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永遠の旅路  作者: 朔良
最後の場所
17/24

脱出、そして

18

 メイファが去ってから何時間たったのか。

 扉に寄りかかって座っていたあたしは、外に混乱の気配を感じ、はっとして立ち上がった。

 かちゃっと鍵の開く小さな音が暗い部屋の中に響く。

 …嘘じゃなかったんだ。

 ランプの下のメモを抜き取り明かりを吹き消す。

 一番神経を使ったのは、部屋のドアを開けたときに見つからぬよう、息をつめて外の気配を窺ったところだ。

 見計らってドアを開け、廊下に出てしまったらもうこっちのものだった。

 道順は覚えている。

 騒ぎに乗じて逃げ出すだけだ。

 行く手を阻む扉。

 でも、銀色のプレートの前にメイファのイヤリングをかざすと、扉は音もなく開いた。

 扉を開けるために必要な電子キーが、イヤリングに仕込んであることには、早いうちに気づいていた。

 案内していた時、銀の板に掌をかざすメイファの耳にイヤリングはなかった。

 手のひらの中に隠し持っていたのだ。

 あたしはそれに気づいた。

 だから最初に耳元を撃った。

 

 メイファの見事な赤毛と、艶やかな笑みが脳裏に浮かぶ。

 …でも、その必要はなかったのかもしれない。

 

 何度かひやりとしたものの、かえって不安になるほどスムーズにエレベーターまで辿り着き、駐車場に降りる。

 

「……」

 

 おんぼろジープは姿を消していた。

 予想通りとはいえ、きゅっと胸が苦しくなる。

 仕方ないから、指示どおり、ピンでドアを開けて指定された自動車の後部座席にもぐり込んだ。

 数分のうちに運転席に人が乗り込んできた。

 エンジンを暖める間も惜しんで、ビルから飛び出す。

 自動車が表通りに出ると、ミラーで後部座席をちらりと見、

 

「待たせたわね」

 

 メイファは艶然と微笑んだ。

 あたしは首を振った。

 遅くなんかない。速くて驚いたくらいだ。

 メイファもあの混乱に乗じて抜け出してきたのだろうか。

 

「怖い顔してちゃ可愛いお顔が台無しよ。……そんなに怒らないでちょうだい。私だって組織の人間だもの、思うように振る舞えないことが多いわ」

 

 いつもの腹が立つほど色っぽい笑顔でメイファ。

 

「……どういうつもり?」

 

 脱出経路と騒ぎの起こる旨を記した紙片を、掌の中で握りつぶす。

 あたしの頼みを聞き入れてくれたなんて、思えるはずがない。。

 助けてくれた相手を、それだけの理由で無条件に信用するほど可愛い時期は、もうとっくに終わってしまった。

 しかも相手はメイファなのだ。

 魂胆があるに決まってる。

 

「ヤブキに対する厭がらせって言うのはどう?」

 

 明らかに面白がっている口調

 

「仕事は断っておきながら、お嬢ちゃんを保護してくれなんて、ムシがよすぎるでしょ」

「冗談が聞きたいんじゃない」

「じゃあ、ボスに飽き飽きしてたからだったら納得できるかしら? 器の小さいいけ好かない男だったわ。割り切ってたつもりだけど、長い間のうっぷんが溜まってしまったみたいねぇ」

 

 埒が明かない。

 まじめに話す気がないらしい。

 

「……組織の車の中でそんな話しちゃ、まずくない? 小心なボスが聞いたら大変じゃん」

 

 精一杯の皮肉を込めて。

 

「気遣ってくれるの、優しいのねぇ、メグ。でも、心配ご無用よ」

 

 ふざけやがって。

 一瞬かっとしたが、強く首を振ってそれを追い払う。

 とにかく、ジュンがいるのは敵地の一室より危険な場所なのだ。

 あたしを敵対する相手に“保護”しておいてもらわなければならないほど。

 口に出して確認する必要がないくらい、あたしもメイファも、はっきりとジュンの居場所がわかっていた。

 今この自動車が目指している場所。

 ルキーノってヤツの屋敷だ。

 

 …ジュンはそこに誰を殺しに行ったんだろう。

 あたしを置いてまで。

 

 ホテルやジープでジュンが仕事を終えるのを待つのと、なんらかの目的を果たすために置いていかれるのは、あまりにも違いすぎる。

 ……今度こそ、ジュンは旅を終わらせるつもりなのかもしれない。

 あたしを残して、自分だけ行ってしまうのかもしれない。

 

 二年前と同じ不安。

 結局、あたしはジュンを信じてない。

 この件に関してだけは信じられずにいる。

 「信じてる、信じてる」って呪文みたいに唱えてるだけだ。

 確かに、寡黙な日本人の約束は“絶対”だ。

 でも、正確な内容すら知らないそれは、あたしとではなくママとの約束だ。

 果たされた後にはなんの保証もない。

 それでなくとも、あたしに普通の暮らしをさせたがっているジュンなのだ。

 

「……」

 

 やだやだ!

 もう一度強く頭を振る。

 黙っていれば、流行り病のように不安が飛び火していくばかりだ。

 

「ね、メイファ」

 

 徒労に終わると予想しつつ、違う問いを発する。

 

「Rプランってなに?」

「そう、ね」

 

 メイファは、微かに眉を寄せ、迷っている様子だったが、

 

「差し障りのない範囲で簡単に言えば、ある人物を失脚させるための極秘計画、かしら。

 お嬢ちゃんが“昏い夢”についてどこまで知ってるかわからないけど、ウチは中くらいの組織がいくつも均衡しているから、組織同士の食い合いは日常茶飯事なの。

 実行されたのは十六年前よ。一見パーフェクトなプランだったわ。小心なボスが承認するくらいにはね。でも、計画は頓挫して結局失敗した。……立案者が裏切ったの」

 

 際どい運転で半ば煽るように自動車を追い越すことをくり返しながら、メイファは世間話の口調で言った。

 鼻唄が出かねないほど上機嫌だ。

 

「イレイザープロジェクトは?」

「Rプランを消去するための計画。Rプランみたいなものはね、失敗したら計画そのものを消さないと、仕掛けた方が危なくなるの。イレイザープロジェクトは時間をかけて念入りに実行されたわ。行方をくらました裏切り者の消息をつかみ、その始末を付けて、計画が終結したのは、Rプランを中止して十年以上も立ってからだったわね」

 

 十六年前、その十年以上あとって言ったら……もしかしたら、五年前。

 …奇妙な符合。

 自然に眉間にしわがよる。

 気を紛らすために車窓をる見と、いつの間にか緑が深くなっていた。都心から半時間あまり走っただけとは思えないほどだ。

 それに、周囲から他の自動車の影が消えている。

 メイファが、あたしの考えを読んだように、

 

「もう私有地だからよ。ルキーノの屋敷は瀟洒な邸宅風なくせに要塞も真っ青の設備を整えてるわ。私たちの侵入ももう把握済みでしょう。この時点で反応がないってことは、じっくり屋敷で料理しようとでも思ってるのかしら。広大な敷地の中で起きたことは、外からはわからないしねぇ。

 ウチのボスも同じ考え方だったから、似たような要塞に引きこもってたわ。私は、危険の程度や隠蔽性で都心のアジトが劣るとは思わないけれど。要はセキュリティを始めとする各種システムのハードとソフト、そして人間だもの」

 

 ……メイファのこの饒舌さはなんだろう。

 なんの考えもなく、ぺらぺらしゃべっているとは思えない。

 

「今日はやけにおしゃべりだね」

 

 メイファは目を細めると喉の奥でくくっと笑い、

 

「楽しいからよ。世の中おバカさんばっかりで本当に結構なことだわ」

 

 その笑みの影になにかを隠しているのか。

 それとも、フェイや……ジュンを助けたいだけなのか。

 表情からは読み取りがたい。

 美貌と笑みに惑わされてしまう。

 

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