⑧そう言うなって!
「……流石は海の男だねぇ! ちゃんと帰って来たし!」
「あのなぁ、海の男を舐めてくれちゃ困る……って言いたいが、ほんと死ぬかと思ったよ」
騒ぎに気付いて駆けつけた漁村の女房達が火を焚いて落水した漁師を出迎えると、いつの間にかタマキも彼等に混ざり、やがて酒を酌み交わしていた。何処から酒が出てきたとか野暮を言う輩は居ないが、それにしても用意周到なものである。
結局、一人も欠けずに帰投した漁師達だったが、それで転覆した船が帰ってくる事は無い。船は漁師達にとっては財産に等しい存在であり、おいそれと買って増やせる訳では無いのだ。
「でだ、あんたが降りてきたせいで船が転覆しちまったが……」
「判ってる、判ってるよ! 俺も文化圏で育った身だ、黙って逃げる程廃れた心根してねぇよ。だがな、軌道傭兵ってのは帰投してからの後払いなんさ……」
「そうそう、軌道傭兵って確かに後払い制だったなぁ! だったらオッサンは何処の出なんだ?」
波打ち際にアームドスーツを廃棄させられた大男がそう答えると、タマキが目を輝かせる。
「……出身か? ああ、俺はブログデ星系さ……」
「ってぇと、グロブデじゃあディスビア宇宙港周りか。あの辺の宇宙塵はレーダーが映らなくなるから厄介だったよな!」
「良く知ってんなぁ……まさか、あんた近くまで稼ぎに来てたか」
「おぅよ! ディスビア界隈はいつだって派遣先の中継地点になっからな!」
二人の会話を聞きながら、思わずタマキを避けるような言葉を漏らした舎弟の一人は俯いてしまう。彼女は迷わず自分達を助けただけでなく、ついさっきまで敵対していた相手が害意を持たなければ即座に打ち解けていく。そのきっぷの良さこそが漁村の人々に受け入れられた理由であり、見た目だけではないタマキの魅力なのだ。そう思うだけでついさっきの自分の発言が恥ずかしくなり、彼は塞ぎ込んでしまう。
「おう、どうした舎弟三号! 頭でもぶったか?」
だが、そんな変化もタマキは見逃さない。直ぐ三号の顔色を窺うように腰を屈めて覗き込む。
「な、何でも無いですし、顔近いですよ!」
「んなぁ? 絶賛思春期だな青年っ!!」
タマキはわざと近付けて反応を見るが、顔を背ける青年をすかさず茶化す彼女の対応に周りの者が笑う。
「しかし、さっきは凄かったなぁ〜。アームドスーツの腕をスパッと一発で斬っちゃったんだぜ!」
「それって、高周波ブレードなんですか?」
舎弟の二人がそう言いながらミフネを指差すと、タマキはさも当然といわんばかりに首を振る。
「ん〜にゃ、ミフネは実刀だぜ。太古の昔、鋼鉄の刀で鉄の薄い板を縦に切る試し斬りをしたら成功したって話だがね、こいつはそんなもんじゃない。出来る奴がちゃんと刃先をブレさせんで振り抜けば、まぁ出来る芸当だろー!」
タマキはさらっと軽く言い放つが、どれだけ鋭利に研ぎ上げた刀でも角度を誤れば刃が欠けるか途中で止まってしまう。刃が硬ければ鉄板でも斬れるかもしれないが、刃先の粘り(弾性)が反比例し欠け易くなる。そのバランスの絶妙な加減が必要だが、そんな気難しい物を武器として扱う事自体が非常識なのだ。
「……あんた、頭のてっぺんから爪先までサムライだな」
「んー、まぁ途中からサムライやってるけど、今んとこ順調だなぁ!」
「強化人間……だよな、あんたも」
「ああ、そっちと同じ造りかは知らんけど」
「じゃあ、あんたも俺も……いや、いい」
「……?」
元軌道傭兵の男はそう言いかけて口を閉じ、黙り込む。その様子に話すタイミングが見つからなくなったタマキは、手に持っていた盃を空けて視線を逸らした。
波打ち際で果てたアームドスーツは、結局そのまま置き去りになった。動力を復旧させられなければ、そのうち砂浜の大きなオブジェになりカニや貝の住処になるだろう。漁村の住人達はさして気にする事も無いし、元々彼等が外部から流入してくる人間に寛容なのも出自が影響しているのか。
元軌道傭兵の男は、タマキに対する敵意はとうに無くしていた。彼が乗っていた航宙艦についての情報は開示しない契約だと言われれば、タマキも無理に聞き出そうとはしなかった。だが、帝国所属艦船を攻撃した段階で所属を明らかにしなくても推測出来る。こんな僻地の宙域でそんな事をする者は、間違いなく反帝国主義を貫く辺境星系の何処かだ。
「なぁ〜、ミフネ……今、反帝国を掲げてるとこって何処だ?」
【それを聞いてどうするんですか?】
「ん〜、気になったから聞いてるだけで何もせんよ……」
海側の大きな引き戸を開け放ち寝そべりながらタマキが尋ねると、傍らに置かれていたミフネが答える。
【この近辺ですと……エルシアの小国家集合星系で反帝国を謳っている国も有りますが、あくまで政治の範疇で改革した方が将来的に良いと主張しているだけで、武力行使には到っていません】
「あ~、そうかい……じゃあ、あのオッサンが乗ってた航宙艦はどこのだったのやら……」
ふさふさとした耳を動かしながら、横になったタマキが呟く。と、そんな彼女の鋭敏な聴力が僅かな音を聴き分けて来訪者に気付かせる。そして相手が誰か、そして訪れたその理由も判った。
「……姐さんっ! 周回の船が来ましたっ!!」




