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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
35/39

――― 境界世界 永劫たる罪過 ―――

一日遅れですがお許し下さい^^; あと前の話で『漆黒境界』だったのを『紅境界』に変更しました。







 ―――――――――――『紅境界クリムゾン・ライン』展開より、数分前。




 町の喧噪は遠く、人の気配を感じる事のない青々とした森の絨毯が足下に広がって。

「っと…………大体、この辺りかしらね」

 森の絨毯を突き破って、地面に着地。

 その出来事に木々の枝で羽を休めていた小鳥達が一斉に可愛らしい声で鳴き、文句を言い残しながら飛び去っていった。

「ハハッ、あの子達には悪い事しちゃったわね」

 飛び去っていく小鳥達に「ごめんね」って小さく苦笑いして、

「でも、これも任務。謝ってもいられないわね」

肌に感じる妙な魔力の流れに、気を引き締めながら正面に顔を向けた。

 エリスと別れてから十数分。微かに感じる魔力からエリスは何事もなく病院へと到着できたみたいで一安心。

「結菜ちゃんと話をしながら待ってくれてる間に終わらせないと」

 私は静かな森の中を奥、そこから流れてくる魔力の気配を辿りながら歩き出す。

「あまり人の手が入った形跡はないみたいだけど……」

 こういった自然豊かな場所で、流脈を通じ土地に流れる魔力が乱れる原因としては二つの事が上げられる。

 一つは人の手によって場の環境を大きく変えられる事。それこそ土地を切り開いたり地上地下問わず建築物を建設したりと土地の有り体を変えると、魔力の量や流れる速度、流脈の経路まで変わってしまう。

 二つ目は『霊現体ゲシュペンスト』だ。死んだばかりの人間や結菜ちゃんのように『未練』を持ったばかりの『霊現体ゲシュペンスト』なら影響はないけど……長い間『未練』を果たす事が出来ずに『悪霊化』した霊が必要以上に集まったりすると負の魔力に当てられて魔力の循環不全になったりする事がある。

「変ねぇ……魔力自体は淀みなく澄んでるし、『霊現体ゲシュペンスト』の魔力も全然感じられないし………………魔力のバランスが崩れる事はないと思うんだけどなぁ」

 私はいつもとは違う場の状況に首を傾げながらも目的の場所まで黙々と歩いて、

「…………あそこか」

正面に聳え立つ巨大な樹木を見上げた。

 地理的にはちょうどこの森の中心で、私の背丈を軽く十倍は超える巨大な一本の杉が悠然と構えていた。

「樹齢四〇〇年、っていったところかしら…………」

 自分が曲がりなりに神である事をも忘れ、力強く清らかで見る者全ての心を清める高貴さを放つ樹木の存在感につい魅入ってしまう。

「って、眺めてる場合じゃなかったわ」

 私はハッと我に返り、慌てて本来の目的を思い出し…………そっ、と樹木に右手を添えた。

 樹木に触れる右手から感じる魔力の流れ。その魔力の流れと私自身の魔力を同調させ、流脈の流れに神経を研ぎ澄ませる。

「樹齢四〇〇年は伊達じゃないわね、かなりの魔力の供給量…………それに樹木自体の生命力も満ち溢れてる」

 樹木の状態は凄く良い。生命力も満ち溢れて、魔力を生み出す源泉も極めて良好。このまま何もなければ後四〇〇年経っても若々しく聳え立っている事は間違いない、けど。

「…………源泉は良くても枯れかけてる。普通は源泉も枯れていないとおかしいのに」

 ―――――――――どうして? と、その言葉が口に出るよりも先に同調した無数に広がる流脈の中で、一本だけ周囲の流脈から魔力を吸収しているものがあった。

「これは…………」

 わたしはその流脈の位置を注意深く探って、

「……………え?」

探し当てたその場所に思わず声を漏らしてしまった。

「そんな、これって町の真下じゃない!? 昨日までこんな魔力の流動はなかったし、気配だって感じられなかったのに…………」

 歪な魔力の流れの先にあるのは巨大な魔力の塊で、膨れあがる魔力の塊はまるで球体。流脈と同調しているせいなのか、その球体が急激に肥大化していくのが手に取るようにわかる。

「くっ!!」

 私は樹木から手を放し、すぐに町へ向かおうと体を切り返して――――――


 ――――――――――――――――――ドクンッ!!


耳から鼓膜、そこから神経を伝って体の奥まで響く、生々しく不気味で、魂を潰されるよな重い脈動。

 その脈動を聞いた途端、鎖の枷で繋がれたように体が動く事を拒否して。

「っ!?」

 それを合図に肥大化した強大な魔力の塊が、荒々しい波動を放ち爆散した。

「しまっ!?」

 瞬間。爆散した魔力の波動に町が地表ごと波打ち、吹き飛ぶ光景が鮮明に浮かんで――――――そう思った私を嘲笑うように、爆算する魔力の波動を追い世界が大きく波を打つ。

「なっ!?」

 そしてその波に染め上げられるように血色に染まり、紅が支配する異物な世界へ変貌した。

「こ、これは……『紅境界クリムゾン・ライン』!!」

 空間結界法術――――――『紅境界クリムゾン・ライン』。

 『悪霊』や『ウロ』が魔力の高い魂を奪い、喰らう為に具象化する結界法術。

 私が血染めの世界に呆然としていると、この世界の頂点だと自己主張するように現れる莫大な数の気配。

「この気配は『ウロ』!? それもこんな馬鹿げた数だなんて…………」

 この流脈もそうだけど、この町には『ウロ』を生み出せるだけの『悪霊』はいなかったはずなのに。

 私はすぐ様右手を正面に突き出しエリス達の所へ向かおうと魔力を一気に高め、空間転移法術を発動しようとして、

「法術で一気に…………って!?」

右手に収束させた魔力が強制的に散って、空間移動できなかった。

「くっ!? この『紅境界クリムゾン・ライン』空間転移を阻害できるのっ!?」

 私は歯を悔しさに噛みしめて、突き出した右手を降ろすと同時に巨木の頂上へ跳んで。

「訳のわからない事だらけだけど、今は考えてる暇はないわね」

 幹の頂上へ着地。そこから一瞬の間も開けず、病院へ向かって飛翔する。

 最大強化の身体強化でのも移動に最短で五分は掛かる。その間に出来る事はやっておく事に超した事はない。

 移動の最中、私は右手を右耳に当て、ダメ元で念話法術を発動させる。

「こちら『第二級クラス・セカンド』ジュリア=ノーマン!! 神界本部通信隊、応答願います!!」

『―――――――――』

 魔力の接続はすんなり繋がったみたいだけど、応答はない。

 私は一瞬、脳裏に諦めが奔って表情を強張らせたが、もう一度呼びかける。

「こちらジュリア=ノーマン!! 本部、応答を!!」

『―――――――――』

「本部っ!!」

『―――――――――はい、こちら神界通信三番隊。どうされました? ジュリア=ノーマン』

 三度目の正直で向こうとの接続が確立。それに私は少しだけ安堵の息を付いて――――――ドォンッ!! と何かが炸裂する音と一緒に巨大な青の閃光が空へと突き抜けた。

「クッ!?」

 今のはエリスの魔力!! もう、戦いが始まってるのっ!?

『――――ッ!? 今の音は!?』

 耳元で響く声に私は意識を通信に引き戻して、

「緊急事態です!! 至急応援をっ!!」

山岳地帯を抜け、道路の上で止まっている車へ着地。そして車の破壊を厭わず、全力で踏み台にしてまた空へ全力で跳ぶ。

 そしてそんな私の焦りを大きくするように、もう一度蒼の閃光が天を貫いた。




 §§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 気合いと必殺。その二つの意志を込めた一撃を放ち、蒼の閃光が上空にいた『ウロ』を三体を飲み込め爆ぜる。

【ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!】

 そしてそれと入れ代わるように上空を飛翔していた鳥型の『ウロ』が私と結菜さん目掛け飛来する。

「神威『第四位』解放ッ!!―――――――――『斬閃・紫電』!! 」

 私は『虹の陽炎アルクス・カリマ』を振りかぶり、魔力を収束させる。

 それに合わせ『虹の陽炎アルクス・カリマ』は白から紫へと装いを変え、刀身に紫電を纏い煌めく。

「ヴォアっ!?」

 私達に飛来していた『ウロ』は私の迎撃態勢に急旋回で回避行動をとるが、

「遅いっ!!」

振り払った紫電の雷光が『ウロ』の翼を斬り裂き、地上へと落下。『ウロ』が地上へ激突する重く生々しい音が鳴った。

 私はすぐ様体を反転させて跳躍。遠方に感じるジュリアさんの魔力を頼りに北上する。

「いくら、倒してっ……もきりがないな」

 弾む息を整えながら私は結菜さんを抱き締め直して、

「大丈夫? エリスちゃん、凄く疲れてるみたいだけど…………」

私の疲弊している様子に不安げに問い掛けてくる結菜さん。

 私はそんな結菜さんの言葉と不安げな様子に心の中で自分を叱咤し、

「えぇ、これくらいなんともありませんよ」

「で、でも……」

「私の事は気にせずに」

疲労に強張る口元を無理矢理吊り上げ、笑顔を作る私。

 だが、正直な所。このままでは不味いかもしれない。

 今はまだ魔力と体力に余裕はあるものの、初めての実戦に体が無意識に強張って余計に力を消費してしまっているこの状況。それも結菜さんを護りながらの撤退戦だ、自分の能力が高いといっても所詮、実戦になれば場数がものをいう。

 訓練や模擬戦闘とは違う――――――一度の失敗が死に直結する戦場の緊張感は計り知れないものだ。

 私は視線を結菜さんから後方――――追ってくる無数の『ウロ』へと映した。

「何の前触れもなく大所帯で現れて…………なんとはた迷惑な奴等だ」

 体を縛る緊張感を押し返すように、愚痴混じりに言葉を吐き捨て状況を整理する私。

 ――――何故、突然『ウロ』が現れた? それも空間転移を阻害できる『紅境界クリムゾン・ライン』なんて聞いた事がない。

 それにこの『紅境界クリムゾン・ライン』の中に人間はおろか、私と結菜さん。それにジュリアさん以外の魔力を感じない。という事は少なくとも『ウロ』の操り主の狙いは私達、という事になるがその目的がわからない。

 結菜さんだけならただ単に『魂』を狙っての襲撃と判断できなくもないが、これだけの数の『ウロ』を潜伏させ、死神の私達まで標的にするという事は少なくともただの『悪霊』ではない。

「『紅境界クリムゾン・ライン』に空間転移阻害、か…………考えたくはないが」

 敵は『死神』の可能性が高いな……それも『第一級クラス・ファースト』級の死神だ。

【ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】

「チッ!! 人が考え事をしている時に!!」

 私の倍はあろう人型の『ウロ』が正面に回り込み、咆哮と共に巨大な拳を私目掛け振り下ろす。

「神威『第伍位』解放っ!!」

 私はそれを『虹の陽炎アルクス・カリマ』で受け、体を回転させながら後方へ腕を受け流す。

【ガァッ!?】

攻撃を受け流された『ウロ』は驚いたように声を上げ、私は即座に懐へ潜り込み、踏み込みに合わせるように『虹の陽炎アルクス・カリマ』は白から橙へ。

「『斬閃・橙光とうこう』!!」

 橙色に輝く刃で『ウロ』の左脇腹から右肩まで斬り上げ、一撃で両断。両断した『ウロ』の体からは血が吹き出ることなく、一瞬で灰化し橙の塵となって消える。

 煌めく残滓を突き破り、次の家屋へと跳躍する。

「くっ、キリが……ない、な」

 ジュリアさんと合流する為に極力戦闘を避けようと努力はしているものの、さすがに数が多すぎる。正確には数えてはいないが、今切り捨てた『ウロ』で三〇は超えた気がする。

 ジュリアさんと合流後も結菜さんを庇いながらの戦闘……撤退戦になる事は明白。その上、確定ではないが『第一級クラス・ファースト』の死神と戦闘もあり得る状況ではこれ以上の魔力消費は抑えておきたいが………。

「エリスちゃん!! 上っ!!」

 耳元で叫ぶ結菜さんの声に、戦況整理に傾いていた思考が引き戻され、

「っ!?」

咄嗟に首を跳ね上げた時には既に遅かった。

 今、私がいるのは僅かな隙が死に直結する戦場。

 そしてその突かれてはいけない隙を突かれ、昆虫……蜂型の『ウロ』が上空から突進してきて私を殺傷範囲に捕らえていた。

「くっ!?」

 回避は不可能。そう直感した私は咄嗟に結菜さんを脇へと突き飛ばして、

「エリス、ちゃっ!?」

私の名を呼ぶ結菜さんの声がミキャッ!! と、何かを砕く音共に途切れ、それと同時に畝から腹部へ掛け重く突き抜ける衝撃が奔った。

「グガッ!?」

 その衝撃にと意識をもぎ取りに掛かる激痛を纏ったまま、今度は背後から鈍く押し潰されるよう衝撃を味わい。

「カッ、ハッ!?」

足下に広がっていた住宅街。その中のひときわ大きな家屋の屋根に叩き付けられ、胸から骨が折れる音が幾重にも響いた。

 私を叩き付けた蜂型の『ウロ』は反撃を警戒し、すぐ様上空へ。

 私は激痛に薄れたなけなしの意識で立ち上がろうと『虹の陽炎アルクス・カリマ』を突き立てるが、

「ぐっ………ぁっ!?」

初めて味わう戦場の痛みに体が泣き叫び、その場に蹲った。

「あっ、ぁ………ッ!? ゴフッ!? ゴホゴホッ!?」

 痛みに揺らぐ私へ追い打ちを掛けるように喉の奥から鉄臭い赤黒い血が沸き上がり、不快感と量の多さに堪えきれず吐き出す。

「ガ、ハッ………………ぐっ、うぅっ!!」

 口いっぱいに広がる血の臭いと胸に突き刺さる激痛に悲鳴を上げそうになるが、必死に噛み殺す。

「は、や……くっ、た、てぇ…………っ!!」

 立ち上がろうと力の入らない体に痛みで擦れる声で叱咤するも、情けなく膝が震えるだけでいう事を聞かない。

 そして体が私の意志を拒否するようにもう一度吐血。そして『虹の陽炎アルクス・カリマ』を握る手から力が抜けかけて。

「エリスッ!! 結菜ちゃんっ!!」

 遠方から届く焦りと緊張に張り詰めた声に、僅かにだが力が戻る。

 痛みで意識が朦朧としていて気が付かなかったが、すぐ側までジュリアさんが来ている。それも距離にすれば五〇〇メートルもない。

 これなら結菜さんの移動速度でもすぐに合流できると安堵し、

「ジュ、ジュリアさんっ!!」

すぐ近くで聞こえる恐怖と安堵が入り交じった結菜さんの声に、「逃げて」と叫ぼうとした瞬間だった。

【ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】

 暴虐の声音、大気を振るわせる『ウロ』の咆哮に、私は首を跳ね上げた――――――その瞬間。




「――――――――――エリスちゃん!!」




 暴虐の咆哮から私を護ろうと響く結菜さんの声。そしてドンッ!! と体を突き飛ばされる感覚に、

「えっ?」

ぼやけた意識が鮮明になった。

 私の正面、瞳に映ったのは私を突き飛ばした結菜さん――――そして槍のような巨大な毒針を突き出し飛来する蜂型の『ウロ』。

 その光景を目にした瞬間。紅い世界はまるで私に……私の魂に刻みつけるように時を緩やかに刻む。

 ――――――逃げてっ!! と、そのたった一言を口にしようとしても叶う事はなく、静かに、ゆっくりと、確実に時が進み……結菜さんと『ウロ』の距離が縮まっていく。

 その光景にすぐに助けに行きたいと、護らねばと心が暴れ回るが…………声をあげる事も、手を伸ばす事も、願う事さえ拒絶するように世界だけが時を進めて行く。

 だが、世界以外にもう一つだけ、時を進め刻んだものがあった。


 それは――――――安堵に綻ぶ結菜さんの優しさと温もりに満ちた笑顔。


「――――――良かった」

 その短くも想いの全てを集約させた優しい声音が世界に響き、世界は加速した。

「ゆ」

 私が結菜さんの名を呼ぶ声は。


 ―――――――――ドシュッ!!


 毒針が結菜さんの体を無慈悲に貫く音に掻き消え、

「あっ…………」

結菜さんは貫かれた状態で空中へと連れ去られた。

「あ、あ…………っぁ」

 私はその様をただ呆然と見上げる事しか出来ず、上空で四肢を力なくぶらり垂れ下げる結菜さんの姿に頭の中が真っ白になって。

「エリスッ!!」

 悲痛を顔に張り付けたジュリアさんに走り抜けながら抱き上げられ、一瞬の間もなくその場から離脱した。

「あ……あぁあっ」

「エリスッ!! ここは一旦退くわよ!!」

 自分の無力さを噛みしめる声でさけぶジュリアさん。だが、私はジュリアさんに返事を返す事が出来なかった。

 ジュリアさんも私の状態に悔やむように顔を伏せ、無駄だとわかっていても言葉を続けていた。

「私とあなただけじゃ圧倒的に不利。一旦ここから離脱して、応援が来るまで身を隠すわよ!!」

 目の前で起きた事に呆けていた私だったが、ジュリアさんの言葉に心が引っかかり、

「離、脱…………です、か?」

軋みながら思考が動く。

 ジュリアさんは私の反応に驚いたのか目を大きく見開いて、もう一度説明を繰り返した。

「え、えぇ……そうよ。私達だけでは手に負えない上場と判断して神界に応援を頼んだわ、だから応援が到着するまで」

「結菜、さんは?」

「っ…………」

「結菜さんを、助けないとっ!?」

 私はジュリアさんの答えを待たず体を抱き上げる手を払い、結菜さんを助けに戻ろうとして。

「駄目よっ!! エリスッ!!」

 すぐにジュリアさんに抱き止められた。

「は、放してっ!! はやく結菜さんを助けないとっ!!」

 私は力づくでジュリアさんの腕を払おうとするが、痛覚が正常に働き、また激痛の波に力を奪われる。

「駄目よっ!! そんな体で行っても今度はあなたが」

「関係、ないっ!! 結菜さん、をっ!! 助けなきゃっ!!」

「無茶言わないで、エリスッ!! あなただってすぐに怪我の治療をしないといけないの!!」「そんなの、いらないっ!! 結菜、さんを……っ!?」

 私とジュリアさんが平行線の問答を繰り返していると、

【ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】

【ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】

【ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】

後方、その上空で何十体という『ウロ』が咆哮を次々とあげていく。

「なっ!?」

「何っ!?」

 私達の驚きに答えるように咆哮をあげていた『ウロ』達は一斉に一カ所へと群がるように集まり、

「や、………やめ、ろ」

ウロ』達の群がっていく先には毒針に貫かれ、口から赤い魔力の残滓を吐き出す結菜さんがいた。

 その光景に何度も習い、学んだ『ウロ』の特性――――魔力の高い魂を奪い、喰らうという残虐な答えが鮮明に奔った。

 そして脳裏から、体全身に奔る悪寒に私は体の痛みなど忘れ、狂ったように叫んだ。

「やめろっ!! やめてくれええええええっ!! 駄目だ駄目だ駄目だっ!! やめろおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 だが、至上の欲求、本能でしか動かない獣に言葉も想いも通ずるはずがなく。

「放せえええええええっ!! はなせっ、放せよっ!!」

 なけなしの力でもジュリアさんの腕を殴りつけ、戒めを解こうとしてもその腕は解かれる事もなく。

「今ならまだ間に合うっ!! まだ救えるっ!! まだっ、まだっ!!」

「っ…………………クッ」

「放せ放せ放せ放せ放せ放セ放セ放セッ!!」

 ジュリアさんの腕を殴りつけた拳からは血が流れ、視界はどうしようもない自分の無力さにぼけ、心が怒りに狂いかけた時だった。


 ―――――――――エリスちゃん。


 ドス黒い感情を優しく宥めるように、頭の中で響く結菜さんの声。

「ッ!?」

 わたしはその声にジュリアさんを殴る拳を止め、バッと顔をあげた。

 その先で私の瞳に映ったのは今にも自分の魂を喰らおうと迫る『ウロ』の軍勢を前に私を安心させるように、私を護るように……恐怖など微塵もなく、ただ愛おしさを込めた笑顔の結菜さん。

 その私だけに向けられた笑顔で、優しさに満ちた願いを紡ぐ。


 ―――――――――私の分まで生きて、ね。


 温かさと、優しさとほんのひとかけらの寂しさに綻ぶ唇がそう形作り――――――次の瞬間。それは理不尽で、不条理で、暴虐さの塊に食い散らかされた。

「あっ…………」

 鮮血のかわりに飛び散る、赤い魔力の粒子。

「あぁっ、あ……っぁあ………………ぁっ」

 引き裂かれ、捻り切られ、噛み砕かれ、宙に舞う小さな四肢。

「…………あぁぁぁっ、ああ、あっ………っ」

 四肢を奪われた細く柔らかな胴は肉片のかわりに赤い塊が飛び散り、

「あっ、あぁ………………ああぁあああ、あっ、ぁっ……」

艶やかだった黒髪は赤に染まり、澄んだ栗色の瞳は光を失い…………優しく、温かく、眩しかった笑顔は――――――


 ―――――――――バクンッ!!


ただ欲求を満たす獣に噛み砕かれた。

「あっ、あぁっああっ………あぁ」

 熱を感じる事はなくとも温もりを感じた手――――――

                     ――――――護りたかった。


 優しさに満ち、家族の幸福を見守り続けた瞳――――――

――――――見届けさせてあげたかった。


 希望を信じ、最後の願いを想い続けた笑顔――――――

                     ――――――叶えてあげたかった。

「あ…………………っ、あぁっ!!」

 そして微かに残っていた結菜さんの魔力の残滓は一体の人型『ウロ』に振り払われ、塵程も残ることなく跡形も消えて。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」




 瞬間。私の中で結菜さんが壊れる音がした。

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