない。
ジュンを失うことに比べたらなんでもない。
「じゃあね、お嬢ちゃん」
惨状にいかなる反応も見せず、メイファはあたしをちらりと見てから走り出した。
フェイの監禁場所に心当たりがあるみたいだ。
…ジュンは、どこにいるだろう。
短い時間でこんな広い屋敷の中のジュンを見つけることができるのか、どの程度のガードマンが生き残ってるのか。
強い不安に襲われる。
でも、行かなきゃ。
ここで立ち竦んでるわけにはいかない。
惨状の痕跡を追い、あたしは屋敷の奥に向かって走り出した。