#10 憧れのスローライフ
どうしてこうなった……?
どうしてこうなった……?
ど・う・し・て・だ……⁉
「健太郎っす~!」
「分かってんだよ!」
「まあまあご主人。そんなに怒ってばかりだと脳卒中で死にますよ?」
「その時はてめえも一緒だからな⁉」
木漏れ日の差し込む森の中、清らかなせせらぎの音を聞きながら佐倉とリル。そして健太郎っすは顔を突き合わせて座っていた。
ニッコニコの健太郎っすはモジモジとしながら二人が何か喋るのを待っている。
あの後、死を覚悟した二人を待っていたのは意外な出来事だった。
「くそ……! こうなったらイチかバチか、このまま逃げるぞ⁉ せーので動いて鎖を切るんだ!」
「了解ですぅうう……!」
「「せーの!」」
しかし二人を拘束する輪に連なった鎖はビクともしない。
「すみばぜん……わたしがか弱い乙女だったばっかりに……せめて健太郎っすみたいなゴリゴリのゴリなら……」
「それと二メートル以内も地味に嫌じゃわ!」
そんな風にもたついている間に馬男は二人の目前に迫っていて、ヤンキー座りで、丸出しの状態で、佐倉の顔を覗き込んでいた。
「くそ……一思いにやりやがれ……!」
そう言い目を瞑ったその時。
ベェロネロベロベロ……
生暖かいぬめった何かが佐倉の顔を舐めまわした。
考えるまでもない。
健太郎っすの長い舌だ。
「く、食われる……」
佐倉が覚悟を決めたその時、リルが叫んだ。
「こ、これは永遠の服従を誓う健太郎っすの舐め回し……その名も兄舐祭!」
「この罰当たりがぁああああ‼‼‼」
こうして健太郎っすに担がれて町から逃走し、最初の森に戻ってきて今に至る訳だが……
「思考が追い付かねえ……何がどうなってやがる……? アレか? 死ぬ直前に山でスローライフ的なことを願った罰でも当たったのか……?」
「ご主人それです! スローライフ! それで行きましょう! 異世界スローライフ、可愛いく儚げな幼女と健太郎っすを添えて!」
「ブフォブフォ☆」
佐倉はため息をついて項垂れた。
思ってたのと違う……
しかし、考えてもどうしようもない事だった。
だいたい人との交わりを拒絶し、誰も信じることなく、闇社会で手を血に染めて何を得た?
裏切られてゴミ捨て場で野垂れ死ぬ運命と、珍獣二匹をつれての異世界スローライフ。
どうせ死んだ身だ。それなら……
「わかったよ……やってやろうじゃねえか⁉ 異世界スローライフ! 死ぬほど快適に暮らしてやるわ!」
この世界に来て初めて、佐倉が目的を得た瞬間だった。
そしてそれは、初めて佐倉が連れ合いを得た瞬間でもある。
そのことにまだ、佐倉は気付いていなかった。




