立ち聞き 2
「……行き違いがあったらしい」
長い沈黙のあと、ジュンはぽつりとつぶやいた。
「行き違い?」
メイファは柳眉を逆立て、
「そうやって、命がけの情報を無駄にするのね。……変わったわ、ヤブキは」
「変わらないさ」
「死ぬつもり? それともあのお嬢ちゃんのせい?
だったら、いっそペルソナに戻るべきよ。そしたら、少なくともひとつは敵が減るでしょう。最初から今のその生活には無理がある。敵を増やしながらの放浪なんて愚かよ。遅かれ早かれ破綻して死ぬわ。
だからその前にペルソナに戻りなさい。今、うち組織の指揮系統を実際に掌握しているのは私だもの。アダチに取りなすくらい簡単よ。あなたの実力があれば、昔の軋轢なんかすぐ帳消しにできる。
……確かにあなたは強いわ、でも、ひとりにできることには限りがあるでしょう」
ジュンは応えない。
メイファは皮肉な笑みを頬に浮かべ、
「そんなにお嬢ちゃんが大事? 安全とわかってても血なまぐさい世界には巻き込めないくらいに? でも、今だって大差はないはずよ。……いえ、お嬢ちゃんにはなにも話してないんだったわね。」
わずかに目を見開く。
「まさか……。自分がやってることを知られたくないなんて、センチメンタルなこと言い出すんじゃないでしょうね」
「メイファ、君の言う通りだ」
自嘲めいた口調。
一瞬鼻白んだメイファは、すぐに、きっとジュンを睨み、
「愚かね、ヤブキ。あなた死ぬわ。あのお嬢ちゃんのために」
怒りの表情とは裏腹に、メイファの声は少し震えていた。
「俺は……三十まで生きるつもりはなかったよ」
「あんな子、あなたの意識がもどる前に殺しておけば良かった」
淡々とした調子は、本気であるゆえだ。
「……メイファ」
ジュンの声に冷たい怒りが宿る。
メイファは、一歩も引かず、
「そして私があなたに殺されるのね。本望だわ。……ヤブキがそんなにあのお嬢ちゃんに執着するのはマリアの子だから?」
「なぜ、それを…」
ジュンがはっとしてメイファを見る。
聞いちゃいけない。聞かないほうがいい。
そう思うのに、釘付けになったまま動けない。
「どんなことでも調査するのが生業のひとつだもの。あなたもよく知ってるでしょう。……心配は無用よ。調べ上げたのは私直属のチームだから、他には漏れないわ」
「追跡の手に苛烈さが欠けるのはそのおかげか、すまない…」
メイファは堪え切れなくなったように声を荒げ、
「どうして! なぜ、ヤブキがそこまでするのっ」
「約束を、した」
「マリアと? 裏切り者とどんな約束をするのよ。あの時、あなたまで裏切った女じゃないっ」
はっと息を飲む。
「……まさか、プロジェクトに志願したのは最初からそのつもりで……」
なに、それ。
ギシっと、我知らず踏み出した足が、大きな音を立てた。
血管が絞られたように身体がすっと冷たくなる。
どうしよう!
「だれ…?」
穏やかなメイファの誰何。
隠れているのがあたしだと分かってるに違いないその声に、ドアを開ける勇気は到底なく、ドアの陰に隠れたまま、
「…あたし……ジュンが心配で」
平静を保とうとしても、声がひきつる。
「……ごめんっ」
たまらず逃げ出す。
「メグ!」
「まだ動くのは無理よ、ヤブキっ。お嬢ちゃん、待ちなさいっ」
あたしは、ジュンとメイファの声を振り切って、その場から逃げ出した。