act.001 まだ見ぬ声
こちらで書かせて頂く初作となります。お見苦しい点などありましたら、是非ご指導をよろしくお願いします。基本的に切ないすれ違い、想いを男性目線で展開します。へたれな男性がお嫌いな方はご注意下さい。
僕は君の声に恋をした。
まるで、それは光りの衝撃のような印象で。
でも、緩やかな風に包まれるような感覚で。
僕の心を捉えて放さない。
ああ、この人に僕の曲を歌ってもらえたら…
僕のすべてを愛せるかもしれないのに…
だから…
【君の声を買わせてくれる?】
毎年相も変わらず、東京の夏は暑いとテレビの中の人は言う。“今年も猛暑になりそうですね。”その通りだと僕も思う。
まだ7月の始めだというのにジリジリと照りつける、太陽。それを受け入れられずに反射するアスファルト。この異常なまでの気だるさはどちらの所為なのだろうか。
なんて、下らない事を考え込めば更に憂鬱な気持ちになる。
7月某日、ここは都内レコーディングスタジオ。とはいえ、スタジオというほどの趣きは感じられない場所。
環状通りとは少し離れた、細い路地を抜けると、そこは閑静な雰囲気を醸し出しす。
しかし、建物の古びた外見とは裏腹に、最新鋭の音響設備と高品質の録音機器を備えたこの場所は、腕の立つミュージシャンや音楽関係者密かに集まる事で有名な場所であった。
僕の名前は朝倉圭介、もうすぐ二十代ともお別れだけど、幸か不幸か幼い面立ちと高くない身長の所為で若く見られる事もしばしば。
それが嫌なわけではないけど、なめられて見られては困るから髪を金に染めてみている。もうかなり、いじりすぎて白金に近い色。
職業は、一応ミュージシャンかな?主に作曲をメインに仕事をさせてもらってる。
自分自身が腕の立つミュージシャンに入るかどうかはわからないけど、この場所を使うようになってからは自宅スタジオにいる時間と同じくらいの時を過ごしていると思う。
1Fから4Fまでのすべてが貸しスタジオになっていて、地下の大ホールも使えるという音楽家には打ってつけの場所。
2FにあるのはCとDの二つのスタジオ。今僕は、そのDスタジオにてレコーディングの真っ最中。
収録曲はすべてインストによるものなんだけど、曲によってはボーカルを入れたりする。
自分で歌えばいい。って周りの皆は言うけど…。
まぁ、その、僕はあまり歌うのが好きじゃないから。ボーカル曲の場合は外部のミュージシャンを使ったりする。
今日は外部から協力してくれるボーカルさんとの打ち合わせ兼収録。ついでにレコード会社のマネージャーも同席中。
「それで、今回の曲ですけどイメージは『深海』です。それにあった声でお願いしますね。」
「はぁ…。深海ですか。具体的にどういった声で歌えばいいんですか?」
「そうですね。深い海なんですけど実は冷たくないよ。ってカンジで。」
「…いつもなんですけど、朝倉さんの指定ってアバウトですよね。」
「そうですか?僕はなるべく分かりやすいように言ってみてるんですが…。」
ボーカリストとの打ち合わせはとても難しい。なかなか曲のイメージを伝えられないし、伝わっていても僕がいいと思える声でない時もあるから。
もともとインスト曲には歌詞なんかないから、言葉で表現することが難しい。
だからいつもボーカル入りのインストにはとても時間がかかってしまうんだ…。
自分の納得出来るものでないと自分の曲を愛せないから…。
「でもさぁ、朝倉くん。やっぱり売り物にするんだから、ちゃんと歌ってもらわないと困るでしょう。」
「…そりゃあ、そうなんですけど…。」
ボーカルの人に上手く指示を出来ていないせいなのか、レコード会社のマネージャーが横やりを入れてくる。
「ここはどうだろう、朝倉くん。インスト曲に詩を合わせるんじゃなくて、セオリー通りに歌詞に曲を合わせてみては?」
「そうですよ、朝倉さん。あなたは実力あるんですから、歌い手に合わせた曲も作れるんじゃないですか?」
「…出来なくはないですけど。…でも、それは…。」
自分の好き勝手を言っては、自己の音楽感を押し付けてくる彼ら。
結局は自分の仕事を楽にこなしたい歌い手と、楽に儲けを出したい会社。
僕の作りたい音楽は、僕が心から望んで作り出したもの。
確かに、歌詞に合わせて作曲することはでるきるよ。作曲を仕事にしている以上、仕事として頼まれることはあるから…。
けれど、そんな音は僕本来の曲じゃないと、彼らはわかっていないんだろう。
僕は心で感じたものを音という言葉にして、旋律という感情をこめる。
今まで僕がその歌詞に感動して曲を作った事は無いし、ましてや歌手の歌声に聞き惚れて曲を作ったことも無い。
僕が本当に心で感じなければ、それは僕の音楽にはなれない。だから歌詞は後から、曲に合わせてもらうしかないんだ。
「やはり個人のインストアルバムとはいえ、詩や歌手に合わせてもらったほうが、うちとしては助かるんですよね、朝倉くん。」
「…僕がそう思える相手に出会えればいいんですけどね…。」
ため息が出た。
今日は打ち込みも一緒に調節したいから、早めにボーカル部分だけ録音しちゃおうと思ったのに、そんな気がしなくなってきちゃった…。
〜・・・♪〜・・・
♪・・・〜・・・♪
隣のCスタジオから曲が聞こえてきた。
あぁ、隣も誰かが使い始めたんだな…。
(男の人か…。でも、結構…上手い?)
初めはそんな程度に思っていた。
「じゃあ、一度録音は終わりにして休憩いれましょう。丁度、レコード会社の人も帰ったみたいだし。」
「わかりました。じゃ、外でタバコ吸ってきます。15分くらいしたら戻ってきますんで。」
「はい、いってらっしゃい。僕はこれから調整に入るから戻ってきたらボイストレーニングしててね。」
ボーカルの彼は、はーい。なんて言って外に出て行った。声を売りにしてるわりには喉を大切にしないんだな…。
僕の曲イメージも上手く伝わってないみたいだし、もう次に頼むのはやめよう。
誰もいなくなって静まり返ったDスタジオには僕一人だけで。いつもの空間に戻っただけなのに、あぁ、一人のほうが気が楽だなぁ。と思ってしまう自分がいた。
あまり気乗りしないけど今録った音を聞きなおそうと思った時だった。
〜〜♪・・・〜♪〜
〜♪・・・♪〜♪・・・
隣のCスタジオで曲が変わった。それに伴い、歌う人も変わったみたいだ。
今までは男の人が歌っていたけど今度は女性の声になっている。
(へぇ…。かなり高いのに、綺麗に高音が出るんだね…。)
女の人の前に歌っていた男の人も綺麗なテナー音域の声の人だった。
音階も発声も綺麗だし、はっきりいって僕のインスト曲を歌ってもらってたボーカルの人よりずっと上手いと思う。
でも、こっちの女の人もすっごく上手い…。なんて言うのかな、声で感情表現するのが上手ってうか、切ない思いがひしひしと伝わってくる、そんなカンジ。
あれ?今日、Cスタジオって何の収録だっけ。確か何かのシングル収録って受付は言ってたけど…。何の?
僕はその時、だだの好奇心だけだった。
さっき、台無しにされた気持ちを紛らわしたくて気が付いたら、スタジオを抜け出していた。
歌の上手い人に会えば、それを作っている人に会えば、僕の気持ちも触発されて治まるかと思って…。
隣のCスタジオ前に来てみた。
丁度、歌声が終わったみたいだ。スタジオの中から“お疲れ様でしたー”なんて人の声や時間の打ち合わせのような声がする。
しばらくすると中から人が出てきた。
どこかで見覚えがある人のような気がする。思い出そうと、頭の中の記憶の海を泳いで出てきた名前は…。
「あっ。辻プロデューサー!」
「あれ、朝倉くんじゃないか。奇遇だね、君もレコ録り?」
「はい、隣で。」
「へぇ、じゃあさっきまで聞こえてた曲は朝倉くんの新曲か。どーりでいい曲だと思ったよ。中の子も誰の曲ですか?ってすごく気にしてたし。いつ発売するの?」
「そんな…、まだ予定なだけで…。」
「うん、そうか。君は自分の音楽にはすごく拘るからね、商売人としては難しいが、音楽家としてはいい事だ。」
「…ありがとうございます。」
この辻プロデューサーは僕の音楽感をわかってくれる数少ない人だ。
以前、この人からの依頼でサントラを編集したことがあるけど、僕の納得のいく作品が出来上がるまで待っていてくれた事がある。
「ところで、辻プロデューサー。あなたがこのスタジオ使ってるって事は、今回はここで収録ですか?」
「そうなんだよ、このジャンルにしてはめずらしいだろう?」
そう、辻プロは大手アニメプロダクションと契約しており、アニメーション関連の曲を主に製作している。
「今回もなんかのアニメ曲ですか?」
「そう、いま人気のアニメキャラクターの歌が出ることになってね。キャラ別に収録してるんだ。今日は1日目でさ、声優さんたっての希望でこのスタジオ借りたんだよ。」
「へぇ。このスタジオを知ってるなんて珍しいですね。」
「私も始めて使わせてもらったが、いいスタジオだね。気に入ったよ。それに、君が使っている所を見ると良才音楽家の隠れ家というのは本当だったしね、朝倉くん?」
「いえ、僕なんかまだまだなんですよ。」
さり気なく、人を上手に誉められる所は変わっていない。本当に何気ないけど、確かにとても嬉しかったりするんだ。彼の下でならどんな人でも自分の才能を伸ばしていけるような気がする。
この人が凄腕のプロデューサーと呼ばれる所以はそこにあるのだろう。
「ところで、朝倉くん。君はここで何していたのかな?」
「あっ!はい。えーと…」
どうしよう。
気晴らしに曲をこっそり聞いてました…。
…なんて、言ってもいいのだろうか。
「…隣からすごく綺麗な歌声が聞こえてきたので、つい…。」
嘘はついていない。…多分。でも、歌声にひかれて出てきたのも事実だし。
「丁度、僕も隣で声撮りしてたんですけど…。なんか思うように行かなくて。そしたら、隣から曲が聞えてきて、綺麗な声だなって、思っただけなんです。」
「歌声…、曲じゃなくて?君が?」
何か珍しいものでも見るように、僕を見つめる。
そして、ふと思いついたように僕の肩を軽く叩いた。
「それはいい声だったかい?」
「はい。歌詞はよく聞き取れませんでしたけど、声質は綺麗に聞き取れました。」
「そうか、君だったらどちらの声が巧いと思う?」
どちら…。それはつまり、先に歌っていた男性か後から歌っていた女性かを聞いているんだよね。
だとしたら、僕は…。
「男性の方も気になるけど、やっぱり女性の方ですね。表現力がすごかったと思いますから。」
どうしても、さっきまで自分の曲に起用していた彼と比べてしまうから。
「なら、一度、会ってみるかい?」
⇒続く。
まだヒロイン(?)が出てきておりませんが、一部完結までは書き上がっておりますのでご安心下さい。長い文章をここまで読んで下さりありがとうございました。何かございましたら、ご遠慮なくご指導下さい。