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青と蒼  作者: ハマジロウ
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第4章 初めて芽生える感情


第4章 初めて芽生える感情



佐伯と岡谷バッテリーデビュー戦となる


ベンチ外部員の紅白戦が執り行われた。



初夏の湿った風が流れる午後。



ベンチ入りを逃した


1・2年だけで行われる紅白戦。




スタメン表には


紅チーム:投手・岡谷 捕手・佐伯




岡谷はマウンドへ歩きながら、


小さく息を整えていた。





(……この紅白戦で結果を出せば、


 俺たちはきっと……


 レギュラーに近づける!


 あのベンチ入りの壁だって


 越えてみせる……


 岡谷となら、絶対いける!)




その決意は、キャッチャーマスクの下で、


静かに燃えていた。




ベンチがざわつく。




1年部員「空気先輩がキャッチャー?」


2年部員「1年の変化球ピッチャーと?」


2年部員「え、実験か?」




だが、俺と岡谷は


その喧騒が全く耳に入らなかった。





「緊張してねぇか?」




岡谷は小さく首を横に振った。


その瞳は静かに火が宿っていた。




岡谷


「……いえ。先輩が受けてくれるなら、


僕は大丈夫です。」




その表情は、もう控えめな1年ではなかった。



◆ 1回表



最初の球。


俺はミットを外角低めに構える。




フォークのサイン。




岡谷は小さく息を整え、腕を振り下ろした。




ストン……ッ!




白チームバッター


「え?」




俺のミットは、


まったく動かなかった。




ベンチの空気が一瞬だけ凍る。




高橋


「いまの…フォーク‥‥?」




角石の表情がぴくりと歪む。




続く球はスライダー。


鋭い横変化で打者の腰が引ける。




さらにチェンジアップ。


落差が深すぎてバットは完全に空を切った。




そして──


三者連続三振。




ベンチ内の部員がささやく。




部員A


「え、あいつ…緊張してないのか?」




部員B


「いや…ああ見えて肝座ってるタイプだわ。


神経太いぞあの1年。」




岡谷は汗ひとつかかず、


淡々と、


しかし獲物を狙う猛禽のような


表情をしていた。





(こいつ……試合に強ぇ!)




◆ 4回 ―



紅チームは序盤から勢いに乗っていた。




岡谷のストレートは120台後半。


決して速くない。




だが、角度、体重移動、


リリースのタイミング。


すべてが“試合向け”の投手だった。




白チーム部員たち


「なんだあのスライダー…」


「1年であれは反則だろ」


「フォーク見えねぇ!!」




俺はすべてを止めた。




どんな急落フォークも。


どんな暴れスライダーも。




角石から余裕の表情が消えていく。




角石


「…………」




高橋


「佐伯のあのキャッチング処理…


才能あるのに…無自覚か…


なんで一年の時、


あれだけ埋もれてたんだ……」




◆ 最終回


紅白戦に参加しない部員たちも、


次々と集まってゆき、


最終回には、ほぼ全員揃っていた。


盛り上がる練習場


スコアボード


白:0 紅:4


紅チーム被安打:0




誰もが息を飲んだ。




岡谷は、小さく深呼吸した。




岡谷


「……先輩、まだいけます」





「おう。最後まで“お前の球”で行け。」




岡谷


「はい。


……このままノーヒットで終わらせます。」




赤チーム部員


「……え?あいつ……こんな勝気だったの?」


「マジかよ…自信あるんだな」


「静かに燃えてるタイプだ…」




角石は悔しげに拳を握る。




角石


「……なんだ、、あの一年…」




最後の打者。


フォーク、外角いっぱい。




バシィィッ!!!




審判


「ストライクッ!三振ッ!」




練習場が爆音のように揺れた。




「すげえ!!」


「ノーノーだぞ!!」


「落ち組バッテリーじゃねぇ…ガチの即戦力だ!!」





「……岡谷。


お前、マジでやったぞ。」




岡谷


「……はい。


でも僕……


先輩が受けてくれたから投げれたんです。」




その純粋な瞳が、胸に刺さる




佐々木


「監督……あいつら……


“即戦力”レベルですよ‥‥


落ち組の試合で、


こんな投球見たことありません。」




監督は顔を動かさず、静かに返す。




監督


「……わかってる。


今日のこれ、冗談じゃすまんぞ。」




佐々木コーチ


「短期間で……


よくここまで上げてきましたね。


二人だけで練習してるって話、


本当だったんですね……」




監督は小さくうなずく。




監督


「“自分たちで考えて成長する選手”は強い。


……あれは、チームの軸になる。」






◆ その日の夜 ―


夕食後。


消灯まで、わずかに残された自由時間。




寮の廊下は静まり返っていたが、


屋内練習場だけは違った。




――ドンッ。


――シュッ。




乾いた捕球音と、


ボールがミットに収まる鋭い音が、


規則正しく響いている。




高橋と角石だった。




高橋は、角石の投球を淡々と受けていた。




高橋


「……剛志、急に自主練だなんて、


どうしたの?」




角石は無表情に、


ボールを握り直す。




角石


「……別に。


夏、もうすぐだろ。ちょっと調整。」




高橋


「調整にしては、球数多くない?」




ミットに収まる音が、いつもより重い。




角石


「無理してねぇって。」




一瞬の沈黙。




角石は、


マウンド代わりのゴムマットを踏みしめ、


もう一球。




――ズドン。




だが、わずかに高い。




高橋


「……剛志‥‥」




角石


「……俺のストレートさ。


もっとキレ出さねぇと。」




高橋


「……今日の紅白戦、気にしてる?」




一瞬だけ、角石の肩が止まった。




角石


「は?」




高橋


「……岡谷のこと。」




角石


「……関係ねぇし。」




短く吐き捨てるように言う。




角石


「一年がノーノー?


たまたまだろ。


所詮落ち組の紅白戦だし。」




高橋


「……でもさ。」




高橋は、言葉を選ぶように続ける。




高橋


「“たまたま”で、


あんなフォーク連発できないよ。」








しばらく沈黙


夜遅い室内練習場は、


痛いほどの静寂が支配する。








角石は拳を強く握る。




角石


「夏は待ってくれねぇ。」




高橋はしばらく黙り、


それからミットを構え直した。




高橋


「……わかった。


もう少し付き合うよ。」




角石


「サンキュ。」




二人の間に、


言葉にしない緊張が流れたまま、




投球音だけが、夜に吸い込まれていった。






◆ 同じ夜 ― 佐伯と岡谷




一方、寮の食堂のテーブル。




俺と岡谷は、今日の紅白戦を振り返る。




俺は、


スコアノートを開いて、


今日の投球内容を確認する。




 


沈黙。 


消灯時間近い静かな食堂、


二人以外誰も残っていない。







「……今日さ。」




岡谷


「はい。」





「正直、びっくりした。」




岡谷は少しだけ視線を落とす。




岡谷


「……すみません。」





「何で謝るんだよ。褒めてんだ。」




岡谷は、ゆっくりと顔を上げた。





「お前、マウンドだと――


別人だな。」




岡谷


「……怖くないんです。」





「え?」




岡谷


「先輩が捕ってくれるなら


……思い切って投げられます。」




その言葉に、


胸の奥が、かすかに熱くなる。





(……なんだよ、それ。)





「……俺もな。」




岡谷


「?」





「お前の球、


受けてると――楽しい。」




岡谷の目が、わずかに見開かれた。





「だからさ。


これからも、組もうぜ。」




岡谷は、一拍遅れて、


はっきりとうなずいた。




岡谷


「……はい。


先輩となら、どこまででも。」




その夜、


二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。





夏の県大会が始まった。




上級生の層は厚く、


強豪校としてのプライドを背負う


3年生たちが、盤石のオーダーで並んでいる。




結局、2年の中でベンチ入りできたのは――


角石(投手)と高橋(捕手)だけ。




俺と岡谷は、ブルペンすら入れず、


スタンドでユニフォーム姿の仲間たちを


見下ろす立場だった。





「……届かねぇな」


岡谷


「でも、先輩。


俺たち、絶対もっと強くなれますよ」




その声は小さいけれど、


迷いのない声だった。




試合はベスト8で敗退。


学校が誇る“黄金世代”と言われた3年が、


まさかの期待外れの結果に終わった。




帰りのバスに乗り込む選手たちの背中は重い。


涙をこらえる3年生、


声を失った角石、肩を落とす高橋。




俺と岡谷は、


その光景をただ見つめるしかなかった。





バスの陰で、俺たちは足を止めていた




スタンドを後にした瞬間、


岡谷がぽつりと呟く。




岡谷


「来年…僕、


先輩と絶対にバッテリーで


レギュラー入りしたいです」




夏の日差しの中、


その横顔は強く、


そして少し寂しげだった。




俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。





(正捕手になりたい。


…いや、


岡谷の球を受ける“正捕手”になりたい!)




声に出した。





「岡谷。


来年は…俺が、お前の正捕手になる」




岡谷は、


一瞬驚いたように目を見開き、


そして笑った。




――あの、


俺の前でだけ見せる柔らかい笑顔で。




岡谷


「はい。


‥‥僕、先輩と甲子園行きたいです!」



「行こう。来年こそ、主役は俺たちだ!」




スタンドから降りる階段は長くて、


夏の風が髪を揺らしていた。


だけど、


胸の奥には確かな火がついていた。




二人にしか聞こえない小さな誓い。


でも、


その誓いが、


この夏のどんな結果よりも強く、


眩しく感じられた。






夏大会が終わり、


3年生の引退式の後、


新体制になった。




二年の俺にとって、


ここからが本当の勝負だった。




あの紅白戦後から、


ブルペンでは俺と岡谷が、

 

佐々木コーチから


毎回みっちり指導を受けるようになり、



バッテリーとしての精度は、


驚くほど上がっていった。






ある秋の午後。


ブルペンに乾いたミット音が響く中、


佐々木コーチが声を上げる。




佐々木


「よし、


次は――岡谷。捕手は高橋と組め」




岡谷


「……はい」




俺は反射的に振り返った。





(え……高橋と? いつもは俺なのに!)




その一瞬だけの違和感が、


妙に胸の奥に残った。


小さく、鋭く、きゅっと縮むような感覚。




高橋が構える。




高橋


「岡谷、


シュートからいこう。


左バッターのイン攻めな」




岡谷


「了解です!!」




その声が、


俺と組んでる時より


わずかに張りがある気がして


――胸がざわつく。





(なんだよ……これ?)




投球が始まる。


高橋のミットはぶれない。


捕球音がやけに良い。




高橋


「ナイスボール。もっと攻めていいぞ!」




岡谷の球は、いつも以上に走って見える。





(……なんで。


なんであいつ、あんな球投げてんだ)




理由なんて分からない。


けど胸の奥が、焦げつくように熱くなる。




投げ終わり、高橋が岡谷の肩を軽く叩いた。




高橋


「悪くないよ、岡谷。


その調子なら“第二投手”は見えるよ」




岡谷


「……本当ですか」




高橋


「佐伯が捕るより球のキレ、良かったよ」




岡谷


「えっ――」




俺(……は?)




胸に、何かが刺さった。




知らない痛み。


知らない名前の感情。





(俺より……高橋の方がいいって?


そんなわけ、あるかよ)




岡谷がタオルで汗を拭きながら近寄ってくる。




岡谷


「先輩、さっきの……見てました?」





「あ、あぁ……」




(『すげぇじゃん』)


その一言が、喉につっかえて出てこない。




胸に溜まったモヤのせいで。




岡谷


「その……高橋先輩、


すごく褒めてくれて……


ちょっと嬉しくて」





(分かってる。分かってるけど……)


(なんで俺以外に……


って思っちゃうんだよ!)




気づけば、言葉が勝手に出ていた。





「……ふーん。良かったじゃん。


“高橋の方がいい”ってわけだ」




岡谷


「えっ、ち、違います!


そんな事言ってません!」




気まずい空気。


でも岡谷の頬は、わずかに赤い。




岡谷


「……先輩。


もしかして……やきもち、ですか?」





「は!? ちげぇし!」




顔が熱い。


岡谷は、嬉しそうに笑う。




岡谷


「僕、やっぱり先輩と組みたいです」





(……こいつ、ほんとずるい)




胸のモヤは、


悔しさなのか、


嬉しさなのか分からないまま


――消えなかった。







一方その頃。




角石


「おい智也、


なんであんなウソほざいたんだよ」




不機嫌丸出し。




高橋


「え?なにが?」




角石


「どこが球走ってたんだよ!


全然そんなふうに見えなかった!」




高橋


「んー……あれ、“嫉妬”かな?


俺らしくなかったよね」




角石


「は? わけわかんねぇし」




佐々木


(投手の角石と、岡谷‥‥、


捕手の高橋と佐伯‥。


やはり岡谷の相方は、佐伯しかないか‥‥


こんなチーム、初めてだ。


ほんと面白い)





その日の夜 ― 屋内練習場




消灯まで、あと四十分。




屋内練習場には、


角石と高橋の二人だけが残っていた。




照明に照らされた簡易マウンド。


乾いた音が響く。




――シュッ。


――ドン。




角石の投げたボールは、


ネットに当たる前に失速し、


中途半端に沈んだ。




角石


「……くそ」




ボールを拾い、


もう一度、深く指をかける。




フォーク。




――シュッ。




今度は抜けた。




高橋


「……剛志。


フォークってさ――」




角石


「分かってる。」




高橋


「指の力だけじゃなくて、


腕の振りと――」




角石


「分かってるって。」




語気が強くなる。




角石


「理屈は全部。


でも投げられなきゃ意味ねぇだろ。」




高橋


「……フォークはさ、


“練習量”より“タイミング”なんだよ。」




高橋


「今は、無理に増やすと――」




角石


「もう少しだけだ。」




角石は、


高橋の言葉を遮るようにボールを握った。




角石


「あと、数球。」




――シュッ。




次の瞬間。




肩の奥に、


ピリッとした違和感。




角石


「……っ」




ほんの一瞬だけ、


顔が歪む。




すぐに表情を戻し、


何事もなかったように立ち直る。




角石


「……もう一球。」




高橋は、見逃さなかった。




高橋


「……今の。肩‥‥」




角石


「……気のせいだ。」




ボールを拾い直す角石の動きが、


わずかに硬い。




高橋


「……やめとこう。


今日はフォーク、ここまで。」




角石


「は?」




高橋


「違和感あるなら――」




角石


「ねぇって言ってんだろ!!」




声が荒れる。




角石


「お前まで、俺を止める気かよ。」




高橋


「止めたいんじゃない!」




高橋


「壊したくないだけ‥‥」




一瞬、沈黙。




角石は歯を食いしばり、


拳を握る。




角石


「……うるせぇ。」




角石


「俺はエースにならないと‥‥、


ならないといけねぇんだよ!!」




高橋は、


珍しく強い口調で言った。




高橋


「無理して投げるフォークなんて、


武器じゃない!」




角石


「……っ」




視線を逸らす。




角石


「……もういい。」




角石はボールをカゴに放り込み、


グローブを乱暴に外した。




角石


「今日は終わりだ。」




高橋


「剛志……」




返事はない。




照明を落とすスイッチの音だけが、


やけに大きく響いた。




あたりは、沈黙と闇につつまれる。




二人の間に残ったのは、


バッテリーを組んではじめてとなる


言葉にできない焦りと――


消えない違和感だけだった。















佐伯と岡谷バッテリーデビュー戦となる


ベンチ外部員の紅白戦が執り行われた


初夏の湿った風が流れる午後。


ベンチ入りを逃した1・2年だけで行われる紅白戦。




スタメン表には


紅チーム:投手・岡谷 捕手・佐伯




岡谷はマウンドへ歩きながら、小さく息を整えていた。




俺(心の声)


(……この紅白戦で結果を出せば、


 俺たちはきっと……レギュラーに近づける。


 あのベンチ入りの壁だって越えてみせる……


 岡谷となら、絶対いける!)




その決意は、キャッチャーマスクの下で、静かに燃えていた。




ベンチがざわつく。




1年部員「空気先輩がキャッチャー?」


2年部員「1年の変化球ピッチャーと?」


2年部員「え、実験か?」




だが、俺と岡谷はその喧騒が全く耳に入らなかった。





「緊張してねぇか?」




岡谷は小さく首を横に振った。


その瞳は静かに火が宿っていた。




岡谷


「……いえ。先輩が受けてくれるなら、僕は大丈夫です。」




その表情は、もう控えめな1年ではなかった。


◆ 1回表




最初の球。


俺はミットを外角低めに構える。




フォークのサイン。




岡谷は小さく息を整え、腕を振り下ろした。




ストン……ッ!




白チームバッター


「え?」




俺のミットは、


まったく動かなかった。




ベンチの空気が一瞬だけ凍る。




高橋


「いまの…フォーク‥‥?」




角石の表情がぴくりと歪む。




続く球はスライダー。


鋭い横変化で打者の腰が引ける。




さらにチェンジアップ。


落差が深すぎてバットは完全に空を切った。




そして──


三者連続三振。




ベンチ内の部員がささやく。




部員A


「え、あいつ…緊張してないのか?」




部員B


「いや…ああ見えて肝座ってるタイプだわ。


神経太いぞあの1年。」




岡谷は汗ひとつかかず、


淡々と、しかし獲物を狙う猛禽のような表情をしていた。




俺(心の声)


(こいつ……試合に強ぇ!)




◆ 4回 ―



紅チームは序盤から勢いに乗っていた。




岡谷のストレートは120台後半。


決して速くない。




だが、角度、体重移動、リリースのタイミング。


すべてが“試合向け”の投手だった。




白チーム部員たち


「なんだあのスライダー…」


「1年であれは反則だろ」


「フォーク見えねぇ!!」




俺はすべてを止めた。




どんな急落フォークも。


どんな暴れスライダーも。




角石から余裕の表情が消えていく。




角石


「…………」




高橋


「佐伯のあのキャッチング処理…才能あるのに…無自覚


か…


なんで一年の時、あれだけ埋もれてたんだ……」




◆ 最終回


紅白戦に参加しない部員たちも、次々と集まってゆき、


最終回には、ほぼ全員揃っていた。


盛り上がる練習場


スコアボード


白:0 紅:4


紅チーム被安打:0




誰もが息を飲んだ。




岡谷は、小さく深呼吸した。




岡谷


「……先輩、まだいけます」





「おう。最後まで“お前の球”で行け。」




岡谷


「はい。……このままノーヒットで終わらせます。」




赤チーム部員


「……え?あいつ……こんな勝気だったの?」


「マジかよ…自信あるんだな」


「静かに燃えてるタイプだ…」




角石は悔しげに拳を握る。




角石


「……なんだ、、あの一年…」




最後の打者。


フォーク、外角いっぱい。




バシィィッ!!!




審判


「ストライクッ!三振ッ!」




練習場が爆音のように揺れた。




「すげえ!!」


「ノーノーだぞ!!」


「落ち組バッテリーじゃねぇ…ガチの即戦力だ!!」





「……岡谷。


お前、マジでやったぞ。」




岡谷


「……はい。


でも僕……先輩が受けてくれたから投げれたんです。」




その純粋な瞳が、胸に刺さる




佐々木コーチ


「監督……あいつら……


“即戦力”レベルですよ。


落ち組の試合でこんな投球見たことありません。」




監督は顔を動かさず、静かに返す。




監督


「……わかってる。


今日のこれ、冗談じゃすまんぞ。」




佐々木コーチ


「短期間で……


よくここまで上げてきましたね。


二人だけで練習してるって話、本当だったんです


ね……」




監督は小さくうなずく。




監督


「“自分たちで考えて成長する選手”は強い。


……あれは、チームの軸になる。」






◆ その日の夜 ―


夕食後。


消灯まで、わずかに残された自由時間。




寮の廊下は静まり返っていたが、


屋内練習場だけは違った。




――ドンッ。


――シュッ。




乾いた捕球音と、ボールがミットに収まる鋭い音が、


規則正しく響いている。




高橋と角石だった。




高橋は、角石の投球を淡々と受けていた。




高橋


「……剛志、急に自主練だなんて、どうしたの?」




角石は無表情に、


ボールを握り直す。




角石


「……別に。


夏、もうすぐだろ。ちょっと調整。」




高橋


「調整にしては、球数多くない?」




ミットに収まる音が、いつもより重い。




角石


「無理してねぇって。」




一瞬の沈黙。




角石はマウンド代わりのゴムマットを踏みしめ、


もう一球。




――ズドン。




だが、わずかに高い。




高橋


「……剛志‥‥」




角石


「……俺のストレートさ。


もっとキレ出さねぇと。」




高橋


「……今日の紅白戦、気にしてる?」




一瞬だけ、角石の肩が止まった。




角石


「は?」




高橋


「……岡谷のこと。」




角石


「……関係ねぇし。」




短く吐き捨てるように言う。




角石


「一年がノーノー?


たまたまだろ。


所詮落ち組の紅白戦だし。」




高橋


「……でもさ。」




高橋は、言葉を選ぶように続ける。




高橋


「“たまたま”で、


あんなフォーク連発できないよ。」








しばらく沈黙


夜遅い室内練習場は、痛いほどの静寂が支配する。








角石は拳を強く握る。




角石


「夏は待ってくれねぇ。」




高橋はしばらく黙り、


それからミットを構え直した。




高橋


「……わかった。


もう少し付き合うよ。」




角石


「サンキュ。」




二人の間に、


言葉にしない緊張が流れたまま、




投球音だけが、夜に吸い込まれていった。






◆ 同じ夜 ― 佐伯と岡谷




一方、寮の食堂のテーブル。




俺と岡谷は、今日の紅白戦を振り返る。




俺は、スコアノートを開いて、今日の投球内容を確認する。




 


沈黙。 


消灯時間近い静かな食堂、二人以外誰も残っていない。







「……今日さ。」




岡谷


「はい。」





「正直、びっくりした。」




岡谷は少しだけ視線を落とす。




岡谷


「……すみません。」





「何で謝るんだよ。褒めてんだ。」




岡谷は、ゆっくりと顔を上げた。





「お前、マウンドだと――


別人だな。」




岡谷


「……怖くないんです。」





「え?」




岡谷


「先輩が捕ってくれるなら


……思い切って投げられます。」




その言葉に、


胸の奥が、かすかに熱くなる。




俺(心の声)


(……なんだよ、それ。)





「……俺もな。」




岡谷


「?」





「お前の球、


受けてると――楽しい。」




岡谷の目が、わずかに見開かれた。





「だからさ。


これからも、組もうぜ。」




岡谷は、一拍遅れて、


はっきりとうなずいた。




岡谷


「……はい。


先輩となら、どこまででも。」




その夜、


二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。





夏の県大会が始まった。




上級生の層は厚く、強豪校としてのプライドを背負う3


年生たちが、盤石のオーダーで並んでいる。




結局、2年の中でベンチ入りできたのは――


角石(投手)と高橋(捕手)だけ。




俺と岡谷は、ブルペンすら入れず、スタンドでユニ


フォーム姿の仲間たちを見下ろす立場だった。





「……届かねぇな」


岡谷


「でも、先輩。俺たち、絶対もっと強くなれますよ」




その声は小さいけれど、迷いのない声だった。




試合はベスト8で敗退。


学校が誇る“黄金世代”と言われた3年が、まさかの期待


外れの結果に終わった。




帰りのバスに乗り込む選手たちの背中は重い。


涙をこらえる3年生、声を失った角石、肩を落とす高橋。




俺と岡谷は、その光景をただ見つめるしかなかった。





バスの陰で、俺たちは足を止めていた




スタンドを後にした瞬間、岡谷がぽつりと呟く。




岡谷


「来年…僕、先輩と絶対にバッテリーでレギュラー入り


したいです」




夏の日差しの中、その横顔は強く、そして少し寂しげ


だった。




俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。




俺(心の声)


(正捕手になりたい。…いや、岡谷の球を受ける“正捕


手”になりたい!)




声に出した。





「岡谷。来年は…俺が、お前の正捕手になる」




岡谷は一瞬驚いたように目を見開き、そして笑った。




――あの、俺の前でだけ見せる柔らかい笑顔で。




岡谷


「はい。‥‥僕、先輩と甲子園行きたいです!」



「行こう。来年こそ、主役は俺たちだ!」




スタンドから降りる階段は長くて、夏の風が髪を揺らし


ていた。


だけど、胸の奥には確かな火がついていた。




二人にしか聞こえない小さな誓い。


でも、その誓いがこの夏のどんな結果よりも強く、眩し


く感じられた。






夏大会が終わり、3年生の引退式の後、新体制になっ


た。




二年の俺にとって、ここからが本当の勝負だった。




あの紅白戦後から、ブルペンでは俺と岡谷が、佐々木


コーチから毎回みっちり指導を受けるようになり、




バッテリーとしての精度は驚くほど上がっていった。






ある秋の午後。


ブルペンに乾いたミット音が響く中、佐々木コーチが声


を上げる。




佐々木


「よし、次は――岡谷。捕手は高橋と組め」




岡谷


「……はい」




俺は反射的に振り返った。





(え……高橋と? いつもは俺なのに!)




その一瞬だけの違和感が、妙に胸の奥に残った。


小さく、鋭く、きゅっと縮むような感覚。




高橋が構える。




高橋


「岡谷、シュートからいこう。左バッターのイン攻めな」




岡谷


「了解です!!」




その声が、俺と組んでる時よりわずかに張りがある気が


して――胸がざわつく。





(なんだよ……これ?)




投球が始まる。


高橋のミットはぶれない。


捕球音がやけに良い。




高橋


「ナイスボール。もっと攻めていいぞ!」




岡谷の球は、いつも以上に走って見える。





(……なんで。なんであいつ、あんな球投げてんだ)




理由なんて分からない。


けど胸の奥が、焦げつくように熱くなる。




投げ終わり、高橋が岡谷の肩を軽く叩いた。




高橋


「悪くないよ、岡谷。その調子なら“第二投手”は見える


よ」




岡谷


「……本当ですか」




高橋


「佐伯が捕るより球のキレ、良かったよ」




岡谷


「えっ――」




俺(……は?)




胸に、何かが刺さった。




知らない痛み。


知らない名前の感情。





(俺より……高橋の方がいいって?


そんなわけ、あるかよ)




岡谷がタオルで汗を拭きながら近寄ってくる。




岡谷


「先輩、さっきの……見てました?」





「あ、あぁ……」




(『すげぇじゃん』)


その一言が、喉につっかえて出てこない。




胸に溜まったモヤのせいで。




岡谷


「その……高橋先輩、すごく褒めてくれて……ちょっと嬉


しくて」





(分かってる。分かってるけど……)


(なんで俺以外に……って思っちゃうんだよ!)




気づけば、言葉が勝手に出ていた。





「……ふーん。良かったじゃん。


“高橋の方がいい”ってわけだ」




岡谷


「えっ、ち、違います!そんな事言ってません!」




気まずい空気。


でも岡谷の頬は、わずかに赤い。




岡谷


「……先輩。


もしかして……やきもち、ですか?」





「は!? ちげぇし!」




顔が熱い。


岡谷は、嬉しそうに笑う。




岡谷


「僕、やっぱり先輩と組みたいです」




俺(……こいつ、ほんとずるい)




胸のモヤは、悔しさなのか、嬉しさなのか分からないま


ま――消えなかった。







一方その頃。




角石


「おい智也、なんであんなウソほざいたんだよ」




不機嫌丸出し。




高橋


「え?なにが?」




角石


「どこが球走ってたんだよ!全然そんなふうに見えな


かった!」




高橋


「んー……あれ、“嫉妬”かな?


俺らしくなかったよね」




角石


「は? わけわかんねぇし」




佐々木コーチ(心の声)


(投手の角石と、岡谷‥‥、捕手の高橋と佐伯‥。


やはり岡谷の相方は、佐伯しかないか‥‥


こんなチーム、初めてだ。ほんと面白い)





その日の夜 ― 屋内練習場




消灯まで、あと四十分。




屋内練習場には、


角石と高橋の二人だけが残っていた。




照明に照らされた簡易マウンド。


乾いた音が響く。




――シュッ。


――ドン。




角石の投げたボールは、


ネットに当たる前に失速し、


中途半端に沈んだ。




角石


「……くそ」




ボールを拾い、


もう一度、深く指をかける。




フォーク。




――シュッ。




今度は抜けた。




高橋


「……剛志。


フォークってさ――」




角石


「分かってる。」




高橋


「指の力だけじゃなくて、


腕の振りと――」




角石


「分かってるって。」




語気が強くなる。




角石


「理屈は全部。


でも投げられなきゃ意味ねぇだろ。」




高橋


「……フォークはさ、


“練習量”より“タイミング”なんだよ。」




高橋


「今は、無理に増やすと――」




角石


「もう少しだけだ。」




角石は、


高橋の言葉を遮るようにボールを握った。




角石


「あと、数球。」




――シュッ。




次の瞬間。




肩の奥に、


ピリッとした違和感。




角石


「……っ」




ほんの一瞬だけ、


顔が歪む。




すぐに表情を戻し、


何事もなかったように立ち直る。




角石


「……もう一球。」




高橋は、見逃さなかった。




高橋


「……今の。肩‥‥」




角石


「……気のせいだ。」




ボールを拾い直す角石の動きが、


わずかに硬い。




高橋


「……やめとこう。


今日はフォーク、ここまで。」




角石


「は?」




高橋


「違和感あるなら――」




角石


「ねぇって言ってんだろ!!」




声が荒れる。




角石


「お前まで、俺を止める気かよ。」




高橋


「止めたいんじゃない!」




高橋


「壊したくないだけ‥‥」




一瞬、沈黙。




角石は歯を食いしばり、


拳を握る。




角石


「……うるせぇ。」




角石


「俺はエースにならないと‥‥、ならないといけねぇんだ


よ!!」




高橋は、


珍しく強い口調で言った。




高橋


「無理して投げるフォークなんて、


武器じゃない!」




角石


「……っ」




視線を逸らす。




角石


「……もういい。」




角石はボールをカゴに放り込み、


グローブを乱暴に外した。




角石


「今日は終わりだ。」




高橋


「剛志……」




返事はない。




照明を落とすスイッチの音だけが、


やけに大きく響いた。




あたりは、沈黙と闇につつまれる。




二人の間に残ったのは、


バッテリーを組んではじめてとなる


言葉にできない焦りと――


消えない違和感だけだった。


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