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青と蒼  作者: ハマジロウ
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第1章 孤独と違和感

第1章  孤独と違和感


入寮の日


初日・自己紹介の時間



ミーティングルームに、


1年生が一人ずつ前に出て挨拶する。



「○○中学出身、ピッチャーです!」


「シニア日本代表です!」


「ボーイズ全国ベスト4です!」



ざわめきが止まらない。


そして俺の番。


胸を張り、声を出した。




「佐伯 青です!


群馬県、沼田中央中学校出身です。


ポジションは、


――捕手を希望しています!」



一瞬で空気が変わった。



「は? 捕手?」


「角石と高橋がいるのに?


あいつ特待生バッテリーしらんのか」


「田舎の無名校から?


終わったなあいつ…」


「入学して即詰みやん」



笑いのような、


ため息のような、陰湿な空気。





ミーティング後、


角石が近づいてきた。


強豪シニアの地区大会優勝に導いたエース。


推薦特待生で入学した絶対的存在。



角石


「おい。」




「え、あ……はい!」



角石は、


表情一つ変えず言い放った。



角石


「勘違いすんな。


俺はお前と組むつもりは一切ない。


俺の球を受けられる捕手は高橋だけだ。」



俺「……えっ。」




角石


「じゃ、頑張って


“3年の裏方”でも目指せよ。」



笑っていないのに


刺してくるような声だった。



俺「‥‥‥。」




(角石たちは最初からバッテリー、


スカウトもあって、


仲間もいて……俺とは正反対だな)



(俺は一般入試で、


親が無理して都会に送り出してくれて……


不安ばっかで……


正直、胸張れるもんなんて何もねぇ)




(でも――)







初めての紅白戦後。



野村監督


「――えっと、あの1年、なんて名前や?」



佐々木コーチ


「ああ、えっと……すみません、まだ僕も……」



俺は少し離れた場所で、


その会話を聞いていた。




(ああ……俺って、その程度か)



監督は、


俺と目が合っても名前を呼ばない。



監督


「そこの……えーっと……キャッチャー、


ちょっとボール片付けといて。」



“そこのキャッチャー”。


名前すらない。


これか強豪校か‥‥



名前さえ覚えてもらえない現実だった。



◆◆◆


蒼陵高校硬式野球部



県内外から実力者が集まる蒼陵高校。


部員は総勢70名近く、


誰もが甲子園を本気で狙っている。


練習は厳しい。


でも髪型自由、


寮の規則は緩く、


寮の生活は堅苦しくない、


オフの日は外出も自由。


練習は、


個人の自主練を重んじる傾向がある。


その全部が、


“野球さえ本気なら、後は自己責任”


という監督の方針だった。


だから、


自主練ができる奴が伸びるし、


できない奴は置いていかれる。




一年生の俺は、完全に後者だった。

 



捕手として練習したくても、


相手をしてくれる仲間がいない。



気づけば毎日、


ボール拾い


ボール磨き


グラウンド整備


用具運び



雑務ばかりで終わる。



合間に黙々と筋トレするしかない。



(キャッチボールすら、相手がいねぇ……)



(こんな状況で、


どう成長しろって言うんだ?)



ブルペンから元気な声が聞こえる。



佐々木コーチ


「角石!いい球いってるぞ!


高橋もナイスキャッチ!


お前らこの調子なら


未来のエースと正捕手だ!」



角石の140オーバーのストレートに、


高橋の分析力。


二人のテンポはよく、相性は◎。



佐々木コーチは明るくて、


教えるのもうまい。


部員からの信頼も厚い。



……ただ。



気に入った選手にしか、声をかけない。



だから俺に声をかけられたことは、


一度もない。


名前すら覚えられていない。



(俺も、


ブルペンでボールを受けたいのに……)


そんな思いだけが、胸の底で燻っていた。






寮生活


部屋は2人部屋だが、


相部屋の1年は、


ほぼ毎晩上級生に呼ばれ


遊びに行ってしまう。




(いいな……友達できて)


休みの日。


他の1年は街へ遊びに行き、


笑いながら帰ってくる。


「カラオケ楽しかったー!」


「プリ撮ってきた!」


寮内の


堅苦しくなく自由な空気が、


俺の孤独感をさらに締めつける。


俺は布団の上でイヤホンを耳に刺し、


腹筋をして時間を潰す。




(誘われることなんて、一度もない。


寮生活ってこんなに静かで冷たいんだな)



夜の自販機前



夜、喉が渇いて寮の自販機へ。



人気のない廊下に一人。



「ガチャン」


と缶が落ちる音が


やたら大きく響く。


他の部屋から、笑い声が聞こえてくる。



缶を手に取った瞬間、


胸がぐっと締めつけられ、


目にじわっと涙がにじんだ。




(……なんでこんなに苦しいんだろ)



でも、


泣く音が誰かに聞かれるのが怖くて、


歯を食いしばって飲み込んだ。




(…やめたい。


でも…やめたら、寮を出なきゃいけない。


そしたら学校も辞めないといけない。


そんなの…無理だ)



自分を支えてくれるものは


“辞められない事情”だけだった。



それでも諦めらなかった理由



頭のどこかで確かに思っていた。



(こんな扱いされて、


なんで辞めないんだろ…)


でも、理由は一つだった。




(中学の頃、


キャプテンで正捕手だった俺が…


選抜で県代表にも


選ばれたこともある俺が、、


ここで逃げたら全部嘘になる)



握った拳に力が入る。




(絶対に這い上がる。


この一年で心が死んでも。


体だけは…前に)




ある日の夜。


母から電話が来た。




『寮はどう? みんな仲良くしてくれる?』




「うん……楽しいよ。


野球も寮生活も。みんな優しいし。」



言った瞬間、声が震えた。


涙をこぼさないように唇を噛む。




『よかったぁ……無理しないでね。


本当に辛かったら帰ってきていいから』




「大丈夫。絶対レギュラーになるから。」



電話を切った瞬間、枕に顔を押し付けた。



(ごめん。全部嘘だよ……でも、帰れない。


帰ったら、本当に終わりだ‥‥)




星がほとんど見えない夜の空。




風だけが冷たくて、


誰も俺を呼ばない。


誰も俺に気づかない。


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