花火大会前日
それから時は早く流れていった、別に俺はお年寄りじゃないぞ。
花火大会の話が持ち上がった日は心結と柏木が喧嘩ムードになってるのを傍目に俺と大樹が会話をしたりしていたら何か学校終わってたし、その次の日もその次の日も、俺は心結とも柏木とも口を聞く暇がなかった。
そして今日は花火大会前日。
「妙に張り切ってるな」「そりゃぁそーでしょ」「そんなもんなのか?」「さぁねぇ?」大樹は相変わらずの意味深口調だ、やたら腹立たしい時もあるが、聞いてどうにかなる事の方が少ないだろう。
「ま、どうでもいいこったな」「果たしてそうかな・・・?」「?」俯き気味にクククと笑う大樹はとても気持ち悪い、いやいつも気持ち悪いが今はそれが全面的に解放されている、結論、とっっっっっっっても気持ち悪い。
「あ!」「どした」俺は気持ち悪い大樹の言葉で思い出す。
「そういや、今日早く帰らないと・・・」「あー・・そうなの?今3時55分だから授業終了から25分経過ってとこか、間に合う?」「わっかんねぇ、すまんな大樹 花火大会のことも合わせて明日念入りに話そう」「おうよ」じゃあな、と手を振って大樹と別れた、俺はそのままダッシュで玄関へと向かう。
玄関は授業終了直後の活気溢れる人混みはなく、人一人いない静かな空間となっていた。
「急げ・・・」今日は母さんが居ない日だから、早めに帰らないと学習時間・遊び時間・料理時間が著しく損なわれる。
俺は上靴を脱いで靴箱に入れようと靴箱の蓋を開けた。
「・・・なんじゃこれ」俺の外靴の上にはハートのシールで留められているピンク色の便箋。
「・・・ラブレター?」いや・・、まさかね けど靴箱の中に『ポストと間違えちゃった、てへ』って感じで大事な紙を入れるはずもないよな・・・ってことは、マジの方?
「見てみるか・・・」俺はシールを外して中身を取り出す、中にははがきサイズの紙が一枚。
「『話したい事があるから放課後一年D組に来てください』・・か、時間ねぇってのに」俺は上靴を履き直して、階段を駆け上がって一年D組を目指した、幸い大樹とはすれ違わなかった。
「ここか?」俺は扉を開けて入室した、ルームプレートには『D』の文字。
ガララ、音を上げて扉が開けられる。
「待ってました」「君は・・・」黒髪の腰まであるロングヘアー、だがくせっけなのか所々髪の毛がピョンってなっている、綺麗な雪肌にピンクで塗ったかのように綺麗な唇が見える、瞳は髪と同じく漆黒。
容姿端麗、この一言につきる、ってか妙に俺の周りにやたらこういうのが集まってくるのはなんでだろうな?
けどその格好は一度目にしたことがあった。
「君はあのときの」俺が入学当日に助けてあげた女の子だ。
「ええ、あの時はどうもありがとうございました」ペコリ、彼女はそうやってお辞儀した 長いストレートが弧を描いてバサっと前になだれ込む。
「あぁ・・いや、別に気にするほどでもねぇぞ」早く帰りたい俺は適当に話を逸らす事にした、さっきのラブレターの文面からして『話したい事』ってのは俺へのお礼だろうから。
「その・・それでもう一つ」さっきまでの冷静な態度から一辺、歯切れの悪い口調で言葉を紡いだ。
「もう一つ?」「はい・・えっと、助けて貰った時に 服破けたりしながらも戦ってくれてて」「あぁー・・あれね」相槌を瞬間的に入れる事で会話を早く進めさせる事ができる、俺の7つの秘技の一つだ、ちなみに後は影分身ができる、俺はナ●トか。
「その・・その時、初めて心がキュンってしたんです」「はぁ・・」ややこしい話になってきやがったぞ。
「私、あんな経験初めてで・・その胸が締め付けられるような感覚に陥って・・それで・・」「えーっと・・」それはつまり・・・心臓病か何かかな?絶対に俺への好意ではないはずだ。
「あー・・いや、けどな 俺そういうのは」「それで・・」「あのー?」「私、惚れちゃったんですっ!」「!!!」160kmのストレートをいきなり放たれた気分だ、意識が一瞬で冴える。
「えっと・・だから俺はそういうのは」「あなたの体にっ!」はい来たよー、この残念な感覚 デジャブだ。
確か柏木との会話の第一声も『胸が大きな女子は好きですか?』から始まった気がする、今思い出すだけで悶えそうなくらい恥ずかしい。
「もー・・あの鍛えられた腹筋とか、パンチの溜めの時にグっと浮き出る背筋とか・・はふぅ」「あの、大丈夫ですか?いい精神外科紹介しますけど」ダメだ、完全に筋肉フェチな人だよ。
思い出せば、確かにヤンキーの一人を殴って昏倒させてから他の数人に囲まれて服破り捨てられながら争った記憶がある、彼女はその時よだれを垂らして妙に嬉しそうな顔で倒れ込んでたような。
「・・・要件はそれだけか?」「それと、もう一つ」アンタは相棒の杉下●京か。
「甲羅川の花火大会、知ってるよね?」「あー・・知ってるね」嫌な予感しかしないんですけど。
「一緒に行かない?」ほらきたー、ただでさえ心結と柏木で戦場になりかけてるところにコイツを投入したらどうなるか、火を見るよりも明らかだ・・・が、断ったらねだられて余計帰りが遅くなってしまうだろう。
「あー・・二人きりじゃないけど、いい?」「うんっ」「あー・・聞き忘れたけど、名前は?」「七瀬涼花」「七瀬さんね・・」「涼花って呼んで」「す・・涼花ね・・」初対面ではないにしろ、あまり会話しない女子を下の名前で呼ぶのはちょっと恥ずかしい。
「えーっと・・これで終わりかな?」「ええ、ホント、ありがとうございました」「い・・いえいえ」顔を引きつらせながら俺は教室を出た、出る間際「あの筋肉・・・たまらないわぁ・・」とか聞こえたのは気のせいだろう。
「・・・はぁ」玄関まで降りて今の状況を振り返る。
花火大会、喧嘩モードの心結と柏木、筋肉フェチな美少女、気持ち悪い大樹 これらを照合し、導き出される結果はこうだっ!!
「詰んだな」