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第1話 もう一つの人生

2020年東京。時空の歪によりパラレルワールドに迷い込んだ男たち…。そこには、過去に違う選択をしたもう一つの人生が…。

ー混乱する東京ー


『今日未明に起きた事故は、電波障害をはじめ、東京に大きな影響が出ている模様です。』

 街頭のテレビビジョンに映されたニュースの字幕で嫌な予感は確信に変わり始める。


「くそ!」

 と言ってスマホを助手席に投げつけた男は、たまたま目に入ったパーキングに逃げ込む様に渋滞の列から抜け出した。佐久間圭介33歳。商社に勤め、若くして課長を務めるエリート社員だ。

 圭介は、車を降りて、通行人の会話に聞き耳を立てた。


「原発事故ではないよな。」

「原発なら東京は遠い」

「地震?」

「揺れてはいない。」

「でも、電車の脱線事故も起きてるみたいだ。電波障害だけで、脱線なんかないだろう。」

 周りの人たちも事態を掴んでいないようだ。一体なにが起きているんだ。


 災害というのはいつの時代も街中にパニックになるイメージだが、実際には多くの人は日常を過ごすものだ。危険さえ回避できれば、日常以外にやる事はない。

 交通麻痺は分かるが、だからと言って今日の重要な商談が無くなると決まったわけではない。親は九州で影響はないだろうし、婚約者の安否確認と思ったが電波障害でそれも無理。だから、今日予定されている重要な商談に向かう以外の行動は思い浮かばない。


 止むを得ず佐久間は車を置いて、会社の方向に歩き出した。



ー自分だけがいない街ー


「おい、木村。君ふざけているのか?」

「は?」

 2人の男の間に沈黙が流れる。

 そこは、佐久間が所属している商社の入るオフィスビルの20階だ。

「え?いや、『は?』じゃなくて、何で俺の席に座っているんだよ。」

 面食らった様な表情で木村という男は周りを見渡し、他の社員と不思議そうな表情で見合った後、こっちを見て言う。

「君、誰だ?」

「え?」

 佐久間は一瞬何を言われたのか分からなかったが、強気で返す。

「誰って俺は、佐久間だが?君の上司で、ここの課長だ。」

 佐久間は大丈夫か?という雰囲気で彼にそう言って、同意を求めるように周りを見渡した。

 ところが、周りの社員はなぜか目を顰める様に佐久間を見ている。

 冷静さを取り戻した後輩の木村は言う。

「ここの課長は私ですが?あなたはどこの人?」

「おい、お前木村だろ。」

「ああ、木村だが。」


 再び沈黙の後、「誰かこの人知ってる?」と、木村が周りに問いかけると、不思議そうに見ていた周りの社員は全員首を横に振った。

 佐久間は思わず近くにいた女性に声をかける。

「おいおい、野々村さん。昨日一緒に残業したよね。今日、今から重要な商談だろ?」

 しかし野々村という若い女性は打ち消すように言う。

「え?私、昨日は定時で帰りました。…て言うか何で私の名前を知っているんですか?」


 周りは少しずつざわめき出す。

「警察呼ぶぞ。」

 と部下のはずの木村に上から目線で言われる。周り全体の様子も悪ふざけと言えるレベルではない。何か異常な事が起きている。


 佐久間は思わずビルの一階ロビーの売店に駆け込む。

「おばちゃん!俺だ。佐久間だ。分かるよな!」

 売店のおばちゃんは、びっくりした表情で言う。

「佐久間さん…?」

「ほらいつもこの時間のここでパンを買ってるだろ!」

「…す、すいません。お客さんの顔をみんな覚えては…。」

 佐久間は売店を飛び出し、ビルの吹き抜けのロビーで手当たり次第、人に声をかける。

「なあ、俺だ佐久間だ。知ってるよな!」

 しかし、顔見知りのはずの人物が皆顔をしかめたり、驚いたような表情をする。

そこで2人の警備員が駆けつけ、佐久間は両脇を掴まれ、半ば引きづられる様な格好で連れていかれる。

「おい!俺だよ!佐久間圭介だ‼︎」

 と言う叫び声がロビーに響き渡っていた。



ー不信な男ー


 東京の時空災害から数日が経過した。今までにない異常事態であることが少しずつ判明していた。東京は、時空を伴う災害に見舞われたのだ。はじめはみんな半信半疑だったが、被害者の証言や、過去から来た人などの証言が出始めて、世間は少しずつ異常事態を受け入れざるを得ない状況になっていた。それでも、直接被害に遭っていない人たちは、あくまで日常生活を送るのだ。


 閑静な住宅街では、会話なく競馬新聞を眺めながら黙々と朝食をとる男がいる。

 森本元太35歳。嫁と4歳になる娘と3人暮らしだ。世間では災害が話題になる中、あまり影響を受けてはいなかった。しかしその日、不安げに嫁が言う。

「ねえ、あなた。最近不審な人が外にいるんだけど。」

「どんな?」

「帽子を深く被って、サングラスしてる。よく見かけるけど、家の前を通る時にこっちを見てるみたいで気持ち悪いの。」

「いつからだ?」

「ここ数日。」

「ってことは災害の後ってことか?」

「うん、そうかも。」

「かもって…。そこ重要だろ。」

「知らないわよ、そんなの。災害をきっかけに事件も多発しているっていう噂だし、あの子保育園に送るの一緒に来てよ。」

「ああ、わかったよ。」

仕方ないなという雰囲気で元太は競馬新聞を畳みだした。


 外に出て、嫁は子供を抱っこしたまま、前の家の奥さんと楽しそうに会話している。天気もよく、普段通りの嫁の行動に『呑気じゃねえか』と思いながら、車庫から出した車を嫁の前に停める。そして、チャイルドシートがある後部座席を開け、子供を乗せ終わった嫁を乗せるために助手席のドアを開ける。

 できれば向かいの奥さんと目を合わせたく無かったが、車の中の嫁に手を振っているところで、そうはいかない。

 向かいの奥さんの視線を気にしながら、「どうも…」とだけ呟く。

「いつも仲が良いのね。羨ましいわ。」

「いいえ、尻に敷かれて困ってるんです。」

 あまり目を合わせないように運転席に乗り込んだ。そそくさと車を発進させ角を曲がった時、ふとサングラス姿の男がいた。嫁は違う方向を見ていたため気づいていないが、確かにこっちを見たような気がした。

 しかし、元太は厄介ごとは嫌いで、それ以上話を大きくしたくは無かったため、何も言わずに通り過ぎていった。



ー難民街ー

 

 台東区の山谷地区の一角には、既に時空災害難民の街が形成されはじめていた。森本は久しぶりに連絡が来た古い友人の望月に誘われてその町に行くことになった。本当はあまり興味がなかったのだが、望月の誘いは不自然なくらい強いものだったため、渋々着いていくことにした。

 時空災害直後は、繁華街も店を閉めていたが、地震やウイルスと違って、影響が長引くものではなかったのだろう。数日が経過したその日には既に多くの店が通常どおり営業をしていた。

 望月が言う。

「難民街なんて言うけど、むしろ楽しいコミュニティができてる。面白そうだろ。」

「一体何を楽しむんだ?」

「そりゃ、違う時間線や過去から来た人達がお互いに話をするんだ。盛り上がるぜ。」

「テレビとかの取材が集まってんだろ。俺達みたいな部外者が行って良いのか?」

「ああ、いいんだよ。」

 望月は妙に笑いを含んでいる様だった。


 裏地を抜けて、とあるスナックの様な場所に入った。タバコの匂いが充満する中、盛り上がるボックス席の中央にいる人物を見て元太は不思議な感覚を覚えた。

 茶髪でチャラチャした雰囲気の男に見覚えがあるように思えたが、なぜか思い出せない。

 すると、その男が元太に気づいて「お!来たか!」と声をかけた。

 望月は「ちゃんと連れてきただろう」とその男に言う。


 半ば無理やりの様に元太は男の隣に座らせる。

「悪いな、家族がいるのにこんなところに呼び出して。」

 周りの女性達は興味深そうに元太とその男を見ている。

「へー面白い。」

 元太は薄々事態を飲み込み始めていた。ちょうどそこに男が言う。

「俺、誰かわかるか?」

 どう答えて良いか分からず一応「いや…。」と呟く。

 男は「森本元太だよ。」とはっきり答えた。

 すると友人が俺に「お前も自己紹介しろよ。」と促し、恐る恐る「森本元太です。」と呟く。

「もうわかってるだろ。敬語使う必要なんてないよ。」

 そう、その男は別の人生を歩んだ自分だったのだ。



ーもう一つの人生ー


 元太は、ミスチルのコピーバンドをやっていた高校時代を思い出していた。歌には自信があったし、何より若いときには夢があった。人生の分岐点があるとすれば、バンドの夢を追いかけたか、安全策としてサラリーマンになるか、だった。俺は安全を選んだが、目の前に現れたもう一人の自分は夢を選んだのだ。


「芸名は『きっぺい』だからそう呼んでくれ。」

 と茶髪のちゃらい俺が言う。俺は、手短に会社務めと家族がいることを説明した。

「家族か。いいね。」

「お前は?」

「いや、おれは結婚願望がないから。」

「そうなのか。バンド挑戦したいとは思ったけど、結婚しないという選択肢を自分が持つなんて思わなかったな。」

「人生観って変わるもんだよ。結局自由が楽しい。周りの友人見てたら鳥かごに閉じ込められているみたいで…っとすまねえ。」

「いや、いいよ。本音トークしようぜ。実際、鳥かごの中だ。たまに自由になりたいときもある。今は子供が小さいから仕方ねえけど。」

「子供か...。不思議だな。俺の遺伝子を引き継いだ子がこっちの世界にはいるってことだ。」

「おいおい、子は愛の結晶だろ?遺伝子の問題じゃねえよ。」

「臭いこというなぁ。」

「俺だって、昔は歌の歌詞をつくってたんだ。」

「知ってるよ。それ、俺だから。」

 元太は、自分の空想任せに昔の夢の続きを語る。

「あのまま、バンド続けてたら、多分吉岡と新たにバンドを組んだだろうな。青木は悪い奴じゃなかったけど音楽性が全然違ったし、長谷部はちょっとムカついてたし。そんで、麻布のライブハウスで目をかけてくれてた先輩バンドに着いていけば、それなりに業界へのツテも広がっていただろうし...。」

「そして、『出来上がりがこちらです。』つって。3分クッキングか!それが俺だよ。」

「成功したのか?」

「ああ、それなりにな。吉岡に加えて後から加わったギターとドラムの奴が相性良くて。一時期は『ポスト・ミスチル』なんて言われてた。」

「...マジかよ。」

「まあ、しかし、その後音楽不況ってやつで。業界での知名度があったから、その後もスクールとかで仕事に困らないし、ああいうところってスカウトされてくる可愛い子多いし、みんなと形式に捕らわれずに自由に楽しんでたけどな。...しかし、急にこんな事になって、どうすればいいのやら...。」

 こんな事、というのは当然この災害の事だった。彼は自分の生活基盤のない全く違う世界に迷い込んでいるのだ。

「それだけ腕があれば、こっちでもやっていけるんじゃ。」

 俺は彼を安心させ得る様に言った。

「ああ、そうだな。こっちの時間世界にない音楽捜せばあるだろうし。著作権とか関係なければ、出しても問題ないだろう。何だったら難民仲間で時空バンドでも組んで...。」

 するとたまたま近くにいたピアスをした男が話に入ってくる。

「それ、いいですね。面白そうだ。良かったら、今度私の仲間紹介しますよ。是非、話聞かせてください。滝隆一のプロダクションの関係者です。」

「滝隆一?」

 友人の望月が補足する。

「ああ、こっちの業界では有名人です。表には出てこないけど。」

 ピアスの男が続ける。

「若い音楽プロデューサーで、彼に気に入られれば一期に成功できる。最近ではドラマもプロデュースしてるし、ほら、女優の坂岡由衣と結婚した人だ。世間には一般人と結婚なんて言われてるけど、一般人どころか芸能会を裏で仕切ってる大物だよ。」

 すると、「え!?坂岡由衣って結婚してんの?」と言って、更に隣の席で飲んでいた男が話に入ってくる。難民の集まりだから人同士の垣根は低いのだ。

 望月が反応して答える。

「ああ、もう3年前くらいに。知らないんですか?」

「俺の世界線では、まだ独身なのに…。」

「ああ、あなたも難民ですか。」

「はい。佐久間圭介と言います。人捜しをしています。」



ー佐久間の説明ー


 自分の商社で誰も知っている人がいなかった佐久間は、それ以外の知り合いとも連絡が取れず、もう一人の自分を捜しているのだった。

「へえ、自分探しの旅ってやつですね。面白いね。」

 ピアスの男はとりあえず興味ありという雰囲気だった。香水の匂いが強く、佐久間はあまり近づきたくないと感じながらも、人のつながりを作るのに必死だった。

「ええ、だから色んな人と会ってこの顔を知っている人がいないかと思って。」

「...さあ、俺はあなたの顔に見覚えは無いけど、今までのお仕事は?」

「東江証券に勤めていました。」

「商社マンですか...。じゃあ、なおさら知らないですね。この辺にはいないでしょう。」

「でも、私も昔は俳優を目指すか迷った時があるんです。違う人生があるなら、その業界にいる可能性が。」

「まあ、そう簡単な世界じゃないからね。芸能界って。」


 佐久間は商社で出世し、もうすぐ結婚するところだったのに今回の事故に巻き込まれ、田舎の実家もどこに行ったのか分からず、誰も自分を知る人間がいないのだ。

「今更商社マンには戻れません。あの世界はキャリアが必要だから。今は学歴も何も証明できない。」

 みんなは、酔いがまわり、ピアスの男は“エリート商社マン”を名乗る佐久間にはあまり興味を示さず、少し冷たい雰囲気になっていた。

「まるで、俳優ならいつでもできるみたいじゃないですか。」

「それは...、芸能は実力の世界だと思うし、若しかしたら...。」

「分かってないね。こっちの縦社会を。きっぺいさんなら、既に音楽の実力を積んできてるが、君は何にもない。ただ『昔、夢見てた』、それだけで、君を誘う理由もねえし。キャリアを積めねえから、手っ取り早そうな道を今から目指すって?人生そんなに都合良くいくわけねえよ。」

 ピアスの男は、異次元から来た音楽家のきっぺいに興味をしめし、きっぺいは上機嫌だった。同じく異次元からきた佐久間は、先が見えず、不安を隠せない。

一方、きっぺいと別の人生を歩んだ元太も、はじめの内は予期せぬ出会いに興味を示していたが、自由で楽しそうにしているきっぺいに自分の今の苦労を対比する様に、羨ましい気持ちを抱き始めていた。

そして、家族を持つ良さを自分に言い聞かせるようにアピールしていた。



ー不審感ー


 もう一人の自分との出会いから数日が経過したある日、元太は家でふと気づいて嫁に声をかける。

「あれ?あそこの棚の荷物、上げたのか?」

 元太の問いかけに、掃除をしながら嫁が答える。

「ああ、きっぺいさんがしてくれたの?」

「いつ?」

「昨日。」

「俺いないのにか?」

「この前の忘れもの取りに来たから、ついでに私がお願いしたの。」

「おいおい、気を使えよ。俺じゃねえんだぞ。」

「でもあなたの兄弟みたいなものでしょ?」

「兄弟...?」

「親切にしてくれているんだからいいじゃない。」

「まあ、そりゃ、そうだけど...。」 

 元太はきっぺいを家族や友人に紹介していた。もともと古い友人は共通だし、人間関係が重なるのは自然な流れだった。



ー再び難民街でー


 大規模な災害では、被害者に対する対応は手厚い。友人の望月が興味を示していることもあり、俺も一緒に難民街に定期的に足を運んでいた。

 きっぺいと奇妙な同窓会の様なやり取りが続く。

「この前、嫁が荷物お願いしたみたいだな。悪いね。」

「ああ、いいよ。そのくらい。」

「それで、最近はどこでどうしてんだ?」

「ホテルに泊ってる。難民申請したらとりあえず、ね。」

「んで、今後はどうすんの?」

「一応、政府が給付金を出す方向みたいだし、仕事も見つかりそうだから心配はしてない。」

「...気楽でいいな。」

「まあな。もともと家族を持ってなかったからな。」

「実家で親の介護なんてどうだ?」

「そこは微妙だな。法的にどういう関係性になるのかも分からねえし、俺が勝手に判断できることじゃない。」

「まあ、助け合おうぜ、その辺は。」

「俺も忙しくなりそうだから。」

「忙しくって言ったって、遊びみたいなもんだろ?」

「おいおい、言葉に気を付けろよ。遊びみたいに見えても、これが俺の仕事だ。」

「そうだけどよ。俺は会社と家を抱えてんて手が回らないんだ。」

「そんな事は分かってる。俺だって、大切な人くらいいるさ。」

「遠い世界にだろ?」

「違うよ。この世界にだ。」

「え?まだほんの半月だろ?」

「半月あれば十分だよ。お前は考えが固くなってるね。」

「軽すぎやしないか?」

「サラリーマンの世界とは違うんだよ。」

「たまに代ろうか?」

「え?いいよ。別に。いきなり楽譜渡されても読めねえだろ?」

 そこに先日のピアスの男が、若い女性を二人連れて合流し、所帯持ちの元太の存在を忘れたかのように盛り上がりだした。


 一方の佐久間圭介は、依然として知り合いを見つけることができず、困り果てていた。東京で被災したこともあり、今後の国の補償などの為に、下手に田舎に足を運ぶこともできないでいるのだ。それに、もう一人の自分は必ず東京にいるという感覚が捨てきれないのだ。

「どこかにいるはずだよな。」

「そうとは限らない。全く遠い時間線から来た人も報告されている。その場合、環境が違いすぎて、自分の親さえ存在していないこともあるみたいだ。違う言葉を使う人まで見つかっているからね。」

 ピアスの男は、あくまで冷静に答え、彼を業界に案内することもなかった。



ー元太の不満ー


 昭和の香りが残る古めかしい雑居ビルで、元太が残業をしていると、後輩の女子に声をかけられる。

「あれ、森本さん今日、飲み会行かないんですか?」

「ああ、ちょっと急な仕事が入ってね。遅くなりそうだからやめておこうかな。」

「でも、きっぺいさん来ますよ。」

「え?」

 意気投合したきっぺいは、家族だけでなく、気づいたら職場や友人とも交友関係を深めていた。

「今日、カラオケ行くんで、きっぺいさんの生の歌を聞けるんです。この前、はりきって『次はギター持っていくよ。」って言ってたし。」

 元太を残して、職場の同僚たちは一緒に会社を出て行った。


 夜9時を過ぎた。事務室は、元太ひとりになり、暗い部屋の中で、ぽつんと元太周辺だけが寂しく照らされていた。飲み会の連中はご飯を終えてカラオケに向かっている頃だろうか。なんで俺だけ仕事しているんだ?仕事量が多いのか?いや、若い連中は休日に出てくることもあるから、それなりに余裕がある。俺は休日は家の事をしないといけない。だから、被害妄想だ。そうだ、みんな頑張っている...みんな...。


 しかし、きっぺいはずっと遊んでんじゃねえか。


 俺だって、たまには一人になりてえよ。一日中漫画喫茶で自由に過ごしたり...、釣りに行ってぼーっとしたり...。音楽だってやりてえよ...。あいつは遊んで、俺は、仕事・家、仕事・家...。毎日毎日縛り付けられて…。


 思わずパソコン打ちする内容を間違えていることに気づいてバックスペースを叩く。


 それどころか、なんで俺の家族に馴れ馴れしそうにしてんだ。お前は自由を選んだんだろう!俺が苦労して築き上げたものを...。苦労して築き上げたんだ...。ニヤニヤしながら平気で人の苦労の結晶に入ってくんなよ!


また間違えた。

バックスペースを叩く。


 まさかこのまま俺の周りに取り付くつもりか...!俺の幸福まで奪う気か!!俺は縛られて疲れ果て、あいつは気楽に欲しいものを手に入れて!!くそ!っくそ!!


 バックスペースを強く連打して、左手にもっていた書類を巻き上げる様に投げた。

 頭の中でミスチルの『雨のち晴れ』が流れ出す。


 もういいや... もういいや... 疲れ果てちまった...


 椅子にもたれかけて、何もない天井を見つめて気が抜けた様に考える。

 これでいい、これでいい...といつも自分に言い聞かせてきた。

 俺は人生を間違ったのか...?



ー路地でー


 佐久間は、どうすればいいかわからないまま難民街を一人で歩いていた。そして、ある人の姿を見て反応する。それは自分の婚約者だったのだ。

「美奈子!」

 肩を急に引かれた女性は驚いた様子で反応する。

「え?誰?」

「俺だよ。無事だったんだな。」

「え、ええ…。」

「そうか、若しかしたらこっちの世界では、俺と出会っていないのかな。」

「時空難民の方ですか?」

「ああ、そうだ。別の世界で君と婚約している。やっと見つけた。」

 女性は戸惑うように言う。

「え?ちょっと。急にそんなこと言われても...。難民詐欺とかの噂もあるし。」

「本当だよ。ほら、婚約指輪だ。」

「私はしてないし、知りません。」

「そう言うなよ。ちゃんと俺の事を分かってくれれば...。」

「ちょっと!困ります。」

 ようやく見つけた知り合いがしかも婚約者だったことで、佐久間は必死になっていたが、女性はますます戸惑う様子だ。


 そこに複数の男グループが加わる。


「おい!お前誰だよ。」

「時空難民みたいなの。」

 女性が安心したように男たちに返す。

「へー、本当にいるんだな。」

 そのうちの一人の男が言う。

「美奈子は俺の嫁だよ。」

「え!?」

「どっか行けよ。鬱陶しい。」

「おい、ストーカーとかしだしたら大変じゃねえか。」

「ああ、そうだな。それに人の嫁に急に迫られて、黙って見てるわけにいかねえだろう。ちょっと、裏に来いよ。」


 佐久間は、路地のゴミ箱とゴミ袋の中に埋もれる。映画でよく見るシーンだが、と思いながら夜空を見上げる。ついこの前まで、幸福の絶頂だったのに、なんでこんな目に会わないといけにのか。そして思わず叫ぶ。

「くっそー!なんて世界だ!どこにも居場所ねえじゃねえか!」

 そこにたまたま、ピアス男と望月が通りかかり、佐久間を見て笑う。

「わっはは。今のそれが演技なら合格だ!」


 佐久間は、考えるのが面倒になってきた。俺なんて、もういても仕方がない...。

 そう考えていた時、一人の紳士風の男が目の前に立っている事に気づいた。男はにこやかな表情でこっちを見ている。

 「誰だ?」と声をかけると、「一緒に来てください。佐久間圭介さん。」と言って男は手を差し伸べた。



ー殴り合いー


 数日後、元太の心を表わすかのように空はどんよりと曇っている。仕事帰りにたまたま、きっぺいの姿を見かける。嫁の職場のすぐ近くだった。元太は、しばらく見なかった事にしようと考えたが、車を走らせているうちに、怒りが込み上げてくる。


 きっぺいは街角でピアスの男と落ち合ったところだった。二人は人目につかないところで、煙草に火を付けながら会話をしている。

「ええ、あなたの話をしたら、滝隆一プロダクションのプロデューサーが是非話を聞きたいって。俺もお陰で出世のチャンスだ。もしかしたら、滝隆一と直接会えるかもしれねえ。側近にしか顔も見せない大物だからな。会って気に入られたら人生が変わるかも。」

「いいねえ。うまくやろうぜ。時空災害の経験者ってだけで世間は面白がるし。このチャンスは逃しちゃいけねえや。」

 そこに、「おい。」という声で二人は振り返る。


 そこには元太の姿が。


 明らかに普通ではない空気に二人はすぐに気づいた。

「ちょっと来いよ。」

 と言って、元太はきっぺいを路地に連れて行った。


 降り出した雨の中で、路地の微かな屋根の下、ぎりぎり雨に打たれない位置で二人は向かい合う。

「なんだよ。話って。」

「とぼけるな。お前、面白がってるのか。」

「おいおい、意味わかんねえよ。何をむきになってんだ。」

「お前俺から離れろよ。」

「は?知らねえよ。お前が家族とか友人とか紹介したんじゃねえか。」

「ここは俺の人生なんだよ。」

「知るかよ。俺だって帰りたくても帰れねえんだ。」

「だったらよ。どっか遠くに行ってくれねえか?」

「おいおい、何言ってんだ。俺は東京じゃねえと仕事はねえよ。お前がどっか行けばいいだろう。...あ、お前まさか、嫁と俺の関係を疑ってんのか?」

 このしゃべり方がムカついて仕方がない。

「いいねえ。熱いねえ。」

「ふざけんな!」

 と言って俺は反射的にきっぺいを殴った。

「ってえ!何すんだ。」

 きっぺいも反射的に、元太に体当たりして、ゴミ袋にうずもれながら、絡み合う。

「俺が毎日毎日働いて、家に縛られてんのに遊んでばっかり!そんなもの見せびらかすな!」

と言って元太は再びきっぺいを殴る。

「てめえこそ、家族を見せびらかしてんじゃねえか!」

 きっぺいもすぐにカウンターを食らわす。

 二人は、雨の中で、泥試合の様な殴り合いに発展していく。

「俺から幸福を奪うなよ!」

「てめえこそ独り占めすんなよ!お前、俺だろ!ちょっとはこっちのことも考えろ!」

「お前こそ俺だろうが!いつも楽ばっかりしやがって!こっちは毎日疲れてんだ。会社でも気を使って!家でも気を使って!」

「知るかよ!お前こそ、ちょっとくらい家族の温もりを分けろよ!ちくしょう!!」

 ここで、元太は少し怒りが治まる。

「お前、羨ましいって思ってんのか?」

「当たり前だろ!家族に囲まれている自分の姿がうらやましくねえ分けねえだろ!」

「だからって、俺の嫁と仲良くすんな!」

「するわけねえだろ!第一、夫のお前がうまくやれてねえのに、なんでその嫁が、わざわざ夫の分身の俺と浮気なんてするんだ!男探すなら、他当たるに決まってんだろ!!」

 ...確かに、それはそうだ。

「でも、お前も彼女いるんだろう。自由に遊んで、俺を羨ましいなんて思ってねえだろ。」

「彼女じゃねえよ。まだ。そう簡単にいくかよ。」

「でも、どうせ音楽の才能見せつけて遊びまくるんだろ。異世界で『ポスト・ミスチル』だったとか言ってよ。」

「嘘だよ。」

「え?」

「大げさに言っただけだ。『ポスト・ミスチル』はコンパの時にふざけて言った話を相手が面白がってそう言ってただけだ。音楽は、スクールの講師が精いっぱいだ。」


 二人は、ゴミ袋にもたれかかって雨のふる空を眺める形で喧嘩を止めた。

「ポスト・ミスチル?自分で言ってて笑えて来るよ...。ミスチルなんて夢のまた夢だ。」

「でも独身、楽しそうじゃねえか。」

「楽しかねえよ。毎日コンビニ弁当ばっかだし。本当は俺だって結婚してえよ。この歳で結婚願望出したら、かえってマイナスなんだよ。お前にはわからねえだろうけどよ。『結婚願望ないから独身だ』って言ってないと、女子からは引かれるしよ。みんなには内緒で横浜とか埼玉あたりで知り合いに見られないお見合いパーティーに行っても『仕事に先がねえ』つって、うまくいかねえ。新人の真理ちゃんに言い寄っても、まるで手ごたえもねえ。お前こそ、家族から愛されてていいじゃねえか。」

「愛されてなんてねえよ。嫁とはお互い外ではそう見せるように、暗黙の了解で結託しているだけだ。」

「お前が冷めているからだろ?」

「俺が冷めてる?馬鹿言え。冷めてるのは嫁だよ。家計のためにと仕事に行き始めたら、そっちの方がよっぽど楽しいらしい。近頃じゃ、夕食の話題でさえ仕事に汚されていて...。愛妻家だってみられたいけど、どうしようもねえじゃねえか。やってられるかよ!」

「子供もいて先があるからいいじぇねえか。俺は不安だらけだよ。おかげで日を追うごとに髪の毛は薄くなるし...。」

「結婚なんて、まだいけるだろう。髪の毛だって、そのくらいあるならいいじゃねえか。」

「植毛だよ。」

「え?」

「植毛してんだ。お前こそ、ふさふさじゃねえか。」

 すると元太は、無表情に頭の上からカツラをとって見せた。

「植毛する金なんてねえよ。こっちは家族抱えてんだ。」


 二人の会話が止まった時、ちょうど雨が止んで、晴れ間が見えていた。


「なんかさ...人からどう見られるかって...どうでもよくねえか?」

「うん...なんかそんな気がしてきた。」



ー案内人ー


 佐久間と謎の男は、ハイヤーの様な黒い車で病院に向かっていた。


「親切心はありがたいですけど、そんなに大きな怪我はしてないですよ。保険証もないし。」

「あなたの怪我で病院に向かっているわけではありませんよ。」

「...どういう事ですか?」

「申し遅れました。私は実は未来から来たものです。名前は色々事情があるのでご勘弁ください。あなたにとって悪いことはいたしません。」

「未来から...。やっぱり未来人がいたんですね。他にどのくらい?」

「さあ、はっきりした数はわかりません。ただ、今回の事故で紛れ込んだ未来人はほとんど名乗り出ることはありません。」

「なぜですか?」

「UWの情報統制が既に始まっていることを知っているので...。」

「UW...?」

「ええ、まあこれから先の統制機関ってところですね。」

「あなたは、未来人だと名乗り出ていいんですか?」

「ええ、私は実は未来の政府に携わる仕事をしているんです。」

「という事は、映画のターミネーターみたいに、未来を変える役割かなにか?」

「いいえ、逆です。私は歴史を変えないために動いているのです。」

 佐久間は考える素振りを見せたが、男が続ける。

「私は、政府公認の電脳を持っているんです。だから時代を変えない様に、やっていい行動とそうでない行動がわかるのです。あなたをたまたま見つけて今こうして誘導していますが、私が居合わせなくても、結果は同じなんです。未来は変わらない。ただ、未来に影響のない範囲で近道として案内しているだけです。」


 そこで車は病院に到着したが、男は降りようとしない。

「私は、ここで失礼します。案内の役割を終えたので。」

「どこに行くんですか?」

「探さないといけないものがある。この時代に未来を変える危険を持ったものが混入している様なんです。それを見つけて処理しないといけないので。あなたは、病院へどうぞ。」


 そういって車は走り去って行った。



ー病院にてー


 佐久間は訳もわからず、病院の入口に入ったところで、何をすればいいかもわからない。周りを見渡しているとふと誰かと目が合い、こっちを不思議な表情で見ている。佐久間は知らない顔だが、さっきの未来人の話が本当なら、何か関係があるのだろう。その人物は、受付の人に何かをお願いしている。


 佐久間は、どうしていいか分からない為、とりあえず、待合室のソファーに腰をかけたが、次の瞬間、思わず立ち上がった。

 佐久間の視線の先に、女性の姿が現れた。女優の坂岡由衣だ。最も憧れた女優だから一目で分かる。彼女は、佐久間の顔を驚いた表情で見つめていたが、ふと我に返った様に声をかけてきた。


「あなたは...。」

「私は、佐久間圭介です。」


 すると、「来てください!」と言って彼女は佐久間の腕を引っ張りだした。佐久間は訳が分からない。あの憧れた女優が今、自分の腕を掴んでいるのだ。


 そのまま、階段を上がり2階の通路を通るとき、壁際にいる多くの人達が驚く様な顔でこっちを見ている。そのまま、俺はある病室に連れられて行った。

 そこには、人工呼吸器をつけて眠っている男の姿がある。どこかで見たことのある姿だ。


 坂岡由衣が言う。

「夫の滝隆一。...本名、佐久間圭介です。今回の時空災害の2次災害で交通事故に遭って...。」


 呆然としている佐久間を他所に、彼女はできるだけ手短に経緯を説明する。


「主人は、俳優を目指して上京して、たまたま出会ったバンドの音楽編集を手伝っている時に作曲の才能に目覚めたんです。歌が下手だから音楽は無理だと思い込んでいたらしいのですが...。自分にどんな才能があるかって、意外とわからないものです。その後はプロデューサーとして成功し、ドラマ音楽も手がけた事がきっかけで私達は出会ったんです。今は実家のご両親も東京に呼んで世田谷で生活しています。」

 それで田舎と連絡が取れなかったのか...。

 佐久間は泣いていた1歳くらいの子供を預けられて抱っこした状態で坂岡由衣の話に耳を傾けていた。


 その時、男が目を覚ました。

「あなた!」といって坂岡由衣が手を握る。


 男は、佐久間が子供を抱っこしているところを見て、少し安心したような表情をした。そして、こっちに何かを言いたそうだった。


 周りに促されて顔を近づける。


 男は、声をふり絞って「あと...よろしく...」とつぶやいた。

 そしてドラマでよく見る機械の緑の画面が『ピー』という音を立てた。



ーご近所さんとー


 元太の嫁と、お向かいの女性が楽しそうに会話をしている。

「なんだか、お宅の旦那さん、最近大人しくない?」

「ええ、そうなの。何があったのか知らないけど。」

「悩み事かしら。」

「いいえ、多分逆よ。」

「逆?」

「ええ、最近、柔らかくなったっていうか。一緒にいて居心地もいいし...。」


 元太は、車のボンネットに尻をついてポカンと空を眺めている。そこに、嫁が子供を抱っこして、「ねえ、ドア開けてくれない?」と言う。

 元太は「ああ...」とつぶやいてドアを開け二人が車に乗った後に運転席に回る。


 そこに、たまたまご近所の奥さんが二人通りかかった。


 うち一人の女性が、「今日も暑いですね。」と言って、帽子を持ち上げて、ハンカチでおでこを拭く仕草をした。

 元太もハンカチを取り出し、「ええ、そうですね。」と言いながら、カツラを持ち上げて同じ仕草をしてみせた。


 最近、近所でネタになっていた。



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