――― 境界世界 黒と紅の舞台・四 ―――
三ヶ月ぶりの更新で済みません^^;
――――――――同時刻、もう一つの戦場。
黒と紅に染め上げられた世界。
その世界を殴り、切り裂き、貫き、蹂躙する雷と炎の霰弾。
雷撃と炎撃が世界に刻まれる度に大気が悲鳴を上げて、まるで世界の死を見せつけられているような感覚に襲われる。
そんな世界の死の際で足掻くように浮かぶ大地に突き刺さる幾つもの巨大な氷柱。
「くっ!!」
入り乱れるように突き刺さった氷柱の間で、私は『処刑人』を腰だめに構えて、
「神威『第二位』解放っ!!」
白銀の刃が形成されると同時に、私を取り囲むように突き刺さった巨大な氷柱を全力で薙ぎ払った。
白銀の閃光に切断された氷柱は切断面から魔力の粒子と代わり、粉々に砕け散るように柱に消え散っていく。
私は『処刑人』を右脇に構えて、開けた視界に映った三人の敵を見据える。
「はやくエリスの所に行かなきゃいけないっていうのに……邪魔なのよ、アンタ達!!」
救援にいけない苛立ちと、元同僚との命がけの戦闘という理不尽かつ非情な緊迫感に、額に嫌な汗が滲んで、
――――――ドォンッ!!
と、上空から降り注ぐ轟音に緊張感に拍車が掛かる。
私は三人の敵に注意を向けつつ上空を見上げ、
「ランさんっ!!」
苦悶の表情で紫電を纏うランさんと爆炎を奏で振るう死神の女を瞳に捉える。
互いに一撃必殺と言える馬鹿げた攻撃をいなし、かわし、即座に反撃。一瞬の油断も躊躇いも許さない刹那の攻防。
その悲観するしかない桁違いの攻防は正に死闘で、自分の戦いが子供のごっこ遊びみたいに感じてしまう。
その凄絶な戦いに私が自分の未熟さを噛みしめていると、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ランさんの咆哮じみた叫びが槍のように世界に突き刺さって――――刹那、紫電と爆炎が大気を薙ぎ払う。
「っ!?」
その余波は凄まじいの一言で灼熱感を帯びた衝撃波が浮遊大地を揺らして、体全身を焼かれているような錯覚に襲われると――――ドッ!! と、荒い着地音がすぐ脇で響いた。 私は音のした左隣へ顔を向けて、そこに立っていたランさんの様子に目を見張った。
愛らしい幼女のような顔立ちは額から首元まで汗塗れ、、着物も煤まみれで右袖と左足の布は高熱で溶けていて、そこから見える真っ白な細腕と脚には少しだけど火傷をしていた。
「ランさん、大丈夫ですかっ!?」
「さすがに、魔力を吸われとる状態では……あ奴の相手はしんどいのぅ」
その言葉通り、疲労から呼吸は荒くて額からほっぺに流れる汗を拭うランさん。
「すみません、私が援護できれば…………」
「ない、謝らんでもえぇ。同レベルの相手を三人も抱えさせておるんじゃ、こっちが謝らんといかんて………っ」
「魔力を吸われて私の何倍も辛い状況で戦ってるんですからそんなこと言わないでください」
「全く、あと二十年わかければどうと言う事もなかったんじゃがなぁ…………」
ランさんは苦笑い混じりに大きく息を付いて、背後から感じる魔力の変動に眉を寄せる。
「凜の魔力がだいぶ減ってきておる。あまり時間を掛けたくないところじゃが…………」「はい。エリスほ魔力もかなりぶれてるし……これ以上は時間を掛けたくないところですね」
私は焦りに『処刑人』を構え直して、
「【煉獄境界】の影響下でこれだけ戦えるなんて…………ほんと化け物じみてるわね、『殲滅』」
それを嘲笑うように弾んだ声が上空から響いた。
「それにベェルフェールも同格の相手三人に良く立ち回る……ほんと感服するわぁ」
「ハッ!! アンタに褒められても嬉しくないわよ!!」
「あらあら? 敵だとはいえ、賛辞は素直に受け取っておくものよ?」
優しげな面持ちと声音。でも、そこから滲み出るのは体を嬲るように突き刺さる強烈な殺意。
そしてその殺意を喰らうように魔力が爆発的に跳ね上がって、
「来るぞ、セフィリア!!」
「はいっ!!」
女達を迎え撃とうと身構えた時だった。
――――――――――背後から殺意に満ちた世界を切り裂く魔力の刃が煌めき発った。
「あら?」
その鮮烈な魔力の煌めきに驚きの声を出す女。
そして私とランさんも弾かれるように後ろを振り返って、
「何じゃ、この魔力は!?」
「エリスッ!!」
驚きに目を見開くランさんに答えるように、肌を裂く魔力の気配に叫ぶ私。
「この魔力、エリスのものじゃとっ!?」
「はい。この魔力の上昇率は…………『虹の陽炎』の神威『第一位』を解放したみたいです」
「な、なんと…………『第一位』解放を成すとは、それもあの歳で」
驚きと呆然、その二つに気の抜けた声を出すランさん。
ランさんが驚くのも無理はない。
法具を持たない死神は言うに及ばず、法具を持った死神と言うだけでもその価値は破格。
法具固有の力である【神威】は七段階の解放域を持っていて、法具持ちの死神の多くは良くて『第三位』。そこから更に血反吐を吐くような修練と人生の半分以上を掛けて『第二位』に到達する。
そして神威『第一位』は人生全部を掛けても到達できるかわからない死神の極地、至上の到達点とも言われる領域。
私の知る限り、『神界』の長い歴史の中でも『第一位』に到達できたは二十人もいない上に、今『神界』にいる死神の階級関係なく合わせている約五千万人。その中で神威『第一位』に到達している死神は片手の指分だけ――――――その内の一人がエリスだ。
「でも、解放はできてもまだ完全に制御できるわけじゃなくて……本当の奥の手でしか使えないはず」
「ならば、あちらは儂等が思っている以上に切迫しているという事か」
感嘆から苦い表情で魔力の光刃を睨むランさん。
「へぇ、貴方の妹さん。神威を『第一位』まで解放できるのね」
そこへ何故か弾んだ女の声が響いて、
『っ!?』
首に鋭い衝撃が奔るのと同時に視界を爆炎が焼き尽くして、轟音が耳を劈いた。
「がっ!?」
そのまま首を締め付けられ、足下から地面の感触が消えた。
「くっ!? セフィリア!!」
足下から聞こえるランさんの声に私は自分が上空にいるんだと認識して、
「今、助けに……ぐっ!?」
ランさんの声を遮るように爆音が聞こえ、三つの魔力が激しく動くのがわかる。
見えないけど多分、あの三人がランさんに攻撃を仕掛けてる。
ランさんに向かった注意を引き戻すように喉を締め付ける力が強まって、
「姉妹ありきで判断するのは馬鹿らしいのだけれど……妹が『第一位』を解放できるって事は、姉である貴女も解放できるのかしら?」
すっとぼけた表情で私の顔を覗き込む女。
「だっ、たら……何だって、いうのよっ!!」
私は女の問い掛けに答えると同時に、首を鷲掴みにしている女の手を『処刑人』で切り落とそうと右手に力を込めて――――瞬間、右肩に小規模に収束された高密度の魔力を感じて、それと同時に皮膚が内側から爆発した。
「あがっ!? あぁっ、あああああああああああああっ!?」
内側から弾け飛ぶ感触とそれを焼き尽くすように襲う灼熱感。その二重の激痛に思考がグチャグチャにかき乱されて、握っていた『処刑人』を手放してしまう。
「あまり無駄な事はしない方が懸命ね」
呆れ混じりの女の声に従うように、足下から地面にドッ!! と『処刑人』が落ちる音が響いた。
「ぐっ……………」
激痛に喉から突き上げる悲鳴を堪える私を、女はまるで予想外の幸運に出会ったように目を輝かせながら見つめていた。
「法具持ち、それも神威『第一位』に到達、解放できる死神って凄く貴重なのよねぇ。色々と使い道が増えて嬉しい限りだわ」
「使い、道?」
「えぇ、私達側からすれば貴女と妹さんは貴重な素材。それもベェルフェールの血統だなんて破格……いえ、奇蹟と言っても良いくらい」
芝居がかった口調でわざとらしく唇を舐める女。だけど、興奮しているのは確かなようで、私の首をしめる力が強まって、
「ぐがっ!?」
「殺すつもりだったけど予定変更。生かしたまま連れて行くわ」
そういうと女は左手に持っていた法具――――――『指揮者』を私の胸、心臓へ何の躊躇いもなく深く差し込んだ。
「カッ!? ハッ……ッ!?」
差し込まれた筈の心臓に広がるのは強く握られているような圧迫感。そして心臓から
はもっと深い何かを掴み取られたような不快感が全身に広がって、
「ナ、ニ…………ッ?」
「少しだけ眠って貰うわね」
その一言と一緒に心臓の中で女の魔力が膨れ上がって、体の奥から揺さぶられるような感覚に意識を引きずり込まれ掛けた時。
「――――――させんっ!!」
ランさんの咆哮と同時に目映い雷光が瞬き、女の腕を両断する用に雷の柱が突き上がった。
「っと」
女は両腕を切断される寸前で私を放し、
「あと少しだったのに…………邪魔しないでくれる?」
「ほざくでないっ!!」
怒号が耳元で荒ぶると、背中に感じる細くも力強い温かい感覚が包み込んでくれた。
私は引きずり込まれ掛けていた意識を引っ張り上げて、すぐ脇にあったランさんの顔を瞳に映す。
「ラン、さん…………」
「寸でのところで間に合ったのぅ…………セフィリア、大丈夫か?」
「な、なんとか…………」
「そうか…………」
と、安堵に表情を緩め小さく息を吐くランさん
そしてそんなランさんを諭すように女の声が上空から降ってきて、
「もう殺すつもりはないんだから、それほど必死に護らなくたって良いのに」
「何をふざけた事を……お主の目的が変わったところで、ろくな事にないのは明白。それがわかっていて護らん馬鹿がどこにおるっ!!」
「まぁ、邪魔されるのは当然と思ってるから別に構わないけど…………『殲滅』、貴女はここで殺すわよ」
余裕一杯の表情でタクトを構える。
そしてランさんに蹴散らされた三人の死神もどきも私達を取り囲みながら、魔力を収束させていく。
「くっ…………」
私は倒れている場合じゃないと揺れる意識の中で立ち上がろうとして、
「よい」
らんさんに肩を押さえられ、地面に座らされる。
「ラ、ランさん?」
「あとは儂がやる。お主はここでジッとしておれ」
戸惑う私を見下ろしながら立ち上がるランさん。それから私から少しだけ離れるように前に出て、着物の左袖から三枚の札――――式符を取り出し投げた。
投げられた式符は私と中心に三方向に広がり飛んでバチッ!! と紫電が瞬いた。
その瞬間、私を周囲と切り離すように円状の淡い青い光の結界が張られ、
「少しばかり大事になるでな……その中にいれば安心じゃぞ」
顔だけ振り向かせ、安心させるように優しい笑顔を浮かべるランさん。
でも、その笑顔は疲労と汗にまみれていて、力強いとは言えなかった。
「一人で戦うなんて、無茶ですっ!!」
私は張られたフラつきながらも立ち上がって結界に両手をドンッ!! と殴りつけた。
「出して、下さいっ!! 私も、戦いますからっ!!」
「まぁ、の。じゃが、お主は立つのがやっとの状態。お主を庇いながら戦うには少し難儀な相手、それに凜達も危うい状況じゃし…………悪手ではあるが今はコレが最善じゃろうな」
ランさんはそういって正面へ顔を戻して、
「体にかなりの負担がかかってしまうが、四の五の言ってられん…………本気でいく」
両手をだらりと下げ、自然体のまま女を見上げた。
そして、その様子に女は何かを感じ取ったのか『指揮者』へ魔力を収束し始める。
「あら? 今までも結構本気だったと思うけど……」
「あぁ、全力で殺すつもりじゃったぞ」
「全力だったというのなら、それは本気だったって事じゃ……」
「全力と本気は別物じゃぞ」
女の言葉を切り捨てるようにランさんの声音から熱が消えて、瞬間。全身を駆け巡る怖気に脚から力が抜けて、地面に座り込む私。
「な、に…………?」
ランさんから感じる初めて味わう得体の知れない不安……ううん、恐怖に上手く声が出てこなくて。
今までずっと殺意まみれの笑顔を浮かべていた女も、初めて表情が緊張に強張った。
「今までは殺すつもりじゃったが、今度は――――」
感情の感じられない酷く冷淡で無機質な声が冷徹な音の波となって世界に響いて。
「――――――滅ぼすつもりでいく」
黒と紅の世界を嬲り上げるように、銀の雷光が瞬いた。
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――――――――舞台はエリス、神威『第一位』解放直後へ遡る。
「神威……『第一位』解放、ですって?」
ジュリアさんの体を依り代にした『煉獄支柱』の女が愕然とした表情で呟いた。
「その歳で解放できるだなんてとんだ化物がいたものね……」
女は私が握る『虹の陽炎』をキッ!! と睨み付け、呻くように問う。
「でも、力の制御ができてないのかしら? 刀としての形を保っていないわよ?」
「力の制御ができていないのは認めよう……だが、これが『虹の陽炎』本来の姿だ」
皮肉ぶった問いかけを切り捨てるように答え、私は柄を握る右手に力を込める。
本来の姿だと言ったものの、自分でも直に柄を握っていなければただ幻と疑ってしまうだろう。
神威『第一位』を解放した『虹の陽炎』――――それは端から見れば柄の頭から刃の切っ先まで、名の通り陽炎の様に揺らめく淡い光の塊のようにしか見えない。だが、右手から伝わる柄の感触と刀の重さ。そして『虹の陽炎』から流れ込んでくる強大な魔力の奔流に、圧倒的なまでの存在感を感じる。
神威『第一位』を解放した事で魔力の容量は姉様の倍。その恩恵で膂力と法術の力も数段上がっている。
だが、解放状態を制御できていない今の私では姉様と同等、もしくはやや上回っている程度。
しかし、それでも女から下卑た笑みを浮かべる余裕は奪う事ができたようで、妬むような視線をぶつけてくる。
「こちらは二人といっても今の貴女の貴女を相手するには役不足……素直にあっちと合流するのが最善、か」
「させると思うか?」
「いいえ。それに私は撤退する気なんてさらさら無いわよ」
女は私から視線を後ろにいた萩月へと移し、
「そこにいる生ゴミを処分するのが私の目的であり、意義なんだから」
刺すような殺意を絡め、一気に魔力を練り上げる。
私は『虹の陽炎』を正眼に構え、
「そんな意義は私が切り捨てるっ!!」
裂帛の意志と共に跳ぶ。
私の気概に呼応し、混じりけのない清廉な輝きを放つ六本の光の太刀が顕現。
―――――――――神威『第二位・紅破』
―――――――――神威『第三位・蒼破』
―――――――――神威『第四位・紫電』
―――――――――神威『第五位・橙光』
―――――――――神威『第六位・翠輝』
―――――――――神威『第七位・黄瞬』
神威全六位を顕現させた太刀が私を中心に左右後方と展開、追従する。
「くっ!?」
女は私を迎撃しようと魔力収束を開始するが、私は一足で間合いを詰め『虹の陽炎』を右薙ぎする。
刃が女の体を捉える直前。蒼い障壁が斬撃を受け止めるが、私は構わず『虹の陽炎』を振り払い、女を障壁事弾き飛ばす。
女の体は粉塵を巻き上げながら地上を吹き飛び、追撃しようと両足に力を込めた瞬間。右側頭部から巻き上がった粉塵を貫き現れる右拳。
私はそれを一歩後方に体を引き回避。そして粉塵を裂いて現れた男はすかさず二撃目と踏み込んだ左足を軸に右回し蹴りを放つ。
が、その蹴りをしゃがみ込みながら交わし、軸足の右足を切断。そのまま体をコマの様に回転させ、左手で追従していた六本の刀から『黄瞬』を掴み、頭上を通過した左足を斬り飛ばす。
「邪魔だっ!!」
左手に握る『黄瞬』を『虹の陽炎』に重ね、それに合わせるように残り五本の神威が収束。瞬間、それらに身を委ねるように白光が瞬き、七色の閃光は混ざり――――揺らめき消える。
姿も感触も重さも消え、ただ強烈な魔力の気配だけが残った『虹の陽炎』を左薙ぎし、
「――――――『斬閃・乱れ陽炎』
男の体を斬った感覚も、肉を裂く感触も、骨を断つ手応えもなくスンッ、と腕を払い起こった風の音だけが響く。
そして七つの剣閃が太刀筋をなぞるように瞬き、広大な大地を両断。両断されたおよそ直径一キロはあろうかという大地は七色の剣閃に斬り砕かれ、女と男共々塵へと消える。
太刀型法具『虹の陽炎』神威『第一位』の力は私の魔力の全解放と身体能力の強化。そして最たる特性は『第二位』から『第七位』までを光の刀として顕現させ、魔力の許す限り収束なしで常時開放する。
今のように全ての神威を収束させる事で莫大な威力の攻撃を繰り出す事もできるが、その他の戦闘方法としては一つ一つ刀として振るう事は勿論、弾丸として扱う事もできる。
私は敵の魔力が消えたのを確認し、
「神威『封位』」
内から荒ぶる魔力を押さえ込む。
敵を塵へと帰した七つの閃光は役目を終えた様に揺らめき消え、私の右手には自己主張するように白一色の『虹の陽炎』が顕現し、重みを示しながら収まっていた。
私が一段落と息を付くと体中からドッ!! と汗が噴き出し、全身の筋肉が疲労に悲鳴を上げる。
法術で空間から鞘を取り出し、プルプルと震える左手で掴む。
そして右手に握る『虹の陽炎』を静かに納め、
「くっ……………やはり『第一位』は負担が大きいな」
自分の力でありながら制御仕切れない己の未熟さを身に感じながら後ろを振り返った。
振り返った先では萩月と夏子が事の次第に目を大きく見開いており、
「さすが、だね………………」
「す、すっごい………………」
各々驚きを呟いた。
私は二人へ嬉しいような気恥ずかしいような笑みを浮かべた時――――――――黒と紅の世界を嬲り上げるように、銀の雷光が瞬いた。
「これはっ!?」
「な、何っ!?」
私と夏子は雷光の瞬いた方向へ同時に顔を向け、
「お祖母、ちゃん………………?」
萩月が言い様のない面持ちで呟いた。
そして雷光の瞬きが黒と紅の世界を蹂躙し『煉獄境界』に亀裂が入り、身に降りかかる暴力に堪えきれないと世界が砕け散った。
「むっ!?」
そして砕け散った世界の奥から顔を見せるのは青と白の螺旋を描く鮮やかな世界。
私の良く見知った世界に萩月と夏子は目を丸くし、萩月が唖然と呟いた。
「こ、これは…………?」
「『境界門』だ」
「ライン、ゲート……?」
「あぁ、これは私達死神が様々な世界を往き来する為に使う空間トンネルでな。門だけなら貴方達二人も見た事があるぞ」
と、私は萩月へ顔を向けようとして――――――ドッ!! と、腹部を貫く重い衝撃に視界が歪み。
「がっ!?」
その衝撃に吹き飛ばされ、二人から十メートル程離れたところで着地。
腹部に残る痛みと衝撃を噛み殺しながら顔を上げると、視線の先にあったのは――――宙を漂う人の左足。
「な、に……っ!?」
いや、それは人ではなく――――私が斬り飛ばした死神もどき、男の左足だった。
私がそれを認識すると同時に萩月達の背後の空間がねじ曲がり、ドス黒い光と共に伸びてきたのは血だらけの女の上半身。
私は二人へ声を張り上げようとするが既に遅く、
「きゃっ!?」
女は夏子の首を掴みあげ、軽々とこちらに投げ飛ばした。
「くっ!?」
小石のように飄々と投げ飛ばされる夏子を私は咄嗟に抱き留め、
「大丈夫かっ!?」
「…………う、うん。少し首が痛い、だけ……コホコホッ」
と、少しばかり咳き込み、私は夏子を地面に降ろして。
「ギリギリ、だったわ…………」
「ぐ、がぁっ………ぁ、ぁあがっ」
弱々しくも微塵も揺らがない殺意を女の声と苦痛に歪む萩月の声に顔をあげ、
「萩月っ!!」
疲労に震える体をいきり立たせ、魔力を収束。白から蒼へと染まる『虹の陽炎』を手に萩月の首を掴み上げる女へ跳ぶ。
が、それを阻むように男の左足が飛来。女は萩月を空間へ引きずり込みながら消え、
「凜っ!!」
「邪魔するなっ!!」
夏子の悲鳴じみた呼び声が上がると同時に『虹の陽炎』を引き抜き、『斬閃・蒼破』で男の足を斬り消す。
「届けっ!!」
そして萩月を飲み込むように消える空間の捻れをこじ開けようと柄から右手を放し、空間の捻れへ突き出すもその手が空間をこじ開ける事はなく、萩月の体にも触れる事もなく無情にも通過する。
私はザザァッ!! と粉塵を巻き上げながら着地し、空間の捻れなど跡形もなく消えた先を睨み付け、即座に魔力探知を開始するが。
「…………くそっ!!」
何らかの法術の所為なのか、女はおろか萩月の魔力の欠片も捉えきれず。
「りーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
夏子の悲鳴じみた絶叫にただ、無力さに拳を握るしかなかった。




