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#04 健太郎っす!


「ブフォ……」

  

 その声と共に発せられる生暖かい空気の揺らぎと、生臭さ。

 

 そしてほのかに混じる血の臭い。

 

 佐倉はそれで飛び起きた。

 

「何を寝入ってるんだ俺は⁉」

 

 咄嗟に叫んで壁際に飛び退いた佐倉の目に飛び込んできたのは、馬の異形。

 

 否、化け物だった。

 

「いぃい⁉」

 

 四足獣……なのだろうか?

 

 首から上は赤毛の馬に間違いない。

 

 ぎょろりと大きな瞳、艶やかな(たてがみ)、長い舌。

 

 しかしどうだ?

 

 身体は筋骨隆々の人間の男。

 

 それも全裸だ……

 

 被り物かとも思ったが、首と身体の接合箇所はどうみても作り物ではない。

 

「こいつが……魔物……!」

 

 その時、リルもむにゃむにゃと目を覚まし、拳で地面を掻く馬の異形を見て絶叫した。

 

「ぎゃあああああああ! 健太郎っす!」

 

「はあ⁉」

 

「そうですぅううう‼ 馬面に筋骨隆々の全裸男! この森最凶の魔物! 健太郎っす! ですぅううう」

 

「ケンタウロスの間違いだろ⁉」

 

「もうご主人! ケンタウロスは馬の身体に人間の上半身ですよ? 間違えないでください」

 

 その時だった。

 

 異形が大きく鼻を鳴らし、姿が視界から消えたのは。

 

「速い……⁉ 意識を切ってねえのに見えなかった……⁉」

 

「ひぃいいいい! ご主人、下ですぅうううう!」

 

「下⁉」

 

 見ると地面に這いつくばった馬面の巨漢が拳を構えて見上げている。

 

 馬が人を馬鹿にする時に見せるあの顔で笑いながら、馬の異形は確かにこう言った。

 

「健太郎っすぅううう~」

 

「ど畜生が‼」

 

 横っ飛びでその場を逃れた佐倉の背後で、健太郎っすの拳を受けた崖が蜘蛛の巣のようにひび割れ粉砕する。

 

「ぎゃあああああああ! しぬぅうううう……‼ 女神様ぁああああ‼ おたすけぇええええ‼」

 

「喚くな! 気が散る! 死にたくなかったらじっとしてろ!」

 

「はぃいい……!」

 

 にしても……

 

 なんつう威力だ⁉

 

 ただのアッパーが崖を割りやがった……

 

 最初の森に出て来る敵のレベルじゃねえだろ絶対⁉

 

 佐倉は覚悟を決めて燃える薪を一本掴むと、全力でそこから駆け出した。

 

「ご主人⁉ 敵前逃亡とは情けないですぞぉおお⁉」

 

「黙れクソガキ! 武器も何もねえ状態で、あんな化け物とステゴロなんぞできるか‼」

 

「武器は無いかもですが、戦う術ならきっとあります! 女神さまは生き残る手段をご主人に授けてるはずです!」

 

「適当なことを……! 何も身体に変化なんか感じねえぞ⁉ うおっ⁉」

 

 ギリギリのところで馬男の拳を躱し、佐倉は地面を転がった。

 

 出来るだけ木の密集した方へ……

 

 そう思って駆け込んだ森だったが人の胴体ほどもある木を体当たりでなぎ倒しながら、健太郎っすはしつこく追いかけてくる。

 

「ブフォ! ま~さかり、か~ついだ……」

 

「それは金太郎だマヌケ!」

 

「健太郎っすぅうううう」

 

 見ると馬男は黄金の巨大な斧を構えていた。

 

 背筋が凍る。

 

 息が詰まる。

 

 この感覚は……

 

 〝死〟

 

「ご主人避けてぇええええ!」

 

 その声で我に返った佐倉は深く地に伏せた。

 

 うなじの上を薄ら寒い風が吹き抜けて、気づいた頃には森が平地に変わっている。

 

「全部切りやがった……」

 

 ガクガクと足が震える。

 

 リルの震える振動のせいで、視界まで震えている。

 

「ごごごご、ご主人……す、ステータス画面を開いてくださいぃいいい、そこにきっと女神さまに授けられたスキルが書いてありますぅううう」

 

 佐倉の頭にきゅるりん☆しながらポーズを決めるリルの姿が過った。

 

 しかし今はプライドを守っている場合ではない。

 

「クソがぁあああ! やったらああああ!」

 

「よ! 反社の雄!」

 

「ステータス、おーーーぷんっ☆」

 

「そこでウインクです!」

 

 

 ばちこーん☆

 

 世界が止まり、佐倉の目の前にステータス画面が表示された。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 カウント10

 

 レベル:1

 攻撃力:人並以上

 防御力:人並以上

 素早さ:逃げ足

 賢さ :高卒

 魔力 :センス無し

 

 スキル:カツアゲ

 

 状態異常:剃り残し

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ほらあ~やっぱり髭じゃなすかぁ~」

 

「黙れ! そんなことより何だこのゴミカスみたいなスキル⁉ 女神は生き残る方法を授けてんじゃねえのか⁉」

 

 そんなことを話している間に、ステータス画面の上部に表示されたカウントが減っていく。

 

「おい……まさかこの画面、10秒で……」

 

「切れますね」

 

「しかもこの状態……」

 

「はい。ご主人も動けません」

 

 目の前には鼻の穴を全開にした馬男。

 

 背後は開けた切株の森。

 

 その先には……

 

 佐倉はカウントがゼロになると同時に駆け出した。

 

 全速力を越えて、死ぬ気で走る。

 

「凄いです! これが素早さ逃げ足の実力!」

 

 森がある地点で途切れてた……

 

 一か八かだクソったれ……!

 

 すぐ後ろに迫る荒い鼻息を振り切って、佐倉は地平線にダイブした。

 

 そこは予想通りの崖。

 

「頼む……! 川であってくれぇええええ!」

 

 女神の加護か、佐倉の執念のなせる業か、冷たい激流に二人は呑み込まれた。

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