危ないから
私の父が小学3、4年生だった頃の話。
その頃の父の友達に、山野君という子がいた。父と山野君は同じクラスで家も近所であったため、よく一緒に遊んだ。
しかし山野君は六人兄弟の末っ子で、早くに家に帰ってもまだ両親も兄弟も畑仕事や学校から帰っておらず、誰もいない家に帰るのを嫌がって、夕方、他の子供たちが家に帰ってもいつも一人で暗い中を遊んでいた。
ある日、山野君は日が暮れてしまった中、神社の境内の大きな銀杏の木に一人で登って遊んでいた。
すでに木の枝葉の中は手元がよく見えなくなっていたが、いつも登り慣れている木だったため、山野君はどんどん登っていった。
木のてっぺんまで登って、神社の境内を見渡したら帰ろうと思っていた。
と、その途中、木の中に誰かがいた。
それは山野君のご近所の敏江おばちゃんだった。
敏江おばちゃんは何故か、頭を下に、足を上にして、木の幹にへばり付く様な格好をしていた。
山野くんは敏江おばちゃんがどうしてこんなところにいるのだろうと思った。
そしてついこのあいだ、お母さんが言っていた事を思い出した。確か敏江おばちゃんはお腹の赤ちゃんが駄目になって具合を悪くしてるって。
敏江おばちゃんはもう木に登れるくらい元気になったのかな?でも……
その山野君に、敏江おばちゃんは逆さの姿のまま言った。
「もう遅いよ。こんなに暗いで。危ないから帰りなさい」
敏江おばちゃんはそう言いながら笑ったが、なんだか悲しそうな顔をしていた。
「……うん」
悲しそうなおばちゃんに、敏江おばちゃんはまだ具合が悪いのかな、と思いながら山野君は木を降り、すっかり暗くなった中を帰って行った。
次の早朝。
神社の境内を掃除しに来た人が、大銀杏の木の中で首を吊っている敏江おばちゃんを見つけた。
後で聞けば、敏江おばちゃんは赤ちゃんを二度続けて流産してしまった事を苦に自殺したらしかった。
駐在所のお巡りさんの話によれば、敏江おばちゃんが首をくくって亡くなったのは、夕方日の暮れる前頃だろうとの事だった。
山野君は日が暮れた暗い中で敏江おばちゃんと話した、と周りの大人たちに言ったが、山野君のお父さんもお母さんもお巡りさんも、敏江おばちゃんがすでに亡くなっているのがわからなかったか、時間の思い違いをしているのだろうと言って誰も信じてくれなかった。
しかし山野君は子供ながらに納得がゆかず、
「ちがうよ。だってさ、おばちゃんは頭を下にして、木の幹にくっついて話しかけてきたんだぜ?首をくくってぶら下がってたんじゃないもん。もう日が暮れた暗い中でさ。確かに敏江おばちゃんだったし」
と。
口を尖らせて私の父や他の子たちに言っていたという。




