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俺を追放した幼なじみが、毎晩こっそり謝罪の練習をしている

作者: 石崎さかな
掲載日:2026/08/24

「カイン、ごめんなさい。あなたを追放したのは、本当は……」


 壁の向こうから、幼なじみの声が聞こえた。


「違う。これじゃ言い訳になる。もう一度」


 俺は安宿の硬い寝台で目を開けた。


 つい数時間前、冒険者ギルドの酒場で俺を追放した女が、隣の部屋で謝罪の練習をしている。


「カイン。私はあなたを傷つけた。だから……だから、せめて……」


 そこで声が震え、途切れた。


 しばらくして、すすり泣く音が聞こえてくる。


 俺は毛布を頭までかぶった。


 聞くつもりはなかった。


 この宿の壁が、あまりにも薄すぎるのだ。


 それでも耳をふさげなかったのは、昼間のリリアの顔が忘れられなかったからだった。


     ◇


「カイン。今日限りで、あなたには『紅の隼』を抜けてもらうわ」


 昼間の冒険者ギルド。


 酒場中の視線が集まる中、赤髪の剣士リリアは言い切った。


「理由を聞いても?」


「戦えないからよ」


 答えはあまりにも早かった。


「あなたの技能は、歩いた道を光で示すだけ。地図なら買えるし、荷物ならベルドが持てる。危険な依頼が増えた今、足手まといを連れていく余裕はないの」


 周囲の冒険者から失笑が漏れた。


 重戦士のベルドは奥歯をかみしめ、神官見習いのミナはうつむいている。


 俺の固有技能は『帰路標』。


 一度歩き、安全だと認識した場所に淡い光の印を残す。


 剣を強くするわけでも、傷を治すわけでもない。


 ただ、迷宮の中で帰り道を見失わなくなるだけの技能だ。


「そうか」


 俺は腰の革袋から、パーティーの銀章を取り出した。


 十二歳のころ、リリアと二人で村を出ようと約束した。


 十六歳で同じ日に冒険者になった。


 二十歳になった今、俺たちはようやく銀級へ手が届くところまで来ていた。


 四年分の重みは、手のひらに載せると驚くほど軽かった。


「今まで世話になった」


 銀章を卓上に置く。


 リリアの指先が、わずかに動いた。


「待って、カイン」


「まだ何かあるのか?」


「……ないわ」


「なら、これで終わりだ」


 俺は踵を返した。


 酒場を出る直前、一度だけ振り返った。


 リリアは勝ち誇ってなどいなかった。


 唇をかみ、今にも泣きそうな顔で卓上の銀章を見つめていた。


 だからこそ、腹が立った。


 そんな顔をするくらいなら、最初から言わなければいい。


     ◇


「カイン、ごめんなさい」


 壁の向こうで、十二回目の謝罪が始まった。


「あなたを守りたかった、なんて言ったら、きっとまた怒るわよね」


 俺は寝返りを打つ。


 守りたかった。


 聞き捨てならない言葉だった。


「相談もしないで、勝手に決めて。嫌われれば、もう私についてこないと思って……」


 椅子がきしんだ。


「卑怯よね。私」


 俺は寝台から起き上がり、隣の部屋の前まで歩いた。


 扉をたたこうと拳を上げる。


 しかし、直前で止めた。


 今ここで顔を合わせれば、俺は事情を問い詰めるだろう。


 事情を聞けば、きっと許してしまう。


 幼なじみという関係に甘えて、傷つけられたことまでなかったことにしてしまう。


 それは違う。


 明日の朝、落ち着いて話そう。


 俺は部屋へ引き返した。


 だが翌朝、隣室は空になっていた。


     ◇


「赤髪のお嬢ちゃんなら、夜明け前に出ていったよ」


 宿の女将が、朝食の黒パンを渡しながら言った。


「ほかの二人と一緒だった。あんたは別の依頼なのかい?」


「行き先は?」


「灰喰い坑道だって言ってたね」


 俺は黒パンを置き、ギルドへ走った。


 受付嬢は俺を見るなり眉を寄せた。


「カインさん。紅の隼を抜けたというのは本当ですか?」


「昨日付けで。それより、灰喰い坑道の依頼について教えてくれ」


「銀脈の調査です。本来は四人以上、案内役必須の依頼なのですが、今朝、依頼主の代理人が条件変更を押し通しました」


「どんな変更だ?」


「案内役を危険手当の対象外にすると」


 頭の中で、昨日の光景がつながった。


 酒場の隅にいた、上等な外套の男。


 俺を見ながら薄く笑っていた、依頼主の代理人。


 灰喰い坑道では、数日前から魔力を奪う灰霧が発生している。


 俺の帰路標は一度置けば霧の中でも消えにくい。


 だが、リリアの身体強化やミナの治癒魔法は、灰霧の中では長くもたない。


 新しい条件で俺を連れていけば、報酬の分け前が減る。


 そのうえ、何かあっても俺に補償は出ない。


 リリアはそれを知った。


 そして、俺なら止めてもついてくると知っていた。


 だから、嫌われることにした。


「馬鹿か、あいつは」


「坑道入口の監視晶が、先ほど砕けました」


 受付嬢が声を落とす。


「内部で崩落が起きた可能性があります。救援隊を編成していますが、出発までには時間が必要です」


「発光杭を六本。濡れ布と、ありったけの解毒水も頼む」


「まさか、一人で向かうつもりですか?」


「一人だから行ける」


「ですが、カインさんは戦闘技能を持っていません」


「分かってる」


 俺は受付台に置かれた坑道の地図をつかんだ。


「だから魔物とは戦わない。帰り道だけ、連れて帰る」


     ◇


 灰喰い坑道は、山腹に口を開けた獣のようだった。


 奥から灰色の霧が吐き出されている。


 俺は濡れ布で口を覆い、岩壁に右手を触れた。


「帰路標、起動」


 足元に青白い光がともる。


 入口。


 最初の分岐。


 崩れやすい足場。


 外気の通る横穴。


 以前の調査で記憶した安全な道が、一本の光となって暗闇へ伸びていった。


 だが、三つ目の分岐で光が途切れていた。


 崩落によって、地形そのものが変わっている。


 俺は地面へ膝をついた。


 左には新しい靴跡が三人分。


 右からは、わずかに冷たい風が流れている。


 まず左だ。


 俺は天井の亀裂を避けながら発光杭を打ち、奥へ進んだ。


 やがて、金属のぶつかる音が聞こえた。


「リリア!」


 返事はない。


 代わりに、岩をひっかく音が近づいてきた。


 灰爪狼が二頭、霧の中から現れる。


 まともに戦えば、俺は十秒ももたない。


 俺は発光杭を一本抜き、右側の横穴へ投げ込んだ。


 乾いた音を立て、杭が転がる。


 灰爪狼たちは光に反応し、そちらへ向きを変えた。


 俺は反対側の狭い割れ目へ飛び込んだ。


 鎧を着た戦士には通れないほど狭い。


 戦えない俺だから、選べる道だった。


 腹ばいになって進む。


 岩肌で腕をすりむき、服が裂けた。


 それでも止まらなかった。


 やがて、向こう側から声が聞こえた。


「……カイン」


 幼いころ、森で迷った俺を呼んだときと同じ声だった。


「リリア!」


 割れ目を抜けた先には、大きな空洞があった。


 ベルドが大盾で落石を支えている。


 ミナは倒れたリリアに治癒をかけようとしていたが、灰霧に魔力を奪われ、指先すら光っていなかった。


「どうして来た!」


 ベルドが怒鳴った。


「それは後だ。リリアは?」


「脚を挟まれてる。俺が盾を外せば、天井が落ちる」


 リリアが薄く目を開けた。


「カイン……来ちゃ、だめ……」


「追放されたから、命令を聞く義理はない」


 俺は瓦礫を調べた。


 正面から持ち上げれば、全体が崩れる。


 だが、右奥の岩は割れ目に引っかかっているだけだ。


「ベルド、三つ数えたら盾を半歩だけ右へ動かせ。ミナはリリアを引け」


「おまえは?」


「帰り道を作る」


 俺は発光杭を岩の割れ目へ打ち込んだ。


 楔の代わりだ。


「一」


 リリアが俺を見る。


「二」


 ベルドが盾を握り直す。


「三!」


 岩が鳴った。


 ベルドが盾を動かし、ミナがリリアの腕を引く。


 俺は発光杭へ全体重をかけた。


 肩が焼けるように痛む。


 杭がきしんだ。


「今だ!」


 リリアの脚が瓦礫から抜けた。


「走れ!」


 俺たちは空洞を飛び出した。


 直後、背後で天井が崩れ落ちた。


     ◇


 帰路標の光をたどり、俺たちは坑道の入口を目指した。


 リリアはベルドに背負われている。


「カイン」


「しゃべるな。舌をかむぞ」


「でも……」


「謝罪なら昨日、壁越しに十二回聞いた」


 ベルドが盛大につまずいた。


 ミナが「えっ」と声を上げる。


 リリアの顔が、灰霧の中でも分かるほど赤くなった。


「聞いてたの?」


「壁が薄かった」


「うそ……」


「十三回目を始める前には寝た」


「全部じゃない!」


「そこを気にするのか」


 思わず笑いそうになった、そのときだった。


 坑道全体が大きく揺れた。


 前方の帰路標が二つ、土煙の向こうへ消える。


「道が崩れました!」


 ミナが叫ぶ。


「ほかの出口はないのか?」


 ベルドの問いに、俺は目を閉じた。


 帰路標が示せるのは、一度歩いた安全な道だけだ。


 だが、帰る場所は入口だけとは限らない。


 俺は幼いころ、この山の麓でリリアと遊んだ。


 廃坑になる前、鉱夫だった父に連れられ、古い換気道へ入ったことがある。


 冷たい風。


 岩壁についた三本の傷。


 父の大きな手。


 隣で笑う、赤髪の少女。


 俺は周囲の壁を見回した。


 左側の岩壁に、三本の傷が残っている。


「左だ」


「壁だぞ?」


「向こうに古い換気道がある。ベルド、この壁を壊せるか?」


「誰に聞いてやがる!」


 ベルドはリリアを降ろし、大盾を構えた。


 全身を使った一撃が岩壁へ突き刺さる。


 亀裂が走った。


 もう一撃。


 岩壁が砕け、細い朝の光が差し込んだ。


 古い換気道は、まだ生きていた。


 俺はその入口へ、新しい帰路標を置いた。


 青白い線が、俺たち四人の足元から外の世界へ伸びていく。


「帰るぞ」


 誰も逆らわなかった。


     ◇


 坑道を脱出した直後、リリアは地面に座ったまま頭を下げた。


「カイン、ごめんなさい」


 練習していた長い言葉は続かなかった。


「あなたを守りたかった。でも、相談しなかった。勝手に弱いと決めつけて、みんなの前で傷つけた」


 赤い髪が泥に触れる。


「守るためだったなんて、言い訳にしない。許してとも言わない。ただ、ごめんなさい」


 昨日、その言葉が欲しかった。


 今すぐ肩をたたき、すべてを水に流せたら楽だった。


 けれど、それではまた同じことが起きる。


「俺も一つ謝る」


 リリアが顔を上げた。


「昨日、何も聞かずに終わらせた。おまえが何かを隠していると分かっていたのに、傷ついた自分を守るために背を向けた」


「それは、私が悪いだけで……」


「おまえだけの失敗にする気はない。でも、なかったことにする気もない」


 俺は泥まみれの銀章を取り出した。


 坑道の中で、リリアの荷袋から落ちたものだ。


 彼女は捨てずに持っていたらしい。


「戻ってきてなんて、言えない」


「なら言うな」


 リリアの肩が落ちる。


「新しく組むなら、条件がある」


「……え?」


「一つ。追放も危険な依頼も、全員で話し合う」


「うん」


「一つ。誰かを守るためでも、本人に嘘をつかない」


「うん」


「一つ。俺を足手まとい扱いした分、今後一か月、荷物持ちはリリア」


 ベルドが吹き出した。


 ミナは口元を押さえている。


 リリアだけが、泣きながら笑った。


「最後の条件だけ重くない?」


「昨日、荷物ならベルドが持てると言ったよな」


「私が持ちます」


「よろしい」


 俺は銀章をリリアへ差し出した。


 だが、リリアは受け取らなかった。


「カインが持って」


「リーダーはおまえだろ」


「昨日までの紅の隼は解散」


 リリアは泥だらけの顔で、まっすぐ俺を見た。


「新しいパーティーでは、帰る道を決める人が章を持つの」


 それは責任を押しつける言葉ではなかった。


 任せるという言葉だった。


 俺は銀章を握った。


「分かった。帰る道は俺が決める」


 そして、戻るかどうかも俺が決める。


 だから俺は、自分の意思で三人の隣に立った。


     ◇


 三日後。


 冒険者ギルドの掲示板に、紅の隼の新しい規約が貼り出された。


 一、重要事項は全員で相談する。


 二、命を守るための撤退を恥としない。


 三、壁の薄い宿では謝罪の練習をしない。


「三つ目、絶対に必要?」


 リリアが耳まで赤くして、規約の紙をはがそうとする。


「必要だ」


「必要ですね」


 ミナがうなずく。


「最重要項目だな」


 ベルドも腕を組んだ。


「みんなしてひどい!」


 酒場に笑い声が広がる。


 俺は新しい依頼書を卓上に置いた。


 難度は低い。


 報酬も安い。


 それでも、四人全員で話し合って選んだ依頼だ。


「準備は?」


「できてるわ」


 リリアは大きな荷袋を背負い、少しよろめいた。


「これ、重すぎない?」


「一か月は荷物持ちだ」


「分かってるけど、半分くらい愛情で軽くならない?」


「ならない」


「即答!」


 俺たちは並んでギルドを出た。


 前を歩く者も、後ろを守る者も、もう一人では決めない。


 朝の道に、四人分の影が伸びる。


 その足元へ、帰路標の淡い光がともった。


 今度のそれは、逃げ帰るためだけの印ではない。


 何度でも、同じ場所へ帰ってくるための約束だった。

長編も投稿しています。

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― 新着の感想 ―
読ませて頂きました。最後のパーティーが元通りになり(元より良くなったかな?)読後スッキリお見事でした。 だた2点ほど気になった事が…… ①>今朝、依頼主の代理人が条件変更を押し通しました 追放され…
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