夏休み2週間前
俺は心結を送り、アリスと別れて家に帰った。
愛華と母さんが仲睦まじく遊びにふけっているのを見て、俺は2階でおとなしく寝る事にした。
閉じる視界、そして広がる無限の闇、脳裏にチラつく麗香の姿。
「・・・明日、話せるかな」女子男子関係なく、友達と会話できないというのは、やはり気まずいものだ。
「はぁ・・・」短くため息をつくと、睡魔が俺を襲い始める。
俺は身を任せて、深い深い眠りに落ちていった。
約12時間程、つまり俺は半日眠ってしまった。
というわけで、翌日。
異様に減った腹をさすりつつ、階下へ行くと珍しく母親がごはんを作っていた。
「おはよ」「あら、早いわね」キッチンからこちらを見上げる母親はエプロンを着用している。
「珍しいね、飯作ってるなんて」「たまにはね~」俺は制服に着替え、勉強道具等をペラッペラな学生カバンに突っ込んでテーブルに突っ伏す。
「ま、さしずめ 愛華と楽しい時間を過ごせたから張り切ったって感じだろうけど」「何言ってるのよぉ」誤魔化そうとしたらしいが、声が嬉しそうだし、言葉の最後あたりでは「うへへ」と下品な笑い声が聞こえた。
「仕事は?」「今日はお休み、3ヶ月ぶりねぇ」「めっちゃハードだな」俺の母さんは良くわからない仕事を生業としているらしく、休みは3ヶ月に1回頻度という超ハードスケジュール、その代わり月給はガッポリだとか。
「ま、休みって言っても多少仕事は積もってるんだけどね」テヘっと舌を出して笑う母親、年甲斐もなく幼げな行動をするのはよしてほしい。
「はー・・・、大変だね」「そうね~、けど子供の事考えれば大したことないわよ」「愛華だけだろ」俺は適当な調子でボヤきつつ、出された手料理を食べ始めた。
「そんなことないわよ」「そーですねー」ガツガツと品もなく食べ始める俺。
「さってと・・・今何時?」「7時」「早く起きすぎたか」手持ち無沙汰になってしまった俺はテレビを点ける。
「そういえば、仕事について話してなかったわよね」その時母親はそう切り出した。
「どうしたってんだよ? 愛華にすら教えてない情報だろ?」優先順位で言えば世界平和よりも愛華を取る位の愛華フェチな母さんが、愛華より俺を優先して話すなんて珍しい。
「ええ、けど愛華には教えないでほしいの」「?」いつになく真剣な声音でそう語る母親。
だから俺は軽くおどけてこう言った。
「世界を股にかける位の大仕事でもやってるの?」「・・・似たものかもね」「・・え?」冗談だよね、自分の母親が世界レベルで仕事してるなんて、嘘だよね?
「表だった行動ではないけど・・・ね」「・・・(ゴクリ)」俺は生唾を飲み込む、何だろう・・・不穏な雰囲気が漂っている。
「・・・・」「・・・・」お互いに何も喋らない、無言の硬直が続く。
「・・・・やっぱり、やめましょうか」その長い硬直を切り裂いた母親は話を止めた。
「そうだな、聞いても良さそうな事じゃないし」俺も肯定する、どうせロクなことじゃない。
「お母さぁん」「愛華ぁーっ!」階下に降りる愛華に抱きつく母親、やっぱああじゃないとな。
「・・・時間か、俺先向かうわ」「うん?早いね兄ちゃん」「ああ、少し野暮用がな」俺はそう告げると、家を飛び出て、学校へと向かった。
学校についたのは8時だった。
途中で少し厄介事に絡まれたせいで遅れをとってしまったのだ。
「くそ・・・もう少し早く着きたかったんだが・・・」俺はダッシュで教室へ向かった。
中にはもう複数人の人だかりが形成されていた、俺の登場で少しビビったようだが。
「(麗香は・・・)」俺は視線をクラス中に移す、すると。
麗香は居た、俺の隣の席で本を読んでいるようだ。
「れ・・麗香」「あ・・秋良、どうしたの?」俺の声に本から顔を上げて反応する麗香。
「あ・・いや、お前昨日怒ってたから、何か悪い事したかなぁ~って・・」「あ・・そのこと」麗香は苦笑いを浮かべてこう言った。
「えっと・・・あの、アリスって人、許嫁だって聞いて少しショックになっただけ、ただそれだけ」麗香はごまかしたようにそう言った。
「・・・そうなのか?」「え・・ええ、勿論」アハハと軽快に笑う麗香の瞳がキョロキョロと左右に泳いでいるのがとても気になる。
「ま・・なら、いいか」だが、それでも、会話出来た事で少し心の支えが取れた気がする。
「あっくーん」「心結?」「秋良君っ」「アリス・・・?」麗香と会話している最中、後ろから心結とアリスの声がした。
「まったく・・・秋良は相変わらず知らないうちに人を惹きつけるよね」苦笑いをする麗香。
「・・・それ皮肉?」俺は少し拗ねた口調で言った。
「別に~」そのまま読書へと戻る麗香、何はともあれ、元に戻ってくれたっぽいな。
そして直後、先生が教室に入ってきた。
「ひゃっほぉ、今日の俺様はスーパーノリノリだぜぇ!」「・・・・・・・」相変わらずキャラ統一されてない先生。
「さってと、HR始める」そう言って朝のHRが始まった。
「あ、それとだな」すると先生は思い出したかのように違うことを話はじめた。
「もう夏休み2週間前だ、気が緩むのは仕方ないが、各自気をつけるように」忠告をすると、HRに戻ってしまう。
「夏休みか~・・・」俺はボーっとしながらうっすらと考える。
「(・・・いい思い出がまったくねーな)」思い返してもいい思い出はまるでない。
俺は窓を見ながら、今までの夏休みを走馬灯のように思い返すのだった。
「夏休みねぇ・・・」一方心結は心結で悩んでいたようだ。
「今度こそ、あっくんとどこかでかけたいなぁ」心結はボソリと呟く。
すると。
「心結、いい情報があるんだが」気持ち悪い声で囁く一人の男がいた。
「・・・・いい情報?」「ああ」男の名は大樹、通称お節介である。
「夏休み、最高の思い出にしてやろーじゃねーか」大樹の張り切り具合に引きつつも、しっかりと聞き耳を立てる心結。
「かくかくしかじかで・・・」「!!!!」心結は驚く。
「・・・・宿泊・・・!!!」それは、心結にとってはハッピーで、秋良にとってはバッドなミラクルイベントの始まりの合図だった。