#15 物語の始まり
立派なログハウスを前に、佐倉は額の汗を拭って感慨深いため息をついた。
あれから三日が経ち、この度ようやく拠点が完成したのだ。
各自の個室があり、暖炉付きの談話スペースがあり、調理場は屋外のバーゴラの下に作った。
風呂はまだないがいずれは作りたい。
だがこれで野宿とはおさらばできる上に、家があることの安心感が半端なかった。
「わたし達の愛の巣ですね////」
「ぶふぉぶふぉ////」
なぜか顔を赤らめるポンコツ幼女と珍獣を嫌そうに見ながら佐倉はログハウスの中に足を踏み入れた。
真新しい針葉樹の香りがする。
コーヒーが飲みたかったし、タバコが吸いたかった。
しかし唯一のタバコは曰く付きのアイテムで、現状考えうる最強の命綱だ。
「こいつで強いモンスターにチャームをかけて魔人クラスのダンジョンに挑んでいくしかねえな……」
「残りは何本あるんです?」
「6本……」
「ち、しけてやがりますです」
机の上に顔の半分だけを出したリルが目を細めて銀色の耳をぴょこぴょこさせた。
「うるせえ。とにかく使い道を慎重に考えねえと……いきなり強すぎる敵に吸わせ損ねてお陀仏なんてのはごめんだ。健太郎がどれぐらい他所で通用するのかも未知数だしな……」
「たしかにそうですね。およ? なんですかこの虫! 気持ち悪いから纏わりつかないでくださいぃいいい!」
「虫くらいほっとけ!」
そんなことを言いながら佐倉はベンチに腰かけてアイテム婆の言葉を思い出していた。
『いいかい? 魔人クラスのダンジョンはこの国には存在しねえ! あるのは神龍クラスと冥界クラス。魔人クラスなんて目じゃねえほど危険なダンジョンさね。西の国〝ウ・ザイーネ〟を目指しな。砂漠の国のど真ん中に魔人クラスのダンジョンがある。その途中でどうにかしてお前さんも強くならなきゃ、地獄いきだよ? ひゃひゃひゃ!』
砂漠に対応するモンスター……水が自由に使える奴とかいんのか?
そんなことを考えていると、懐かしい香りが漂ってきて佐倉はふと昔のことを思いだした。
『おめえ、生き急いだ眼えしてやがるな? それか血に飢えた猛獣みたいだぜ?』
『独りでどうやって生きていく? 強くなっても独りぼっちじゃ何にもならねえだろ?』
『いつまでも俺はおめえのお守りばかりできんぞ?』
「ジジイ……てか、何の匂いだ?」
そう独り言ちて顔を上げると、〇ボロを咥えて目をトロンとさせたリルと目が合った。
「へへへ~。虫よけれすぅ~! わー。ぼ主人ばおっぱいいるぅ~うへへへ~」
「てめえは何をしてやがんだ⁉ 貴重なタバコをぉおおおおおお!」
「見れくらさいぼ主人! この虫さん、リルにょ命令どぅーりに動きゅんでしゅよぉ? サーカス王にリルはなるれしゅ~」
佐倉はタバコを取り上げたが呪いの効果か、取り上げた瞬間にタバコは灰になって崩れ落ちた。
タバコの残数 5本
下僕① 健太郎っす
下僕② ハエ
崩れ落ちたタバコと同様、佐倉も床に膝から崩れ落ちる。
こうして佐倉とリル。健太郎とハエの借金返済ライフが幕を開けた。
それは世界を巻き込むとんでもない大冒険の始まりとなり、後世に語り継がれることになることを佐倉は知らない。多分知りたくもない。




