②腰を据えて話そじゃないか
タマキと名乗るネコ耳人間は、流れ着いたその漁村に住み着いた。漁民達がお人好しという事もあったが、結局のところ彼等はタマキを面白がり行く所がないならと勧めたのである。当初は嘘か本当か定かでは無い事ばかり口にするタマキを警戒していたが、裏表の無い性格と愛想の良さで漁民達と打ち解けていった。
「なあ、タマキさん。あんたは人間かい、それともネコかい」
「……んぁ? 私ゃ……良いとこ取りだねぇ」
「良いとこ取り……?」
今夜も漁民が集まる岸辺の酒飲み場にひょっこり現れたので、話の種だと手招きされてご相伴に預かりながら一杯目を空けた後、くりっと耳を動かしながら話し始める。
「そうさ! ネコってのは、柔軟性に富んで靭やかな骨格してんだ。でも、肉球付いた手じゃ酒も注げやしないだろ?」
そう言って細く白い指先で空の盃を指の間に挟み、さらさらと手の甲側から掌の上へと指を動かして運ぶ。そこに酒瓶からトクトクと次の一杯を注いでキューッと飲み干すと、
「……っでな? 足の方は人間様とは違ってネコの足先なんよ!」
と、雪駄から柔らかそうな短い毛に包まれた爪先を卓の上につっと出して見せる。勿論膝とふくらはぎまでにょっきり出て来てそのはしたない格好に漁民達は目を見張るが、確かに肉球の付いた足裏は人に似ず獣の脚である。
「まー、こんな格好だからな! 何処でも目立つのさ!」
タマキの説明に漁民達は、ほほーっと頷く。いや、彼女の言葉もそうだが見た目もなかなか麗しいお陰で漁民の男達は皆んなタマキと話したがる。だが、それでは同性から嫌われているかといえばそうではない。
「タマちゃーん! そんなムサい男達と飲んでないでこっち来なさいよ!」
隣の卓から女性陣が呼び込むと、タマキの耳がピクリと動く。だが、どうしたもんかと悩む心が耳に現れてふわりと揺れるが、
「ねーぇ、こっちのコレ、私らで作ったの美味しいけどなぁ〜?」
等と言いながら持ち込んだ柔らかそうなパンをさくりと割り、間に色とりどりの野菜やら鶏肉やらが詰め込まれていく。そして最後に酸味の有る乳白色のソースがてろりと掛かりそれをナイフでサクッと切る音が耳に届くと、
「んー、んぅー……空きっ腹で飲むと悪酔いするからなぁ〜!」
とか言いながらくるりとタマキが身体ごと後ろに向くと女性陣達から歓待の黄色い声が上がる。
「こんばんはぁーっタマちゃーん!」
「ねぇ、ねぇ! 女でお侍って大変じゃな〜い?」
「そーそー、タマちゃんったら別嬪さんだからモテたでしょ〜?」
そう言いながらタマキに詰め寄ると、彼女はんにゃんにゃと指を左右に振り、
「広い銀河にサムライなんて珍しくもないもんよ!まー、 勿論ピンキリで頭ん中に増強デバイス詰め込んで、我は光より速いなんてイキガってる奴も居るけどさ、大体そんな連中はサムライの下の下ってもんだな! 確かに私ゃ女の身だけっども、有り難い事に強化人間って枠で生まれてきちまったからねぇ〜、こーなりゃ女も男も関係無いわな!」
「ふぅ〜ん、強化人間ねぇ……じゃあ、強いの?」
「ふむん、強いかぁ……そいつぁ難しい話だなぁ……」
不意にそう問い掛けられて、タマキはキュッと盃を煽る。そして目を細めると長い睫毛がピンと張り、眼差しが一瞬だけ鋭く光る。その凛とした佇まいに卓の女性陣は、しんと静まり返る。
「……強さってのはな、自分だけのもんじゃねぇんだなぁ。例えばさ、一人の人間を守る為に他の何百人を切り捨てりゃ……そりゃー強かろうね。でもだよ、そいつは自分の勝手を押し通して何百人も不幸にしちまってる。それじゃあ、自分の我が儘も抑えらんねぇ心の弱ぇ者と何も変わらねぇんじゃないかい?」
「えーっ? でも強いんでしょ……?」
問うた女は首を傾げて言い淀むが、タマキはきっぱりと言い切る。
「いや! そんな奴は決して強かないな! 本当に強い奴ってのはよ、全部都合良く丸く収める度量の有る奴の事さね!」
「じゃー、タマちゃんは都合良く丸く収められるの?」
「おー! やってやんよ!! サムライってぇのは不都合も押し通して丸め込む奴の事を皆がそう呼ぶのさ! あと、酒癖が悪いからあんまりモテなかった!!」
酒が回ったのか若干顔を赤らめながら高らかに宣言し、にょほほと笑いながら瓶ごと酒を飲み干した。
「……しっかし、あんたら気の良い連中だねぇ……」
すっかり酔いも回りつつ、朝の早い漁民達は三々五々帰宅して残る年寄り連中と盃を交わしていたタマキがぽつりと言うと、一人の老人が空いた盃に酒を注ぎながら答える。
「んー、まぁそりゃあそうさ。俺等はあんたみたいな強化人間と余り変わらんからね」
「……変わらんとな?」
「ああ、儂らは【デザインヒューマン】って言って、テラフォーミングが円滑に進み人が安心して住めるよう、調整されて派遣されとるからのぅ」
見た目は全く普通の人間だけに、老人の告白はタマキの心にずんと響く。
「……もし、全く手付かずのまま惑星を放置すると、移住者を募る前に予期せん生き物が現れるかもしれんからな。儂らのような調整済みの人造人間を置いておけば、当たり外れが即判る訳さ」
「それは、病気や環境汚染も加味してって事かい?」
「そーゆー事だな、生きた試験紙を配置しときゃ……安心安全ってもんじゃろ?」
聞けば既に数世紀近く漁民達の滞在は続いているらしく、星系管理事業団も惑星規模の異常が起きなければ探査にすら来ていないという。
「……まぁ、儂らは合法的な流民だからなぁ。確かに起源は不純だが、住んどって不幸だとは思わん。だが、若い連中は……そうではない奴も居る。あんたも気をつけてな」
老人はそう言って自分の盃に酒を満たし、タマキに向かって乾杯した。




