そして、南へ
14
急にドアが開いた。
安モーテルの立て付けの悪いドアが音もなく開くその気配を感じ、膝を立てて座っていたあたしは弾かれたように顔を上げた。
「起きてたのか……」
「うん……」
ジュンが戻ってきたので、二年前のあの日からあたしのものになったベレッタ1934を、枕の下に突っ込む。
条件つきで護身用として渡してくれたんだけど、ベレッタが一緒にいられる証のような気がして、うれしかった。
「寝てろと言ったはずだ」
あまりにも保護者然とした口調。
「明日は早い」
「うるさいなー、せっかく待っててやったのにさ、」
いつも通りに噛みつき、
「ウソ、もう三時じゃん」
あたしはベッドサイドの時計を見るふりをして、目尻の湿りを拭った。
「メグ?」
「寝よ寝よ。せっかくのベッドなのにもったいないっ」
毛布を引き寄せ頭からかぶる。
今夜はジュンの顔を見たくなかった。
表情の乏しい日本人の顔を、あと一分でも見ていたら、取り返しの付かないなにかを口走ってしまいそうな気がした。
明かりが消え、隣にジュンが横たわる。
眠れぬまま、あたしは、時計の針の音と、それよりも微かなジュンの寝息をいつまでも聞いていた。
15
次の日、起こされたのは、朝の九時を回ってからだった。
ホントなら、日が昇る前…六時か遅くとも七時には出発してたはずだ。
昨日は終っていたガススタンドに寄るためだってジュンは言ったけど、そんなのは道中でどうとでもなるはずだ。
きっと、あたしが明け方まで眠れなかったのに気づいてたに違いない。
まったく、甘すぎる保護者だ。
あたしをスポイルするつもりなのかもしれない。
快調に走りだしたジープの助手席で、デリカテッセンで買いこんだ、猫と目が合ったせいでチキン抜きになったチキン&トマトサンドに、あたしは上機嫌で噛みついた。
夜の不安は、ベッドに置き去りにする。
同じベッドで眠ることなんか、二度とないんだから、それが一番だ。
忘れられることは忘れたほうがいい。
考えたくないことは考えないほうがいい。
元気でいられるなら、そうしたほうが何倍もいいのだ。
マスタードの付いた指をぺろりと舐め、あたしはジュンに聞いた。
「ねぇ、ジュン。どこまで、いくの? ……どこへ、いくの?」
「とりあえずは、南だ」
そっけない返事。
ふんっだ。
肝心なとこで鈍い日本人は、あたしがホントに聞きたいことなんか、わかっちゃいない。
ジュンがアクセルを踏み込む。
加速したジープは南を目ざして快調に走り出した。
次回より第三章に入ります。