海水浴で、バッタリっ
「麗香ー?」「秋良、もう着替えた?」俺は女子更衣室から距離を取った場所で話しかける。
ここの更衣室は温泉の女風呂みたいに布切れ一枚で隔たれている為、会話できるのだ。(その代わり不用意に近づくと即補導されるけど)
「ああ、お前は?」「ちょっと待って、紐が結べなっ・・」「・・紐?」聞き間違いだろうか。
「(いやいや、俺の脳内処理おかしいでしょ、どうやったら紐って聞こえるんだよ、何・・・福音なの? 神のお告なの? クリスチャンに謝れよ)」俺はぼーっと女子更衣室の斜め上、つまり空を見ていた。
「・・・まだか?」俺が少し距離を縮めた瞬間に、バっと勢いよく麗香らしき人物が飛び出して来た。
「・・ほえ?」それは紛れもなく麗香だ、麗香なのだが。
「・・・・」格好が、凄く、色っぽい、です。
上下に分かれるタイプの奴で、上は普通に円形で膨らみを支える為のものなのだが、下が・・・下のその横が・・・。
「紐ぉっ!?」紐でした、アーメン。
「や・・あのね? 少し迷ったの、っていうか早いかなって・・けど・・その・・ね? 夏なんてすぐ過ぎちゃうし、一回くらいはいいかなー、なんて・・」てへへ と笑う麗香、いや・・・俺は構わないけど、いやむしろ大歓迎ですけど。
「周囲の注目はハンパないだろうな」「あ・・・」麗香は自分の格好を改めて見直す。
「あ・・あ・・・」顔を真っ赤にしてフリーズ、言語機能が麻痺したと思われる。
「ま・・気にする程でもないか」俺は海へと向かって歩く、麗香は少し壊れていたものの、俺が歩き始めると渋々ついて来た。
「・・・ん?」俺は遠くを見ると、見たことのある人物が一人・・否、二人。
片方は俺の幼馴染によく似た人で、もう片方は俺が助けた筋肉フェチな女の子に似た人だ。
「・・・ついてきてたのかよ」「どうしたの? 秋良」相変わらず気がついてない麗香、お前・・・鈍感ってレベルじゃねぇぞ。
「(まずいなぁ、麗香にバレたらそれはそれで怒りそうだしなぁ・・・)」俺は何か代案を考える、砂浜で遊ぶとかちょっと人気の少ないところで泳ぐとか。
けどそれすらも時間稼ぎにならない、必死に考えているのに時は一向に進まない、
「秋良、早く泳ごっ?」「あ・・ああ、悪い悪い」だが、実際分かったところで何もない・・・かな。
偶然なのだ、偶然、まぁラッキーではなくアクシデントなのだが。
「早くー」「へいへい」麗香は走り始める、すると周囲からどよめきが上がり、視線が麗香に集中する。
「え・・なに?」麗香は首を傾げた、だが俺には理解できた。
上半身の膨らみが、走る際に揺れまくったのだろう。
麗香の胸(膨らみって言うの疲れた)は常人よりある、故に少しでも走ると、その・・・少し不健全なのだ。
「麗香、こっちこっち」俺が手招きで麗香を呼ぶ、すると周囲の男性から舌打ちが聞こえた。
俺は耳打ちする。
「(あんまし走らない方がいいぞ、自分の格好見てみろ、主に上半身)」「へ?」麗香は3度目の見直しをする。
ギュイーン、それはまさに一瞬だった、顔が瞬間的に真っ赤になる。
「へ・・変態っ!」パシン、とビンタ一発。
「俺かよっ!?」少し意外な不意打ちに回避も防御もできず、顔面にモロクリーンヒット。
「ふんっ! もう知らないっ」麗香はプンスカと怒りながらドスンドスンと足音をたてて海へ向かった。
「なんだって俺が怒られなきゃいけなっ!?」「ユアァ、ダァァイ!!」背後から不穏なワードと共に飛び蹴りをかます謎の人物。
「誰だァっ!・・・え?」ヤンキー紛いの人かと思ったら、その人物の正体は愛華だった。
「愛華?」「兄ちゃんは素で変態だね」「いきなり!?」愛華の格好は去年と変わらずフリルの着いた上下がくっついてるタイプの水着を着ていた。
「愛華、一人で来たのか?」それはさすがに可哀想だな、と思っていると。
「お母さんと一緒に来た」「母さん・・・?」あの月一休みという過酷スケジュールをこなす変人と一緒に?
「今着替え中だから、私戻るね」「あ・・? ああ」俺は愛華を見送りつつ、さらに視界の隅に何かを見つける。
金髪・青い瞳・日本人離れしたスタイル、トップクラスの容姿を持つ可憐な美少女、マリアヌ=アリスだ。
「アリスまで・・・?」アクシデントに次ぐアクシデントなのか、それとも必然的な何かなのか。
「いや・・・え?」俺は思考がシャットダウンしそうになる、何で麗香の日だけやたら偶然多発するの?
「え・・・っと」麗香は既に海の中でキャハハしている、えーっと、どうすればいい?
「多分会話とかしてたらアウトだろうな」一応麗香の注文に従うのが一番だろう、俺は海へと向かった。
「心結さん」「涼花ぁ、冷たくて気持ちいいよー」涼花は砂浜から心結に声を掛けた。
「えーっと、泳ぐんですか?」「あったりまえじゃーん」「は・・はぁ」涼花は乗り気じゃないようだ。
「泳げないの?」「なっ! 何を言ってるんでしゅか! 泳げみゃしゅよ!」「そっかー、泳げないのかぁー」心結はさり気なく涼花を泳げない人扱いした、確かに泳げないのだが。
「大丈夫、このミラクルスイマー心結が伝授して差し上げるよぉ」「そ・・そうですか・・」落ち込み気味な涼花。
「こうやってー」「こ・・こうですか?」手とり足取り、心結は教え始めた。
涼花がクロールを習得するのは、これから10分後の事。
「海水浴はいいけれど、周りの下衆な目線が気に入らないわね」アリスは突如として暴言を吐いた。
「まったく、秋良君さえいれば、テンション維持も楽でしたでしょうに」アリスは肩を落とす。
「・・・あれ?」だが視界の隅に海の中でとある人物と遊ぶ一人の男性の影を見つける。
「・・秋良君?」アリスは駆け出した、脇目も振らずに駆け出した、周囲からはやはりどよめきが起きた。
「まーったく、お母さん早くー」「もう少しぃ、先泳いでなさぁい」お母さんのまったりとした口調に少しながらイラっ☆としつつ、愛華は素直に海へと向かった。
「兄ちゃんをイジって暇つぶししよー」とても妹とは思えない発言をする愛華。
「あれー・・兄ちゃんどっかいった」さっきまで秋良が佇んでいた場所へ来ると、秋良はいない。
「ん、あっちかー」そこから数十歩の距離に海が広がる、その海の比較的浅瀬な場所で、明を見つける。
「いっくぞー」愛華は駆け出した。
「麗香ーっ」「誰ですか」「ちょ・・!」さっきの件はまだ引きずられていたようだ。
「お前なぁ・・さっきのは俺が教えなきゃ、周りからずーっと視線感じるハメになってたんだぞ・・・」脱力しつつ俺は麗香を諭す。
「なぁーんて、冗談だよ」舌を出して麗香は笑った。
「・・・はぁ、お前の冗談は冗談に聞こえないから怖いや」俺は苦笑しつつ、海へと目を向ける。
広がる海、泳ぐ人たち、クロールする涼花、漂う心結、飛び込むアリス、突如蹴られる俺と蹴った愛華、驚きで目を丸くする麗香、うん・・・おかしいことしかない。
「どーゆうことだよっ!!!」全身全霊で俺はつっこんだ。
「あ~、秋良さんじゃないですかー」涼花は「やぁやぁ」と近づいて来た。
「あっくーん」心結はプカプカとこちらに近づいてくる。
「秋良君っ」アリスもジャバジャバと浅瀬を走りながら向かってくる。
「絞め殺す!」相変わらずサディスティックな愛華は俺の首にまたがるようにして、首を上に引っ張る。
「痛い痛い痛いっ! やめろっ!」俺はまず愛華を止めにかかった。
「秋良、これどういうこと?」麗香はパチクリと瞬きをしている。
「いやぁー・・俺にも分からないんだよ・・、偶然、としか言い様がない」俺はボリボリと髪を掻く。
「・・・・」麗香はしばし沈黙すると、ニコリと微笑んだ。
「みんな、まず一回海の家に行こっ? そこで事情を聞きたいからさ」別に恐ろしさを感じさせるよう言い方ではなく、ただ単に皆を歓迎しているような雰囲気の麗香。
「いいですけど・・」「もう少し泳ぎたいなぁ」「走って疲れたから丁度いいですね」「兄ちゃん奢って」ほぼ満場一致で海の家へ向かうこととなった、あれ、麗香は怒らないのか?