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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
神村夏子
7/39

――― 5月1日 午後 ―――

いつもよりはだいぶ早い投稿です。しかし、誤字脱字があるかも…………気がついた方はご指摘お願いいたします。

 今の時間は午後一時ちょうど。

 私は久しぶりの我が家の中で個人的に落ち着かない光景を目の当たりにしていた。

「お葬式以来かな。あの時は体調が悪そうだったが元気そうで何よりだ」

「はい、あの時はご心配をお掛けしました」

 凛とお父さんはガラスの長テーブルを間に向かい合って黒のソファーに座ってる。二人の前にはお父さんが煎れた茶とお茶菓子が出されていた。

「…………何でこんな事に」

 私は涙が出そうになるのを堪えながら後悔した。

 時間で言えば三時間前くらいだ。


 凛に私の家に行きたいと提案して家を出たまでは良かったんだけど、凛の家から私の家まで歩いて一時間くらいの距離。最初はタクシーで行こうかという案もあったけど、また凛と散歩したいと思って歩いていこうと言ってみた。はじめは「歩くのは僕だけなんですよね」と断られるかもしれないと思ったのだけど二つ返事で承諾してくれた。結果、凛とゆっくり歩いていく事になったのだけど、それが良くなかったと後から後悔した。

 何の問題もなければお昼前には家に着き、用事を済ませてご飯を食べながら(私は見てるだけ)帰る予定だったのにいつもトラブルは突然やってくる。最初は軽い世間話をしながらのほほんとした空気で歩いていたのが、途中の道端で泣いている小さな女の子を発見。その女の子は幽霊でどうやらお母さん(お母さんも幽霊)とはぐれたらしく、女の子を連れてお母さん捜し。それほど時間もかからずお母さんの幽霊も探せて安心したのもつかの間、今度は幽霊に道を聞かれて道案内。その次は守護霊の喧嘩の仲裁に、犬や猫の動物霊の遊び相手等など…………凛に幽霊が『視』える事で色々な幽霊に絡まれた。

 そんなこんなでやっとの事で家の近くまで辿り着き、

「お父さんの様子見で来ましたけど、折角ですから『未練』の手掛かりになりそうなものも探してみてください」

「探すって、私ものに触れないのに?」

「いえ、直接は触れなくても家の様子で何か思い出すかもしれないですし」

「わかったわ、凛はこの辺りで待ってて」

「はい」

と、いう風な会話をしていた時だった。

「おや?君は」

 家の方に気を取られていたせいか、いつの間にか後ろに買い物袋を持った父が立っていた事に気がつかなかった。

「ど、どうも……こんにちわ」

「凛君、だったね。こんにちわ」

 と、出会ってしまい。

「まぁ、折角だし中でお茶でも飲みながら話そうか」

 

 現在に至るといった感じだ。

 私はというと凛の隣でフワフワと浮かんでいる。お父さんは目の前で私が一緒にいるなんて当然わかるはずもなくて、それが余計に私は死んだんだって余計に実感させられる。

「冬樹さんは……あの時も少し窶れ気味でしたけど、あれから随分痩せたみたいですね」

「はは、ダイエットはしてるつもりはないんだけどね。十キロくらい痩せたかな」

 お父さんは明るく笑って見せてくれたけど、骨ばった頬を筋ばった指で掻いてる姿は娘の私じゃなくても痛々しく見えると思う。

「しかし、今日はどうしたんだい?ゴールデンウィーク中なのに、君だって年頃の高校生だろうに……彼女と出掛けたりはしないのかい?」

「ははははは、残念ながら彼女はいません」

 残念と口では言ってるけど全然そんな事を感じさせないくらい爽やかな笑顔にムカッとして手が出そうになったけど、凛を叩いた時の事を思い出してグッと我慢する。

「彼女がいないのかい?そんなに可愛いのに?」

「え、いや……可愛いからって彼女が必ずしもいるわけでは」

 凛は少し引きつり気味だったが笑顔でお父さんに言葉を返して。

「そうなのかい?夏子からは結構人気があるような話を聞いていたんだが」

「夏先輩が、ですか?」

 意外そうに目を見開いたお父さんの言葉に、凛の視線が一瞬だけこっちに向けられて私は慌てて視線を逸らした。

「夏子とはよく一緒にいたみたいだが、そういう話はしなかったのかい?」

「いえ、あまり……夏先輩ってどんな子供だったんですか?」

「子供時代かい?」

 お父さんは凛がそう言ったのが意外そうに目を開いた。

「はい、普段は学校の話とかしかしなかったので」

「そうか…………」

 何を話そうか悩んでるのか顔を伏せて、凛から視線を外すと同時に動いた。

 凛の脇腹を軽く小突いて、耳元で聞こえるはずもないのに小声で囁いた。

「ちょっと凛、そんな余計な事まで話さなくても!!」

「いえ、でもですね」

 凛もお父さんに気づかれないように小声で返す。

「僕と冬樹さんとの共通点なんて夏先輩ぐらいしかなくて」

「それでももっと違う話題くらい無いの!?」

「そんな事言われても……って、夏先輩こそはやく部屋に行ってきてくださいよ。今日はその為に来たんですから」

 私の抗議から逃げるように思い出したのか、今日本来の目的の話が出た。

「冬樹さんの様子見もかねて未練探しに来たんですから、早く行ってくださいよ」

「わ、わかってるわよ」

 私は正論を盾に話をうやむやにされて悔しくて凛にベーッと舌をだして二階の部屋に行った。

「ふぅ」

 僕は夏先輩が階段の奥に消えるのを見計らって小さくため息をついた。

「凛君」

「は、はい!!」

 いきなり冬樹さんに名前を呼ばれ、反射的に姿勢を正して視線を戻した。

「さっきの話なんだが……」

「えっと…………夏先輩の子供の頃の話ですか?」

「そう、それなんだが……今日は急ぎの用事とかはこの後はないのかな?」

「はい、特には……」

「そうか!!」

 冬樹さんは今日会った中で一番輝いた顔をしていた。




「懐かし、くもないか」

 まだ十日も経っていないし、部屋もそう変わってるわけじゃない。強いて違いがあるとすればお気に入りのぬいぐるみが幾つかなくなってるくらい。火葬の時に一緒に燃やしてくれたのかな。

 淡いピンク色の壁紙にピンクのカーペット。フリル付きのピンクのカーテン、寝具一式もピンク。お母さんが使っていた化粧台すらもピンクと部屋すべてがピンク一色の部屋。はじめに言っておくと私の趣味じゃないのは確かで、元々はお母さんの部屋でこれはお母さんの趣味だ。

 私が四歳の頃に私とお父さんを残してお母さんは病死した。別に不治の病とかそう言うわけじゃない、ただ体が弱かっただけ。お父さんが医者というのもあってお父さんが勤める病院に入院していた。実際はこの家よりも病院でお母さんと一緒にいた時間の方が長い。

 体の具合が良い時は家に戻ってきたりもしていたけど、その時にこの部屋をお母さんが譲ってくれた。



「いつでもお母さんを感じられるように、この部屋を使って」



 そう言って笑っていたお母さんの顔はどこか寂しげだったのを今でもハッキリと憶えている。今にして思えばその時にお母さんとお父さんは覚悟していたのかもしれない。

「えっと、とりあえず部屋には来てみたけど…………」

 私の未練っていうよりはお母さんの事ばっかり思い出すのよねぇ…………。

「私も幽霊になっちゃったけど、お母さんはちゃんと成仏出来たのかな?」

 もしかしたらこの家のどこかにいたりして……っているわけないか。いたらここに来た時に会えただろうし、凛にだって『視』えたはずだもの。

 洋服ダンスに化粧台。飾ってある写真にぬいぐるみ。ベットに部屋の隅の本棚に机と一通り回って見てたけど。

「…………私の事なのに何も思い出せない」

 胸の前で腕を組んで、首を傾けてみる。

「『未練』かぁ……生きてる頃の私って何が一番したかったんだろ?」

 意味があるわけじゃないけど目を細めてもう一度ジーーッと部屋を見渡してみる。

「………………………………………………ふぅっ、やっぱりダメか」

 これは一旦、凛の所に戻るしかないみたいね。ちょっと恥ずかしいけど凛に頼んで部屋の物を調べてもらうしかないのかも…………。

「そう言えば今何時だろ?」

 部屋に来てからそんなに時間は経ってないと思うけど、お父さんと話を続けるのも少し難しい筈。それに話題が私の事しか共通点が無いからあまり恥ずかしい話とかされても困るし、何よりあの話をされてもしたら…………。

「あの、話…………?」

 私の中で引っかかったワンフレーズ。それが合図だったように激しい頭痛が。

「あっ、つっ……ぅぁっ!!」

 違う、頭痛とかじゃない。もっと体全体……ううん、『私』そのものを握りつぶされそうで焼き付くような痛み。

 一階にいる凛に助けを求めようと声を上げようとして、

「あっ…………り、凛……んっ!?」

体中を襲う痛みに声が出ない。

 痛みと一緒に流れ込んでくる断片的な映像。

「な、に…………っぁ!?」

(できたーーーーーっ!!)

 机に座って一枚の紙を天井に向けて掲げながら喜んでいる私。

(あとは―――の下駄箱に)

 顔を真っ赤にしながら誰かの名前を口にして何かを想像している私。

「こ、れ……って、っ」

 この記憶はいつの?こんなの私知らない。

 痛みが何かを急かすようにその激しさを増して意識が飛びそうになる。

「つっ!?」

(―――、びっくり―――だ、うなぁ)

 ううん、私は知ってる。この記憶は。 

(泣……も笑っ、……明日、れ!!し!!)

「っぅ」

 手に持っていた紙を綺麗に二つ折りにして白い便箋に入れ、封をする。そしてお母さんの写真が入った写真立てを手にとる私。

(―――に私の―――がと、ま――――――うに)

 期待と不安が入り交じった顔をする私。

 これは私が殺される前の記憶。

「っ…………ぁ」

 もう限界だった。痛みと記憶の濁流に最後の気力まで持っていかれて、意識が暗い暗い闇に溶けていく感じ。自分の全てが溶けてしまいそうな、そんな感覚に。

「…………り、ん」

 暗闇に溶ける直前、私は最後に映像に出てきた紫色の髪の男の子の名前を呼んだ。



 

「凛君、これなんてどうだい!?」

「さ、さすがですね」

 顔の筋肉が引きつるのがわかる。

「これは四歳の頃の写真だね、どうだい?可愛さの余り、ロリコンになっちゃいそうだろう?」

 誰が見ても顔が蕩けてて、アルバム片手に弾んだ声で危ない事を言っている。

「ははは、僕は普通に子供好きになんで」

「これは六歳だね!!こっちが卒園式でこっちが小学校の入学式!!凛君にも夏子のランドセル姿見てもらいたかったなぁ」

「いやー、僕はまだ年長さんだった頃なのでちょっと難しいかなぁ」

 笑顔なんてとっくに通り過ぎて引きつり顔で、現実的な答えを返す僕。

「で、こっちは一年生の時の運動会で、こっちは遠足!!それでそれでこっちはぁ」

 僕の答えなんて全く気にしていない様子でどんどん盛り上がっていく冬樹さん。

「ははははは」

 冬樹さんってこんな人だったんだ。

 お葬式と今日、会っただけだと聡明で穏やかな人ってイメージがあったんだけど……もう笑うしかないくらい親バカだ。今までクラスメイトのお母さんとかお父さんに会ったり話したりした事はあるけど、ここまで露骨に子供大好きって言う人はいなかった。

「あとは趣味でこんなのも作ったりしてたんだ!!」

 冬樹さんはアルバムをテーブルに置いて、ソファーの後ろへ体を向けてあるものを取り出した。

「どーうだいっ!?すごいだろ!!」

 冬樹さんが誇らしさ全開でテーブルの上に突き立てたのは、

「…………………………っ」

セーラー服を着た夏先輩(多分、中学生の時の)がプリントされた等身大の抱き枕。

 それを見た瞬間、僕は真っ白に燃え尽きた、気がする。

「これは中学生の時で」

「………………………」

 またソファーの後ろへ体を向けて、

「ジャジャーーーーーーーーーンッ!!」

喜びが感極まったのか、痛々しい効果音と一緒にまた抱き枕(それも二つ)を取り出した。

「こっちが小学四年生の時で、こっちが高校入学の時の夏子!!どうだい、喉から手が出るほど欲しくなるだろう!?」

「…………そのソファーの後ろってどうなってるんですか?」

 僕は冬樹さんのテンションを断ち切ろうと心の刀を振り下ろして、

「ちなみに抱き枕は0歳から一七歳まであるよ!!」

行き過ぎた愛情の前に脆くも砕け……粉末になった。

 僕は…………無力だ。

「どれか欲しい物はあるかい?記念に一つ」

「遠慮します」

 冬樹さんが言い終わる前に、なけなしの勇気と理性を込めた一撃で暴挙を食い止める。

「そうかい?…………残念だ、もし欲しくなったらいつでも言ってくれ。宅急便で届けるから」

「いえ、冬樹さんが大切に保管してください」

「大丈夫だ、凛君!!こんなこともあろうかと観賞用、保存用、布教用、万が一の在庫用と用意してあ」

「……わかりました。必要になったら連絡します」

 なんだろ、男の子なのに目からしょっぱい水が出てきちゃうよ?

「うん、連絡待ってるよ!!」

「…………………………」

 凄い、いい笑顔だ…………というか、なんでこんなに僕に勧めるんだろ? 

 肩をガックリ落とし、うな垂れてる僕。そんな僕に。

「…………とまぁ、こんな風に僕は元気でやってるよ」

 今までと違った声に僕はばっと顔を上げた。

「様子を見に来てくれたんだろう?」

「えっと」

 温かさ、厳しさ、冷静さ。そして全部を包み込むような深い優しさが伝わってくる姿に答えが返せない。

「最初に質問した時に答えてくれなかったからね、ピンと来た」

 冷めたお茶を一口飲み、

「煎れ直そう」

そう言って台所に行った冬樹さんの背中は凄く大きく見えて。

「………………」

 さっきまでの緩んだ雰囲気はなくなって、気まずさが一気に押し寄せてきた。

「フフッ、やっぱりそうゆう空気になるね」

 その気まずさを和らげようとしてくれたのか、冬樹さんが小さく笑って湯飲みを両手に戻ってきた。

「君は優しい子だって聞いていたし、何より今日会って強く感じた」

 湯気が上る湯飲みを僕の前に差し出してくれて、冬樹さんはソファーに腰を下ろした。

「最初から今まで、僕の様子……気持ちといった方が正しいかな。ずっと感じ取ろうとしてくれていたからね、ありがたいよ」

「そんな……」

「いや、実際こうやって誰かと笑って話せたのは夏子が死んだ日から初めてだった」

 気持ちを落ち着けようとしたのか、お茶を一口啜って湯飲みを握ったまま僕を見た。

「どんなに恨んでも、どんなに悔やんでも、どんなに願っても…………夏子はもう、ここには戻ってこない」

「……………………」

 コトッとテーブルに湯飲みを置いて、静かに話を続ける冬樹さん。

「ほんとは君が来るまで誰とも夏子の話をしなかったんだ。話してしまえば夏子が死んだんだと、もうこの世界にはいないんだと…………認めなければいけない」

 それからどれくらいの時間だったのか。短かったのか長かったのか、それすらもわからないほど重く深く悲しい沈黙。そして、その沈黙を破ったのは冬樹さんだった。

「すまないね、いい大人が愚痴なんて言って。未来ある高校生に聞かせるような話じゃないな」

 見ているこっちが痛みを感じるような笑顔。こういう笑顔はいくら見慣れても見慣れない。

「いえ、僕も同じような経験がありますから。大切な誰かを奪われる苦しみはそう簡単に割り切る事なんてできないですよ」

「君も?」

「はい、小さい頃に母を……」

「そうか、お母さんを」

「まぁ、昔の話ですけど」

 そう言って話を区切り、僕はお茶を啜る。

 やっぱり、気持ちの整理なんてつかないよね。僕なんか三ヶ月くらい引きこもってったし、それでお祖母ちゃんに心配かけたっけ。

「フフッ」

「?」

 突然、冬樹さんが僕を見て小さく笑った。

「っと……何か?」

「いや、すまない。夏子が言ってた通りだなと思ってね」

「夏先輩が?」

「ああ」

 冬樹さんは咳払いをして、僕を一瞥した。

「『見た目は子供みたいに可愛いんだけど、話をするとすごく安心感がある』ってね」

「安心感、ですか?」

 それだけ言って僕は自然と話題を変える。

「ああ、私の方がずっと年上なんだがね。君の方が大人みたいな感じがするよ」

「よく小学生と間違われたりもしますけど……そういう事言われたのは初めてです」

 実際、小学生みたいな見た目だからしょうがないけどちょっとは男としての風格みたいなものが出てきたのかな。

 僕は冬樹さんの言葉に「うーーーん」と首を捻って唸り、冬樹さんはそんな僕に優しく微笑みかけてくれて。

「はは、何故かな。よく考えてみると君か夏子の話ばかりしかしてないな」

「そう、ですね」

「折角来てくれたのに申し訳ないね。何か聞きたい事とかないかい?まぁ、私が話せる事と言えば医学の話とか」

「そういえばお医者さんでしたよね」

「外科医をしてる、まぁ今は長い休みをもらっているけどね…………医者ついでに今更なんだが」

「はい?」

「君の右眼、変わった瞳の形と色をしているね。そう言えば夏子の葬式の時は黒かった気がするんだが、カラーコンタクト?」

「いえ、これは生まれつきで。普段が目立たないように黒のカラーコンタクトをしてます」

 少し気持ちに余裕が出てきたのかな。まぁ、僕の右眼って結構目立つし話に出てこない方がおかしいんだけど。

「遺伝かい?」

「多分。髪と左眼は血筋なんですけど、右眼は家系的にも初めてみたいで」

「そうか、医者としての性分かな。ちょっと調べてみたい気もするけど」

 楽しげに苦笑いを浮かべて「まぁ、気になる事があったらいつでも病院に来てくれればいいよ」と一口お茶を口にした。

「あと夏子世代の子達と話が合いそうなのは動物とか」

「動物ですかぁ、僕も何か飼いたいんですけどね」

「あとは夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子とか夏子……」

 それからプラス三分くらい「夏子とか」と繰り返した後、とびっきりの笑顔で。

「どうだい?何か話が合いそうなジャンルはいあったかな?」

 夏先輩の話以外する気は絶対にないよね。

「夏先輩の事くらいですかね……………」

 冬樹さんの思惑というか本能というか…………どうしよう、いつまでも夏先輩の話だけじゃ持たないよ。間が、じゃなくて僕の理性の方が耐えられない。

「じゃあ、夏子の名前が何で夏子かというとね」

 そこからですかアアアアアアアアッ!?

 心の中で冬樹さんの親バカぶりに血の気が引いて、そこであることがふと思い浮かんだ。

「……………ぁっ」

「何か聞きたい事でも思い浮かんだかな?」

 僕が良いよどんだ様子に話を止めて、興味ありといった笑顔で聞いてくれた。

「あ、はい…………ひとつだけ」

「ひとつと言わず気になったこと全部聞いてくれ」

「ありがとうございます…………今から凄く、酷い事を聞きます。もし、もしの話です」

「うん」

 口が、言葉が、心が震えてしまう。

「もし、冬樹さんの中の夏先輩の記憶と引き換えに夏先輩が生き返れるって神様が言ったらどうしますか?」

 これはただの興味本意だ。

 僕の中ではもう覚悟したもの。でもそれはあくまで他人から目線で決められた選択。だからこそ僕は知っておきたいと思った。本当の家族が選ぶ選択を、本当に『家族』という絆で結ばれた人の意志を。質問はちょっと大雑把だけど大体内容はあってる。

「夏子を生き返らせる」

 一切の迷いのない答え。

 言葉だけじゃない。声も、瞳も、感情も。存在、神村冬樹としての存在そのものから感じる一切の迷いの答え。

「今まで夏先輩と過ごしてきた掛け替えのない大切な思い出を失ってもですか?」

「ああ、夏子が生き返るのに代価が必要なら、記憶でも命でも何でも持っていけばいい。私にとって夏子が生きている事以上に大切な物なんてないからね」

 やっぱり、夏先輩のお父さん。夏先輩が第一優先みたい、でも。

「でも、それじゃ生き返った後。夏先輩はどうするんですか?自分の事を忘れてしまっている冬樹さんに会ってしまったら凄く、悲しんでしまうと」

「いや、大丈夫だよ」

 冬樹さんは瞼を閉じて、そっと胸に手をあてて微笑んだ。

「記憶は失っても『心』で憶えている」

「『心』で…………」

 瞼を開いて、今度は僕を真っ直ぐ見つめて話を続ける。

「そうさ、たとえ神に記憶を差し出しても夏子を見守り続けてきた『心』までは差し出すつもりなんてないよ」

「……………」

「それに『心』まで神に奪われても絶対に夏子の事は忘れる事なんてあり得ないし、忘れてしまってもその時の私を四分の三殺しにしてでも思い出させる。だから」

 自分の想いを誇るように胸を張って、添えたてで胸をドンッと叩きく冬樹さん。

「大丈夫だよ!!」

 自信……ううん、これは『信念』って言った方が正しいと思う。どんな状況でも、どんな事態になっても、どんなに絶望的でも夏先輩が大切だって言う絶対に揺るぐ事のない強い想い。

「凄い、ですね」

 その姿と笑顔が凄く眩しく見えて。

「凄くはないさ、親って言うのは皆、そういうものさ」

「そうですね」

 心から尊敬できると思った。

「他には聞きたい事はないのかい?」

「ええ、特には……あっ、あと一つあります!!」

 僕も夏先輩に任せっきりにしないで未練の手掛かりを探さないと。

「あの夏先輩は亡くなる前に何か悩み事とかありませんでしたか?」

「悩み事?」

「はい、些細な事でも相談された事でも良いので何かありませんでした?」

「悩み事、か…………」

 ここまで夏先輩の事を大切にしている冬樹さんなら何か知ってるかもしれないし、何か相談されていたかもしれない。僕にできるのはこんな事くらいだしなぁ。

「凛君、最初に聞いておきたい事があるんだが……良いかい?」

「はい、なんでしょう?」

 冬樹さんは姿勢を正して、少し緊張した感じで言った。

「夏子とは何かあったかい?」

「何かって言うのは喧嘩とかですか?」

「いや、そういうのではないんだけど。なんて言ったら良いんだろ…………」

 何か言葉を選んでいるような素振りで冬樹さんは暫く考え込んで。

「…………約束、かな?」

「約束、ですか」

 ポツリと出た一言に思い出してみる。

 夏先輩が亡くなる前かそれ以前で夏先輩と約束した事ってあったけ?

 お昼ご飯を一緒に食べる約束も学校から一緒に帰る約束だって他の男子生徒の目が怖くて逃げるのを捕まって強制的に連行されてるし。そもそも約束じゃないし、でも約束って言われるとそれくらいしか思い浮かばないし…………。


(明日の放課後)


 ふいに夏先輩の声が響いたのと一緒に思い出す。

「あった」

 夏先輩がこの世界から外れてしまったあの日。

「どんな約束だったんだい?」

「夏先輩が亡くなった日……その次の日に放課後に話をする約束だったんです。けど結局その約束は護れなかったんですが」

「そうか」

 冬樹さんは僕の言葉に眉間にシワを寄せて、一言だけそう呟いた。

「…………………」

 それからまた冬樹さんは黙ったまま考え込んで、

「あの冬樹さん?」

僕の声に冬樹さんは顔をこっちに向けた。

「ああ、すまない。ちょっと私には想いあたる事はないな」

「えっ?じゃあ、何で」

「私にはないが、夏子のクラスメイトの子達にでも聞いてみてくれないか?仲の良い子達が何人かいたからその子達なら知っているかもしれない」

 僕が聞き返しそうになるのを防ぐように早口で言葉を並べる冬樹さん。

「親の私には話しにくい事だったりかもしれないしね」

「は、はぁ」

 僕は気の抜けたような声で冬樹さんの気まずそうな笑顔に答えた。

 何だろう?思い当たる事があったから今の質問があったはずなのに…………僕には知られたくない事なのかな?いや、知られたくない事だったら僕に確かめる事なんてしなくても知らない振りをすればすむ事だ。

「夏先輩のクラスメイトって言われても今は学校休みで……」

「ああ、そうか。すっかり忘れてたよ、ハハハハハ」

 乾いた笑顔。

 知られたくないんじゃなくて、話しづらい事なのかな?

「一応、学校に行ってみます。三年生は部活も最後の大会が近いので誰かいると思いますし」

「すまないね、力になれなくて」

 どこか安心したような苦笑いをする冬樹さん。

 あまり無理に聞き出すのも嫌だし、ここは一応アドバイス通りに夏先輩の友達にでも聞いてみよう。明日にでも夏先輩と一緒に学校に…………って。

「そういえば今何時ですか?」

「今かい?」

 だいぶ話し込んでいたから結構時間が経ってる筈、あまり長居するのも迷惑だろうし。

 僕と冬樹さんは壁に掛けてあった時計を見ながら、

「今は二時半少し過ぎたくらいだね」

「すみません、長居してしまったみたいで」

「いや、こっちこそ話に夢中で。話しに付き合ってもらってすまないね」

ソファーから立ち上がって。

「良かったらまた来てくれると嬉しいな、君と話しをするのは結構楽しいし」

「いえ、こちらこそ。また来ます、お茶ご馳走様でした」

「今度は夏子の部屋でも見せてあげるよ」

 冬樹さんは悪戯っ子みたいに笑って、

「ただ置いてあるのも何だし、夏子の下」

言い切る前に叩き落とそうと口を開いた瞬間。


 ――――――――――――ズキッ!!!!!!!!!!!!!!!!!


「づっ、ぁ!?」

 右眼に抉り出される、いやその方がまだマシだ。右眼をノコギリで切断されているような異常なまでの激痛。

 その激痛に脚の力が抜けて、その場に倒れ込む。

「あがっ!?ぐぅぁ、あああああああっあぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 視界が歪むとか、意識を失うとかじゃない。

「り……んっ!?」

 今すぐ右眼を抉り出さないと心が壊れてしまいそうだ!!

「ぐっ、ぁう……あがっ、ぎ、ううぅぅぅぅっ!!」

 力の入らない脚の代わりに何とか両手で体を支えて、右眼の痛みを紛らわせようと何度も床におでこを叩き付ける。

「ぐっ!!ぐっ!!ぐぁっあ!!」

 何度目かわからない頭突き。

(―――――――――――)

 何度も何度も何度も何度も叩き付けても、痛みなんか感じない。それどころかまるで頭突きの痛みを飲み込んでるみたいに右眼の痛みが強くなってくる。

「がっあああ、ぁ…………ぅぐ」

 もう一度床に頭突きをして、おでこを床に押しつけたままの姿勢で動くのをやめた。

(―――――――――――、っ)

「な、ん……だ、よっ。こん、なっとき、に」

(―――――ろ――――――っ)

 頭の中に響いてくる声。

(こ―――っ―――こ―――――こっろ)

 それと一緒に体に感じる圧迫感。

「な……っに?」

(――ろ―っ!!―こ――――――す――――――――――――!!)

 頭の中に響いてくる声がだんだん大きくなってくる。

 右眼の痛みもその声に応えるように痛みを加速させていく。

「がっ!?」

 まずい、何か近づいてきてる。

 右眼が痛む時はいつも幽霊が側にいる。それも痛みが強ければ強いほど良くないモノが来る。

 僕は何とか首だけ動かし、

「ふゆ、き……さん。ここ、からっ逃げ」

冬樹さんに声をかけようとして。

「ぁ……………っ!?」

 目に映る光景に思わず言葉を失った。

 何、これ?

 そこにいたはずの冬樹さんの姿はなく、かわりに世界そのものが変わっていた。

(こ――――――――――――――――――――――っ!!)

 目の前に映る世界は単純に『視』えた。

(こっ!!すっ―――――――――――ろ……っ!!)

 小さい子供が一生懸命に一枚の画用紙を塗ったような世界。

(こ!!―――――――――――ろっ…!!……す―――――――――――っ!!)

 いや、頑張って塗らなくても大丈夫。そう、きっとただソレをこぼすだけでも作れる世界。

(―――――――――――!!―――――――っ!!―――――――――――――――――――こ……っ!!)

 右眼だけじゃない。何の力もない普通の左眼、その左眼でさえ『視』える世界。

 もう右眼の痛みなんて感じない。いや、違う。感じている筈なのに……僕の眼に『視』える世界があまりにも大きすぎて痛みを飲み込んでる。僕の両眼に映るこれは、この世界は。

(ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す心す殺す殺す殺す殺すっ!!)

 単純に血で染め上げられたようなアカイ世界。

「っ!?」

 その世界を拒絶するように込み上げてくる嘔吐感に、僕は胃の中のものを全部吐き出した。

 でも、その拒絶も許してはくれないようで。

「ゴフッ!!ゴホッゴヴァッ!!」

 世界に触れた瞬間、アカク染まっていく。

「あっ…………………」

(ころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!!!!!)

 心がアカイ世界に、頭に響く声に飲み込まれそうになった時だった。



「やっと、見つけた」



 聞き覚えのある声に視線が顔と一緒に声のした方向を向き、

「セフィ」

 僕はその女の子の名前を呼ぼうとして。

「リ……………ア?」

 力なく手足をぶらつかせて抱えられている夏先輩の姿に、

「夏……先輩?」

ただ名前を呼ぶ事しかできなかった。

 セフィリアの夏先輩を抱えている右手は赤く染まっていて、そして反対の左手には刃を赤く染めた大鎌が握られていた。その光景に頭の中が真っ白になって。

「リンっ!!ふ―――な、い!!」

 セフィリアが僕に何かを叫んで右足を僕に向かって思いっきり踏み込んで、

「魂威っ!!『処刑人ディミオス』第二……放!!」

白銀の光を放つ大鎌を真横に振り払い、巨大な光の刃が放たれる。





 目の前に迫る光に、僕は目を閉じた。

 






 

 


 





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