夜明けの光 1
13
錆び臭いフェンスに背中を預けてうつむいていたあたしは、最初の光を感じたような気がしてゆっくりと顔を上げた。
遠い朝の太陽に目を細める。
唯一の幸い。
どんな時にもどんな場所にも、太陽だけは平等に昇る。
あたしは、二十階建のビルの屋上で、玩具みたいな街並みの遠くから少しずつ姿を現し始めた太陽を、じっと見つめた。
いつもの元気を取り戻すための儀式。
だけど一向に気分は晴れない。
…せっかく上ったんだけどな。
ビルの屋上に忍び込むのはそう難しくはない。警備員の目を盗んで非常階段に飛びつけば簡単だ。
どこも、オフィスの中ならまだしも、外に対する警戒はかなりずさんだ。
鍵だって、ジュンにレクチャーを受けたから、ちゃちなものならすぐに開けられる。
非常階段を屋上まで足で上るのは少々骨だけど。
無性に高い場所に上りたくなるときがある。
なるべく空に近いところに。
そこに神様なんかいやしないってわかってても。
「……はぁ」
思わずため息が漏れる。
……元気になるはずないか。
だって、悪いことだらけだ。
みっともなくも立ち聞きなんかして、罰が当たったみたいに知らないでいいこと聞いて、情けなくも見つかって逃げ出して、ジュンの怪我は全部あたしのせいで、しかも、行くところまでない。
自業自得過ぎて、涙も出やしない。
目を細めて、ミニチュアみたいな街並みを見下ろす。
昨日はたった三階から飛び降りるのを怖がったあたしなのに、今は二十階から見下ろす遥かな地上が近く恋しく見える。
そこまでは、きっと一瞬だ。
「ここにいたのか……」
背後から聞こえた思いもかけない声に驚き、あたしは慌てて立ち上がった。
途端に身体がぐらりと揺れ、錆びたフェンスをつかむ。
どうして……。
「こっちにおいで」
突然現れたジュンに動揺して声も出ず、あたしはぶんぶんと首を振った。
「そこは危ない」
わかってる。
屋上のフェンスを乗り越えた狭い空間。
目眩でも起こせば、あっという間に地上に墜落する。
「来るな。来ちゃダメ!!」
近づいてくるジュンを制止する。
「なんで、ここがわかったの」
「……もぐり込みやすい高層ビルを教えてもらった」
「ごめん、怪我してるのに捜させたりして」
端正な顔には微塵の苦痛も浮かんでいないが、ジュンの顔色ははっきり悪い。
包帯に滲んだ朱は、きっと傷口が開いたせいだ。
結局ジュンに無理させてしまっていることが辛く苦しい。
「帰るんだ、メグ。こっちへおいで」
「できない」
強く首を振り、あたしは大きく息を吸ってから懺悔した。
「あたし……、ジュンの携帯に触ったの。ごめん」
「いいんだ」
「怪我だって、あたしがすくんで動けなかったせいだ」
「そうじゃない」
「ううん、全部あたしが悪い! あたし…これ以上ジュンに迷惑かけたくないよ。でも、行く場所がないんだ、どこにも…。どうしたらいいかわかなくて、だから…」
いや、本当は違う。
迷惑をかけたくないっていうのは本心だけど、行く場所がないって言うのは嘘だ。
行く場所なら、きっといくらでも見つかる。
むしろ喜んでジュンはあたしを預ける場所を探すことだろう。
ただ、あたしがジュンから離れられないだけだ。
あたしの居場所は、ジュンの隣しかない。
ジュンのいないところに行くのなんか、想像するのもいやだった。
傍にいて、またジュンを傷つけるくらいなら…。
そして、ジュンと離れるくらいなら…。
無意識に、遥か彼方の地上を見る。
「何を考えてる?、やめるんだ、メグ」
ジュンが声を荒げた。