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永遠の旅路  作者: 朔良
流浪の民
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黎明 ~夜明け前

※ 別サイトより作品を移行中です。かなり以前に書いた小説なので時勢に合わない部分が多々ありますが、ご容赦ください。


感想・評価等、とてもうれしいです。励みになりますので、お気軽にお願いします^^

~prologue~ 黎明


 モーテルにたどり着いたのは夜半過ぎだった。

 

 それでも、僥倖と言うべきだろう。

 今夜ベッドで眠ることはほとんど諦めていた。

 真っ先にベッドにダイブして寝そべったあたしに、

 

「バスは?」

「ううん」首を振りながら毛布を引き寄せ、「明日の朝にする。今日は遅いから、寝る」

 

 そうかと頷き、バスに消える後ろ姿を横目で見る。

 すぐにシャワーの音が聞こえてきた。

 

 多分、今日はバスを使う時間が長いはずだ。

 だって、硝煙の匂いがした。

 いつの間にか敏感になったあたしの鼻は、ジープに乗り込んだ痩躯から、確かにそれを嗅ぎ取った。

 あれだけの腕を持ちながら、幾度も血を見ていながら、あのくそまじめな保護者は、銃とそれを使う自分を深く嫌悪している。

 最近、ようやくそれに気づいた。

 だから、あたしには決して銃を使わせないのだということにも。

 なのに、それを押し殺して使わざるを得ないのは、間違いなくあたしのせいだ。

 あの馬鹿な保護者の犠牲の上で、大きな怪我もなく、まだ誰も殺さずに、あたしは生きている。

 それだけの負担を課していながら、あたしにできるのは、硝煙の匂いを早く落とすために、バスを譲ることぐらいなのだ。

 力になりたい、助けたいのに、肝心な場面ではそれを許されない。

 

 …その痛みは、あのくそ真面目な日本人はきっと分からない。

 

 安モーテルのぬるいシャワー。

 勢いに欠ける水流で、石鹸の泡とともに洗い流されていくものはなんだろう。

 悔恨か苦渋か。罪に汚れた手をそそいでいるのだろうか。

 それが、御祓なのか懺悔なのかを聞くことも、苦しみや痛みを受け止めることもあたしには許されない。

 寡黙な保護者をこの生活に縛りつけている犯人に、その資格があるはずがない。

 

 果てのない旅。

 逃亡と放浪の中で消えてゆく今日。

 星空の下で、たどり着いたモーテルのベッドで、ひとときのあいだまどろみ、日が昇るとともに、太陽を追ってジープを走らせる。

 時として殺伐とする生活のせいだけではなく、お互いを気遣いすぎることで起こる、言い様のない疲れと痛みを噛みながら、日々を重ねて、もう七年も立つ。

 

 十七歳と三十五歳。

 もうすぐ、年齢の半分に追いつくというのに、あたしは少しも変わっていない。

 昔は気づかなかったことも見えるようにはなった。

 でもそれだけだ。

 本質は変わらない。

 聞き分けのない子供みたいに。

 …十五の時から、あたしは大人になるのを放棄したのだ。

 

 バスルームのドアが開く音がした。

 

「バスを」

 

 聞こえない振りをして、黙ったまま寝返りを打つ。

 

「……もう、眠ったのか」

 

 しばらくかさかさと動く音がしていたが、やがて、明かりが消えた。

 ベッドに入ってくる気配。

 程なく隣からは微かな寝息が聞こえてきた。

 あたしは一向に眠ることができず、がたがたと風に鳴る窓の軋みを聞きながら、ぼんやりといろんなことに考えを巡らせ続けた。

 

 呻き声が聞こえたのは、明け方近くだ。

 うつらうつらし始めていたあたしは、はっとしてぱちりと目を覚ました。

 無意識に自分の口から漏れたのか、それとも、風の音を聞き違えたのか。

 

 ……いや、違う。

 

 息を潜め、隣の気配を伺った。

 

 なにに、それほど苦しめられているの?

 伺い知れない過去、忘れたいはずの出来事、七年前の、それとも、二年前の?

 そうじゃなかったら……。

 

 いや、その全部なのかもしれない。

 

 バカな保護者は、どんなことも決して忘れない。

 忘れようとしない。

 あたしには、「忘れたほうがいい」って「人間は忘れる生き物だ。それだけが、神の人間に与えた祝福だ」って教えたくせに。

 

 寡黙な日本人は、決して忘れないことを贖罪の代わりとしているように、仏頂面の陰に計り知れないほどの痛みを抱え続けて生きている。

 修道者ばりのストイックな生活も、そのせいなのかもしれない。

 

 楽に生きればいいのに…。全部忘れて、洗い落として。

 他人にはそれを許すのに、自分には欠片も許さない。

 くそ真面目に、マゾヒストみたいに、苦しみを甘受している。

 

 だから、バカだって言うんだ。

 そのせいで、こっちまでバカになる。

 最良の選択を捨て、身勝手な願いにしがみつき続ける。

 いつまでたっても…。

 いくつになっても。

 ぎゅっと拳を握って、身体を起こした。

 すぐに敏感な保護者も目を覚まして上半身を起こす。

 

 白々とした月光を映す、真黒の瞳。

 …あたしと同じ色の。

 

「……」

 

 半瞬見詰め合い、あたしはすぐにそっぽを向いて窓を見た。

 

「どうした?」

「……怖くて……。……風の音が、怖くて」泣きそうに笑う。

「ガキ」

 

 大きな腕に引き寄せられる。

 無駄なものをすべて削ぎ落としたように鍛え上げられた痩躯。

 胸に頬を押し当てて鼓動を聞く。

 

 なんて……優しすぎる、バカな日本人。

 

 胸の痛みを隠して寄り添う。

 

 その夜。

 あたしは、久しぶりに暖かな腕の中で眠った。

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