――― 5月2日 ―――
大変、お待たせ致しました。『れせぷしょん』最新話です。待たせた分際で恐縮ですがご指摘、ご感想をお待ちしております!!
「ふむ、魔力を吸収する『虚』か……………ワシも初めて聞くの」
そう言って自分で煎れたお茶を一口すする若すぎるお祖母ちゃんが、昨日の出来事を聞いて眉をハの字にした。
「お祖母ちゃんも『虚』の事知ってるの?」
僕はお祖母ちゃんが『虚』を知っていた事と、
「知ってるも何も仕事で何度か戦った事もあるのぅ。それに昨日、ワシのところにも二、三体来よったぞ。まぁ皆、手足を一本ずつもろうたら逃げたがのぅ」
「もらった……って」
「何驚いとる?お主に格闘術を教えたのはワシじゃぞ」
「はは…………………」
無事、というより無傷で『虚』を追い返した事に口元が驚きでひきつった。
ご近所さんと日常会話をしてるみたいにのんびりお茶を啜りながら話すお祖母ちゃんにちょっとだけ引いていると、
「疲れたぁ………………」
後ろから疲労感が滲んだ声が聞こえてきた。
「おっ、帰って来たの」
「あっ、セフィリア」
僕とお祖母ちゃんはセフィリアの方を向いて、
「手間をかけるの」
と、お祖母ちゃんが労いの声を掛けた。
「どうだった?夏先輩の家の壁、ちゃんと直せた?」
「当然、楽勝よ」
「さすが。でも、法術って何でもありだね」
昨日、夏先輩の家の壁を壊したことはそのままになっていたのでその修復作業の為に今まで頑張ってくれてたんだ。
そんなことになったのもあの世界が赤く染まった原因は法術のせいらしい。戦いの後、簡単にしか聞けなかったけど……あの赤い世界は『虚』に組み込まれてる具現化結界っていう法術の所為らしい。なんでも現実世界と世界観を共有してるから起こった出来事がそのまま反映されて、派手に戦うと酷いことになるらしい。僕の左眼で『虚』が『視』えたのもその所為らしいけど、大事にならなくて良かったと思う。
「確かに何でもありって言えば何でもありだけど………全員が同じように使えるわけじゃないわよ。使用条件が決まってる法術もあるし……まぁ、死神だったら誰でも使えるわよ」
「そうなんだ、でも凄いよね」
「どうも。あっ、あとナツコの父親の記憶も少し弄くって来たから、昨日の事は何も覚えてないからまた話をする時は気をつけてよね」
「うん。ありがとう、セフィリア」
僕はそう言ってセフィリアに「お茶と紅茶、どっちがいい?」って聞きながら立ち上がろうとして。
「お茶」
そう一言だけ言って、お祖母ちゃんの向かいに正座で座ってテーブルに体を預けるように項垂れた。
だいぶ疲れてるみたい…………お茶菓子も持って来たほうがいいよね。疲れた時は甘いものが良いってテレビでもやってたし。
「ワシにも持ってきてくれるかの?」
そう言ってテレビに電源を入れるお祖母ちゃん。
「うん、少し待ってて」
お祖母ちゃんの湯飲みをとって、僕はすぐに台所でお茶を煎れてお盆に乗せ「ついでにお祖母ちゃんの分も」とお茶菓子を二人分一緒に乗せて和室に戻った。
「はい、お祖母ちゃん。セフィリアも、お疲れ様」
僕はセフィリアとお祖母ちゃんの前にお茶とお菓子を音を発てずに置いて、
「ありがとう」
「すまんの」
お祖母ちゃんはお茶菓子が付いてきたのが嬉しかったみたいですぐに頬張って、お茶を啜りながらテレビをみた。セフィリアは怠そうにお茶に手を伸ばして息を吹きかけながら冷まして。
「ずずっ」
適温になったのを見計らって一口啜った。
「何回か飲んでるけど…………なんか優しい味がする」
「そ、そう?」
「ずずっ」
今度は味を楽しむような感じでゆっくり飲み込んでいく。
「そういえば、凜」
「何?お祖母ちゃん」
セフィリアと入れ替わるように、テレビを見ていた祖母ちゃんが話し掛けてきた。
「夏子さんはまだ目が覚めんみたいじゃの……………」
「うん……」
昨日、倒れてから夏先輩は一度も目を覚ましてない。
セフィリアが血だらけの手で大鎌を持って夏先輩を抱えていたのを見た時は全身の血が凍りついたかと思った。
また護れなかった。
その言葉が僕の全てを壊していく…………心の欠片も残してくれないほどの衝撃。今でもその感覚が残ってる。
「大丈夫よ、霊体には影響はないから」
お茶からお菓子に持ちかえてセフィリアが自信満々でお菓子を口に運んだ。
「影響はないって…………」
「あの子が倒れてた時は家で倒れてたから……っ、多分だけど何か思い出してるかもね」
お菓子を飲み込んで、僕に視線を向ける。
「思い出してるかもって……もしかして未練のこと?」
「そっ、一応霊体の状態で意識が途切れるのは精神疲労を取るための休眠……この場合は寝るっていった方がわかりやすいかしら。あとは記憶整理による休眠の二つね」
口に広がる甘さを溶かすようにお茶を一口飲み込むセフィリア。
「さっきも言ったけど家で倒れてた状況とあの時間帯を考えると記憶整理の方が可能性は高いと思うわ。細かい話は行きながら話すとして……っと」
テーブルに両手をついて立ち上がるセフィリア。
「どうしたの?」
「リン、出掛けるわよ」
僕に立てと促しているみたいで首を小さく振って、
「出掛けるって、どこに?」
「もうナツコの家は確認してきたし、そうね…………次は商店街に行って、その次は昨日の倉庫。その次は」
「まま、待ってよ!?そんなにたくさん回ってどうするの?」
慌てて立ち上がる僕。
「任務よ、はじめに言ったけどあんたにも手伝って貰うわ…………まぁ、あとはあんたにも用事があるし」
最初は堂々とした態度でこの後の事を口にしていたセフィリアだったけど、最後の方は声が小さくてその上早口だったから良く聞き取れなかった。
「用事?」
唯一聞き取れた単語を口にすると、
「良いからいくわよ!!早く支度しなさい」
「わ、わかったよ。そんなに大きい声で言わなくても聞こえてるから」
待ちきれないといった感じにセフィリアに急かされて、僕はセフィリアを窘めながら急いで居間を出て自分の部屋に行った。
「…………ふぅっ」
孫と可愛らしい死神の娘さんが居間を出たのを見計らって、大きくため息をついた。
「『虚』の本体……『核』が『視』えたのか」
あの子の力はあやつが封じたはずじゃが…………。
「たわんでおるのか……仕方ないかもしれん。あれから十年も経っておるからのぅ」
聞いた限りでは『視』て、体内に取り込んだようじゃが…………何も影響が出ていない所をみるとまだ完全に目覚めたわけじゃなかろうが。覚醒が不安定な分、『視』えるモノも限られ取るじゃろう。しかし、もし完全に覚醒してしまったら。
「これも運命かの。それもよりにもよってお主と同じ能力とはな…………皮肉なモノじゃ。のぅ、ディアナ」
懐かしい顔を思い浮かべながら、ワシは一口茶をすする。
はじめはあのお嬢さんにできる限り全部任せるつもりじゃったが、ワシも少しばかり働こうかの。
そう思い、湯飲みをテーブルに置いて立とうとした時じゃった。
「先月末に起きた通り魔事件の新情報です」
チャンネルを合わせていたニュース番組の音が聞こえてきた。
何だろ?凄く見られてる。
「………………………」
でも、この視線って僕を見てる訳じゃない気がする。
家を出た辺りから少なからず視線は感じてたけど、商店街に近づいて人通りの多さに比例して視線が多くなってきた。
「………………見られてるわね」
僕の隣にいたセフィリアも視線を感じて…………というか、原因はセフィリアなんだけど。
「まぁ、仕方ないと思うよ」
「そうね、あまり見慣れないと珍しいものね」
僕とセフィリアはそう言って互いに視界に捉えて、
「セフィリア、綺麗だもんね」
「あんたの髪、珍しい色してるもんね」
出た言葉は全く違うもので。
「えっ?」
「はっ?」
今度は同じ意味で言葉が重なる。
「えっと……………………」
「言いたいことがあるなら先に言いなさい」
セフィリアは胡散臭いそうに僕をジトッとした目付きで睨む。
「いや、見られてるのってさ。セフィリアが綺麗だからじゃないかな」
「どこが?」
そんなことはじめて知った。そんな風に目をパチクリさせるセフィリア。
「いや、どこがって…………」
僕は足を止めて、セフィリアを見た。
「やっぱり金髪が一番目をひくかなぁ、外国の人でもそんなに艶があって澄んだ金髪の人って見たこと無いし」
「ほ、他には?」
「あとは空みたいに碧い瞳でしょ、目鼻立ちも凄く整ってるし…………スタイルも夏先輩並みに凄」
「もういいわよっ!!っていうかスタイル良いってどこ見てんのよ!?」
僕の言葉を食いぎみに遮って、顔を赤くしてながら両手で体を隠すように抱き締めて僕を睨んだ。
「いや、どこって………全体的にだけど?というか、言えって言ったのはセフィリアじゃないか」
言われた通り素直に答えたのにちょっと理不尽だな、これは。
「セフィリアこそ僕にが目を引く所言ってみてよ、髪の色以外でさ」
僕は先に髪の色を理由からはずさせた。
それ以外に僕が目を引く理由を聞いてみて何か言い返してみようと、少しだけ強気でセフィリアに言って。
「チビっちゃい所。左右の瞳が違う所にたよりなさそうな所、小学生みたいな所と男らしくない所に」
「もういいから!!」
心をズタズタにされた!!
「どう、私より目を引きそうじゃない?」
セフィリアは真剣そのもの。ちゃんと真面目に考えた顔で、出た理由がこれ。
どう、って……………良い所なんてひとつもないし。っていうか全部自覚済みの欠点じゃないか。
「もう、いいよ…………それで」
「そっ、それは良かった」
セフィリアは自分の意見が通って満足したみたいで、得意気に笑ってまた歩き出す。
僕も肩を落として顔を俯かせながらセフィリアの隣を歩き出して、
「一応、商店街に来てみたけど…………何を手伝えばいいの?」
「まぁ、最初は…………あんたはただ付いて来てくれればいいわ」
少しだけ気まずそうな感じで言葉が詰まったセフィリア。
「付いてくだけって…………」
でも、僕は気にせずその一言に疑問符を上げるように顔を上げる。
「とりあえず黙って付いて来ればいいの。それ以外の事は回りながら話すから」
「わかったよ。じゃあ、まずは商店街を回ってみよう。道とかわからなくなったら聞いてね、僕が案内するから」
「そ、そうしてくれると助かるわ」
また言葉が詰まるセフィリア。
「?」
何だろう?さっきから少し様子がおかしい気がする。正確には出かけることになってからセフィリアの様子がおかしくなったような気がする。まぁ、何か大切なことだったらちゃんと話してくれるだろうし気にしないでおこう。
「……………………」
「……………………」
それから暫くの間、僕とセフィリアは会話を交わすことなく全く無言のまま商店街を歩いていく。
「……………………」
話が戻ってしまうから口に出すことはしなかったけど、やっぱりセフィリアはこの場では浮いているんだと思った。当然、悪い意味なんて欠片すらない。
通りを歩いていると人とすれ違うのは当たり前で。
「ねぇ、あの子凄くない?」
「うん、凄い綺麗……」
すれ違う度に男女問わず、そんな感心と憧れめいた声が聞こえてきた。
すれ違う人だけじゃない。通りで買い物している人達全員がセフィリアの存在に気がつくだけで空気が変わる。声をもらすの当たり前、少し離れた所だと携帯で写真を何枚も撮る音が途切れることなんて無いくらいに激写されてる。人気アイドルとかそんな問題じゃない、今この場はセフィリア=ベェルフェールという女の子を中心に時を刻んでいるようなもの。
そんな圧倒的なまでに美少女なセフィリアの横にいる僕は、ただただ感心する以外することがなかった。
セフィリアに向けられている驚きと憧れの視線。その視線の邪魔にならないように背を丸めてできるだけ気配を押し殺そうとして。
―――――――――――――――ドクンッ。
「っ」
右眼が脈を打つような感覚に思わず声が漏れて。
「着いたわよ」
それとタイミングを合わせるようにセフィリアが足を止めて、
「まずは此処からね」
「此処って…………」
僕は右眼を押さえながら顔を上げて。
「夏先輩が殺された…………」
「『すぅーぱぁー』ってやつよね?」
呆然とする僕にセフィリアは言い慣れていないのか間延びした発音で確認するように質問してきた。
「う、うん。そうだけど……どうして此処に?」
「任務って言ったでしょうが」
淡々と話すセフィリア。
正直、此処には来たくなかった。夏先輩が亡くなってからは一度も此処には来なかったくらいだ。
僕の正面。スーパーの出入り口には供養の為に添えられていた花束が幾つもあった。それも新しい物ばかりで枯れたり、萎れている物が一つもない。きっとここに来る人や店員さんがこまめに手入れや掃除をしてくれているんだと思う。
「…………っ」
左眼に映るのはたくさんの悲しみ。此処はたくさんの人が夏先輩を失った場所…………だから、嫌だった。生き返らせることができるって、またみんなと夏先輩が笑いあえる日々を取り戻せるんだってわかっていても、此処で夏先輩が『死んだ』事に変わりはないから。
「…………ごめん」
「え?」
突然だった。
僕はすぐに花から視線をセフィリアに移して。
「…………あんたの気持ちの事、全然考えてなかった」
後悔。その二文字がこれ以上ないくらいに張り付いた表情でセフィリアは花が添えられている出入り口を見つめていた。
「大切な人が殺された場所なんて来たい人なんていないのに…………だから、ごめん」
「セフィリア…………」
ジッと花を見つめたまま言ったセフィリア。
それだけで充分だと思った、心の底から。
(―――――――――――――――予定外だったわ)
二、三日前まで冷たい一言で夏先輩の死を済ませていたセフィリアが、今は気遣ってくれている。僕の心の弱さを、夏先輩の死を心から理解してくれようとしている……さっきまで感じてた悲しみが消えたわけじゃないけど、少しだけ軽くなったような気がする。心を救われる、ってこういう感じなのかな。
そう感じるのと一緒に胸の奥がじんわりと温かくなった気がして。
「ありがとう」
自然とそう言えた。
「っ、でも」
セフィリアが弾かれたように驚いた顔でまた謝ろうとして、
「わかったから」
それを言わせたくなくて少し大きい声で言った。それもできるだけ明るい声で、明るい笑顔で、心からの感謝を込めて。
「セフィリアがすごく優しいってこと。だから、ありがとう」
「リン……………」
そんな僕を鳩が豆で……って古いか、でもそんな感じの表情のセフィリア。
僕はもう一度「ありがとう」と伝えるように笑ってみせる。
「………………」
「………………」
また無言の時間が続いて、
「……………生意気」
セフィリアが優しさに満たされた笑顔で沈黙を終わらせてくれた。
「それで此処で何をするの?」
僕はこのまま流れに助けて貰ってセフィリアに質問した。
「ん、そうね……とりあえず、あんたの右眼には何が『視』えてるか聞きたいんだけど」
「右眼だね、ちょっと待ってて」
いつの間にか脈動の感覚が弱まった右眼。それを抑えていた右手をはずして右眼で目の前の現実をしっかり捉えて、それで『視』えたのは。
「黒い…………玉?」
右眼に「視」える宙に浮いたピンポン球くらいの黒光りする玉が浮いていて、その中心には脈をうってるみたいに動く赤い小さな塊。
「それに…………」
黒い玉の下にあったモノに言葉が出てこなくなって、
「…………黒い十字架。どっちも奥の方で心臓みたいに脈をうってる赤い塊が『視』える」
それでもなんとか絞り出した声は震えていた。
地面に突き刺さる十字架にある言葉が当たり前だと誰かに言われたみたいに思い浮かんだ。
(これって……………お墓)
「やっぱり…………」
「やっぱりって……これの事知ってるの?」
セフィリアは「予想はしてたけど」ってもう一言呟いて。
「知ってるけど、私にはあんたみたいに赤い塊なんて『視』えてないの」
「知ってるけど『視』えてないって……また僕だけに『視』えてるなんて…………」
昨日『虚』の原形の魂が、あの人の魂が『視』えていた時と同じって。
「ウグッ!?」
右眼を通して記憶に刻まれた『虚』の無惨な姿がフラッシュバックして、胃から中身が込み上げかけたけど喉の手前で何とか飲み返した。
「今、私達が『視』てるのって法術よ」
「これが法術?」
「あんたの右眼。霊体を視認するだけじゃなくて法術を視覚化できるみたいね」
ほんの少しの驚きと感心、それと表情が険しくなる程の戸惑い。そんな顔で僕を見るセフィリア。
「次は、その…………あんたに『視』えてる塊を触ってみてくれない?」
「う、うん」
難しい顔をしたままのセフィリアの様子に、言う通りにした方が良いと思い恐る恐る十字架の赤い塊に触れてみる。
「くっ!?」
赤い塊は僕が触れた瞬間。亀裂が入って、その亀裂から赤い閃光があふれ出す。それと一緒に十字架の上に浮かんでいた黒い玉も赤い閃光に切り刻まれるように亀裂が入って、そして黒の玉と十字架は跡形もなく砕け散ってた。
「あの時と同じね」
今起きた現象にセフィリアが納得したように目を細めて、
「これがあんたの能力か…………でも」
「僕の能力?……って、一人で納得してないで教えてよ!!」
小さく息をついて、真っ直ぐ僕を見つめる。
「まだ確実、ってわけじゃないけど……魔力の『具現化封印』。多分、それがあんたの能力」
「魔力の具現化封印?それに多分、って?」
「先に魔力と法術について簡単に説明するわね」
そう言ってセフィリアは顔を強張らせながら説明してくれた。
普通、人間は魔力を持って産まれては来ない。けど、ごく稀にリンやランさんみたいに人間でも魔力を持って産まれてくる人間もいる。その場合、魔力の影響で特異体質や異能に目覚めている人間がたくさんいるけど代表例でリンやランさんがいる。
魔力が高いおかげで私達『人間でない者』が『視』えたり、戦えたりする。
魔力は一種の生命エネルギーのようなもので血液に溶け込むように混じり合っていて、血液を媒体に体中に循環する。魔力が高い死神や人間は血液に溶け込んでいる魔力の絶対量が高い。魔力の絶対量は産まれた時に決定してしまっていて、多少の変化はあるにしても実質変わることはないから魔力の絶対量は才能って言った方が早い。
絶対量が高いと死神側で言えば法術の使用回数や威力に効果、身体能力の強化といった点で戦闘時の能力に比例したり、魔力の絶対量が高いほど肉体の老化も遅い。人間の場合は法術またはそれに類する術を使用できる人間に限られて老い以外は同じだ。
法術は形を持たない魔力を形作りあらゆる事象を起こす術、人間達はよく魔法と言ったりするけど原理は似たようなものだ。霊体の形成も『未練』をベースにして魔力で形作られる。
「ってな感じ」
「へぇ」
僕は説明を聞きながら相槌をうって、
「私が使う法術と『虚』って魔力を『核』として使う所で共通してるんだけど」
「うん」
なるべく説明の邪魔にならないように短く返す。
「あんたの右眼はあんただけに『核』が『視』えるように擬似具現化させてて、あんたの体はそれを封印するようになってるみたい」
「なるほど…………『虚』が消えたのは僕が『核』を体に取り込んだからっていうのはわかったけど、赤かった世界が戻ったのと傷が治った理由はなんなの?」
「あの世界は『虚』が他の魂を略奪する為の具現化結界なの。『虚』が現れると同時に自動で発動するタイプの法術で『虚』が魂を手に入れた場合と誰かに滅ぼされるか封印された場合のどっちかを満たすと消えるようになってるわ」
「僕が封印したから元に戻ったのか…………でも」
「傷が治ったのは……ハッキリとはわからないけど封印の時に、自分が持ってる以上の魔力を体に取り込んだ付加効果かも」
「かもって…………さっき、僕の能力の事を話す前にも多分って言ってたけど」
ここまでセフィリアはずっと『多分』って仮定の話ばっかりしてる。今までどんなことも濁さずに気持ちいいくらいズバッと言ってたセフィリアが自信なさそうにする姿に不安になる。
そんな僕の様子にセフィリアは深いため息をついて、
「確実じゃないって言ったでしょ」
唇を尖らせて、いじけたように顔を背けるセフィリア。
「魔力の『具現化封印』なら私や『虚』、人間の体に流れる魔力の循環だって『視』えるはずだし、霊体のナツコの『核』だって『視』えてるはずなの。それでもって『核』が『視』えてるものなら『核』に触れただけで封印する能力だから、体とかに触れただけである程度魔力の吸収があっても良い筈なのにそれもないし……法術特化の具現化封印なんて
聞いたこともないし、この能力は封印に特化した能力だから傷の修復なんて勿論無い能力のはずだし…………あぁ、もうっ!!」
一生懸命話すセフィリアの姿。その姿に僕は。
(セフィリア、僕の能力がわからなくて悔しかったのか)
心の中で小さく笑った。
今日。正確には昨日『虚』に襲われてる最中からだけど、セフィリアがどんな人、って死神か。でも、今のセフィリアはなんか人間くさくて人って言った方がしっくりくる。
強気で、意地っ張りで、素直じゃないけど真面目で…………でも、思いやりがあってすごく優しい。
「ふふっ!!」
つい声が漏れて、
「何?私が真面目に答えてあげてるのに…………あんた、私を馬鹿にしてんの?」
その声にセフィリアは抉り込むように、形の眉をつり上げて僕の顔を覗き込んできた。
「ううん、セフィリアはやっぱり優しい子だなぁって思っただけ」
そんなセフィリアに僕は惜しみ隠さず気持ちを込めて微笑んだ。
「ちょ…………」
間近にあったセフィリアの顔色が一気に赤くなって、
「な、何をさっきから言ってんのよ!?あんたは!!」
飛び上がるようにセフィリアが僕から離れた。
「えっ……………僕、何か変なこと言った?」
か、顔が赤くなってる!!怒らせちゃったかな。思ったことをそのまま伝えただけだったけど……何か失礼なこと言ったかな?
僕は眉を寄せ、
「いや、変なことは、言って……ないけど」
「そ、そう?ただ思ったことそのまま言ったんだけど……その、気に触ったのなら謝るよ」
顔を俯かせて少し上目遣い気味にセフィリアを見た。
なんだろ、お母さんに怒られてる子供になった気分だ。
「その、ごめんなさい」
そう言った途端に、セフィリアの顔がさっきより赤くなって。
「全然、大丈夫!!気にしないでっ!!全っ然気にしてないから!!」
それを隠すようにバッと後ろを向いて、
「ほっほら!!次いくわよ」
「う、うん…………」
少しだけ速く歩くセフィリアに遅れないように、いつもより大きく踏み出して。
「そう言えばさっき僕が封印したこの法術ってどんな法術なの?」
「っと、説明してなかったわね」
不意に思い浮かんだ質問にセフィリアが足を止めて「ごめんごめん」と小さく笑って教えてくれた。
「封印してもらった法術は魔力を吸収して貯蔵しておく法術よ。土地や霊体、人間から少しずつ魔力を吸収して溜めておく法術なんだけど、今のあんたの力に近い法術ね」
「へぇ、でも何でそんな法術が商店街とか此処にあるんだろ?幽霊になった後の夏先輩と来た時とか昨日は無かったのに……」
「…………それは、その……『虚』が集めるはずだった魔力を集めたれなくなったからだと思う」
「『虚』が集めるはずだったって…………」
苦虫を噛みつぶしたような表情で言ったセフィリア。
「そう言えば『虚』って他の魂を略奪するって言ってたけど……昨日の『虚』は」
奪う事が役目ならその対象となるモノがあるはずで、今僕が封印した法術の対象は土地や霊体、それに人間と言っていたけど…………この場合『人』。
「どっちを狙ってたの?」
あの場にいたのは人間は僕に夏先輩の二人。
その質問にセフィリアの瞳が大きく揺れて、
「それは当然、魂の状態の『霊現体』であるナ」
「狙われてたのは、僕?」
セフィリアが言い切る前に答えを言ってみた。
「っ、それは」
僕の言ったことに驚いてるのか、それとも考えていたことを当てられたこと驚いてるのか……いや、きっと両方だ。
「何で僕を……それに何で死んだ人の残骸がそんな事する必要があるの?」
「そ、それは……」
また、セフィリアが言葉に詰まった。
「そもそも最初に襲ってきた人の親玉って誰?セフィリアの任務はその人を殺すことだったよね?」
「ええ、そうよ」
視線はずっと僕に向いているけど視点があってない。
「なら、その人の顔とか正体も知ってるはずでしょ?だったら法術で居場所とか突き止められたりとかできっ」
自分の中の疑問をセフィリアにぶつけながら、唐突にある言葉が引っかかった。
―――――――――――――――死神なら誰でも使えるわよ。
「………………ねぇ」
最初に通り魔に襲われた時のあの黒い空間も、『虚』という化物も。そして今、僕が封印した黒い玉と十字架も…………全部法術。
「『虚』って法術使えるの?」
これはただの確認だ。
「…………使えないわ」
「そう、なんだ…………そうすると、通り魔の幽霊の黒幕って」
僕はセフィリアに確認するようにそこで言葉を切って、セフィリアは謝罪、後悔、罪悪感……いろんな感情に押し潰されそうな顔で言った。
「…………『死神』よ」
「はは、やっぱり」
驚き。そういった感情が出るのが普通な筈なのにそんなのちっとも沸いてこなかった。むしろ予想通りで当たって欲しくないことって何で当たるんだろう、って思った。でも、そうなると疑問が出てくる。何で『虚』は僕を狙っていたのか?何故『虚』になってしまったあの通り魔がそんなことをしたのか。こっちが今一番知りたい……ううん、知らなきゃいけない事。
「なんで夏先輩が殺されたの?」
そう、一番大切なことだった。気にしていなかったわけじゃないけど、先輩を生き返らせれるって言われたこと。通り魔の霊に襲われたり『虚』に襲われたり異常なこと続きで記憶の端に追いやられていたけど本当なら一番最初に確かめておかなきゃいけなかった事だったのに。
「それはっ」
言いたくない。その一言が表情から、声から、態度から。セフィリアの全てから伝わってくる。
「ねぇっ!!教えてよ、セフィリア!!」
突然、商店街の真ん中で大声で叫んでセフィリアに掴みかかった僕に視線が集まった。けど、そんなの気にしてられない、気にしてる余裕なんてこれっぽっちもない。
「何で僕が死神に狙われて、何で僕じゃなくて夏先輩が殺されるのさ!?何でっ」
頭の中で何かがはまる音がした
殺されるはずだったのは―――――――――僕。でも、何で?
(―――――――――――――――『虚』は魂を略奪する為に存在する)
殺して、僕の魂が欲しかったから。でも、何で?
(―――――――――――――――この法術は魔力を吸収する為の法術なの)
魔力が必要だったから。
セフィリアが僕に教えてくれたことがより、僕の中の何かをハッキリさせていく。
「僕の魔力が高かったから『虚』に狙われた」
でも、それは僕が狙われる理由。夏先輩が僕の代わりに殺される理由なんて…………。
―――――――――――――――あぁ、こっちの方だったなぁ。あの化物が言ってたのは。
あの通り魔の言葉が記憶の底から僕の心に突き刺さった。
「まさか…………っぁ」
僕の中で渦巻いていた何か…………それが何なのか、理解できた。
「夏、先輩が殺されたのは…………ただの」
それは。
「…………勘違い」
理不尽なまでの絶望だった。
長くてスミマセン(汗