#09 逃走!
見間違えるわけがないこの馬面!
人を食ったようなこの笑顔!
腹立たしさと恐怖が両立する、それすなわち悪夢!
「で、出やがりましたぁあああああ! 健太郎っす! ですぅ(´;ω;`)」
リルが悲鳴を上げ、佐倉も身構える。
しかし二人の前に颯爽と拷問官が割って入り、健太郎っすを睨みつけた。
「おめえがアルバートを殺っただか? 赦さねえべ……死刑執行だべぇええええ!」
佐倉の見間違えでなければ巨大なこん棒をパンツの中から取り出し、拷問官は馬男に襲い掛かる。
「うぉおおおお! まさに馬並対決ぅうううう!」
「ガキが変なところで興奮すんじゃねえ!」
イボ付きのこん棒を目にも止まらぬ速さで振り下ろす拷問官。
対して馬男は左手を前に腰を落とし、後ろ手にまさかりを構えたカウンターの姿勢。
「ぬん!」
「ブフォ!」
振り下ろされたこん棒。それをいなそうとする左腕。
勝敗は決し、馬男の左腕がミンチになった。
「愛と勇気と友情の名のもとに! 拷問官は負けられねえべぇえええ!」
地面をも砕く威力の一の太刀を、拷問官は器用にバウンドさせて馬男の顎を狙った。
しかし健太郎っすの顔は不気味に歪み、満面の笑みをたたえている。
「ぶっ……ふぉぉおおおお!」
嘶きと共に、砕け散った腕が再生した。
その腕は拷問官の首を握り潰し、声と呼吸を奪う。
「かひゅ……⁉ ばぎゃな⁉」
「健太郎っすぅ~!」
振り抜かれるまさかり。思わず目を瞑るリル。そして息を呑んで結末を見守る佐倉。
誰もが拷問官の死を確信していた。
たった一人を除いては。
「死なないでぇええええ! 拷問か~ん!」
アルバートその人だった。
その声が拷問官の力を呼び覚ます。
真っ二つに切り裂かれながら、拷問官は小瓶に入った白濁する液体を飲み干していた。
たちまち身体が繋がり、小太りな拷問官は軽やかな連続バク転で後退する。
「あれはまさか⁉」
「ポーションとかそういうやつか⁉」
「いえ! あれはローション(大人用)です!」
「・・・」
もはや何も言う気になれない佐倉を残して、戦闘は加速する。
しかし拷問官の顔に玉のような脂汗が滲み始めた。
「くっ……これはまずいべ……こうなったら……」
「奥の手か⁉」
拷問官はこん棒を健太郎っすに投げつけて印を結んだ。
「喰らうがいいべ! 秘儀・異臭地獄」
こん棒が爆発する。
そして形容しがたい異臭と煙が立ち込める。
健太郎っすは涙を流しながら絶叫した。
その隙に拷問官はアルバートを抱えて牢から逃走していく。
「待て……‼ せめて拘束を解いていけ!」
佐倉が叫んでも拷問官は振り向きもせずに駆けていく。
そして佐倉は悟る。
「あの野郎……俺たちを囮にしやがった……」
煙と異臭が晴れて残されたのは、ニタァあと残虐な笑みを浮かべる健太郎っすと、拘束された二人。それだけだった。




