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青と蒼  作者: ハマジロウ
8/14

第7章 眠れない夜


三年の春。


選抜に届かなかった蒼陵は、


区切りとして「部屋割り変更」が行われた。




俺と同室だった同期は、


レギュラー落ちを機に引退した。




その空いた部屋に、誰が来るか──。





(二年が上がってくるか、


 マネージャー兼務の誰かか……。)




(まぁあと一年で卒業だし、


 誰が来ようが変わらないか‥‥。)




* * *




寮管理の先生が名簿を読み上げる。




先生


「303号室、佐伯君。新しく入るのは……


 2年岡谷蒼太君だね。」





「…………は?」




岡谷


「……よろしくお願いします。先輩‥‥」




控えめに笑う岡谷。


その距離の近さに、


俺は一瞬だけ息を飲んだ。





(なんで……よりによって岡谷なんだよ!)




* * *




荷物を持って部屋に入ると、


岡谷はベッドに荷物を置き


ながら周りをきょろきょろしている。




岡谷


「ここって、


元の先輩は、


どっちのベッド使ってたんですか?」





「俺は……こっち。そっちが空いてる。」




岡谷


「じゃあ借りますね。


布団、あとで干そっかな。」




無邪気なのに、礼儀正しい。


その態度が、俺には妙に胸に刺さる。





(近づかれると……


なんか、落ち着かないんだけど‥)




岡谷は部屋の隅に置いてある


俺の野球ノートに気づく。




岡谷


「あ、すごい……毎日つけてるんですか?


キャッチングの角度とか、


ピッチャーごとの癖まで書いてるんですね」





「見るなよ……!」




思わず声が荒くなる。


岡谷がビクッとして、少し距離を取った。




岡谷


「す、すみません……でも、すごいです。


こんなにやってるの、知らなかったから。


僕のことこんなにいっぱい


書いてくれてたなんて‥嬉しいです」





「……別に、他にやる事がねぇから……


 書くしかなかっただけだろ。」




岡谷はその言葉に息をのむ。




俺は顔を上げられなかった。




胸の奥がドクン、と跳ねる。





(なんでそんなこと言うんだよ……。


期待する……だろ)




* * *




夜10時、寮は消灯。




部屋の電気が落ち、


窓からの街灯の薄い光が


差し込むだけの空間になる。




布団に入ったものの、


俺はまったく眠れなかった。





(なんか……息がしづれぇ……。


岡谷が隣にいるだけで


こんな落ち着かねぇとか……


どういうことだよ)



ベッドがギシ、と揺れた。




岡谷


「……先輩、起きてます?」





「……起きてるけど」




すぐ答えてしまう自分に、少し腹が立つ。




岡谷


「……さっき、ノートのこと、


 怒らせちゃいましたよね」





「怒ってねぇよ。


ただ……見られるの、


なんか嫌だっただけだ」




岡谷


「……なんでですか?」





「……俺が頑張ってるのなんて、


見せるようなもんじゃねぇだろ」




その言葉に、


岡谷はすごく優しい声で返した。




岡谷


「……先輩が頑張ってるの、


僕……嬉しいですよ」




岡谷


「……僕は、頼られてもいいんですよ?」





「……っ」




息が止まった。




岡谷


「先輩、


ずっとひとりで抱えてるじゃないですか。


ノートもそうだし、


練習終わったあとも、


ひとりでキャッチングの形


ずっとやってるし……」





「見てんじゃねぇよ……」




岡谷


「見ますよ。気になりますから。」




“気になる”って言い方が、自然すぎる。




胸の奥が、少しだけ痛くなる。





「……なんで、お前はそんなこと言うんだよ。」




岡谷


「なんでって……」




岡谷は言いかけて、言葉を飲んだ。


布団の中で


握りしめた拳の音が聞こえる気がした。




岡谷


「……先輩のこと、放っておけないからです。」




その声は、震えていた。




俺は答えられない。


答えたら、何かが変わる気がしたから。




でも沈黙が、逆に岡谷を追い詰める。





「……迷惑でした?」





「……ちげぇよ。」




驚いたように、岡谷の布団がわずかに動く。





(ちげぇけど……


ちげぇけどさ。


そんな優しいこと言われたら……


俺、期待するだろ)




暗闇の中、岡谷は小さく笑った。




岡谷


「……あの、本当に、


先輩と同室になれてよかったです」





「……そんなに俺と一緒がいいのか?」




岡谷


「……はい」




一瞬の迷いもなく答えて、


岡谷自身がハッとしたように


口を押さえる。




岡谷


「……あ、いや、その……


練習の相談とかもしやすいかなって……


そういう意味で……」




明らかに誤魔化している。


暗闇でもわかるくらい、声が震えている。





(……なんでそんなに俺を特別扱いすんだ。


意味わかんねぇよ……。)




でも、どこか嬉しい気持ちがある。





俺は枕に顔を埋めた。




(言えねぇよ‥‥、


そんなこと直接言われて


嬉しくなってるなんて、


絶対言えねぇ‥‥)




でも。




胸の奥が、じんわり熱くなる。


近すぎる距離で、


聞きたくなかったくらいに優しい声。
















今日はもう眠れそうにない







翌朝




寮の食堂は、


いつものようにザワザワと騒がしい。


味噌汁の湯気、焼き魚の匂い、


部員たちの笑い声。





(クソ……


なんで昨日ほとんど寝れなかったんだよ……。


岡谷が……あんなこと言うから……。)




席につくと、


岡谷が当たり前のように隣に座った。




岡谷


「……おはようございます、……先輩」





「……おう」




なんとか普通に返したつもりだったが、


声が少し上ずった。




岡谷は、


いつもより落ち着きなく


箸を動かしている。




岡谷


「味噌汁……薄いですね」





「え、そうか……?」




岡谷


「えっ、違いました? あ、すみません……」





(なに謝ってんだよ……


昨日の続きみたいで変な感じだろ……。)




そこへ、同期組がやってくる。




3年同期A


「お、なんでお前ら隣り合ってんの?」




3年同期B


「部屋割り変わったからっしょ。


 佐伯、誰と同室になった?」




佐伯


「……岡谷」




3年同期C


「へぇー、2年と同室になるのって珍しくね?


やっぱり、バッテリー優先なんかね?」




3年同期E


「バッテリーは夫婦っていうしな!」





「――っ!!」




思わず、


口に含んでいた味噌汁を吹き出した。




「ゲホッ、ゴホッ……!」




岡谷


「せ、先輩!? 大丈夫ですか!」




慌てて立ち上がる岡谷。


ポケットからハンカチを取り出し、


俺の前に差し出してくる。




岡谷


「ほら……口、拭いてください。


火傷とかしてませんか?」





「い、いいから! 」




顔が熱い。


絶対、真っ赤になってる。




3年同期C


「さっそく見せつけてくれるねぇ」




3年同期E


「はいはい、ごちそうさまでーす」




周囲からクスクス笑いが起こる




* * *




食堂を出るとき。




岡谷


「……先輩。


 今日、ブルペン……一緒に入りますよね?」





「ああ……いつも通りだろ」




岡谷


「……よかった」




ほんの小さな言葉なのに、胸に刺さる。





(なんだよ……それ。


そんな顔で言うなよ……。)




昨日より距離は縮まったはずなのに、


昨日より気まずくて、


昨日より胸が落ち着かない朝だった。






その夜




夕飯後、夜練習を終えて部屋に戻る。




スパイクを脱ぐ音、タオルを投げる音。


それだけで、部屋がやけに狭く感じた。





(前はさ……練習終われば、


顔合わせることなんて


ほとんどなかったのに。


同室になると……


こんなにも距離、近いのかよ)




しばし、沈黙。




落ち着かない。


時計の秒針の音まで気になる。





「あ……ちょっと早いけど、


風呂行こうかな?」




岡谷


「あ、じゃあ……僕も行きます」





「……え?」




岡谷


「え、ダメですか?」





「そんなこと言ってねーし。


……好きなときに行けばいいだろ」




岡谷


「じゃあ……今、行きます」





(それを“当然”みたいな顔で言うな!)






脱衣室





(今まで、


風呂一緒になることなんて


ほとんどなかったのに……


部屋が一緒だと、こうなるのか‥‥)




落ち着かない。




岡谷は、


いつも通りの動きで服を脱いでいく。


無駄がなくて、


静かで……なのに、やけに目に入る。





(……色っぽい、なんて言葉、


今まで


こいつに使ったことなかったのに‥‥)




俺の視線が泳ぐ。




岡谷


「……先輩、調子悪いんですか?」





「いや、別に」




岡谷


「早く入らないと、あと詰まりますよ」





「……ああ」




意を決して、俺も服を脱いだ。






浴場




ピーク時間。


人も湯気も、今日はやけに多い。





(助かった……。


これなら、あまり見えなくて済む)




岡谷


「この時間、混むんですね」





「ああ……」




岡谷


「あ、こっち、二つしか空いてないですよ」




並ぶ位置が、近い。




岡谷が体を洗い始める。


その動きが、やけに目に入る。




俺は目を閉じて、無心で体を洗った。





(……頼むから、平常心‥‥)






そして、湯船に浸かる。




俺(――あ。)




すでに、角石と高橋が入っていた。




高橋


「あ、佐伯。岡谷も。お疲れさま」




角石


「……」




あれ以来、


角石とはほとんど言葉を交わしていない。


それに気づいて、俺も自然に黙る。




高橋


「風呂で会うの、珍しいね」




岡谷


「はい。


先輩たちは……


いつも一緒に入ってるんですか?」




高橋


「まぁ、同室だからね。流れで」




岡谷


「……そうなんですね」




一拍置いて。




岡谷


「僕たちも、そうです」




高橋


「え? ……あ、部屋割り変わったんだ?」




高橋の視線が、さりげなく俺に向く。




高橋


「……」




そのとき。




3年同期


「うわ、わるい!」




ぶつかられ、よろける。




その勢いで――




俺は、岡谷にぶつかった。




体が、密着する。




一瞬。


ほんの一瞬なのに、呼吸が止まる。





「あーー……!!


もう出る!!」




湯をはねさせて、立ち上がる。




岡谷


「え? どうしたんですか、先輩。


水、飲みました?」





「……っ、いいから!」




高橋


「……佐伯」




少し笑って、納得したように。




高橋


「なるほどね」




何かを察した声。




角石は、何も言わずに、俺を見る。




その視線が、やけに痛かった。




俺は湯気の向こうから逃げるように、


足早に浴場を後にした。




* * *



俺は足早に部屋へ戻った。



扉を閉めるなり、タオルを適当に放り投げ、


そのままベッドに倒れ込む。





(ああ……なんだよ、さっきの感触……。


俺、


思いっきり岡谷に抱きついたな……!?)




湯気の中で触れた、肩の感触。


背中の硬さ。


一瞬だけ感じた体温。





(……やめろ。思い出すな……)




顔を枕に押し付ける。




――ガチャ。




ドアが開く音。




岡谷


「……先輩?」




部屋に入ってくる気配。




岡谷


「大丈夫ですか?


なんか……今日は変ですよ」





「……平気だ」




岡谷


「まさか、熱とか……」




近づいてくる気配。


おでこに手が伸びてくるのがわかる。





「……大丈夫だから」




とっさに、岡谷の手を押さえる。




岡谷


「……そうですか」




一瞬だけ、言葉に間があった。




岡谷


「もし、調子悪かったら……


ちゃんと言ってくださいね」




俺は何も返さず、


そのまま枕に顔をうずめる。




昨日からほとんど寝ていなかったせいか、


意識は思ったより早く落ちていった。





「……すー……すー……」




しばらくして。




岡谷


「……先輩?」




返事はない。




岡谷


「……寝ました?」




そっと、ベッドの横に立つ。




岡谷


「……先輩?」




顔を覗き込む。




岡谷


「……起きないんだ」




さらに、少しだけ顔を近づける。




岡谷


「……こんなに近づいても、


起きないんですね」




青の寝顔。


規則正しい寝息。




岡谷


「……先輩、まつ毛……長いな」




小さく息を吐く。




岡谷


「ずるいよ……。


こんなの、完全に不意打ちじゃん」




湯船での感触が、ふっと蘇る。




腕に触れた体。


一瞬、密着した距離。




岡谷


「……あんなふうに抱きついてきてさ‥‥」




無意識に、自分の胸に手を当てる。




岡谷


「……どうしよう」




小さく、誰にも聞こえない声で。




岡谷


「今日は……たぶん、眠れそうにない」




電気を落とし、


青の寝顔にもう一度だけ視線を向けてから、


自分のベッドに戻る。




静かに、夜は更けていった。


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