――― 境界世界 染まる舞台 ―――
一日遅れの更新とやはり構成力が足りず、あと一話過去編が続きます^^;
「ジュリアさん。指示された四カ所の魔力のバランス調整、終了しました」
気持ちのよい青空の下、私は丁度街の中央に位置する『ショッピングセンター』という建造物の屋上で待ち合わせたジュリアさんに任務終了の報告をする。
「あら、もう今日のノルマ終わらせちゃったの?」
「はい。それと此処に来る途中で二カ所程、流れが乱れていた地点がありましたのでそちらも調整しておきました」
「あらら、そっちは明日にでもって思ってただったんだけど……フフッ、後輩が優秀だと任務が楽で助かるわ」
「いえ、そんな…………」
褒め言葉に私を見下ろしながら脱帽、と言った様子で肩をすくめながら微笑するジュリアさん。
現世に降り立ってから今日で四日目。少々軽率な言い方かもしれないが任務に慣れてきた。
この町の『霊現体』の数とその配置、住宅街や商業の立地や地理の把握。初日から失敗もなく任務の達成速度も徐々に上がり、今ではジュリアさんとは別行動で任務を受け持つところまで出来るようになった。
「謙遜しなくても良いのよ? 普通は丸々一週間付きっきりで指導するのが当たり前だし、仕事を分担する所まで行っても『霊現体』の魂管理と見回りくらいで…………この調子だと研修中に一人前になっちゃうペースよ」
「一人前だなんて、私はまだまだ未熟者です。現段階で任務を分担出来る段階まで至ったとはいえ、研修開始前にジュリアさんに任務報告書を拝見させて頂いたのですが…………今日の任務は勿論ですが昨日、一昨日と普段の半分程度しか任務をこなせていないじゃないですか」
「あら~、私の仕事ぶりまで目を通してるなんてさすがに驚いたわね」
「指導して頂く身としては失礼にならない様、上官の最低限の情報は必要だと思いまして」
「ほんとに名門の名は伊達じゃないわね」
ジュリアさんは自分の事を調べられたのが気恥ずかしいようで、それを誤魔化すように私の頭を優しく撫で、私がその温かで心地良い感触に浸りかけた時。
―――――――――ゴーーンッ!!
と、耳の奥にズシッと響く鐘の音が町中で鳴り響いた。
「っと、もうお昼の時間みたいね」
「そのようですね」
現世でも昼時には鐘を鳴らす習慣があるようで、時計を身につけていない私にとってもありがたい習わしだ。
「時計はしてるんだけどあまり見ないのよねぇ……それに任務におわれてると時間の感覚が曖昧になるから助かるわ」
「えぇ、任務に集中すると時間の確認が疎かになってしまいますから…………ですが、そうなると少し急がないと」
ジュリアさんとの会話、そして鳴り終わる鐘の音にあの人の姿が浮かんで。
「結菜ちゃんの事でしょ?」
私の気持ちを読んだかのように、得意げな笑みで行った。
「はい」
「私はもう一カ所魔力の流れを整えてくるから、その間にお昼休みがてらあの子と話でもしてあげて。後で私も合流するから、その後お昼にしましょ」
「はい、お待ちしてます」
私とジュリアさんは示し合わせて頷き、ジュリアさんは黒のコートを翻し、町の北方へと跳んだ。
家屋やビルの屋上を飛び渡っていくジュリアさんの後ろ姿を見送り、
「…………さて、と」
私も病院のある南方へ体を向ける。
「結菜さん、待ちくたびれていなければいいが」
体の奥に押し込めた魔力を解放。全身に魔力を流動させ、その力を高密度に収束。
「…………よし」
魔力により身体強化。溢れ出る膂力を両脚に込め高々と跳躍して、住宅街を跳び渡り目的地の病院へと向かった。
それから三分後。目的地の病院の屋上へタンッ!! と靴音を響かせて着地。
それから移動でやや乱れたコートをサッと整え、
「…………結菜さん、まだ来ていないようですね」
屋上で待ちくたびれていると思われた結菜さんの姿は無く、私は疑問半分安堵半分に小さく息を付いた。
それから結菜さんの居場所を探ろうと霊体から滲み出ている微かな魔力の気配を探り、丁度私の正面、そのやや下方に感じる気配に――――――いつもの場所か、とちいさく笑みを溢す。
私はその気配に向かって歩き出し、屋上端に辿り着いて足下を覗き込むと階層で言えば四階。その一室を窓の外から覗いている彼女の姿が合った。
一瞬たりとも見逃すまいと食い入るように中を見つめている結菜さん。
私は法術で結菜さんの背後に半透明の足場を造り、屋上から足場へとトッと飛び降りた。
魔力を凝縮して作られた足場にタッと着地。すぐ背後で響いた着地音にすら反応せず、室内を凝視する結菜さん。
私はなるべく驚かせないようにと声量を抑え、静かに名を呼んで。
「…………結菜さん」
「ひゃいっ!?」
驚きに声を裏返し、肩を跳ね上げ、慌ててこちらを振り返る結菜さん。
「な、なんだぁ……エリスちゃんかぁ」
「す、すみません。驚かせるつもりはなかったんですが………………」
言葉通り驚かせるつもりはなかったが、結菜さんは驚きを押さえ込むように胸に手を当て、その姿に少しばかり申し訳なくなり。
「ぁっ…………」
結菜さんの背後。病室の一室に広がる光景にそっと目を奪われた。
清潔感溢れる白一色の部屋。部屋の中央にはセミダブルのベットが設置され、その上には結菜さん同様淡いピンクの入院服に身を包んだ三十代後半の黒髪の女性が座していた。
その脇では同年代であろう黒縁眼鏡を掛けた短髪茶髪の男性が女性へ優しく微笑んで、女性の腹部へそっと手を添えた。
手を添えられた腹部は大きく膨らんでおり、男性女性共にそれを慈しむように手を重ね合わせ、笑顔で言葉を交わしている…………幸福の一つを形にした風景。
「お父さんとお母さん、凄く嬉しそう」
その様子に私の隣で満面の笑みを浮かべる結菜さん。
私は視線を病室から結菜さんに移し、
「確か予定日は四日後でしたよね」
「うん、あともう少しで産まれるんだぁ」
「ふふっ、結菜さんもあと少しでお姉さんになるんですね……弟と妹、どっちが欲しいんですか?」
「無事に産まれてくれればそれで充分だけど…………出来れば妹が良いなぁ」
産まれてくる新しい家族の姿にほっこりした笑みを浮かべる結菜さん。
「妹、ですか…………となると私と同じで姉妹になりますね」
「そういえばエリスちゃんってお姉ちゃんがいるんだよね?」
「えぇ、結菜さんと同い年の姉が」
「へぇ、私と同い年かぁ…………お姉ちゃんはどんな人?」
結菜さんは姉妹というものに興味を刺激されたようで、興奮しているのかやや声のトーンが上がる。
「妹の私が言うのもなんですが………とても気高く、とても優しい方です」
「そうなんだ……お姉ちゃんとはよく遊んだの?」
「はい。姉様は任務で忙しい身でも私の為に時間を作り、よく遊んでくれました」
「良いなぁ、そういうの。やっぱり、羨ましいなぁ」
先程の笑顔と声の昂揚がスッと奥に顰め、
「羨ましい?」
物寂しげに呟く結菜さんに「どうして?」と言いかけて。
「あっ、今お腹蹴ったよ」
「あぁ、もう出たいって言ってるんだろうな」
ご両親の弾んだ声に遮られた。
その声に私と結菜さんの視線が同時に動き、
「もうすぐ、なのよね…………」
「あぁ、もうすぐだな」
先程まで形を成していた幸福は悲しみと後悔に曇り、ベットの脇の棚に飾られた写真立てにご両親の視線が集まった。
その写真立てに飾られ、ご両親の沈んだ瞳に映るのは――――――幸福に満たされ笑う結菜さんの姿。
「結菜に…………この子を合わせてあげたかった」
「そう、だな」
込み上げてくる悲しみに堪えるように、眩しい笑顔の結菜さんへ後悔に沈んだ瞳を向ける。
「……………………」
「……………………」
そんなご両親の様子を無言で見つめる結菜さんを横目で見やり、ジュリアさんから聞いていた話が脳裏を過ぎった。
結菜さんがこの世界から弾かれたのは今から丁度半年前、原因不明による心肺機能の低下、それが死因だったらしい。現世の医療レベルでは手の施しようが無く、発症から僅か三日で他界。十二年という短い人生を終えた。
ジュリアさんによれば結菜さんの死亡後に回収に訪れてみたものの、『未練』に縛られており『破壊』以外の回収を受け付けず、来世への導きが出来ない状態だったらしい。
まぁ、それは多々あることで珍しく事例で『未練』を解決する為に保護し、『未練』を思い出させるところまでは順調だった。だが、肝心の『未練』が「産まれてくる赤ちゃんを見たい」というもので、結菜さんが他界した当時。母親の中には五ヶ月目の赤ん坊がいて、予定日までの約半年間待機の状態らしい。
本来『霊現体』は『未練』を果たすことなく現世に留まると『悪霊化』もしくは『地縛霊化』してしまうのだが、それを防ぐ為に一日に一度。死神の魔力を流し込み、霊体の変質化を抑えているのだ。
「赤ちゃん、早く産まれないかなぁ…………」
心の底から願いポツリと溢し、悲しみに沈むご両親から逃げるようにそっと窓から離れ、屋上へと跳び上がっていく。
私も屋上まで跳躍し、中央で空を見上げながら浮いていた結菜さんの隣へ着地した。
眩しい青空を見つめながら請うように呟く結菜さん。
「それに赤ちゃん、触ってみたかったなぁ」
「結菜さん…………」
未練と願望。どんなに願っても手に入れられない温もりを悲しみの笑顔で胸に刻む結菜さん。
それでも自分の死を受け止め、真っ正面から向き合えるのは『未練』への想いが強いからなのかもしれない。
だが、私より年上といってもまだまだ子供。その姿は今にも崩れてしまいそうな砂の人形のように儚くて。
「あ、あの…………」
私はそんな結菜さんの姿にそっと手を取り、
「ん? なぁに? エリスちゃん」
不意に手を握られた事に少し驚きながらも、私へ優しく問い掛けてくれる結菜さん。
その結菜さんの言葉に助けられるように、
「そ、その……少しの間だけですが、私を妹……と思って頂けたらと」
気恥ずかしながらも思った言葉を口にすることが出来た。
その言葉に今度こそ驚いたようで大きな瞳をより大きく見開き、
「エリスちゃんが? 妹?」
「えぇ、私では産まれてくる赤ん坊に比べれば役不足だと思うのですが………その、私ならこうして触ったりできます、し」
同情からではない、心からの言葉。そう伝わるように恥ずかしさに逸らしたくなる視線を無欠付け、優奈さんの言葉を待つ。
それから数秒。実際にはもっと短かったかもしれない重い沈黙に――――――やはり失礼だったか? と不安に押し潰されそうになった時だった。
「えへへ、ありがとね」
嬉しさに弾む声と笑顔で言った結菜さん。
それから触れられる温もりを確かめるように私をぎゅーーーーっと抱きしめた。
「っ!?」
「エリスちゃん、温かいねぇ」
触れることの出来る温もりを手放したくないとばかりに抱きしめる力を強めて、
「エリスちゃんが妹って嬉しいなぁ……エリスちゃんも私のことお姉ちゃんと思ってくれて良いからね」
「は、はい…………あ、ありがとうございます」
少しばかりちぐはぐな会話だったが、自分から言い題した事の結果。それに結菜さんの提案が嫌なわけは無く、それに答えるように私もそっと背中に手を回し、熱を持たないとはいえ『霊現体』の、結菜さんの感触を確かめようとして。
「あっ!! 忘れてました!!」
不意に思い出した事に慌てて結菜さんを引きはがす私。
「結菜さんっ!! お昼の魔力補充しないといけませんよ!!」
「あぁ、そういえばそんな時間だね」
失念してはいけない事だったのだがどちらも頭から抜けていた。思い出してほっとする私とさほど気にしてない様子の結菜さんは互いに苦笑し、
「エリスちゃんも大変だね、私よりも子供なのにお仕事だなんて」
「いえ、幼いといっても私も神の末席。未熟者なのでこれからもっと頑張らないと」
結菜さんの労いに嬉しいながらも、自ら軒を引き締めるようと告げ。
「そうだね。でも」
そう言って結菜さんは私の頭をそっと撫で、
「神様でもエリスちゃんは女の子だもの、あまり無理しちゃ駄目だよ?」
実の妹に向けるように温かで優しく微笑んだ。
私はその笑顔に姉様と同じ温もりを感じ、心配してくれているのになんだか気恥ずかしくなり。
「えっ、と……その、……はい」
顔が熱くなるのを感じながら俯き、力なく答えを返した瞬間。
温かく色づいた世界に血染めの紅が散りばめられ、瞬き程の一瞬と言える速度で紅一色に染め上げられる。
空を闇に染め雲、木々、建築物、動物、人間と世界に存在する者全てが血色に染まった世界。
「な、何これ!?」
「こ、これは――――――」
―――――――――『紅境界』。
それは『悪霊』とその使役される化物が魔力の高い魂を奪い、喰らう為に用いる空間結界術。
だが、これを使用する為には魔力の上昇があるはずなのにその気配が一切無く、
「な、何故これが!?」
突然の事に狼狽する私をあざ笑うように、遠方で膨れあがる魔力の波動に体ごとその方向に向きを変えた。
体全体に奔る痺れにも似た感覚とよく見知った人物の気配。
「ジュリアさん!? クッ!?」
そして、その私の叫びに答えるように頭上から放たれる複数の禍々しい魔力の波動に結菜さんを背に回し、慌てて首を跳ね上げる私。
そしてそこに現れたのは黒一色の巨体の化け物。動物や虫といったものを大まかに象った異形の存在―――――――――『虚』
「ひっ!?」
その姿に結菜さんは私の肩を強く掴み、
「何故『虚』がいるっ!? 他者を喰らい、使役できる程の『悪霊』はいなかったはずなのにっ!?」
私は完全に想定外の状況に焦りを込み殺し、左手を正面に突き出す。
「顕現しろ!! 『虹の陽炎』!!」
私の呼び声に合わせ左手に収束する魔力が空間を歪め、その揺らめきを突き破るように柄の頭から鞘の子尻まで白を基調とした一振りの太刀が出現。
それと同時に右手で柄を握り、一切躊躇することなく振り払い構える。
それから鞘だけを空間に戻し、左手で結菜さんの腰に手を回して抱きしめる。
「結菜さん!! 私にしっかり掴まっててくださいっ、いいですね!?」
「う、うんっ!!」
私は『虚』を睨み付けたまま結菜さんを抱きしめて、結菜さんもそれに必死で頷いて私の首に両腕を回した。
【ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!】
巨大な鷲をもした双頭の『虚』が開戦の合図とばかりに甲高い耳障りな咆哮をあげ、
「来いっ!!」
その咆哮を切り捨てるように叫び、『虹の陽炎』を正眼に構え直す。
そしてそれから数秒後、轟音と共に紅に染まった世界に青の閃光が瞬いた。




