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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
31/39

――― 境界世界 黒と紅の舞台・壱 ―――

 ――――――体を引き裂く暴力的な殺意。

 そしてそれは黒と紅の螺旋を描く境界世界を蹂躙するように満たしていく。

「ッ!?」

 私の心とは関係なく、体がその殺意を迎え撃つ……ううん、逃げ出すように魔力を最大まで一気に引き上げる。

 体を締め上げる冷徹な殺意を押しのけるように右手を正面に突き出して、

「来なさいっ!! 『処刑人ディミオス』!!」

私の声に従って、右手に白銀の閃光渦巻き、瞬いた。

 渦巻く白銀から突き上げるように現れる一振りの黒の大鎌。

 その光景に女は紅い唇を柔らかくつり上げ、

「フフッ、ジュマの坊やと戦った時とは比べものにならない魔力ね。さすが次期ベルフェール家当主といったところかしら」

感心するような言葉とは裏腹に、無関心と殺意が込められた声で言った。

 私はその声を切り払うように『処刑人ディミオス』を振り払って、

「誉めて貰って嬉しいけど、何も出ないわよ」

小馬鹿にするように笑って見せて、振り払った『処刑人ディミオス』を後ろに引いて下段に構える。

「私と同じ死神みたいだけど、一連の死神殺しの目的は何? いったい何が目的でこんな馬鹿な事をしたの?」

 話の主導権を握ろうとわざと声を荒げてみせる。けど。

「聞かれて答えてあげる程優しくないのよねぇ、私」

 神経をすり減らしながら話す私に、赤ん坊をあやすみたいに笑って、

「セフィリア、こやつと話をしようと思っても無駄じゃぞ。目的が成就するまでは手足をもがれても口にはせん女じゃからな」

それをウンザリした声であしらうようにランさんが女に向かって歩き出した。

「それに目的が何であれ、今ここで儂がこやつの首を撥ねてしまえば良いだけの話じゃて」

 子供みたいな小さい体から溢れ出す殺気を両足に込めて、迷い無く進むランさん。

 ランさんの歩くのに合わせて溢れ出した殺気が紫電に姿を変えて火花みたいに紫光を散らす。

 冷徹な眼差しで女を見上げ、右手を横に開いて。

「…………お主の命、ここで絶たせてもらう」

 言葉の刃を振り下ろして、暴虐的な魔力が紫電の濁流となって吹き荒れる。

 瞬間、ランさんは紫電の軌跡を宙に刻みながら女へと跳んで、

「『殲滅』、貴方と戦うのは『討滅』の坊やを殺し損ねた時以来かしらね」

女の薄ら笑いと共に紫電と業炎、二つの強大な力がぶつかり合う。

 二つの爆散する力の余波を『処刑人ディミオス』で切り払って、上空でぶつかり合う二つの魔力に身震いする。

「あの女……ランさんと互角だなんて」

 互いに手刀を主体に轟風を撒き散らしながら、相手の急所へ必殺の一撃を放つ接近戦。

 頭、首、心臓、その以外の急所全てへの攻撃の応酬。けど、そのどれも互いに躱して、いなして、力の余波すら受けることなく捌ききる二人。

 眼で追うのがやっとの攻防に、私が思わず息を呑んだ時。紫電と空気を切り裂き、業炎が震わせて二つの影が弾き合うように浮遊大陸に着地する。

 影の一つはランさんで私の正面に悠々と着地して、女も体を空中で一回転させてふわりと着地。

「やはりこの程度では仕留められん、か」

「四十年以上も経つのに力は衰えていないなんて化け物ね」

 互いに相手との力量に感心するように呟いて、敵意をぶつけ合う。

「『殲滅斬手せんめつざんしゅ』の二つ名は伊達じゃないわねぇ…………様子見でこの力なんて、このまま戦えば少し不利かしら?」

女はランさんへケタケタと軽い笑い顔で言葉を投げて、

「はっ、何を心にもない事を言っておる? お主とてまだまだ本気ではなかろう」

不愉快そうに睨み付けてるランさん。

「い、今ので小手調べなんですか?」

 そんな二人の会話に私は驚いて、ついランさんに質問してしまった。

「まぁ、の。じゃが、今の攻防は儂もあやつも三分といったところか」

「さ、三分っ!?」

「まぁ、大体そんな感じかしらね。まだ『法具』も使ってないし」

 ランさんの言葉に得意げに同意する女性。

 そして、私はその言葉に愕然とした。

 女が口にした『法具』――――――それは私達死神が産まれた時。一定以上の魔力を持っている死神の赤ん坊が体に内包仕切れなかった魔力を武具でとして顕現、封じた物で私の『処刑人ディミオス』も同じだ。

 ジュマの奴もだったけど、たとえ『第一級クラス・ファースト』の死神でも『法具』を顕現させる事が出来るのはごく少数で、その力は魔力と同じように個人差はあるけど『法具』の力は共通していて魔力の増大と身体能力強化。それ以外は固有の能力を持っていて、法術と同等。もしくはそれ以上の力を持つ事が出来る破格の代物。

「『法具』もなしでランさんと互角ってどんだけよ」

 同じ死神だってのにこうも圧倒的な差があると自分が神としてどんだけちっぽけなんだろう、って悔しさ思いっきり奥歯を噛みしめて。

「あらら、拗ねる必要なんて無いわよベェルフェール。貴方だって『法具』の主だし、まだ若いんだからこれからもっと強くなるわよ」

 今までの冷たい笑顔が嘘みたいに、まるで自分の子供に諭すみたいに女が優しく笑う。

「私の見立てなら遅くても成人するまでには私や『殲滅』と同じ領域レベルまで強くなれるわよ」

 そしてその言葉が本心からそう思っているのが伝わってきて、

「まぁ、ここで殺すから意味無いんだけどね」

背筋なんてものじゃない。全身に怖気が絡みつく。

「そんな事、この儂がさせるわけなかろう」

 鋭くて、それでいて優しさに満ちたランさんの声が私に絡みつく怖気を一閃する。

「これ以上お主と言葉を交わすのは若い者には毒、次で終いに」

 女へ仕掛ける為に紫電を右手に収束させ、飛び込もうと一歩足を踏み出した瞬間―――――――――それは唐突に起きた。

「なっ!?」

 ランさんの驚愕に揺れる声と一緒に右手に収束させていた紫電が弾けて、瞬く間もなく宙に消えた。

「な、何が起こったの!?」

 私も目の前で起きた現象に状況も忘れて、疑問の声を上げた。

 あの女の攻撃を受けたわけでも、法術を使ったわけでもなければランさんが魔力制御をミスしたわけでもない。

 目に映った出来事は確実に断言は出来ないけど、感覚で言えばあれは…………紫電が、魔力が何かに喰われたような感覚だった。

 けど、当の本人のランさんは驚いてはいたけど、

「これは…………」

ランさんは右手をジッと見つめながら呟いて、何かを確信したように右手を堅く握り込む。

「この空間術……『煉獄境界プルガトリオ・ライン』といったか」

「えぇ」

「随分と手の込んだ術を組んだものじゃな」

「貴方にそういって貰えると鼻が高いわねぇ」

 女はランさんの心を見透かすように薄ら笑いを浮かべて、

「この『煉獄境界プルガトリオ・ライン』は死者……殺した死神の魂を楔にし『漆黒境界ノワール・ライン』と『紅境界クリムゾン・ライン』を強制的に交わらせて、擬似的に天国と地獄の境界――――――『煉獄』を生み出す独自オリジナルの法術でね、その特性は」

「…………魔力の搾取、といったところかの」

「ご名答」

薄ら笑いを満足げに深めて、女の笑顔にランさんは苦虫を噛みつぶしたような苦い表情で睨み付けていた。

「『煉獄』は肉体を持たない魂の拠り所にして牢獄。それを擬似的とはいえ再現した『煉獄境界プルガトリオ・ライン』の中では神ならまだしも、生身の人間が踏み入れればただで済むはずがないわ。まぁ、効果は人間限定だけどそこそこあるみたいだし、多少なりとも戦いはらくになるかしらね」

「…………お主」

「あらら? そんなに怖い顔しないでよ、『殲滅』。貴方や『器』を相手にするんだもの、これくらいは当然じゃない」

 けだるげな声で愚痴るように言葉を零す女に、ランさんの表情が怒りとは違う感情に軋んだ。

「…………『器』じゃと」

 そう呟いて、一瞬の沈黙の後。どこか焦りを滲ませた声で言った。

「セフィリア、ここは儂に任せてお主は先に現世に戻るんじゃ」

「な、なにをいきなりいってるんですか!?」

 突然すぎるランさんの指示に意図がわからなくて、思わず叫ぶように言葉を返して。

「詳しい話はいずれする。じゃから急いで現世へ、凜達が危険じゃ!!」

「り、凜達が!?」

「あぁ、儂もあやつとの用事を済ませたらすぐに行く。今、この空間術の一部を打ち破ってやるのでな、その穴から現世へ行くんじゃ」

「わ、わかりました」

 たたみ掛けるようなランさんの物言いに流されるように頷いてしまった私。

 でも、正直な話。ここにいてもランさんの手助けは出来ないし、私狙いの女をランさんが相手をしてくれるなら私はこの場にいてもハンデ、もしくはランさんの弱みになってしまう。

 そして凜達に危険が迫っている状況なら私も死神として凜を護る任務を帯びている以上、それが最善の選択だと思う。

 私とランさん、お互いに心の中で確認し合ったように同時に頷いて、

「別に現世に行かなくても大丈夫よ、ベェルフェール」

それを遮るように、親切心って感じで笑う女。

 私とランさんは一斉に女へと視線を戻して、警戒と疑念に鋭くなった視線をぶつける。

 私は女に向かって一歩前に踏み込んで、

「今の言葉、どういう」

意味よ、って叫ぼうとした時だった。


 ―――――――――――――――――ドクンッ!!


 まるで心臓の脈動のような重たい音が不意に響いた。

 その音と一緒に螺旋を描いていた黒と赤の螺旋の世界は波紋を刻んで、

「なっ!?」

「これは!?」

私とランさんの驚きに震えた声が同時に上がって、後ろをバッと振り返った。

 魔力の首筋に感じるちりつくような独特な感覚と、知っている魔力の気配に私とランさんは驚きに目を見張った。

「そんな……なんで? なんで境界トンネル、それも今は『煉獄境界プルガトリオ・ライン』で遮断されてるはずの空間で凜達の魔力を感じるのよ!?」

「くっ、遅かったか」

 かなりの距離で離れていたけど、確かに感じる凜達の魔力に私とランさんは驚きと後悔ににそれぞれ言葉を吐き出して、

「ねっ、私が言った通り現世に行かなくても大丈夫だったでしょ」

後ろから満足気に弾む女の声が聞こえた。

 その声に私はすぐに後ろを振り向いて、

「セフィリア、お主は凜達の所へ!!」

女を睨み付けて構えを取るランさんの怒号に半分振り返ったところで動きが止まった。

「凜達と合流したら儂が行くまでその場で待機しておるんじゃぞ!!」

「は、はい」

 私はランさんの言う通りにすぐに凜達の所へ向かおうと体を反転させて、

「あらあら? 駄目よ、貴方はここで死んで貰わないといけないんだから」

どこまでも無機質で冷たい声と一緒に指を弾く音が聞こえた。

「っ!?」

 指を弾く音を起点に私とランさんを取り囲むように黒い光が渦巻いて、三つの大きな魔力の波動が出現。渦が飛び散るように散って、渦の中に現れた魔力の主達がその姿を現した。

「なっ…………」

 渦の中から現れた三つの人影に私は絶句した。

 生気を感じられない真っ白な肌に、青ざめた唇。肌と同じように煤けた白髪と意志の光を感じさせないどす黒く濁った深紅の瞳。それにその禍々しさを引き立てるように纏った黒一色の制服。

「あ…………ぁっ」

 外見こそ大きな変化はあったけど、見間違いようもない顔で。

「お主は……どこまでも外道じゃな」

 ランさんも苦痛に耐えるような表情で吐き捨てて、

「な、なんで…………なんで貴方達が?」

私はただただ、現れた三人の姿にそう呟く事しかできなかった。

 呆然とする私の様子に、女はどこまでも残酷な笑みを張り付けて。

「驚いてくれて何より。さて、『殲滅』も言ってたけど…………そろそろ終わりにしちゃいましょうか」

 しなやかな動きで右手を胸の辺りまで掲げ、静かに前に突き出す女。

 その瞬間、全身を貫く殺気と魔力の波動が放たれて、

「旋律を刻め――――――――『指揮棒タクト』」

女の右手の平から光の粒子を撒き散らしながら突き出る純白の指揮棒。

 女の『法具』の顕現を引き金に女の殺意と暴虐的な魔力が、黒と赤が螺旋を描く無限に近い広大な世界に刻まれる。

「――――『楽譜スコア』」

 指揮者の冷徹な声が響いて、

「――――『描き込み(チェック)』」

殺意と暴力にまみれた狂想曲が始まった。




   §§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§



「うわぁっ!?」

 両手足を縛られていた感覚が消えて、黒一色だった視界は黒と紅の光が螺旋を描く景色に意識がハッキリする。

 すると体全身に浮遊感を感じて「へ?」って声を出す間もなく背中に固い何かに叩きつけられる痛みと衝撃が襲った。

「ゴホッ!?」

 その痛みと衝撃は背中に続いて後頭部にも立て続けに襲い、ハッキリした意識が一瞬飛びかけて、僕は頭を抱え込みながら体を丸めて悶絶する。

「ッ…………ゥァッ」

 後頭部と背中に残るえげつない痛みに涙目になりながら起き上がって、夏先輩とエリスを探そうと辺りを見渡そうとした時だった。

「キャッ!?」

 背後から悲鳴のような声が聞こえて、反射的に振り返った僕。

 そして声の主を瞳に捉えるより先に顔全体を物凄く柔らかくて温かい感触が包み込んで、

「フガガッ!?」

その感触に押し潰されるように倒れて、また後頭部と背中に鈍痛と衝撃が突き抜ける。

「フガッ!?」

 突き抜けた痛みを押し込めるように顔面を包み込む気持ち良い感触が圧力を強めてのしかかって、

「いったぁっ…………」

 耳のすぐ近くで聞こえる聞き慣れた声と一緒に顔を包み込んでいた感触が消えて、僕にまたがって四つん這いになっている人の姿に、僕は目を丸くした。

「な、夏先輩!?」

「へっ?」

 僕の呼び声に夏先輩の視線が僕へピントが合って、

「りっ!? 凜っ!?」

バッ!! と、勢い良く飛び上がるように立ち退いて叫んだ。

「な、なななっ何で私の下にいるの!?」

 首筋まで真っ赤にして叫ぶ夏先輩の様子に、

「えと、その……夏先輩が僕にぶつかってきたというか、突進してきたというか…………ははっ」

これ以上刺激しないようにと恐る恐る苦笑いで答えた。

「そ、そうなんだ。ごめんね、ぶつかっちゃって……ケガとかしなかった?」

「え、えぇ……少しビックリしたくらいで。怪我はしてないです」

 プシューッ、と蒸気が抜けるように夏先輩の顔色が元に戻って、怒りが収まってくれたんだとホッと胸を撫で下ろす僕。

「そ、そうっ!! それは良かったわ!!」

 どこかぎこちない声で硬い笑顔を浮かべる夏先輩は、話を逸らすように周囲を見渡して。

「っと…………」

 引き攣った表情で動きを止めた。

「その、なんか……かなりおかしな場所にきちゃったみたいね、私達」

「そう、みたいですね」

 僕は夏先輩の言葉に小さく頷いて、周りの景色に嫌な汗が額に滲むのがわかった。

 黒と紅の光が螺旋を描く景色。それも不気味な螺旋の世界で無数に浮かぶ大きな島々は血で染められたように赤くて、とても現実とは思えなかったけど…………後頭部と背中。それになにより右眼を劈く痛みが現実だと証明してくれている。

「私達、さっきまで学校にいた……ハズよね?」

「はい、それは間違いです」

 そう、ついさっきまで僕達は学校にいて、神隠しの七不思議を確かめる為に生徒指導室で張り込んでいた。

 そこにエリスが現れて、ちょっとした口論になったときに突然、大鏡が紅く光り出して、黒い鎖に両手足を縛られたと思ったら鏡の中に引きずり込まれたんだ。

 他に何か目立つものがないかと辺りを見渡しても宙に浮かぶ大きな島以外は何もなくて、鏡の中に取り込まれたハズなのに当の大鏡も見あたらない。

 普通、鏡の中に取り込まれたら反転した鏡の世界っていうのが怪談話の通説なんだけど…………学校の窓や壁、廊下なんてなくて、鏡の世界どころか完全な別世界。なのに、そんな世界に僕は嫌な既視感を憶えて。

「ここ……なんだか、セフィリア達の法術で作った世界に似てる気がするんだけど…………」

 僕の気持ちを代弁するように夏先輩が唖然としながらも呟いて、僕も素直に頷いた。

「僕も似てるなって思ってたんですけど…………確かジュマが使った法術で『紅境界クリムゾン・ライン』っていうのに似て」

「見てくれは似ている部分もあるが、別物だぞ」

 僕の言葉を遮る冷淡な声が響いて、その声に僕と夏先輩はバッと後ろを振り返った。

 すると、振り返った先では黒い光が渦巻いて、その中から煌めく金髪の女の子がトッと軽やかに地面に着地した。

「エリス!!」

「良かった、無事だったのね」

「どうやら何かの結界内に取り込まれたようだな」

 エリスは僕と夏先輩を一瞥して、特に驚いた様子もなく状況を確認するように周囲を見渡した。

「…………この空間軸。まさか『境界門ライン・ゲート』の中なのか?」

「えっ? 『境界門ライン・ゲート』っの中って」

 僕は以前、エリスと初めてあった時に現れた蒼い光を放つ大きな扉の事を思い出して、

「だが、何故こんなにも景観が変化しているのだ? 空間軸の制御が最も困難なこの場所で空間軸を操れる法術など聞いた事がないぞ」

僕の声が聞こえていないみたいで、エリスは口元に右手を添えながらぶつぶつと独り言のように言葉を紡いでいく。

「ましてそんな法術があったとしても、そんな高度な操作ができる者が…………」

「エ、エリス?」

 エリスの様子に夏先輩は心配になったのか、恐る恐る名前を呼んで。

「………ッ!?」

 驚きと動揺に目を見開いて、正面へ顔を上げた。

「これは……姉様と蘭様の魔力!? 何故ここで二人の魔力を感じるのだ!?」

 戸惑いと驚きに冷淡だった声が感情を荒くする。

「ちょっ、セフィリアとお祖母ちゃんの気配って……二人ともこの世界にいるの!?」

 エリスの言葉と感情に引っ張られるように僕も声が高ぶって、エリスは僕へ気まずそうに視線を向けてきた。

「あぁ、それも何者かと交戦中のようだっているようだが…………相手は死神、なのか?」

「な、なんでお祖母ちゃん達がこんな所に? それに戦ってるってどういう事!?」

 エリスは信じられない、って表情で僕の声を聞き流すように状況を掴もうと神経を尖らせながら気配を探って、

「いや、死神は一人……か。蘭様と同格の魔力がそれで、あとは『第一級クラス・ファースト』級の魔力が三つ。こいつらは死神に近い気配を感じるが……いや、近いというより混ざっているのか」

僕達を置き去りにするように一人状況を把握していくエリス。

「エ、エリスってば」

「姉様や蘭様といえ、少しばかり不利か」

「ねぇ、エリス」

「空間法術、は使えないか……となると直接向かうしかないな」

「エリスってば」

「だが、二人を連れて行くのはあまりにも無謀過ぎる。となると、現段階で最善なのは…………」

 エリスはまるで確認するように小さく頷いて、僕と夏先輩へと体の向きを変える。

「貴様達はここにいろ」

 そう押しつけるように言葉を口にしながら、エリスは右手を僕達に突き出して、

「念のため『空絶』を張っておく。私が姉様達と戻ってくるまで貴様達はここで待」

法術をい使おうとするエリスを止めるように突き出された右手を思いっきり掴んだ。

「待ってよ、エリス!! 一人でどんどん話を進めてるけど、ちゃんと今の状況の事説明して欲しいんだけど」

「説明も何も、今はそんな場合では……」

「さっきも言ったけど、エリスは知ってたよね。みんなが誘拐された事」

 話をはぐらかそうとするエリスの手をグイッ!! って引っ張って、エリスの顔を覗き込むように睨み付ける僕。

「そ、それは…………」

「それに鏡に引きずり込まれてここに来た時も凄く落ち着いてたし、こういう状況も予想してた感じだった」

 痛いところを突かれたように戸惑うエリスに反論させまいとたたみ掛ける。

「だったらちゃんと教えて欲しいんだ。今、この状況が起こった原因も、皆が攫われた理由も……お願いだよ、エリス!!」

「っ…………」

 エリスは生徒指導室で見せた時みたいに弱々しい表情を浮かべて、数秒間悩んでいるように黙って。

「…………貴様達の友人達はおそらく、私達同様この世界に引きずり込まれているはずだ」

「やっぱり……そう、なんだ」

「そんな…………」

 諦め混じりに顔をうつむかせながらエリスの話に、僕はエリスの手を放して、夏先輩は小野先輩達が巻き込まれてしまった事実にショックで言葉を失った。

 僕は心を落ち着かせようと大きく息を吐いて、

「なんで皆が攫われたの?」

真っ正面からエリスを見つめた。

 エリスも厳しい表情で僕に視線を合わせて、ちゃんと伝わるようにって感じでゆっくりとした口調で話を続ける。

「理由も目的もわからない。貴様のように魔力が高いならば話がわかるのだが、先に取り込まれた人間達は皆ごくわずかな魔力しか持っていなかったはずだ」

「そんな…………」

「それにここ数日、貴様が『霊現体ゲシュペンスト』がえないと言っていたが…………それも同じくこちら側に取り込まれての事だ」

「そう、だったんだ……だから」

「情けない話だが、事を仕組んだ者の目星もついていないのが現状だ」

 まるで自分の無力さを噛みしめるようにエリスの表情が歪んで、

「目星って……お祖母ちゃん達が戦ってるなら、その相手が犯人なんじゃないの?」

「現段階では何ともいえないが……おそらく無関係ではないはずだ」

不確かなものを探るように、エリスの表情は曇り続ける。

「ただの悪霊の仕業というには無理のある高難度の空間法術による人間と『霊現体ゲシュペンスト』の拉致、そして今現在姉様達が戦っている者達の力と姉様に下った任務の内容を考えれば、何か白の繋がりが…………」

 自分の中の焦りを沈めようと状況を整理しようとするエリスの言葉に、僕は不意に引っかかりを感じて。

「セフィリアに下った任務って…………エリスの指導係じゃなかった?」

「っ!?」

 僕の言葉にエリスの鋭かった目が大きく見開かれて、

「指導係なのに、今戦ってる相手とセフィリアの任務がなんで関係あるのさ?」

「くっ…………」

「エリス、セフィリアの本当の任務って何?」

「…………っ」

じんわり滲む不安とエリスの煮え切らない態度に僕は思わずムッとなって、声を張り上げて。

「どうして黙るのさ!? エリス、答えて…………ッ!?」


 ――――――――――――――――――ビキッ!!


 不意に、僕の言葉を横から殴りつけるように右眼を貫き続けていた激痛は、眼球を粉々に砕くような荒々しいモノに変わった。

「ぐぅっ!?」

 右眼を殴りつける激しい痛みに右眼を押さえながらその場に膝をついて、喉の奥からこみ上げてくる悲鳴を必死で噛み殺す僕。

 今まで感じた事のない痛みに体中から汗が噴き出て、

「凜!? どうしたの!? 右眼が痛むの!?」

心配して隣にしゃがみ込んだ夏先輩に答える余裕もなかった。

「がっ、あっあぁ……ぐ、っぁ」

「どうしたんだ!? 萩月………っ!?」

 突然の事にエリスも驚きつつ、慌ててしゃがみ込もうとした時だった。

 エリスはバッと後ろを振り返って、僕と夏先輩を背に顔を上げながら身構えて。

「…………来る」

 緊張感に張り詰めたエリスの声。

 その声を引き金にして僕達の正面、その上空に黒い光が渦巻いた。

 黒い光の渦は二つ。そしてその光の渦は人の大きさまで大きくなったところで砕け散るように飛び散って。

「な、なに……が?」

 僕は右眼の痛みに霞む視界で、エリスが睨み付けているモノになんとかピントを合わせた。

「あ、れ…………は」

 僕の左眼に映ったのは血の気を感じさせない青ざめた肌と青紫色の唇。肌と同じで真っ白な髪にどす黒い濁った感情で染まった深紅の瞳。そして黒を基調とした見慣れた制服。

 二つの人影の内、一人は肩まで伸びる柔らかい癖毛の女性で、もう一人は黒縁眼鏡のほっそりした長身の男性。

 その黒い渦から現れた二人にエリスの顔色は驚愕と悲痛に真っ白に青ざめて、

「何故、貴方方が…………」

怯えと疑問に震える声で弱々しく言葉を零すエリス。 

「エリス、あの人達の事知ってるの!?」

 僕の肩を抱き支えながら立ち上がる夏先輩が、怖々と問い掛けて。

「…………あ、あぁ」

「な、なら大丈夫……ってことよね?」

「いや、むしろ大問題だ」

 安心に息をつこうとした夏先輩に不安を突きつけるように言い切るエリス。

 その言葉に夏先輩は綻びかけた口元が引き攣って、

「え? な、なんで大問題、なの?」

心の奥で渦巻いていた怯えに声が震えていた。

「…………あの方達は二週間前。神村夏子、お前が殺された日に同じく殺された『第二級クラス・セカンド』ジュリア=ノーマンと『第一級クラス・ファースト』ロレンス=シュトリンガー…………私の先輩方だ」

「なっ!?」

 肩を抱き支えている手が震えだして、夏先輩が恐怖感に押し潰されそうになっているのが伝わってきた。

「何故、ですか!?」

 焦りと緊張に上擦る声で元先輩といった死神達に叫ぶエリス。

「何故死んだはずの貴方方がここにいるのですか!?」

「…………………………」

「…………………………」

 問い詰めるエリスに上空で浮かぶ二人の死神は答える事はなくて、

「くっ…………」

代わりに、僕とジュリアと呼ばれた女性死神と視線が重なった時、ジュリアの口元が緩んで、嬉しそうに唇の両端がつり上がった。

「っ!?」

 その笑顔を見た瞬間、かすれていた視界は一気に鮮明になった。

 右眼の痛みとは違う理由で体中から嫌な汗が塗り替えるように流れて、全身に寒気が奔った。

「………………」

 血の気のない無邪気な笑顔が…………僕の意志に関係なく、視線を釘付けにする。

 嫌悪、憎悪、醜悪…………色々な負の感情に視線を逸らしたくなるのに、視線を逸らす事が出来ない理由が嫌でもわかってしまう。

 僕がジュリアから視線を逸らせない理由―――――――――それは罪悪感。

 姿形は勿論、性別だって違うのにその笑顔がどうしてもアイツと重なって逸らす事が出来ない。

 ジュリアの笑顔、それは僕が殺した死神ジュマ=フーリスと同じで…………。

「くっ…………」

 隣には夏先輩、正面にはエリス。そして上空には二人の死神しかいないのに、耳に響いたのはアイツの声。


 ―――――――――逃げられないよ。


 その声はどこまでも無邪気で、どこまでも冷たかった。

 


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