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 ポールと最後に教会で会ってから数年が経過していた。


 アマリアは執務室にて、領地の収支報告書をまとめている。これは本来、最終決定以外は書記官たちに任せる仕事であるが、彼女はある程度自分でやらねば気が済まなかった。


 夫であり公爵となったアレクシスからは「そんなに仕事を頑張らなくて良い」と言われたこともあるのだが、彼女にとってはお茶会や夜会よりも、こちらの方が楽しいことだった。


 アマリアの仕事ぶりにはアレクシスも舌を巻いた。

 彼女を補佐する王宮出身の書記官たちも、「王宮にも奥様程仕事の出来る書記官はおりませんよ」と驚く程だ。



 子供の頃から勉強が出来るアマリアを見込み、彼女の父親、グレゴリーはよく執務室に入らせてくれた。そして様々な質問をするアマリアに何でも答えた。

 当時、男児が生まれていなかった伯爵家は、彼女に領地経営の全てを叩き込んでいた。領主としての英才教育を受けさせたのだ。



 アマリアが10歳の頃弟が生まれたのだが、あまりにアマリアの出来が良いので、そのまま婿を取らせて実質的な女領主にしようとグレゴリーは目論んでいた。

 もっとも、ポールのせいでその計画は狂うこととなるのだが。


 婚約破棄を伝えると同時に「学園で知り合った人の元に嫁入りしようと思います」と父に伝えると「何を勝手な事を言っている。お前はこの伯爵家を継ぐ人間なのだ。ワシが次の婿を見つけてくるまで大人しく待っていろ」と言い、頑として譲らない構えだった。

 ところが結婚相手がアレクシス第三王子だと分かるや否や「で、式はいつにするのかしら?」と高速で手のひらを返してきた。




「アマリア、そろそろ休憩しないか?」

 王子が執務室に入って来た。後ろからティーワゴンを押す執事が続く。

「ありがとうございます」


 アマリアはペンを置き、笑みをこぼした。アレクシスはいつも、こうやって自分のことを気にかけてくれていた。

 彼の親切な人間性は結婚しても変わらなかった。いや、夫婦になってから、むしろ学生時代より労わってくれている。


 逆にアマリアが仕事に熱中し過ぎて長い間構ってあげないと、すねてしまうこともある。そんな意外な一面を見れることを彼女は嬉しく思った。



「そういえば、今日はお客様が訪ねてくることになっているんだ」

「そうなのですか。誰です?」

「君も知っている人物だよ」

 アマリアの脳内には色んな顔が浮かんでいた。

 アレクシスも知っていて、自分も知っている人物。一番最初に思いつくのは自治会のメンバーだ。けれど、それなら彼が内緒にするだろうか。


 アマリアは次々に自治会のメンバーの名前を挙げていた。しかしアレクシスは首を横に振り続ける。

「もう、意地悪しないで教えて下さい」

 彼女は軽くアレクシスの胸を押した。大きな胸板だ。壁を押しているかのような反発力がある。

「良いから当ててごらん」

 アレクシスはいたずらっぽく笑っている。


 そうやって軽いスキンシップを続けていると、不意に、至近距離で彼との視線が交錯した。


 吸い込まれるような翡翠の瞳が彼女を捉えている。

 執事は先ほど出て行ったばかりだ。次に入ってくるまでにはまだたっぷり時間があるだろう。


 自然と、二人の唇が近付く。アマリアは受け入れる様に目を閉じた。


「旦那様」


 ノックと共にメイドの声がした。


 それはまるで起床の合図の如く、脳みそにズカズカと割り込んでくる音だった。

 慌てて二人は距離を取り、アレクシスは素早く歩いて行ってドアを開けた。


「どうした?」


 そんなに急いでは余計怪しまれるのでは、とアマリアは恥ずかしくなっていたが、当のメイドは全く意に介していないようだ。

「お客様がお見えです」

「そうか。貴賓室にお通ししているな?」

「もちろんでございます」

「すぐ行く」

「かしこまりました」


 ドアが閉じられた後、アレクシスは一度大きく息を吐いた。


「よし、じゃあ行こうか」

 アレクシスは振り返ってアマリアに手招きをした。

「私も、ですか?」

 アレクシスは鷹揚に頷く。



 一体、客とは誰なのだろう。アマリアが夫と共に貴賓室に入ると、その人物は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。

「えっ、あなたは……」



 確かに、アマリアは彼を知っていた。しかし、この場所を訪ねてくるにしては、あまりに意外な人物だった。

「グレイン殿、そうかしこまらず、楽にしてくれ」


 アレクシスに座るよう促されたその人物は、ポールの実の兄、グレイン・ヴァルシエだった。



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