⑦そんなもんなの?
「……そうだよなぁ、得体が知れねぇってのは怖いもんさ」
舎弟の一人が怯えて漏らした呟きに、タマキは過去の自分を重ね合わせる。自分は強化人間なんだからと無謀に立ち回り、死にはしないと強がっていた頃の事を。
タマキには子供の時分の記憶は無い。組み換え済み遺伝子の貯蔵庫から選定を経て卵細胞に移植、そして人格形成をされぬまま一定期間を経過した後にナンバリングされ、チャイルドジムで過ごした。そこで基礎訓練という名の生存競争を経て出荷……そうして初めて【タマキ】と名付けられた。
「……【タマキ】、お前の職業は戦闘員だ。効率的に仕事をこなせ。そうすれば、回収する」
チャイルドジムを出て兵器生産企業のコーディネーターから名を与えられた【強化人間】のタマキは、高周波ブレード一振りのみ支給され、訓練で培った生存本能だけを頼りに戦場へと送り込まれた。相手が持つ銃の種類は問わず、構える動作と眼球の動きで照準されている部位を割り出し、想定された被弾箇所が非致命部位なら構わず斬り、致命部位なら被弾する確率を最小限にするよう牽制する。
「……このガキ、強化人間だぞっ!?」
「頭を狙えっ、当てれば強化人間だって殺せるっ!!」
強化人間のタマキは致命部位で無ければ修復は早く、しかも子供の見た目通り小柄で表面積は小さい。被弾して耳が飛ぼうが顎先を削られようが構わず高周波ブレードを振り回し、結果的に生き残れれば良い。回収時に両手両足を失っていても培養槽に浸けておけば数日で元に戻る彼女は、量産ドローンと同じように扱われた。硝煙と血の臭い、時には荷電粒子砲のオゾンに似た匂いしか記憶に無い日々だった。
「……まだ生きていたのか、タマキ……」
久方振りに名前を与えたコーディネーターと再会したタマキは、高周波ブレードで彼を斬った後、どうしてそうしたのか暫く考える。騒がしい兵器生産企業の防衛部隊を次々と切り捨てつつ、何故そんな事をしたのか考えたが答えは出ない。前に立ち塞がる隊員を隔壁に肩で押し付けながらブレードで下から縦半分にし、振り返りざま切り落としで背後の隊員を割る。そうして二十年を過ごした培養庫から脱走し、彼女はその答えが知りたくて生きる事にした。
それから月日が流れ、風の噂に出生元の兵器生産企業が業務停止になったと知る。それがタマキに対して出されていた回収指令が無と化した瞬間であり、それが故にタマキは追われる事が無くなった。だが、その日に到るまで五十年が経過していたが彼女は老いとは無縁だった。強化人間はガン細胞と同じテロメラーゼ酵素を保有し自らの肉体を修復している為、細胞に栄養が供給されている限り不老不死に近かったのだ。
老いず、死なず、そして追われない。タマキは真の自由を勝ち取った筈だった。だが、彼女の生き様は以前と変わりなかった。死なずが故に戦場を渡り歩き、死なずが故に蓄積してきた戦闘技術を活用して更に生き延びる。
「……おい、あいつ【タマキ】だろ?」
「……だったら楽勝だな、ありがてぇ……」
「……おいっ、ありゃあ【タマキ】だっ!」
「くそっ、敵についてやがったか……」
味方に居れば軍神のように崇められ、敵方に回れば死神より恐れられる。フリーランスの軌道傭兵として投下ポットで惑星に降下し、作戦終了まで殺し続ける彼女は様々な二つ名を冠された。だが、そんな時代は銀河帝国樹立と共に呆気なく終わりを告げた。
「……伝説の軌道傭兵とは聞いていたけど、そんなものなの?」
タマキは高周波ブレードを素手で掴まれたまま、ギリギリと歯噛みしつつその相手を睨み付ける。刃先に身を晒す千載一遇の機会を得たにも関わらず、タマキは相対した皇帝を斬れなかったのだ。
「うーん、こんな玩具で戦ってきたの? 気の毒だったね。ねぇ、私について来ればもっとマシなのを授けられるけど……どうする?」
タマキは皇帝の言葉に耳を傾け、その真意を計りかねていた。反銀河帝国主義を唱える星系連合側に軌道傭兵として加担していた彼女だったが、その本心は噂に聞く竜族の最高実力者と戦ってみたかったのだ。だが、相手は高周波ブレードの振動を打ち消さぬまま素手で掴み、バキリと握り締めて砕いてしまう化け物だった。このまま対峙し続けたとしても、いずれ細胞の一片すら残さずに消滅させられるかもしれない。それは余りにも違う実力の差でタマキはその得体の知れ無さにぞっとしたが、皇帝は確かにそう言ったのだ。
「……あんた、正気か? そんな事、敵に向かって言う台詞じゃねぇぞ」
「そうだけどさ、君が勿体無いんだ。このまま殺すより、私の元で働いてくれたらいいなって思ってね」
そう言うと皇帝はにこりと微笑み、掌から一振りの刀を生成する。それは後に彼女の魔力そのものを物質化した物だと聞かされたが、余りにも突飛過ぎる光景にタマキは殺し合う気が失せてしまった。
「……【天地開闢の頃より今この時まで、我が身に見合う鞘は無し。なれば自ら出向いて鞘を得て、この身を納めて陰陽一つと成す】……どう? かっこいいでしょ」
そう言いながら、闇より深い漆黒の刀身を皇帝が指で撫でる。すると銀に輝く刃先が波紋を帯びながら切っ先まで現れ、その柄元に自らの髪を一本結ぶと繁茂するように幅が増して鍔に変わった。
「……タマキ、って言ったっけ。応じてくれれば私は君を手下にする。嫌なら、この刀で真っ二つにするよ。その位、君が欲しいんだ」
気恥ずかしい言葉をすらすら口にしながら、頭一つ分背の低い皇帝はタマキを見詰める。その眼は爬虫類特有の金冠に縦割れの瞳孔だったが、何となく寂しげに見えた。それがきっかけになり、タマキは漸く答えられた。
「……まあ、あんたがそこまで言うなら今回だけは素直に従っとく。その代わり……つまんねぇ統治してみろよ? そん時は首を撥ねてブラックホールに叩き込んでやる」
「……負けたのに威勢が良いものだね! でも、やっぱり君のこと気に入ったよ。そうだね、もし私がつまらない治世をしたら、その時は遠慮は要らないよ」
跪くタマキの負け惜しみに等しい言葉に対し、眉一つ動かさず皇帝は返答する。そして、手にした刀をタマキの肩に軽く触れさせてからくるりと回して彼女に手渡した。
「……本物の刀じゃないから無銘だけど、名前はミフネって付けるといいよ。そうすれば、君の事を主人として扱ってくれるからさ」
皇帝の言葉にタマキは何だそりゃと思ったが、その説明は全て真実だった。そして、タマキは帝都防衛隊の任を最初に授かったのだ。




