――― 5月1日 午前 ―――
大変、遅くなりました。今回は三部構成でお届けします。
待たせておいて恐縮ですが4月30日に修正で長めに付け足しが増えました。ご面倒でなければもう一度後半だけ読んでこちらをお読みください。
「…………………」
どうしたら良いんだろう?
何の飾り気もに部屋の天井とにらめっこを始めて…………どれくらいだろ?昨日、セフィリアが居なくなってしばらくしてからずっと今の状態。徹夜をしたのに頭は不思議なくらいハッキリしてる。
「母さんならどうするかな?」
ベット脇の棚に置いてある写真をとって 小さい頃の僕を優しく抱き上げてる母さんを見つめる。
「生き返っても誰も自分のことを憶えてないのって辛いよね」
他の人と違って幽霊が「視」える分、特別なところもあると思う。けど、どんなに特別だったとしても結局僕は人間でそれ以上のことは何も出来ないんだ。
「僕にできること、か……………」
(女の子を泣かせちゃ駄目よ)
突然、母さんのその言葉が頭の中に浮かんで。
「…………そうだね」
母さんが死ぬ前の日、添い寝をしてくれた時に約束したことだ。
(どんなに自分が辛くても苦しくても誰かを泣かせることはしないこと。特に女の子は絶対泣かしちゃ駄目よ)
母さんが死んでからずっとこの約束を護るのに必死だったけど。この前、夏先輩を泣かせてしまったから約束を破ったことになるのか……………。
「まいったな……約束、護れてないや」
ベットから跳ね起きて、母さんの写真を元の位置に戻して立ち上がる。
「もっとしっかりしなきゃ」
頬っぺたを思いっきり両手で叩いて、鋭い音と一緒に強烈な痛みが走って少し涙目になった。
よし!!気合い充填!!
「まずは」
夏先輩に会いに行こう。昨日の事で落ち込んでるだろうし…………少しでも元気付けてあげないと。
頬っぺたを強く叩きすぎた事を少し後悔しながら部屋を出て、一先ず一階に降りた。降りたと同時に二人がいるであろうリビングに向かおうとして後ろの和室から和気藹々な二人の声が聞こえてきて、和室の襖を開ける。
「二人とも何か楽し」
「可愛いーーーーーーーっ!!」
僕の声を押しのけて夏先輩の奮える声が家中に響いた。
「ワシ的にはコレなんかお気に入りなんじゃが」
今度はお祖母ちゃんの満足そうな声が聞こえてきて僕は耳を抑えてながら二人の後ろから覗き込んだ。
「二人とも何を見て…………って!?」
僕は二人が見ていたものに思わず見開いた。
二人の手元、机の上には何冊ものアルバムが乱雑に置かれていて、
「な、ななななななっ」
小さい頃の僕が写っていた。
「何見てるの二人とも!?」
「おぉ、凛いたのか?」
「あっ凛、おはよう」
二人とも満ち足りてる顔で僕を見上げ、僕はそんな二人にもう一度問い掛けた。
「何で昔の写真なんて、それも僕のじゃないか!!」
「いや、特に理由はないんじゃが無性に見たくなっての。押し入れから引っ張りだしたんじゃ」
「今も可愛いけど、もっとこんなに可愛いときがあったんだぁ」
夏先輩は頬っぺたをほんのり赤くして、アルバムを見ながらうっとりしていた。
「夏子さんや、コレなんか悩殺もんじゃぞ」
「悩殺って!?」
「どれですか!?お婆様!!」
夏先輩はお祖母ちゃんが指差した写真に食らいつくようにすりよってまた興奮で奮える声で言った。
「もーっ!!どうしてこんなに可愛いの!?」
そこには三歳の僕がお祖母ちゃんの着物を掴んでいる所が写っていて、恥ずかしくてちょっと泣きそうになってきた。
「当然じゃ、ワシの孫じゃからな!!」
お祖母ちゃんは威張って小さい胸をムンッ!!と張り、
「もう!!恥ずかしいんだからやめてよ!!」
僕は二人からアルバムを取り上げようと二人の間を割って腕を伸ばして、それをお祖母ちゃんの手が止めに入る。
「っ!?お祖母ちゃん!?」
左手首を掴まれ、物凄い力で床に押しつけられた。
「凛や、おぬし…………誰のおかげで飯が喰えとるんじゃ?」
僕と同じで童顔の筈なのにそこからは年相応というか、鬼とか悪魔みたいな殺気が滲み出た顔で問い掛けてきた。
「お祖母ちゃんのおかげです」
情けない事に即答する僕。だって仕方ないよ、もう左手が紫色になってて感覚がないんだもん。
「わかっておるなら黙って座っておれ」
「はい」
僕を説き伏せて(実際は暴力政治)納得したらしく、また夏先輩とアルバムで騒ぎ始めた。
僕はと言うと黙って座ってるのも気まずいので、
「お茶、煎れてくるね。お菓子は何でも良い?」
さり気なくその場から離れる事にした。
「おぉ、すまんの。食器棚の一番上の引き出しに羊羹が入っておるからの」
「はいはい、じゃあちょっと待ってて」
迅速に立ち上がり、リビングへ。
奥から聞こえてくる黄色い声はなるべく聞かない事にして、お茶っ葉と急須を出し一人分のお茶っ葉を入れてポットからお湯を注ぐ。いつもなら茶葉の風味を壊さないようにちゃんとお湯を沸かして煎れるのだけどお祖母ちゃん一人分だし、先程の仕返しと言うわけではないけど手間をかけたくなかった。
最初のお茶を少しだけ流し、残りを湯飲みに七分目まで注ぐ。
湯飲みを脇によけ包丁とまな板をしたの棚から取り出して、食器棚の所へ。
「えっと、羊羹は……あったあった」
お祖母ちゃんに言われた通り一番上の引き出しから羊羹の箱を取り出して台所へ戻る。
箱から羊羹を取り出して更に包装してあった袋を破き、一口大に羊羹を切って小皿に乗せた。
「………………」
夏先輩、無理してるな。
高校からの付き合いで一年ちょっとだけど、あんな風にはしゃぐ夏先輩は初めて見る。まぁ……本当に可愛いいって思っているだけかもしれないけど昨日の今日でと考えると、ね。
「あれ?」
ふと二人の声が聞こえてこなくなった。
「どうしたんだろ」
ちょっとした引っ掛かりが気になって二人の所に戻る。
「二人供、どうかしたの?」
襖を空けながら二人に問い掛けると、お祖母ちゃんは寂しげでどこか懐かしそうに写真を見つめていて、夏先輩は正に息を呑んで一枚の写真に釘付けになっていた。
「…………綺麗」
夏先輩の羨望に満ちた声に僕はゆっくりとお祖母ちゃんの前にお茶を置いた。
「その写真、懐かしいね」
僕は羊羹をお茶の横に添え、夏先輩の後ろに座った。
「ベットの横にも合ったけど……この人」
「母です」
二人が釘付けになっていた写真。それは母さんが赤ん坊の僕を抱っこしている写真だった。
「お母さんからの遺伝だったんだ」
「はい。母も生まれつき変わった髪と瞳の色をしてて」
僕と同じ紫色の髪と紫色の瞳。そして惜しみない愛情で溢れてる笑顔。
「優しい母でした」
僕は懐かしむように笑って、
「そう、なんだ」
夏先輩は気を使ってくれたのかそれ以上母のことを口にしなかった。
僕も母が死んだ事はもう随分前に話してあったし細かい事までは説明したくなかったし、違う話題に持って行こうかと思ったのに。
「少し寂しい気もします」
思わずそう言ってしまった。
「えっ?」
「いえ、右眼で幽霊が『視』えるのに幽霊になった母の姿を『視』たことがないんです」
「それって」
「ええ、ちゃんと成仏して天国に行ったんだと思います」
正確には『魂』そのモノを持って行かれた、と言うのが正しいけど今は関係ない。
「でも、何でこんな力があるのに母さんは『視』る事ができないだろう?って悩んだ時期もあったんですよ」
僕はあまりにも無力だった。
「他の幽霊はたくさん『視』れても、母だけは『視』れない…………こんな力に何の意味があるんだろう?こんな中途半端な力あったって何の意味も無いんじゃないかって」
でも、それは今も変わらない事実。だから、少しだけ酷い事をすると思う。
「たくさん悩んで悩んで…………悩み抜いて」
「……答えは出たの?」
「いえ、出ないまま今まで来ちゃいました」
夏先輩は僕の痛みを共有しようとしてくれているのか、何かに耐えるような様子で僕を見つめてくれていた。僕はそんな夏先輩に心の中で謝った。
夏先輩、ごめんなさい。
「僕が幽霊を『視』えていても幽霊に触れる事ができても幽霊と話ができても、僕が幽霊してあげられる事なんて結局何もないのかもしれません」
「そ、そんなこと…………」
「でも、これだけはハッキリ言えます」
もしかしたらこれは僕の思い上がりからの勘違いかもしれないけど。それでも僕にできるのはこんな事くらい。
「幽霊でも、僕にはその人の重荷を少しは一緒に背負ってあげられるんじゃないかって」
夏先輩の顔を真っ直ぐに見つめて、
「全部は背負えるなんて思ってません、むしろ全部背負えるって思う事が間違っているかもしれないんです……でも、そうじゃなくて」
そっと夏先輩の頭に手を置いた。
「り、凛?」
夏先輩はいきなりの事で驚いてるのか、顔を赤くしてあたふたしていたけど構わず話を続けた。
「幽霊になっても結局、その人はその人で。怒ったり、泣いたり、笑ったり、悩んだり…………生きてる僕達と何も変わらない。だからせめて『視』えてる僕くらいその人達と一緒に怒って、泣いて、笑って、悩んで……一緒の時間を過ごせたら、それは意味のあるもの何じゃないかって」
たとえそれが唯の自己満足だと非難されても、僕は願う。
「だから夏先輩」
昔、母さんにしてもらったように夏先輩の頭を優しく撫でて。
「夏先輩がこのまま幽霊のままで良いって思っているなら僕は夏先輩が地縛霊にならない方法を探してみせます。でも、やっぱり生き返りたいって思うなら僕はそれを全力でサポートします」
「……でも、ね」
「わかってます」
夏先輩が何を言おうとしたのかは何となく、というか確信かな。
「生き返ってしまったら夏先輩の事をみんなが忘れてしまいます。今まで過ごしてきた大切な人達との掛け替えのない思い出……僕だってそんな事になるならって思います。でも、そうならない方法を探してみせます」
「そんなの……無理よ!!神様だって方法なんて無いって言ってたじゃない!!」
「たしかにそう言ってました」
「そう、でしょう!!神様だって無理なのに凛にできるわけ無いじゃない!!」
夏先輩は僕の手を振り払って、勢い良く浮き上がる。
さっきまでとは別の感情に震える声。
「確かに神様に出来ないことが僕に出来るなんて、そんな甘い事考えてません」
「考えてるからそういう事が言えるのよ!! 」
今まで溜め込んでいたものを吐き出すような口調が物語ってる。どんなに平気な顔をしていても心の中ではずっと苦しんでいた。
未練を思い出せない焦りに地縛霊になってしまうかもしれないという不安。そんな中で生き返る事が出来るっていう希望を見せられて、それと引き換えに失ってしまう大切な思い出への葛藤。きっと生きている僕なんかが理解できるはずがない大きな暗闇の中で戦っていたんだ。
「聞かれたことには答えるけど、聞かれないことには答えない……………セフィリアがそう言ったの憶えていますか?」
「憶えてるわ、昨日の今日だもの。忘れるわけないじゃない」
落ち着こうとしているのか、声は震えるていたけど声量を抑えて返事を返してくれた。
「じゃあ、僕が皆が夏先輩を忘れないようにすることは出来ないの?って質問した時は何て言ったか憶えてますか?」
「ええ、全員が憶えているのは無……って!?」
夏先輩が気付いてくれたみたいで、僕は本の少しだけ口元が緩むのがわかった。
「全員が、って言いましたよね」
そう、あの時セフィリアはそう言った。
「もしかしたら駄目かもしれない、でもあの時に僕は誰か一人でも憶えてることは出来ないの?って聞かなかったんです」
色んな事を言われて頭がの中がぐちゃぐちゃになっていて正直、諦めかけてたところもあったし。
「可能性はまだ残ってます。でも、それが駄目でも」
僕は夏先輩に嘘偽りない気持ちを伝えた。
「他の皆が忘れてしまっても僕だけは絶対に夏先輩の事を憶えてます」
その為に何か代償が必要だというのなら、僕からならいくらでも持っていけば良い。
「………………そんなの、わからないじゃない」
夏先輩は顔を見られたくないのか伏せたまま消えてしまいそうな声で呟いた。
「そうですね、でも夏先輩」
そう言って僕はまた夏先輩の頭を撫でて、夏先輩がまた笑顔でいてくれるように精一杯笑って見せた。
「嫌だって言っても、忘れてあげませんよ?」
それは夏先輩が望んだ答えにはなっていないけど、今の自分にはこれが精一杯の答え。
「……して」
「えっ?」
「約束して」
夏先輩は顔を上げて、僕の手をそっと掴み胸の前で両手でぎゅっと握る。
「約束して、絶対に私の事忘れないって……絶対に憶えてるって」
僕の手を握っている両手から伝わってくるのは死んでいるはずなのに暖かくて柔らかい感触。あんな理不尽な事が起きなければずっと大切な人達と一緒にあった温もり。
僕は夏先輩の想いに、願いに誓うようにもう一度口にした。
「はい、憶えています。世界中の誰もが夏先輩の事を忘れても僕だけは夏先輩の事を憶えています、絶対に」
握られた強さと同じくらいに自分の気持ちが伝わるように夏先輩の手を握り替えして、
「…………」
「…………」
僕と夏先輩は互いに無言で見つめ合ったまま。
「コホンッ!!」
僕達の沈黙を突然、一切の遠慮など無い咳払いが突き破った。
僕と夏先輩は咳払いが聞こえてきた方に顔を向けると、お祖母ちゃんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「いやぁ、ラブラブじゃのう」
お祖母ちゃんのその一言で僕と先輩の顔が一気に赤くなって。
「何故じゃろうな?憶えてる憶えてないの話じゃったのに愛の告白のようじゃったのぅ」
僕と夏先輩はその言葉にハッとなり、互いに手を放して。その様子にお祖母ちゃんは口元を手で隠し、これ以上ないくらい楽しんでると言った顔で笑っていた。
「いや!!これは愛の告白じゃなくてっ!!」
「いやいや、ご馳走様……とでも言っておこうかの」
「ぐっ」
自分でもハッキリと顔が赤くなっているのがわかって、
「夏先輩も黙ってないで何かっ!?」
夏先輩に助けを求めようとして。
「こ、告白…………っ!!」
茹で蛸を通り越してもはや、機関車のように頭からモクモクと湯気が出ていた。
「な、夏先輩」
「で、曾孫はいつになりそうじゃ?」
「ひ、曾孫!?」
よっぽど面白いのか、追い打ちをかけるようにお祖母ちゃんは夏先輩にすり寄り、
「お祖母ちゃん!!いい加減にしないと怒るよ!!」
「ワシはただ曾孫の顔を見たいだけじゃ!!」
僕はお祖母ちゃんの肩を掴んで夏先輩から引っぺがした。
「り、凛!!あのね」
不意に夏先輩の声に僕は心臓が飛び跳ねて。
「なん、何ですか!?夏先輩」
「あのね、いきなりで悪いと思うんだけど……行きたい所があるんだけど」
「なんじゃ、ラっぶぁ!?」
瞬間、僕はお祖母ちゃんの下顎を上に跳ね上げ言葉をちぎる。
お祖母ちゃんは多分、舌を噛んだのだと思う。体を震わせて口を押さえながらその場に蹲った。
「どこに行きたいんですか?」
夏先輩は僕の動きに驚いていたようだったけど、僕は何もなかった顔で夏先輩に問い掛けた。
「う、うん…………私の家なんだけど」
「先輩の家、ですか?」
「うん…………ダメかな?」
夏先輩は恐る恐るといった感じで上目遣いで僕を見る。
夏先輩の言い分はもっともだ。僕が夏先輩と一緒に行動してからというもの、一度も先輩の家に行っていない。未練を探している今の状況としては最有力候補の一つであることに代わりはない、それに。
「お父……冬樹さんですね」
「うん。お父さんどうしているのかな、って」
やっぱり死んでしまったと言っても先輩は間違いなく冬樹さんの娘である事に代わりはないし、家族の事を気遣うのは当然の事。それにもしかしたら未練を思い出す切っ掛けになるかもしれない。
「……行きましょう、夏先輩」
「いいの?」
「はい!!すぐに着替えて準備しますから、ちょっと外で待っててもらって良いですか?」
「ありがとう!!私、外で待ってるね」
夏先輩は花が咲いたように明るくなって、意気揚々と襖をすり抜けていった。
「ふぅっ…………」
僕は小さくため息を吐き、襖を開ける。そして。
「お祖母ちゃん、ありがとう」
襖を開けた状態のまま、蹲っているお祖母ちゃんに心からの感謝を込めて言った。
「…………何の事じゃ?」
「夏先輩の事だよ」
お祖母ちゃんは惚けてはいたけど、あのちょぅっとした間が教えてくれた。
「夏先輩を元気づけようとして、ああしてくれたんでしょ?」
「ワシはただ無性にアルバムが見たくなっただけじゃぞ」
「ふーん、そうなんだ。僕の勘違いかな?」
「あぁ、そうじゃよ。それは凛の勘違いじゃよ」
「そう」
「そうじゃ」
僕はお祖母ちゃんとの遣り取りに自然と口元が緩んで、もう一度言った。
「ありがとう、お祖母ちゃん」
今度は返事は帰ってこなかったけど、それでも良かった。
僕は和室から一歩廊下に出た時。
「気をつけてな」
後ろからかけられたこの言葉に確信した。
「わかってるよ。行ってくるね」
「おぅ」
顔を合わせはしなかったけどきっと僕とお祖母ちゃんは同じ顔してるって。
今日も天気が良いなぁ。
死んでいるから、もう鼓動は感じないけどじんわり胸の辺りが温かくなるのを感じた。
「…………凛」
さっきの遣り取りを思い出すと、また顔が熱くなってくる。
(世界中の誰もが夏先輩の事を忘れても僕だけは夏先輩の事を憶えています)
凛が私に向けて言ってくれた言葉。
「世界中っていうのは言い過ぎじゃないかな」
言葉とは裏腹に心は凄く満たされてる。
たった一言なのに、自分の全てを包んでくれるようなそんな安心感。生きていた時でさえこんなにも誰かの言葉が心に響いた事なんて無かったと思う。
「………………」
余韻に浸りながら空を見つめて。
(曾孫が見たいんじゃ)
突然、蘭さんの言葉が頭にフラッシュバックして、また体中が熱くなる。
「曾孫…………か」
今自分は死んでしまっているけど、もし生き返って凛と結婚して子供ができたら。
「可愛い子が生まれるのかな?」
不意に言葉にしてしまった後に猛烈な恥ずかしさが襲ってきた。
「いや、たとえばの話でっ!!これはその、凛と結婚とか恋人とかっていう関係でもないし私は全然そんな凛と私の子供だったら絶対に可愛いっていう自信があるっていうか」
そこまで言ってハッとなって蹲った。
何言ってんだろ、私。全部唯漏れ……。
自分以外に誰もいなくて助かった。こんなこと誰かに聞かれでもしたら。
「って、私死んでるし」
さっきから訳のわからない自問自答をしている自分に嫌気がさして。
「こんな事になるならあの時、っ!?」
唐突にこめかみに釘を打ち込まれたような痛みが走って、
「いっ……っつう。何?今の」
痛みが走ると同時に頭の中に何か映像みたいなものが映って。
「あれは……」
微かにだけど映像には誰かの顔が映し出されていて、その人物の顔を思い出そうとして後ろからドアが開く音がして、反射的に後ろを振り向いた。
「夏先輩、お待たせしました」
「早かったね」
「そうですか?」
「私は誰かと出かける時は十五分くらい身支度に時間がかかるけど、男の人はそうでもないみたいね」
私は見えない事を良い事にある事を思いついた。
「さぁ、行きましょうか……って!?夏先輩!?」
「いいでしょ、どうせ凛意外には見えてないし」
凛は私がいきなり腕を組んだ事に大慌てで、
「いや、そうかもしれませんけど」
凛の口を封じるのに思いっきり胸を腕に押しつけてみた。
「なっ!?」
「ほら、早く行こう!!」
案の定、凛は顔を真っ赤にして黙ってしまった。
私は凛に顔を見られないようにちょっとだけ前に進んで、歩いてる真似をしてみる。
きっと凛ほどではないと思うけど私の顔も赤くなっていると思う。
「………………」
「………………」
それから家に着くまでずっと黙ったままだったけど、互いに触れ合っている熱の感触が心地よかった。