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永遠の旅路  作者: 朔良
最後の場所
14/24

再会

 

16

 強行軍を続けて十日。

 南の街であたしたちを迎えたのはメイファだった。

 

 街中に入ってしばらくしてから、あたしたちのジープに併走してきた赤いオープンカーに乗った女。

 サングラスをかけててもわかる。

 あの鮮やかな赤毛は見間違いようがない。

 

「……メイファ。ジュン、メイファだ!」

 

 ジュンはなにか考え込んでるふうで、応えない。

 メイファに気づいてないわけがないのに。

 

 メイファが見事なハンドルさばきで、強引にあたしたちのジープの前に割り込んだ。

 ついてこいってわけか。

 赤いオープンカーが右にウィンカーを出す。

 どうするかと思ったけど、ジュンは黙って前のメイファに倣った。

 先導に従って複雑な道順を辿り、高層ビルの地下にある駐車場に到着したのは、小一時間もたってからだった。

 メイファはしなやかな動作で自動車から降り、あたしたちの側に歩み寄った。

 サングラスを取って、窓越しに中を覗き、

 

「久しぶりね。ヤブキ」

 

 嫣然と微笑む。

 その、炎にも似た美貌。

 容貌にもスタイルにも衰えなどひとつも見当たらない。

 メイファは、あたしにも満開の笑顔を向け、

 

「相変わらず可愛らしいこと、お嬢ちゃん。元気そうで何よりだわ。」

 

 ……どうも含みを感じる。二年たっても成長してないって? 

 こちらもにっこり微笑み、

 

「ありがとう、オバサマ」

 

 と、返したが、どう見ても格が違いすぎる。

 ふんっ! 相変わらず、むかつく女だ。

 どうしても、メイファとは反りが合わない。

 メイファはあたしが噛みついたくらいじゃ痒くもないって余裕の表情で、ジュンに視線を移し、

 

「私が迎えても、驚きもしないのね。つまんない男、ちょっとはサービスするものよ」

「フェイは?」

「案内するわ。降りて、こちらへどうぞ」

 

 すぐにジープを降りようとしたあたしは、ジュンに腕をつかまれた。

 振り向いたあたしの耳元で、

 

「マリアの……お前の両親のことは言うな」

 

 有無を言わせぬ深刻な囁き。 

 どうして? と尋き返す前に、ジュンはジープを降りてしまった。

 

「………」

 

 こんな口調のときのジュンの言葉は、絶対命令、だ。

 

 ママ。

 メイファに裏切り者と言われたママ。

 ママは“昏い夢”にどんなふうに関わっていたんだろう。

 二年ぶりにジュンの口からママの名前を聞いたあたしは、忘れかけていた胸のしこりを思い出して、顔をしかめた。

 

「お嬢ちゃん、こっちよ」

 

 メイファが手招きをしている。

 あたしは慌ててジープを降り、ふたりを追っかけた。

 

 駐車場の奥にあるエレベーターに乗る。

 メイファは開閉ボタンの上にある銀色のプレートをちらりと覗き、十三階と十四階のボタンを同時に押した。

 例の足の浮くような感覚とともに、エレベーターが上昇を始める。

 階数の標示盤をじっと見守る。

 エレベーターは十三階でも十四階でもない場所で止まった。位置を示すランプは十三階を過ぎ、しかし十四階はまだ点灯していない。

 あるはずのない階。

 例えば、外側から数えたら三十階しかないはずのビルに巧妙に隠された三十一階目がそれだ。

 抜け穴や隠し部屋のように、設計の段階から仕組まれ、完全に秘密理に作られる。

 オフィスビルという隠れ蓑をまとったアジトというところか。

 

 メイファに続いて、フロアに降りる。

 なんか、拍子抜けした。

 多分、メイファが属する組織…ペルソナの拠点のひとつなんだろうけど、秘密のアジトという感じは全然しない。

 通路沿いにいくつかの扉が並んでいるところは、普通のマンション……いや、ホテルの整然とした雰囲気のほうが近いだろうか。

 乳白色の床と壁には音を吸収する素材が使われているようだ。

 監視カメラの類いは所々におかれた観葉植物や彫像に仕込んであるのか、天井には無粋なものはなく、それ自体が柔らかい光を放っている。

 きょろきょろしてるのはあたしだけだ。

 ジュンには戸惑った様子もない。

 来たことがあるか、でなければ……。

 ジュンの鉄面皮はめったに崩れないから、よくはわからない。

 “ない表情”を読むレベルまで到達するのは、五年じゃ難しい。

 

 先導していたメイファが壁の前で足を止めた。

 行き止まりに見えたが、備えつけられた銀色のプレートに片手をかざすと、音もせずに壁が割れた。

 まるでスパイ映画みたいだ。

 ペルソナは余程資金潤沢な組織らしい。

 同じようにして隔壁のような扉を何ヵ所か開けながら、メイファはどんどん奥のほうへあたしたちを連れていく。

 進むにつれ、あたしは不吉な思いに駆られた。

 トラブルに巻き込まれそうな予感がする。

 

 これまでとは違う観音開きの扉を開け、

 

「中へ、どうぞ」

 

 メイファは優雅な手つきで奥を指し、先に入るようにあたしたちを促した。

 

 やっとゴールか。

 そこは豪奢ではなかった。

 密かに期待していたのに、中央よりやや手前に濃いクリーム色の円テーブルと囲むようにベージュの椅子が何脚か、奥の壁が巨大なスクリーンになっている以外はなにもないというシンプルさだ。

 右の奥にドアらしきものがあるが、ノブも取っ手もないところを見ると、登録された人間にしか開けることのできないって類いだ。どこかにあの銀のプレートがあるんだろう。

 その他は、高価そうな絵画も、廊下にはあった観葉植物も、装飾の類いは一切ない。

 徹底している。

 

「座ってちょうだい」

 

 メイファが言っても、ジュンは動かない。

 

「ビジネスの話よ。」

「………」

「話をする気はないってこと?」

 

 メイファは肩をすくめ、椅子の背に凭れた。

 背後で空気が動いた気がして、あたしは振り向いた。

 扉がぴたりと閉まり、その両脇にブラックスーツを着た男が立っている。

 揃って無個性な顔立ちで、通りすぎてしまった途端忘れそうだ。

 キャラクターを持つことを是としない仕事……。

 やな感じ。

 あたしはジュンの側に寄り、少し考えて上着の裾をつかんだ。

 だって、これまで身体検査も武器の制限も受けなかった。

 両腕は自由なほうがいい。

 

「じゃ、こう言い換えたらどう? 二年前の借しを取り立てたいの。どんな小さな借りでも踏み倒せるあなたじゃないわよね、ヤブキ」

 

 メイファの余裕の表情が癪に障り、思わず歯ぎしりする。

 顔に似合わず強欲な女だ。

 

「……悪いが、借りは別の形で返す。俺はフェイに呼ばれたからきたんだ」

 

 ジュンが淡々と答えた。


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