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第4話 憑依

2020年東京。ある青年は、時空災害に巻き込まれ、幽体離脱と憑依能力を得る。はじめは面白半分で能力を楽しもうとするが、やがて事件に巻き込まれて…。

あの日の朝、僕は一度死んだ。ちょうど日の出の頃だった。


 突然、飛び出してきた車に反応しきれず、自分が宙を舞った事は記憶にある。物凄いスピードで景色が回転して…。そして頭への強い衝撃で意識は一旦飛んで、気づいた時にはふわふわと宙に浮いているのだ。周囲の建物の屋根の色を覚えているから間違いない。確かに浮いていた。見下ろすと、自分が倒れていて…。


 いわゆる臨死体験というものだろう。正直気分は悪くなかった。不思議な気持ちよさ、今までに感じた事のない、説明のしようがない感覚だった。意識を失っている自分の姿を見るのも妙な気分だった。もう少し襟足はちゃんと整えるべきだと思った。


そして、それ以上に僕をはねた子が僕の体を揺する姿に気をとられた。正直、めちゃくちゃ可愛いと思った。彼女は、意識が戻らない事に焦って激しく揺すってた。そんなに激しく揺するとかえって危険だよ、と言いたかったけど…既に自分は空中から見ているからどうしようもないと思い…諦めてその様子を見ていた。

 彼女はあたふたして周りを見渡したり、どこかに電話したり、そして僕は人口呼吸を期待した。


「よしいけ…今だ!ああ…今のタイミング…」

 でもしなかった。とにかく激しく揺すっていた。たまにビンタとかもしていた。

 往復ビンタを始めたところで「やりすぎだ」と叫んだ瞬間、彼女の驚く顔が目の前に見えた。


 「もうちょっと、やり方あるだろう!こっちは呼吸止まってたんだから…」

 と声に出たところで、彼女は僕に抱きついてきた。…悪くない、と思った。そして僕は彼女を許そうと思い、抱き返そうとしたところで、彼女は僕の体を引き離して言う。

「大丈夫ですか?救急車呼びますか?」

 彼女は僕の両肩を鷲掴みして、真っ直ぐ見て言った。

「え?まだ呼んで無かったの?」

 僕は思わず逆に質問をした。

「はい、呼ぼうか迷ってました。」

「...。さっき電話してましたよね?」

「ええ。」

「どこへ?」

「…なんで電話してた事知っているんですか?」

「あ、それは…」

 上から見てたと言おうとしたところで、踏みとどまった。

「もしかして意識がないフリをしてたんですか?」

「あ、いや、そういうわけでは…」

 彼女の目つきが変わった。僕は咄嗟に言い訳をした。

「死んだふりする理由がないでしょ。」

 彼女は少し考える素振りをしてから言う。

「…まさか人口呼吸させようとか…。」

 僕は思わず立ち上がりながら彼女の言葉を遮る。

「あなたこそ大丈夫ですか?怪我とか…。」

 すると急に彼女は何かを思い出したような表情をして…

「そうだ!あなたこうしてていいの?」

 一瞬何のことかよくわからなかったが、怪我はないか、という意味に捉えた。僕は手足を伸ばしながら答える。

「あ〜…まあ、体は大丈夫そうだけど…」

「そうじゃなくて、衝突の相手!」

「え、あなたですよね?」

「私じゃなくて、もう1人!」

 そう言われて、記憶が蘇る。そうだ、衝突の瞬間もう1人歩行者がいたのだ。吹き飛ばされて茂みの中に飛んでいったような映像がフラッシュバックする。直立の恰好で茂みに刺さったのだ。

「そうですよ、早く助けないと。」と僕が言うと…

「そうですよ、早く助けないと。」と返された。

 …。


「え?僕が?」

「ええ、元気なんでしょ」

「あ、いやでも君が行くべきじゃ?」

「え?なぜ私が?」

 …

 質問を質問で返される事が、僕の意表を突いて言葉を失う。彼女は容赦なく畳みかけてくる。

「あなたが轢いたんでしょ。普通当事者が行きますよね?」

「え?いや、君こそ当事者だよね?」

「いえ、あの人は私、関係ないです。」

「いやいやおかしい。だって僕はバイクだよ。君の車に、僕もあの人も轢かれたんだ。」

「あなたがバイクで轢いたでしょ。」

「バイクであんなに吹き飛ぶか?」

「あなたがバイクで轢いたせいで、私の車にどっちも突っ込んできたんでしょ」

 …。

 

 いや、こんなやりとりしている場合ではない。すぐに助けないと、と思った時、白いワゴンが目の前に止まる。降りてきた白衣の男性2人に、「僕は大丈夫、茂みにもう1人被害者が。」と告げた。

 僕はワゴン車に押し入れられるように入り、残った人にその場を託した。訳がわからない状況で少し落ち着こうとベッドの上で眠りについた。



ー事故後ー


 目が覚めると白い天井が見えた。一時は死んだかと思ったけど、無事みたいだ。

 上半身を起こして、両手を動かしてみる。ちゃんと動く、足も問題なく元気に動く。3本目の足もちゃんと“ひとり立ち”している事を確認したところで、視線を感じて振り返る。

 僕を轢いた彼女がこっちを怪訝な表情で見ているのだ。僕と彼女は目があった。でも彼女は何も言わない。僕は時計を見る。もう午後3時だった。


「あの?」

「え?」

「…ずっと僕を診ててくれたんですか」

 その質問に彼女は一瞬眉をひそめ、次に右上を2秒くらい見つめて、こっちに視線を戻して答えた。

「ええ、そうです」

 絶対嘘だと思った。


 8秒くらい会話がなく、とりあえず質問をする。

「あのここどこの病院ですか?」

「病院じゃないですけど。」

「…病院じゃなければどこなんですか。」

 …彼女は質問に答えずに逆に質問をしてきた。

「ねえ、あなた磨屋湊さん?」

「え!なんで知ってるんですか。」

 可愛い女子が僕の事を知っている事に意味もなく浮かれてしまったけど、すぐ打ち砕かれる。

「免許書に書いてあったので。」

 …そりゃそうだ、と思った。なぜなら僕を轢いた人だから。


 そこへ眼鏡をかけた長身で白衣姿のお医者さんっぽい男性が入って来て言った。

「目が覚めましたか。気分はいかが?」

「ええ、大丈夫。」

 と答えたのは、僕ではなく彼女だった。更に彼女は付け加える。

「ちょっと外してくれます?」

 彼女の言葉に、入ってきたばかりの、お医者さんっぽい人は背中を丸めるような感じで出て行った。


 再び沈黙が訪れる。


 僕は耐え切れず話を促す。

「あの、今朝の人どうなったんですか?」

「今朝の?誰?」

「その…茂みに突き刺さった人…。」

「いない...。」

「え?なに?」

「いなかったの。誰も。」


 僕は少し言葉を失う。僕たちは少しの間、事故の状況を確認しあった。確かに誰かが事故に巻き込まれた。記憶に残っているし、何より彼女も同じ意見だから間違いない。それなのに、その後救急隊員や警察が捜しても誰も出て来なかったというのだ。


 そこから謎が深まるかと思いきや、案外早めに茂みに刺さった人の話題は終わり、双方の責任の擦り付け合いになった。僕は磨屋湊とぎやみなと21才。大学に向かうためバイクで走行中、急に歩行者と対向車が現れた。気づいた時には自分の視界がぐるぐる回っていた。衝突した車の相手は二条葵にじょうあおい20才。同じく車で大学に向かう途中だったというが、双方の意見は食い違う。お互い相手が対向車線を超えて飛び出してきたというのだ。


 因みに僕が寝ていた場所はどうやら、二条葵の自宅らしいことが分かった。豪邸だ。普通事故が起きたら病院に搬送されるし警察にいろいろ聞かれる。でも、僕は何故か彼女の自宅に運び込まれ、警察もいない。僕は怪しいと思った。そもそも事故の時の状況だって、明らかに車が急に現れたのだ。


「ねえ、君の車のドライブレコーダーは?」

「ないです。」

「え~本当かな。」

「え?疑ってるんですか?正直私のほうがドライブレコーダーほしいくらいなんですけど。」


 話してても“らち”が明かないため、車を見る事になった。僕のバイクも運び込まれていた。相手のミニクーパーはボンネットが大きくへこんでいる。そして僕のTWは信じられないくらい“くの字”に曲がっている。よくこれで死ななかったものだ。僕は、ミニクーパーの周りを回っているとき、ふと気づいて指摘する。


「ねえ、ドライブレコーダー搭載ってステッカー貼ってるよね。」

 二条葵はまじまじと自分の車の後ろ姿を3秒くらい見ると、こっちを向きかえって言う。

「ええ貼ってますね。」

 怯む姿を予想したのに…それがなにか?と言わんばかりだ。かわいいだけに余計に腹が立つ。

「だ…だったら、ドライブレコーダーあったはずだよね、今は無いみたいだけど。」

 と言うと、彼女は改めてこっちを見て言葉を返してくる。 

「そのステッカーの下に、『赤ちゃん乗ってます』ってステッカーがありますよね。」

 確かにある。僕は「確かにある。」と答えた。

 彼女はやや強めの口調で言う。

「あの時、赤ちゃん、乗ってました?」

 乗ってなかった。僕は「乗ってなかった。」と答えた。



ー憑依能力ー


 あれから10日が過ぎた。世間は時空災害の事で大騒ぎになっていた。それでも、政府は影響のない人に「できるだけ通常の生活」を呼びかけていたため、多くの人は通信障害を除けば、いつも通りの生活を送っているのだ。俺の交通事故も時空の災害とは無関係ではないということも想像はできた。ただ、俺はそれどころはなかった。

 

 今日は、試験の日だった。都内の大学の講義室で、適度な間隔を空けて配置されている席に僕は座っている。周りの人たちは必死に試験用紙に体を傾けている。

 僕はあの日の事を考えていた。どうしても忘れることができない事故だった。理由は2つある。一つは、二条葵から抱きつかれた時の感触と香りが僕の頭から離れない事。性格は悪いが…。そしてもう一つは…。


 僕は腕時計を見た。「そろそろかな」とつぶやき、目を閉じる。10秒くらいしたとき暗くなった視界が少しずつ光を捉え始める。景色は徐々に明るくになっていき、試験会場の天井辺りから周りを見渡す自分がいる。試験会場はの上からの風景は、安定せず、壊れたテレビのようにノイズがかったようだ。僕は予め見定めていた若い男性の所に降りていき、体に入る。すると、男性の目を通して、解答用紙の映像が鮮明に入ってくる。


 僕は幽体離脱と人への憑依ができるようになったのだ。


 あれは事故の次の日の夜中だった。僕は元々寝相が悪く一度玄関で目が覚めた事がある。大抵の場合、『何処で寝ても同じだ』と、そのまま夢の続きを見るのだ。しかし、その日は目が覚めると天井付近にいるのだ。『こりゃ最高記録更新だな…』と思いながら夢の続きに戻ろうとしたところで我に返り発狂する。

 思わず周りを見渡すと、ベッドにはスヤスヤ眠る自分がいる。さすがにパニックになりながら、『なにを呑気に寝てんだ』と自分に文句を言いたい気分だった。

 初めは病気か悪夢だと思ったけど、体は何ともない。事故から4日目、僕は試しに自分の意思で幽体離脱にチャレンジしてみた。すると問題なくできたのだ。


 そして、驚くべきは7日目、遂に他人の体に憑依できる事を確認した。僕はこの時、特別な能力を得たという事を実感し、強い使命感の様なものを感じた。…がすぐ落胆に変わった。この能力には相性に様なものがあって、基本的に“同性”じゃないとうまく行かなかったのだ。世の中うまくできている。

 ちなみに憑依できる人物で相性さえ良ければその人物の意識を乗っ取る事までできた。他人の体を動かし、その間その人物は意識を失う事になるのだ。


 授業中に居眠りのふりをしながら、友人の意識を乗っ取てみたのは、事故後9日目だった。この友人の秋田は相性がいいらしく、彼の体を借りて、ほかの友人と会話もしてみた。

 おおまかな傾向で言えば、性別以外にも血縁者は憑依しやすく、赤の他人は色々だ。なお、幽体離脱の状態は長く続かず、激しい疲れを伴う。また視界がとても悪いため、すぐに自分若しくは他の誰かの体に入る必要がある。体に入りさえすれば、視界は鮮明になる。少しずつ慣れてくれば相手の体をコントロールしたり、憑依できなかった人にも入れる事もあるようだ。

事故というきっかけで思わぬ能力を得たことと同時に、二条葵の事が頭から離れない。年下のくせに大人びていて「自分は何でも知ってます」風な感じで、事故では加害者のはずなのに堂々と居直ってきた。その時は、自分も下手にでていたが、後々考えると悔しい気持ちがこみ上げてくる。くっそー、もう一度会いた…いや!ちゃんと事故のケリを付けたい‼



ー天文サークルにてー


俺は大学の天文サークルに在籍している。そして、今年の夏は天体観測の絶好のチャンスだった。子供の頃に土星を見たことをきっかけとして天体に興味を持っていた。大学のサークルなのだから、多くの若い男女が集う。俺は、別に女子と仲良くなりたくて、このサークルに入ったわけではない。確かに、彼女と星空を観測するという“バンチキ”の歌詞の様な出来事があれば、それはそれでいいのだろうが、あくまで天体観測は子供の頃からの自分の興味なのだ。だが、たまたまそこには可愛い女子もいたりはする。それは、つまり、皆既日食の様に偶然そうなるだけであって、別に女子といい関係になりたいということではないのだ。


 しかし、1つ年下の水戸れなは俺の心を魅了した。

 一見するとクールな感じだが、話をすると笑顔を良く見せる。俺は、彼女がサークルに入って来た時から心を奪われていた。

 そんな彼女が最近、僕に近づこうとしているものを感じ取っていた。


 俺は元々天体観測が個人的な趣味という事もあって、よく部室に籠って調べものをしたり、望遠鏡の手入れをする。俺は少しマニアックな文科系タイプと言える。普段はあまり人がいない部室で、夕方になれば俺が一人になることは日常茶飯事だった。そんな一人の時間も好きだった。しかし、この時期には、天体観測会の準備のため、企画メンバーが残って準備をすることがよくある。

 男子メンバーはみんな運動系の趣味もあったり、バイトだったりで、女子が残っておしゃべりしながら作業をすることが多い。仕切るのは大抵、加藤翔子、通称『カトキチ』だ。俺と同い年で、男子メンバーを全員呼び捨てする強気女子だ。そして、男子から“か弱い女子を守る”という妙な使命感を持っているのだが、彼女は水戸れなと仲が良く、今年はよく水戸れなを連れて部室にやってくる。そして、最近彼氏ができたらしく、“使命”を忘れて水戸れなを置いて先に帰るという神業の持ち主だ。お陰で夕方の部室で、彼女と二人になることがちょいちょいあるのだ。


 俺は少し緊張を覚えながらも、水戸れなは人見知りが少なく、普通に話しかけてくれる。天体観測の話とか、好きな音楽の話とか...。この明るい性格、モテるんだろうな...。


 他愛のない世間話をしながら、どこかで一歩踏み出したいという思いはあった。できればデートに誘いたい。俺のトーク能力は1時間後から発揮されるのだが、ちょうど1時間が経過する午後5時半に、彼女は帰ってしまうことが多い。彼氏だろうか...。


 そんなある日の5時半、普段通り彼女が帰り支度している時に、言った。

「磨屋さん話しやすいんで。また、相談とか乗ってほしいです。」

「ああ、いいよ。俺で良かったら。何だったら今でもいいし。」

 すると彼女は少し考えるような表情をして、「いえ、またで...。」と返ってきた。

 …相談。彼女が少し恥ずかしそうにしていると感じたのは気のせいだろうか。



ー恋の予感?ー


 ある日、サークルの部室で、観測会に向けた動作確認のための作業をしている。望遠鏡セットを準備し、いざ屋上へというところで、もしかしたら水戸れなが来るのではないか、という淡い期待を感じた。

 ついさっき、廊下で彼女に会ったのだ。やはり、何かを言いたそうだった。ここで注意してほしいのは、もし彼女と会っていなくても、自分の行動は元々こうだという事だ。俺が彼女に気があるのは素直に認めよう。しかし、だからといって、浮ついた気持ちで天体観測への行動が変わることはない。あくまで目的は天体であり、天体観測に浮ついた気持ちを持ち込んではいけない。これは、我が家に先祖代々伝わる家訓の様なレベルで、俺のプライドとして決めていたことだ。だから、あんまり浮ついてはいけない。その為、待つのは5分だけにした。


 50分後、望遠鏡と道具一式を背負ったところで、秋田に声をかけられる。

「よう、今から行くのか?」

「ああ、ちょうど上がるところだ。」

 秋田と一緒に橋木という友人がいた。秋田の最近のツレなのだが、俺は彼に警戒感があった。彼はイケメンでモテそうなタイプで水戸れなとも似合いそうだと感じていたのだ。

 大学とか、この手のサークルには、妙な問題がつきまとう。元いるメンバーの変なプライドというやつだ。後から入るメンバーにイケメンがいた場合に感じる、説明の難しい、不快感とまでは言えない微妙な抵抗感...。それでも、友人秋田の友人だから仲良くしないといけない。


 秋田と橋木は、俺と一緒に屋上に上がることになった。

 人見知りをしない橋木は、「さっき下にいた女子に声かけようか。」と言って、下のフロアに降りて行った。そして橋木が連れてきた女子は、水戸れなを含む女子3人だった。友の友とは仲良くするべきだ。



ー屋上でー


 初夏でも夜は涼しかった。

 屋上は緑化され、寝転ぶことができた。雲が多いため、あまり観測にならなかったのだ。それでも、男女6人で寝転んで夜空を見上げるという行為は、理由はよく分からないが気持ちを高揚させる。残念ながら水戸れなは、秋田と橋木に挟まれ、俺からは遠い。

「世の中はパニックだけど、

「最近、ちょっと悩み事があって。」


 俺はあんまり女子と会話するのが得意ではないため、『硬派だから』と自分に言い聞かせながら、秋田と橋木に場を任せる。もっと星が見えれば会話は俺のオンステージだが、ここは東京だ。肉眼で星なんてほとんど見えないし、そもそも曇っている。


 俺はそこでふと、気づいた。

 今なら憑依の絶好のチャンスだ。寝転んでいるため、居眠りするのは不自然ではないし、憑依された側も、しばらく記憶が飛んでも、ただの居眠りで済むのだ。あんまり、いいことだとは思わないが、この能力について知る必要はあると思っていた。

 世の中で憑依と思われる事件が起きる状況で、警察にこういうものがあるという情報提供をするくらいなら自分にできるかもしれないという考えがあったのだ。

 同時に、水戸れなの隣に行きたいという気持ちもあるのだが...。相反する二つの目的を持って、俺は自分を抜け出した。 

 今日は、橋木にしよう。秋田は飽きた、なんつって。


 憑依した橋木の頭の中は静かだった。視界がまず鮮明だということ。視力の問題ではない。視力はむしろ自分より少し悪いくらいだろうが、頭の中がすっきりとしていて、見えるもの、聞こえるものが心地よく体に入ってくる感覚だ。

 軽く女子と話をしてみたが、緊張が少なく、心の静けさの様なものを保っていた。なるほど、この感覚なら女子と仲良くなるのも難しくない。では、なんで俺は緊張するんだろう。何が違うのか。単純に身長やルックスからくる“自信”や“慣れ”か、出来事からのトラウマか。一体、今何の観測をしているのか。様々な疑問を抱きながら、橋木の体から抜け出して自分に戻った。



ー事件と目論みー


 数日後、俺と友人の秋田は蕎麦屋でかつ丼定食をむさぼっている。秋田は言う。

「なあ、本当なんだよ。俺さ…睡眠障害か意識障害かわかんねえけど、最近歩きながら意識が飛ぶんだ。」

 俺は適当に「ふーん、面白いな」的な返事をしながら、この能力の使い道について考えていた。その時、蕎麦屋のテレビではニュース速報が流れる。


『今朝未明、世田谷区の住宅で遺体が発見されました。遺体は警視庁捜査一課に所属する酒井美和警部と見られ、首には閉められた後が…現場の状況から夫の酒井勝樹容疑者が重要参考人として…酒井容疑者は、容疑を否認し、その時間は寝ていたとの供述を…』


 秋田は言う。

「この前も警察関係者殺されてなかったか?確か友人かなんかで、その犯人も記憶がないみたいな否認してたし…。」俺は相変わらず適当な相槌をうつ。

 秋田が続けて言う。

「女性警部、風呂場で殺されたってよ。家は鍵掛かってるから犯人は夫しかあり得ないよな。よく否認なんてできるよな…。」

 そこで、俺は何かが頭に浮かんで箸を止めた。思わず「あっ」と声を出す。

 秋田は「どうかしたか?」とこっちの様子を伺う。

 俺は「何でもない」とごまかしてかつ丼を頬張りながら冷静になって考える。

 …そうだ、この能力を使って、あの女の入浴...じゃなくて、身辺とかを調べてやる。必ずドライブレコーダーがあるはずだ‼



ー葵の来校ー


 事故で憑依能力を持って、半月が過ぎたある日、バスを降りて大学への道を歩きながら考えていた。ストーカー事件や、憑依能力の調査もいいが、俺は片付けないといけない問題がある。愛車のTWがくの字に曲がって、重要な移動手段を無くしているのだ。不思議すぎるぐらい怪我は無いが、幽体離脱と憑依ができるようになってしまったことへの補償は法律上どうなるのだろうか。

 それに、車対バイクなのだから、絶対相手の非の方が大きいはずだ。この場合慰謝料とかも取れるのでは。いずれにしても、ドライブレコーダーを探さないといけない。もし見つける事が出来れば、完全勝利だ。相手はこっちが幽体離脱と憑依能力を持っていることを知らないのだ。俺は“にやける顔”を通行人に見られないように、壁側を見ながら歩く。

 しかし、あの豪邸の中をどうやって捜せばいいのか。幽体離脱の状態では、人の位置は光の様に見えて判別できるが、それ以外のものは暗く、誰かの体に憑依しないと捜せない。一回死んだときは幽体でも、ちゃんと見えていたのに...。

 恐らく昼間の方が召使いとか憑依対象が多く、親や葵本人は留守の為、チャンスは多いだろう。きっとガレージとか物置とか寝室とか風呂場とか、どこかに隠してあるはずだ。しかし、それなら二条葵自身がいるときに、彼女から情報を引き出す方が...。いや待て、俺は無意識に二条葵に会おうとしていないか。ドライブレコーダーを捜すなら彼女はいない方が都合はいいはずだ。...でも、俺は葵を見返してやりたいのであって、別に会いたいとか見たいとか、そういった問題は別として、“気分”や“けったくそ”の問題も決して無視できない訳で、やはり彼女がいる時の方が...。

いずれにしても、この能力で、追い詰めてやる。隠せていたと思っていたドライブレコーダーが見つかり、あの上から目線の二条葵が「ごめんなさい...私が悪かった...許して...」と俺に謝る姿が目に浮かぶ。


そんな想像をしながら大学の中を歩いていると、身に覚えのあるミニクーパーを見つける。俺は一瞬目を疑ったが、車の特徴に間違いはない。ドライブレコーダーと赤ん坊を乗せている(と推定される)ミニクーパーだ。彼女には、通信障害の影響で自宅の連絡がとれないため、手紙で大学やサークルの情報を伝えていて、そして彼女は学校に来た。つまり、向こうから事故の話を進めに、わざわざやこっちのホームグラウンドへやってきたという訳だ。

 俺はニヤッと笑って呟く。

「飛んで火にいる夏の虫ってやつだ。」


 

ー示談交渉ー


「え〜酷い!じゃあ、怪我人探すのに女子に行かせようとしたの!?」

 と周囲の女子が騒ぎ立て、

「そういう緊急事態で人は本性が現れるのよ!」

 とカトキチが厳しい目を俺に向けて言う。

「そうなんです。私、あの時気が動転しててどうしたらいいのかわからなくて...。」

 と葵が付け加える。そんなに、か弱かったっけ?

「まあ、僕もはねられた方だから…。」

 と小声で少し反論する。

「でも、怪我はなかったんでしょう?」

「いや、まあそうだけど。」

「だったら、言い訳にわならないわよ。」


 たまたま居合わせた女子たちが全会一致で葵の弁護をしている。君たちどっちの味方なのだ。そして、なんでこんな時は男子は黙っているのだ。

 仕方なく、後輩男子の大和田の体に憑依して言う。

「でも、警察にすぐに言わなかったところは...。」

 すると、女子を守る使命に燃えるカトキチがすぐに反応する。

「結局その後、報告してたんでしょ。あの災害の中で世の中は混乱してたし。家で介抱までされたのに、『ありがとう』もないなんて。」

 そして別の女子が言う。

「って言うか磨屋君寝てない?」

 慌てて、自分の体に戻る。

「いや、大丈夫。寝てないよ。確かに、すごい対応は手厚かった…。」


 葵が来校した目的は、やはり事故の賠償の話を片付ける為だった。そして何故か、速攻でサークルメンバーに溶け込んでいた。二条葵の破天荒な性格にアウェイという感覚はないのだろう。

 そして、一緒に紳士風の高齢男性がいて、葵の家の執事と名乗った。“執事”って空想上の生き物だと思っていたが、現実に目の前に“執事”がいるのだ。むかし絵本で読んだ通り、白髪の老人で丁寧な言葉で話しかけてくる。


 友人たちが盛り上がる中で、俺は執事と二人で事故の賠償についての話をしていた。悪い話ではなかった。というより『そこまでしなくても...』と思えるくらい、こっちに有利な条件だった。要するに葵は旧財閥系の一流企業の社長の子で、金は有り余るくらいあるのだ。そして、揉め事の方がよっぽど避けたいという事だ。

 裏を返せば、葵は謝る気などないのだ。金はいくらでもあるし、揉め事が面倒だから、本当は自分は悪くないけど、これで文句は言えないでしょう?ってところだろう。現に、葵に申し訳ない態度は全く見られず、執事が丁寧に交渉し、天使と悪魔の様に対象的な対応でバランスがとられる。


 俺は手厚い補償の話を聞きながらも、サークルメンバーと二条葵が仲良くなっていく様子が気になって仕方ない。秋田とか周りの男子は突然現れた美女にテンション高いし、更に周りの女子ともすぐに打ち解けていた。俺との違いは何なのか...。

 

 俺は、ようやく話に区切りをつけて、仲間の方に戻るが、葵は執事を待たせて、会話で盛り上がっている。こっちの友人を仲間につけた葵は俺に気づき、目が合う。すると彼女は、勝ち誇った様な表情を見せて、そっぽを向く。

 気持ちがいいくらい腹が立つ。小学生の時だったら、絶対にいじめている。大人になったら“気になる女子”をいじめてはいけない、という法律はいつできたのだろうか。息苦しい世の中だ。



ーストーカー事件ー


「ストーカー!?」

「そうなんです。ここ最近なんですけど。何で私の情報を知ってるのか。気持ち悪いんです。」

 彼女の話では、ここ最近一人暮らしの部屋のポストにパソコン打ちした手紙が入っている様になった。初めは愛の告白の様なものだったが、無視していると、次第に脅す様な内容に。そして誰も知らないはずの部屋の様子を知っている様な内容やいつ撮られたのか分からない写真まで送られてくるというのだ。

 警察には相談しているが、時空事故をきっかけとした事件や治安の乱れで警察は殆ど取り合ってくれないというのだ。確かに筋は通るし、そうなれば大学の友人に助けを求める気持ちも最もに思える。

 俺は内心で『これはチャンスだ』と感じていた。憑依能力を使うのに正統な理由も立つし、水戸れなと仲良くなるきっかけになるかもしれない。




数日後、部室には天体観測会の準備と称したお喋り会で盛り上がっていた。そして、水戸れなのストーカーの相談になった。俺はこれを機に憑依能力を誰かに告白するかどうか...それが自分のはじめの判断の分かれ道だと思った。


 水戸れなは不安そうに言う。

「変なんです。明らかに家の中の情報で私しか知らない事を知っていたり。だから、プロにお願いして盗聴器とかカメラとかを調べたんですけど無くて...。」

「誰がどうやってそんな情報を...。」

「まさか未来人の仕業か?」

「幽体離脱でもして覗ける能力とか?」

「ええ!怖い!絶対いや!!」

 そのタイミングでカトキチが思い出したように俺に言う。

「磨屋なんか相談したいことがあるって言いかけてなかった?」

「いや...なんでもない。」

「そう言えば!俺最近記憶が飛ぶんだ。あれ絶対不自然だと思ってた。」

 後輩が反応する。

「それ僕もあった気がします。」

 やっば…。

「時空災害が起きてるんだから何があるか分からないわよね。」

 と葵が言う。さすが、痛いところをついてくるなぁ...。...ていうか、なんでここにいるの!?

 部外者のはずの葵は、当たり前の様にサークルにいて、女子メンバーの中に溶け込んでいた。


 水戸れなの相談は少しずつ具体的なものになっていく。

「実は、ちょっと気になる人がいるんです。なんか、いつも見られているというか…。」

 ストーカーなら普段から周囲にいて嫌でも視線を感じることはあるだろう。それでも、人を疑うというのは、直接的に言えることではない。しかし、何となく水戸れなの話から周りは推測をすることはできたのだ。どうやら、サークル内に水戸れなが犯人ではないかと思う人物がいるようなのだ。


 天体観測サークルには、理系の大学ということと、活動が季節限定で夏休みという自由の中ということもあり、それなりの人数が集まる。そのため、仲いいもの同士のグループの様なものもある。俺や秋田、カトキチや水戸れなも年間を通してサークルの活動をする数少ないうちの一人だが、ほとんど会話した事のない人も多くいる。

 当然、水戸れなは名指しは避ける。しかし、周りの男子メンバーは何となく誰の事かを想像することはできている様だった。



ー憶測ー


 その日の帰り、俺と秋田はいつも通り他愛のない世間話をしていた。

「それにしても、お前が連れてきた葵ちゃんって可愛いよな。あんな子が彼女になったら誇らしいよな。」

 連れてきたつもりはないのだが…。

「ああ、あの子ね。まあ、確かに可愛いけど。彼女とかには、ちょっとどうかな...。」

 純粋にYESとは言えない捻くれた自分がいる。

「でもさ、事故の賠償の話とか、天体観測会に参加するってのは分かるけど、それにしてもサークルによく来るよな。あれってちょっと不思議じゃないか。」

「賠償の話は一回では終わらないから、そんなもんだろ。俺、自宅の電話ないし。」

 と言いながら、確かに秋田の話にも一理あるような気がした。俺は逆に質問をしてみる。

「他になんかあると思ってんのか?」

「まあ、分かんねえけど、実は誰かと既に恋愛関係に?」

「そんなに軽い感じじゃねえだろ。」

「わかんねえよ。そんなの。女の考えてることなんて...。」

 秋田は憶測を膨らませて言う。

「若しかして、お前に会いたくて来てるのか?」

「んな訳ねえだろう。」

 と言いながら、少し浮かれた想像をする。あの冷たい態度は実は恋心の裏返し…だったり?


 しかし、確かに二条葵の行動は少し不自然なところがあるのだ。今思えば事故の後の彼女の不可解な様子。それに、いくら大金持ちで医療機関まで持っているとは言え、自分の家で介抱することなどあるのだろうか。確かに世の中は時空災害で混乱はして警察や病院は大変なのは事実だが...。

 まさか彼女も憑依能力を...。いや、それはない。彼女は車の中で、臨死体験(幽体離脱)をする様な状況になかった。

 さらに明確な疑問が一つ残っている。茂みに刺さったもう一人の人物のことだ。正直あまり関わりたくないため、俺も頭から離していたし示談交渉の時も敢えて質問はしなかった。それにしてもその情報が全く説明されないのは不自然だ。やはり怪しい...、考えれば考えるほど何かを隠している。

 葵のサークル内恋愛説の可能性は低いと感じながら、俺は考えを悟られない様に、秋田の話に合わせる。憑依問題や事故の疑問は外にだせる状況にないのだ。

「まあ、少なくとも俺じゃないよ。もし、サークル内でできてるとしたら、誰だろうな。」

「あり得るとしたら、橋木かな。あいつ、モテそうなのにフリーだし。それに、初めて会ったときから彼女ともよく話していたし。」

「橋木と二条じゃ、なんか違う気がするけどな。」

 自分の中では、むしろ水戸れなと橋木の雰囲気の方が気になっていた。


 それと同時に、自分が今立たされている状況のまずさが頭をよぎった。

 水戸れなのストーカー事件で、徐々に得体の知れない技術(能力?)の話題がでたのだ。そして俺は現に憑依を何回かやっている。秋田と大和田の記憶の証言に橋木がの証言が加われば、俺がまるでストーカー犯に疑われそうで怖かったのだ。

 そこで、俺は話題に切り替えた。

「秋田、お前さあ、水戸れなのストーカーの怪しい奴って思い浮かぶか?」

「ああ、あんまり疑うのは良くねえけど、男子何人かの中では怪しい人物の目星はついてるよ。」


 秋田が話したのは大木京介という最近サークルに参加している年下の男子だった。そして確かに行動が不審なとろこがあった。人が増えていく天文サークルに、いつの間にか入っていた人物で男からすればただ影が薄いだけの人物と思っていたが、確かに目つきや行動に挙動不審なところがある。

「あいつ、ああやって陰湿な感じで周りから避けられているけど、友人がいうには、道端で誰かにキレて暴れてたそうだ。近づかない方がいい。」

 確かに、天文サークルの中で、俺たち主催グループに近づきたそうな雰囲気を出しながらも、おどおどする様に踏み出さない。

自分の濡れ衣を避けるためにも、調査するのはやむを得ないと思えた。



ー容疑者に憑依ー

 

 こういう場合、容疑者からは証言を取ることは難しい。一か八か大木の体に憑依し、証拠を特定できればその方が早いに決まっている。可能性は低いにしても、相手も憑依能力を持っていると仮定すれば、意識がないときに憑依するに越したことはない。その為、調査は彼が寝静まって部屋の明かりが消えた後の実施した。


 俺は大木の体を使って、指紋認証で写真を開く。

 確かに、サークル内の写真では水戸れなのものが多い。やっぱり犯人か?...いやしかし、もしストーカーであればもっと水戸れなの写真ばかりが集められているはずだ。自然と水戸れなが映る写真が多いから、気があるのは間違いないだろう。本人も視線を感じているわけだし。しかし、彼はその写真ばかりを集めることに抵抗を持っている。スマホだから他の人に見られるわけでもないのに、自分の中で自制心のコントロールが働いている様に見える。

 その他にも部屋の中を見渡しても特にストーカーと思える様な情報はない。


 ...ってことは、犯人は別にいるな。


 しっかし、部屋汚ねえな、と思いながら周囲を見渡しているところで、周囲の音に体が異常に敏感に反応する事に気づいた。たまたま近所の夫婦喧嘩の声が聞こえただけだった。しかし、体は明らかに不快感を示し、思わず耳を塞いだ。その後もしばらく鼓動の高鳴りが続いていた。


...なんだ、この感覚は。


 

ー天体観測会ー


 結局何も解決しないまま、天体観測会の日が来た。ストーカーの犯人がサークル内にいるとすれば、天体観測会はその犯人を洗い出す絶好の機会でもある。暗がりで自由に行動する人もいるし、居眠りしてもバレない。あまり憑依を繰り返すと自分の立場が危うくもなるが、多少危険を冒してでも犯人を捜す必要があり、今日がそのチャンスなのだ。


 そして、天体観測がひと段落すると、若者たちは各々好きなグループで集まって騒いだり、男女のペアをつくるように散っていく。天体観測はどうした?と言いたくなるが、そういう自分も少しその雰囲気に浮かれる気分があるのは事実だった。

水戸れなと二人きりになって、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」とかをかけて、イヤホンをひとつづつシェアしながら…なんて想像をしてしまう。


 みんなが散った後の望遠鏡の近くでサークルメンバーのカトキチと俺、水戸れなという組み合わせになっていた。俺はカトキチと仲はいいし、カトキチは水戸れなと仲がいい。そして、落ち着きのないカトキチは神がかったように用事を思い出して水戸れなを置いて去っていった。



ー水戸れなと2人でー


 水戸れなと二人きりに。この状況だけでも気分が高揚する。しばらく世間話をしたところで、彼女の悩みの話題になる。

「前に、相談したいことって言ってたから何かと思ったけど、まさかストーカー被害に会ってるなんて。大変だね。」

「いえ、磨屋さんに相談したい事はストーカーの事じゃないんです。」

 僕はその言葉に思わずドキッとする。

「他に...?」

 水戸れなは、何か恥ずかしそうにしている。


 俺の鼓動は高鳴る。


「誰も聞いてないかな...。」

 水戸れなは、周りに人がいないかを確かめる。


 水戸れなが話を切り出すのを俺は待って、少し沈黙が流れる。


 そして水戸れなが決心したように言った。

「実は私、秋田さんの事が好きなんです。」

「へ…?」

 何が起きたのか一瞬分からなかった。反応しない俺を他所に水戸れなは話を続ける。

「磨屋さんって、秋田さんと仲いいですよね。」

「え?ああ、まあ...。」

「秋田さんって、彼女いるんですか?」

「いや...俺の知る限りではいないと思うよ。」

「このサークルに入った時からずっと秋田さんの事が好きだったんです。いつか、秋田さんと近づきたいって思ってるんですけど、そんなチャンスなかなかないし、勇気が出ないし...。」

「な、なるほど、それで俺に...相談...と。」

「ごめんなさい。なんか、磨屋さんにはただご面倒なだけですよね。」

「い...いや、別に面倒とか、そういう事はないけど...。確かに秋田のことよく知ってるし。」


 その後、彼女の秋田への想いについて、俺はほとんど頭に入ってこなかった。

「磨屋さんはいい人いないんですか?」

 不意の質問に、放心状態を解いて答える。

「まあ、俺は今、そんなに彼女欲しいって思ってないし...。」

 彼女との相談の後半はあまり覚えていない。彼女は最後に締めくくる様に言った。

「お願いです。今はここだけの話にしてください。でも、また相談させてください。」

「も...もちろん、いいよ。」



ー橋木の中へー


 体がショックで麻痺している。思わず、自分の体から抜け出し、神経が強い誰かに乗り移りたい気分になる。


 ちょうどその時、橋木が一人で芝生に寝そべっていることに気づく。寝ている状態ならバレずに憑依するチャンスだ。一応、ストーカー犯を探さないといけないという目的もある為、ためらわず橋木の体に憑依する。自分の体は目立たないところで寝そべらせておく。


 橋木の体に移って、体を起こしたとき、たまたま二条葵が通りかかって目が合う。

 

 ふと、秋田の『誰かとできてんのかな…。』という言葉が頭に過る。しかし、葵の様に風変りなタイプは男の趣味に偏りがある。一般的に言えば橋木はモテるタイプだろう。だが、葵の様な強気で破天荒な美人は、一般的ないい男には不思議となびかない。この法則は、科学的に証明され、世界的科学誌ニュートンで取り上げられたらいいな、と思う俺の持論だ。いつか発表する。むしろ興味は、橋木の体の軽快さを知ることと、葵がこっち(俺)に気づかずに会話をすることだった。


 普段腹が立っている相手に、イケメン男子の体をつかって『さてどうしてやろうか...』と冗談ながら考える。無理やりキスでもしてやろうか…と想像しながら、実際には、目立つ行動は絶対できないのだが。しかし、二条葵の行動を探ることは、もともと目的の一つでもあった。自分のいない場所で何か重要な手がかりを探れないだろうか。


俺は橋木の体で二条葵に声をかける。

「こっちにいい景色のところあるよ。」

 二条葵は、ただ笑って頷く。


「本当だ。天体観測もいいけど、東京ってこうやって見ると綺麗ね。」

 彼女は、夜景を見ながら感心した様に答えた。俺は、あまり時間もないため、率直に質問を投げる。

「磨屋との事故の話はもう落ち着いた?」

 すると二条葵は少し不思議な顔で返してくる。

「え?その話したでしょ?」

 俺は意表をつかれた。そんな回答が返ってくると思わなかったのだ。一体、橋木とあの事故の何の話をするというのか。


 俺が沈黙していると、彼女が視線を送っていることに気づく。俺は、何とも言えない緊張がはしる。


 すると、彼女はもう一歩俺(橋木)に近づいて、キスを求めるように目を閉じた。


 俺の思考は止まった。

 

約3秒後、葵は不思議そうな表情で目を開け、俺(橋木)は我に返える。

そして「ごめん、ちょっと立ち眩みが...」と言って、近くのベンチに腰をかけた。葵は、「大丈夫?」と俺(橋木)に寄り添う様に隣に座った。



ーひとりの夜ー


 ある女子が言う。

「ねえ、磨屋くんって、ずっと天体見てるよね。飽きないのかな。」

 カトキチが答える。

「ああ、あいつ、天体オタクだからね。」

「でも、もうちょっとみんなと会話も楽しめばいいのに。」

「まあ、いつも硬派気取ってるからね。チャラチャラしている感じが好きじゃないとか…。」

「へえ…今時珍しい。」


 俺はひたすら天体を見ていた。土星が焼き焦げるのではないかというぐらい凝視しまくっていた。

 恋愛がなんだ!みんな浮かれやがって!そもそも大学は勉強するためにあるんだ!天文サークルだって天体を観測するためにあるんだ!大学のばかやろう!青春なんて知るか!!ばかやろう...!ちくしょう...!!

 

 近くの誰かのスマホからは、なぜか坂本九の「上を向いて歩こう」が流れていた。



ー大木との交友ー


 天体観測後、俺は、ストーカー事件の容疑者の大木と接近していた。彼が犯人ではないことを俺だけは知ってた。

「君、天体のリポートとかも書くんだね。」

 俺は、部室の隅にいた大木に声をかけた。

「は、はい。」

 彼は人見知りで緊張している様子だったが、たまたま興味が一致したことで、打ち解け合うのは難しくなかった。


みんなから避けられ気味の彼との交流は、サークルのメンバーと何となく距離を取りたい気分だったのもあるが、理由はもう一つあった。彼の体質についてだ。

 憑依という能力を持つ人がどれくらいいるのか分からないが、自分はものすごく貴重な体験をしているのだと思った。

 人にはそれぞれ感じ方が違うのだ。例えば身長が高い人に憑依したら、見晴らしがいいというのは分かりやすいだろう。また、女に憑依が成功したところで、男としての性欲は無くなることになる。意識・記憶は自分でも、体の条件はその人のものに従うのだ。同じように、音の聞こえ方、光の見え方、色々な感覚機能、そしてそこからくる体への快感や不快感...。


 大木に憑依したとき、明らかに他の人とは違う敏感な体である事を知った。激しい緊張と鼓動、特定の物音が異常に大きく聞こえ、そこからの激しい不快感。そして、その理由を探った。勝手に人に憑依することは良くないことは理解している。それでも、自分は何かを知るべきなのかもしれないという考えが芽生え始めていた。

 特定の物事への反応と彼の経歴を調べた結果、彼は子供の頃、虐待されていた事を知った。幼いころから神経質になって、周りが怖くなり、更に学校でもいじめを受けた。だから人の視線に敏感で、いつも激しい緊張状態にあるのだ。

 彼の目つきの悪さはただの防御本能だった。それだけ過酷な人生を歩んできたのだ。彼の事をよく知れば、むしろ性格はまじめで、そんな体質をかかえながらも、自分に規律をもって生きるタイプだ。ただ、体の急激な反応により問題を起こすこともあるようだが、こっちが敵意や悪意さえなければ全く問題はなかった。俺はむしろ、その体質をかかえながらの生き方に興味をもったのだ。


 大木と会話しているとき、他のサークルメンバーが部室に入ってきた。みんなは俺が大木と一緒にいる事を不思議そうに見ていた。少し疎外感は感じたけど、“どうでもいい”という感覚もあった。


その後、大木と一緒に下校する時、大木と同い年の友人の須田岡という男子が合流する。一応先輩の俺に礼儀正しいというより体育会系のノリで接してくる。須田岡と大木は、いつもつるんでいるように見えたが、なんとなく大木は緊張している様に思える。しかし当の大木本人は、緊張することが当たり前になりすぎて、自分では分かっていないようだ。


 俺たち三人は、大木のお勧めの天体観測スポットに向かう。須田岡はあまり天体の話に興味はなさそうだが、やはり体育会系のノリで先輩の俺に話を合わせる。サークルの縦関係を理解していて、俺と仲良くなるのが得策だという感覚なのだろう。


「へー、いい場所知ってるね。」

「僕じゃないんです。須田岡くんから教えてもらって...。」

 しかし須田岡は「俺は、お前ほど天体オタクじゃねえから...。」と妙な冷に反応を見せた。 

 俺は、今まであまり接しなかった、彼らの関係に俺は少し違和感を感じていた。



ーストーカーの真相ー


この事件では、俺はこの能力に縛られていた。難しく考えすぎていたんだ。プライベートな情報源はシンプルに望遠鏡だったのだ。水戸れなの一人暮らしのマンションの窓から直線上、須田岡と大木がよく観測に使うという公園の位置関係。しかし場所を選んでいるのは須田岡だ。


 犯人は須田岡だった。彼の天体観測スポットは、完全に水戸れなの家の直線状にあったのだ。大木が水戸れなに気があることや、彼女が大木を避けている事も知った上で、いざ場所が覗きの場所がバレた場合に大木を犯人に仕立てる企てだったのだ。

 須田岡は慎重な男だ。そしてストーカー事件というのは、案外解決は難しいもの。容疑者が浮上したところで、証拠を上げることが容易ではないからだ。…普通なら、ね。



ー捕獲作戦ー


 部室の入口で須田岡は、大げさに転び、みんなが注目する。

すると、バックの中のものが床にバラまかれた。その中には水戸れなの写真が複数含まれていた。彼女に送り付けたものと同じものもある。

「お前、それ...。」

 と秋田がつぶやく。


我に返った様な須田岡は、ストーカーの証拠写真がバラまかれていることに気づく慌てふためく。

 とっさにかき集めて、立ち去ろうとしたところを秋田が体をぶつけて抑え込む。


 駆け付けた橋木がいう。

「ストーカーの犯人はお前か。」

 須田岡はパニックになる。

「なんで!?おかしいな。持ち歩きはしないのに!どうなってんだ!!」

「家にはもっとあるってことだな!」


 男子何人かで須田岡を逃がさないように立ち上がらせ、後輩の男子数人が警備員室につれていく時、秋田が我に返った様に言う。

「あれ、また記憶が飛んでた。っていうか、何があったんだ?」

 秋田は一人で目を白黒させていたところで、水戸れなを含む女子たちは秋田を褒めて拍手を贈っていた。

 秋田はなにがなんだかよく分からなかった。


 磨屋はその時、夕暮れの大学を背に一人とぼとぼと歩いていた。ふと大学を振り向いてつぶやく。

「はぁ...なんで俺がこんなことしないといけないのか。」

 まあ、秋田との仲を手伝う約束は約束だから仕方ないか。


 人騒がせなストーカー事件はこれで終了。

 そもそも憑依関係ねえし...。



ー警察潜入ー

 

 『時空事故による特殊犯罪報告会』という表題が掲げられた部屋はそれなりの大きさがあり、学校の講義室に近いものがあった。  

 俺は、ある刑事の体をかりて、そこにいた。俺は既に何回か警察に潜入していた。そして今日のこの会議に重要な情報が集まるであろう事は事前にサーチ済みだった。どのくらい憑依能力者がいるのか、それが俺の最大の目的だった。

 しかし、大勢の警察が集まる中で、議題に憑依や意識乗っ取りの話題が上がらない。


 マジかよ。結構な頻度で『記憶の無い』犯罪が起きているのに…。


 業を煮やして大勢の中で発言する。この人物の後の事などもはやどうでもいい。

「記憶がないという事件の頻発について、意識の乗っ取りの様な高度技術の可能性を検討するべきだと思います。例えば、犯行現場の近くに真犯人がいるとか…。」

 周りは特に反応はない。変なこと言うな、という感覚が多数だろうか。しかし、いくつか前の机にいた1人の男がこっちを見て笑い、グッドサインをしたのが見えた。明らかに事情を分かっているという雰囲気だった。ようやく仲間が見つかった。男は、腕時計を指して合図する。『後で会おう』という事だ。


 休憩時間にはいり、僕はその男の背中を追う様に一つ下のフロアのトイレに向かった。人が少ない場所を選んだのは、あまり聞かれない方が得策という事だろう。トイレでは彼は僕を待つ様に鏡の前で、髪の毛を整えている。僕は自然を装って一応用を足して、トイレに他に誰もいない事を確認して彼の隣に行って手を洗う。


「ファインプレイでしたね。」

「ありがとうございます!」

 思わず握手をしたい感覚になって男に体を向けるが男は反応せず、髪を整えている。目立つ行動はしない方がいいという事だろう。

 男は尋ねる。

「憑依はいつからですか?」

 僕は冷静を保ちながら答える。

「時空事故の時です。あなたは?」

 しかし男は答えず逆に質問が返ってくる。

「どこで?」

 僕はようやく不自然な雰囲気に気づき、言葉を控える。


 黙る僕を他所に男は続ける。

「今週金曜日、阪神巨人戦、内野自由席最上部D30‐01席で会いましょう。」

 少し沈黙を置いて男が言う。

「来なければ、土曜日、憑依で誰か1人を殺します。」

 そして何事もなかったかの様にトイレを出て行った。



ー仲間と離れていくー

 

 上の空とはまさにこの事だと思った。現実の事が頭に入らず、何か空想ばかりが脳内を巡っている。水戸れなが秋田と...二条葵が橋木と...そして、俺は殺人鬼と急接近...。神がいるとすれば、よほど俺の事が嫌いなのだろう。


 大木が、大きな荷物を持って、階段を上がろうとしているところだった。周りに手伝ってほしそうだが、いつも挙動不審な大木を周りは自然と避けるようだった。

俺は、大木に歩み寄る。

「よう、半分持つよ。」

「す、すいません。」

「無理して人ごみに入らなくてもいいと思うよ。人ごみや視線で疲れたりってことがある人もいるからね。俺も似たところあるし。多分、それで疲れやすいんだと思うよ。」

「ありがとうございます。磨屋さんってすごいですね。何でそんな事が分かるんですか?」

「あ、ああ、まあ、なんて言うか、俺も同じような感覚を味わう事があると言うか…。」

 その時、顔を上げた視線の先に水戸れながいた。彼女が避けていた大木と仲良くしているところを見られた。

 俺はどう反応すれば良いか分からず、視線を逸らし、彼女は駆け足で去っていった。



ー部室にてー


 俺は殺人鬼の事で頭がいっぱいだ。決戦の金曜日まであと1日。考え込む俺にカトパンが質問する。

「ねえ、磨屋さあ、最近みんなを避けてるよね。なんかあったの?」

 ...ありすぎだ。

「別に何も...。」と素っ気なく答える。人間関係よりも事件で頭がいっぱいなのだ。

 すると葵が言う。

「若しかして私が入ったから?」

 そういう事にしといてみようか...?

 黙る俺を他所に葵は続ける。

「事故の相手だからって毛嫌いしすぎじゃない?事故は事故でしょ。」

「そういうのんじゃないよ。俺にも色々あるんだ。」

 そこに、カトキチが俺が放つシビアな空気バリアーを無視して明るい声で言う。

「もしかして失恋!?」

 俺は反応しない。葵が同調するように言う。

「このサークル内に好きな子がいて、その子にフラれたとか。」

 微妙に当ててくるのやめてくれ。...じゃなくて、事件に巻き込まれているんだっちゅうに。頭がごちゃごちゃだ!

「...若しかして当たってる?」

 反応しないのは、得策かどうか分からないが、水戸れなもこっちを見ているのは分かった。


 その場に変な沈黙が流れる。


 俺は、振り切るようにその場を立つ。

「忙しいから。」

 そして、部屋を出ていく。少しだけ怒っている風の雰囲気を出す理由は、自分でもよくわからないが何となくそうなる。部屋を出る時、水戸れなと目が合って、思わず視線を逸らした。


 一人で廊下を歩きながら、色んな事が頭の中を巡る。

 さっきの仕草...。俺が水戸れなに気があって、秋田についての相談がショックだった事を本人に悟られた?いや、それは考えすぎ?...しかし、今の目のそむけ方は不自然過ぎたか?いや、しかしそれはもうどうでもいい。そんなことを考えている場合ではない。明日は殺人鬼と話をしないといけないのだ。


 

ー東京ドームにてー


 東京ドームは、災害の影響で金曜日としては人は少なめだ。


 俺は球場内で帽子を被り、外野の人の多い中で目立たない様に座って体を抜ける。そして、内野自由席に座っていた小太りの中年男性の体を借り、ほとんど人のいない指定された席に着いた。2席開けて待っている様に初老の少し禿げたサラリーマン風の男が座っている。


 体は自分のものでなくても流石に鼓動は早くなる。当然、相手も本体では無いだろう。男は当たり前の様にしゃべりだす。


「球場って思ったより狭いんですね。できるだけ、会いやすい場所をと思いまして。待ち合わせに都合のいいところと思って調べてここにしたんですけど、ちょうど良かった。人が少ないから会話は聞かれない。」


 俺は当然、先に警察に相談する事も考えた。しかし、自分が疑われる危険性もあるし、そもそも相手が警察に潜んでいる可能性もある。今は観察することしかできない。相手をよく観察し、この能力の情報を知る。そして同じ能力を持つ人物を捜し集めて『正義の憑依者同盟』を結成して徐々に追い詰める...。又は仲間である程度、情報を公表することの安全性を検討したうえで、警察に情報提供。そして俺は大学生活を謳歌する。まずは仲間が必要だ。

 男は言う。

「実は、未来から来たという男性が現れましてね。憑依能力を持つものは、たった2件だと言ってました。つまり、私とあなたです。この時空災害の状況で、未来から来た男性が言うから信憑性は十分。」

 未来に帰れ..。

「だから、仲良くしましょう。」

 俺は一応言葉を返す。

「『未来から来た』詐欺が流行っています。鵜呑みにできる情報ではないでしょう。」

「その男性が言うには、時空の交差の時、自分同士が衝突し一方が死亡することで起きる稀なケースらしいのです。説明に筋が通るし、私は詐欺被害にあっていない。だから私とあなたの2人です。」

 まずは未来男に憑依して口を閉ざしたい気分だった。しかし、そこでようやく疑問が解けていく感覚を覚えた。つまり、事故の時、茂みに刺さった男はもう1人の自分なのだ。そう言われてみれば、歩いていた記憶もうっすらとある。もう一つの俺の遺体...。葵やその周囲の人達の自分に対する不自然な行動の正体はそれだったのか。


 俺は一応冷静さをキープして言う。

「あなたは犯罪に手を染めている。」

「おや、真面目ですね。誰にもバレないんだし、せっかく他人の体にいるんだから、もっと素直になりましょうよ。いい人ぶらないで。...それとも私と敵対するつもりですか?」


 少し間を置いて男は続ける。


「もし、君がそういう力を持っていることが世間に知れたら君はどうなるでしょうか。気持ち悪い能力で周りはあなたを避けるでしょう。犯罪の容疑をかけられる可能性だってある。場合によっては私がやっていることも...ね。」

「何が言いたいんですか?」

「警察への介入をやめてください。そして、手を組みましょう。同じ力を持っているのだから。私達仲間でしょ?」

 そもそもしゃべり方が気に食わない。俺は抵抗する。

「やたらと敬語が多いのは、はじめから個人を特定させたくないからでは?」

「早速、私の本体を探ろうという訳ですか。あなた自身が危険な目にあうかもしれないのに。」

「あなたこそ、僕が誰かを知らない。」

「『僕』という言い方は、“素”の言い方でしょう。若いですね。もしかしたら中学か高校生くらいかな。」 

 言葉を発せない。 

「...だから、探り合いはやめましょうよ。私の方があなたの状況をよく観察できているということですよ。」

 少し間を置いてこっちに顔を向けて男が言う。

「...でなければ、私はあなたを消さないといけない。あなたは必死に私を捜すしかない。先に見つかった方が負けというやつです。」

 デスノートかよ...。

 一応対抗を試みる。

「あなたは、さっき、“振り逃げ”に微妙に反応しましたよね。最初に球場を『初めて見た』と“素人”アピールしていましたけど。知らないふりをしてそれなりに詳しい。それに、いい場所を調べてって言いましたけど、電波障害でスマホ繋がらないのに、あの会議の時に咄嗟にここを決めるのは不可能に近い。普段からドームに通ってますね。」


 『ふっ、面白いですね...』と返ってくるかと思ったが無かった。体から抜け出たみたいだ。漫画だったらここで宣戦布告合戦で読者を盛り上がらせるのだろうが。しかし、それがかえって気持ち悪くも思えた。相当、用心深い人物ということが分かったからだ。

 

 急に憑依を解かれた男は訳がわからない様子だった。

「あれ?ラッキーセブンの攻撃は?ていうか、なんでこんな席に?」


 頭が混乱する中で、阪神に逆転となるホームランを打たれる。いつもなら声を出して反応するが、もはやそれどころではなかった。



ー分かれの決心ー


あれから数日間、憑依と思われる犯罪の報道は無かった。相手は相当警戒心が強い。俺が味方にならなかったことで、行動を制限しているのだろう。できることなら、このまま事件が止めばいいが、...どうせそううまくはいかない。

 ストーカー事件も解決したところで、一区切りを迎えることになる。それ以上の大問題が待ち受けているのだ。

俺は部室で、持参していた望遠鏡を持って帰る為の準備に取り掛かっていた。

カトキチが俺の様子を眺めながら言う。

「今年はもう片付けるの?」

「ああ…」と俺は短く反応する。

お喋り会のために集まっていた女子たちも不思議そうにこっちを見ているが、気にしない様に作業を進める。何かを“怒ってる風”の続きだ。本当は“すねている”が正しいかもしれない。


 両親と妹は父親の仕事の関係でイギリスにいる。祖父母や親戚が北海道にいるが、距離からしてそれ程心配することはない様に思える。敵は巨人ファンだし日ハムはパリーグだし。むしろ、危険が及ぶなら、身近な人達。つまり大学の友人ということになる。


 一応秋田には、休学して旅行とだけ伝えようか。そうしておけば、あとは気にする人はしないだろう。仮に相手にこっちの正体を絞られたら、確実に身近な人物を人質にとりにくるだろう。今までの残虐な行動や直接の対話から容易に想像できる。まずは、大学を休職する。そして、家も引っ越して都内に別で部屋を借りる。場合によってはネットカフェを彷徨う覚悟が必要かもしれない。

 いや、駄目だ。もしかしたら、相手はある程度こっちを絞っている可能性がある。又は、今後そうなる可能性も踏まえると、このタイミングで「休学して旅行」なんて知ったら尚更怪しすぎる。

そうであれば、たまたま友人と距離をとっていたことを逆手にとるしかない。それなら、相手とのドームでの直接対話以前からの自然な流れになる。相手が憑依で俺の周辺を探ったとしても、怪しまれる可能性は低い。だから、何も言わず、距離を置くように去っていく方が得策だ。それも「休学」とか「旅行」とか言わずに、単に不仲で孤立したというシナリオだ。不仲が前提になれば、友人を人質にとるという発想も難しくなるだろう。


 二条葵ともこれでお別れということになる。天文サークルでの関係を差し引けば、事故の相手であり険悪でしかない。(サークルでも仲良くはなかったけど...。)


 いずれにしても、しばらくお別れだ。いつまでかは分からない。決心はついた。自分の人生を謳歌するためにも、今は、犯人を放っておくわけにはいかない。


  

ー午後5時半ー


 荷物を片付け終わろうとしたとき、水戸れなと二人になっていることに気づいた。


 水戸れなも、観測会の後処理がありこれが終わればひと段落。俺は事件の事があるから水戸れなと会うこともしばらくはないだろう。そう言えば、あれから秋田とはどうなったのだろうか、とふと頭をよぎったが、別に聞きいとは思わないし、事件の事でそれどころではなかった。


 すると、水戸れなが話しかけてきた。

「磨屋さん、最近なんかあったんですか?」

 色々ありすぎて何を話せばいいかも分からない。

「いや、別に。みんなに言われるけど、俺ってそんなに変?」

 水戸れなが相手でも、この前と違って落ち着いていた。やかましいギャラリーのヤジはないし。今は本当に事件の事に没頭しているのだ。

 水戸れなは答える。

「変とかじゃないですけど…。」

「まあ、ちょっと忙しくて、疲れてるんだ。」

 水戸れなは反応しないから、なんとなく言葉を付け加える。

「周りと距離がある様に見えるかもだけど、別に喧嘩したとかではないよ。だから心配しなくていい。」

 水戸れなは、何かをつぶやいたが小声でよく聞こえなかった。俺はまた窓の外を眺めた。 あれ?そう言えば、もう5時半を過ぎている。


 水戸れなはパソコンを使わず、ずっと俯いて何かをノートに書いている。どことなく顔を隠している様に感じるのは気のせいだろうか。


 俺はなんとなく顔の見えない彼女の様子を伺っている。

「今日は、遅くまでいるんだね。」

「ええ...。」

 とだけ彼女は答える。顔は上げない。再び沈黙に包まれる。不思議な空気が漂っているのは気のせいだろうか...。


何故か、急に鼓動が早くなるのを感じる。

 俺はなんとなく言葉をかける。

「不機嫌そうに見えるかもだけど、別にそうじゃないんだ。」

 

 彼女は何も言わず、再び沈黙。


「俺、何か気を悪くしたなら…。」

「そんなんじゃないです!」

 と言って彼女は顔を上げ、目が合う。

 そして我に返ったかのように再び顔を伏せた。少し間を置いて彼女は続ける。

「なんだか気になって…。磨屋さん最近、不思議だったり…優しかったり…。」

不思議は納得、優しい…?最近、そもそもサークルメンバーとは距離があった為、なんの事かが分からない。

「色んなことがあるのは確かだけど、俺はただ...」

 俺の声は少し緊張で振るえて最後まで言い切れないところで、顔を上げた彼女と再び目が合う。


見つめ合う様な状態で止まった。


 窓から差し込む夕焼けが彼女の顔を赤く染めている様に見え、絶妙なタイミングで交響曲「新世界より」の第二楽章のメロディが流れ始める。


 明らかに不自然な沈黙の中で、鼓動が高鳴る。


 水戸れなが何かを言おうとしたとき、部室のドアがあいて、沈黙は解かれる。カトキチだった。

「あれ、あなた達まだいたの?」

 すると、思い立ったように水戸れなが席を立つ。

「本当だ!もうこんな時間。作業に熱中しすぎちゃった。帰らなくちゃ。」

 慌てる様子で、こっちに目を合わせないよう帰り支度をする。

「じゃあ、一緒に帰ろうよ。ご飯食べに行く?」

 とカトキチ。

「はい、行きます!」


 そしてそそくさと二人は俺を残して部室を去っていった。

 今のは何だったんだろう…。俺の頭の中はまだ混乱し、そして心臓がの鼓動が治まらなかった。



ー再び葵の家でー


 翌日、土砂降りの中で、俺は一人で二条家の和風の門の前に立っていた。最後の確認をするためであり、二条葵とも今日でお別れだ。


 自動で観音開きのドアが開いた時、すでに傘をさして二条葵が待っていた。彼女が出迎えをすることに少し違和感を持ちながら、久しぶりにその豪邸の敷地に入った。


 家政婦っぽい人に出された緑茶を遠慮なくすすって、気持ちを落ち着かせる。本当はあんまり会いたいとは思わなかった。できれば会わずに済ませたいと。しかし、そういう訳にもいかなかった。重要な事だからだ。


 大雨の容赦なく吹き付ける日本庭園を見ながら俺が本題を切り出す。


「君は事実を隠していた。」

 普段に比べると大人しめの葵は、至って冷静に答える。

「隠したのは私じゃない。後で知ったから。私だってどうすればいいのか分からなかったの。」

 俺は、あえて反応せず、葵が続ける。

「確かに、茂みに刺さった遺体はあなたのものだった。」

 真剣な雰囲気の中で会話の内容だけはぶっとんでいる。

「父の会社の人達がすぐに対処して警察に知らせている。だから、私達がそれ以上できることないでしょう。」

 それはそうだ。

「ああ、そうだね。ごめん、きつい言い方しちゃった。」


事故の状況の確認が一段落したところで、俺は立ち上がる。


「ごめん、知りたいのはそれだけだったんだ。事故の事も片は付いたし...これで。」

「あの!」

 という彼女の言葉で動きを止める。

「もう一つだけ…。」

 俯き加減だった葵が磨屋を見上げて言う。

「もう一つだけ...あなたに聞いてほしいことがあるの。」


 思わせぶりな感じだ。これ以上いったい何があると言うのだ。しかし、俺はふっきれている。これ以上何があっても驚かない。明日世界が滅びると言われても驚かない。もうそんな次元ではない。


「少し困ったことになってて。...っていうか私あなたに嘘を言っちゃったみたい。」


 いつになく潮らしい雰囲気だ。彼女は今まで、どんな場面でも上から目線だった。ちょっと癖になってしまうくらい、絶え間なく上からだった。それは例えるなら斎藤雅樹のピッチング並みの安定感だった。しかしそれが急に崩れて、弱気な姿をさらけ出している。一体何があったというのだ。


「聞いてくれる?」

 再び俯き加減で、弱々しく彼女は言う。

 僕は冷静を装いながら...

 くっそー!そのギャップ止めてくれ!超可愛いじゃねえか!!橋木が好きなら、いっそ俺から離れてくれ!早く帰りたい!

 という思いを悟られない様に、真剣な雰囲気を保って尋ねる。

「嘘って言うと?」

「前に言った車のステッカーのことで...。」

 興奮を抑えながら、彼女の言葉の意味はなんとなく想像できた。

「...てことは。」 

「ええ、本当は乗ってたの。」

 しかし、事故の事は今更どうでも良かった。

「別にいいよ。もう賠償の話は済んだと思ってるし。俺も色々忙しくなりそうだし。」

 茂みに刺さる自分の姿を確認したいとも思わないし。


 しかし二条葵はそんな俺に構わず話を進める。

「あなたに聞きたいの。あの時、何か見てない?」

「え?だから載せてたんなら、君の方がわかるんじゃ?」

「載せてたんじゃなくて乗ってたの。」

「...ああ、だから、それで映像を確認すればいいじゃん。」

「...何の話?」

「...ドライブレコーダーだろ?」

「ドライブ...?」

「ドライブレコーダーが乗ってたんだろ?」

「...違うわよ。」

「え?」

 少し間を置いて俺は尋ねる。

「...じゃあ、何が乗ってたの?」

 葵は普通の口調で答える。

「赤ちゃん。」

 

 二人の沈黙の中で雨の音だけが激しく鳴り響いていた。



ー誰の子?ー


 執事が赤ん坊を抱いて部屋に入ってきた。1歳くらいの女の子だろうか。


 葵は手慣れた手つきで赤ちゃんを執事から預かる。

「可哀想に。ご両親きっと心配してるわ。」

 赤ん坊は葵の腕の中でキョトンとした顔でおしゃぶりしている。


「君の親の会社の力で探せるんじゃないの?」

「捜してるわよ。でも見つからないの。」

「時空移動をしている可能性があるよね。」

「ええそうだけど。でもとにかく探せる範囲で探すしかない。」


 少し会話が途切れる。


「あんまり泣かないね。」

「ええ、とっても大人しいわ。」

 葵は「良い子だもんね。」と言って赤ん坊に頬擦りする。

 

 その様子をしばらく眺めて俺は言う。

「君の子じゃ?」

 葵はこっちを睨むが、俺は色々吹っ切れているから、もはや反応しない。


 更に間をおいて、俺は正直に言う。

「だって、懐き方がどう見ても...。それにさすがに母親から長いこと離れていれば、大人しくはならないだろ。」

「未来から来たってこと?」

「君の過去に子供がいなけりゃ未来だね。」

 さっきより強い睨みが返って来たから一応少し顔を背ける。赤ん坊も一緒にこっちに顔を向けるが、橋木に似ているかどうかの判断はつかないし、確認するつもりもない。あまり関わりたくない。以上だ。もう行っていいだろうか。


 その時、ポットが沸く音がする。

「お湯が沸いた。ミルクの時間ね。ちょっと待ってて。」

 葵はソファーに赤ん坊を置いてポットの方に早足でかけていく。


 すっかり母親気分じゃねえか、と思いながらふと赤ん坊と目が合う。赤ん坊はこっちをじーっと見ている。俺と赤ん坊は目があったまま沈黙が流れる。


 何故か急に空気が張り詰め、意味不明に「ごきゅ...」という執事の喉の音がする。


 赤ちゃんは笑って両手を上げ、「パ...」と言うところで葵が咄嗟に抱きかかえた。

「パンツ待っててね。もうすぐで準備するから。」


 異様な緊張感...。とてもではないが、『パンツではなくオムツだろう』というツッコミができる雰囲気ではない。葵は磨屋に背を向けてミルクを飲ませながら言う。

「あなたは何も知らなかった。じゃあ、もう用事はこれで...。」

 その通りだ。俺はその件で何も知ない。だからこれ以上用事はない...。


 沈黙の中で、テレビではニュース速報が流れる。


『昨夜、女性が暴行される事件がありました。容疑者の男は記憶がないと...』

 

 焦る執事は、“渡りに船”の様に話題を変える。

「またこの手の犯罪が出てきましたね。しばらく止まってたのに。やはり奇妙な技術なのでしょうか。誰か早く捕まえてほしいものです。」

 僕は、激しさを増す雨の庭園を眺めながらつぶやいた。

「今日は、巨人勝つといいな...。」


つづく



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