――― 5月12日 軋む日常・転 ―――
三ヶ月ぶりの更新です^^; 大変お待たせして申し訳ないですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「フゥッ…………」
雲一つない青空の下、僕は右手に持った箸を半分くらい食べ進めたお弁当に静かに置いた。
「……………………」
午前中の授業が終わって今は昼休み。
いつもだったら夏先輩と一緒にお弁当を食べてるんだけど、今は屋上出入口の上で一人でご飯を食べてる。
夏先輩はというと昨日の僕と同じで警察からの事情聴取。今回は僕らのクラスの時とは違って大事になった所為か、朝から全学年通して聴取。そして丁度午前の従業が終わった時に夏先輩から「私のクラス、今から事情聴取みたい。今日はご飯いけないかも」ってメールが来た。
マメだなぁ、って感心しながら「わかりました、先に食べてますね」って返信して屋上に来たのが大体十分前。
「………………」
僕は胡座を掻いた足の上に乗ったお手製のお弁当と睨めっこして。
「神隠し、か…………」
朝のHR前に授業合間の休み時間、それに授業中にこっそり近くにいたクラスメイトにウチの学校の『都市伝説』について聞いた時の事を思い返してみた。
その『都市伝説』は夏先輩の言う通り、二日前くらいに雑誌に取り上げられていたらしく、今の騒ぎもあってクラスの子達のほとんどが知っていた。
クラスの子達だけしか聞けなかったけど、話を聞いた限りでは記事に載っていた事以上の事は知らないらしく…………まぁ、予想通りといった感じで手がかりはなかった。
「闇が支配する四時四十四分。二階西校舎の大鏡に鏡の世界の扉が開かれ、そしてその鏡に姿を映したものは鏡の世界に閉じこめられ二度と戻ってくる事はできなくなる…………か」
箕島さんや浪岡先生、それに小野先輩達が行方不明になったのは大体午後八時過ぎた頃。聞き回った七不思議の時間とは大分違う。
それに西校舎の二階、生徒指導室の大鏡も屋上に来る途中に寄ってみた。
幽霊とかの類が関係しているなら右眼で視れば何かわかるかもしれないと思ったけど、右眼で視えたのは左眼と同じ鏡に映る自分の姿だけで、異変が起きたような様子はなかった。
「う~ん、他にも神隠しになる話とか、神隠しが起きる特別な条件でもあるのかなぁ?」
現時点で調べてわかった事に行き詰まって、腕組みしながら唸る僕。
幽霊とかの類が関係していないとなると、僕に出来る事は現状では何もない。
ただの誘拐、拉致事件なら行方不明になった皆の無事を祈るしかないわけで。
「…………やっぱり、僕も普通の人間なんだな」
何かしたいと、何か力になりたいと思っても結局は幽霊が視えるだけの人間。
何もできないっていう現実がどうしようもない歯がゆさと無力感を体の奥から引き摺りだして、胸の辺りでモヤモヤしている空気を吐き出すようにため息をついた時だった―――――――――チクッって右眼に棘が刺さるような痛みが奔って。
「っ!?」
その痛みに右眼を押さえて、顔を顰める僕。
「っ…………七不思議の事考えてたから幽霊でも寄ってきたのかな?」
いつも暗い話や重たい話をすると、それに引き寄せられるように近くの幽霊が寄ってくる。まぁ、それは今に始まった事じゃなくて、小さい頃からの決まり事みたいなものだ。
小さい頃はそれが怖くてで、良く母さんやお祖母ちゃんにひっついてたっけ。
昔の事を思い出しながら右眼から黒のコンタクトを外して、恐る恐る周りを見渡してみると。
「…………あれ? 誰も、いない?」
いると思って身構えていたのに周りには誰いなくて、右眼の痛みも静かに消えた。
いつもと違う状況に僕は首を傾げて、
「幽霊がいないのに右眼が痛むなんて…………またコンタクトがずれたのかな?」
右手で外したコンタクトをしげしげと見つめて「コンタクト付けるの下手になったのかなぁ」って呟きながらコンタクトを付け直そうとした時だった。
ふとある事が頭の中によぎって、僕はコンタクトを見つめた状態で動きが止まる。
そういえば昨日、コンタクトを外しながら学校に来た時も幽霊を視なかったけど…………今考えてみればおかしな状況だよね?
今まで僕に幽霊が近寄ってこなくても幽霊そのものはたくさんそこにいて、コンタクトを外せば嫌でも視えていたのに…………ここ二日間、一人も視てない。
「やっぱり、また町で何か良くない事が起きてるのかも…………」
僕は組んでいた腕をほどいて、右手を顎先に添えてため息混じりに呟いた。
「幽霊が視えないのは七不思議と関係ありそうだけど…………皆の事件とは関係なさそうだし、こっちはエリスにでも話を」
聞いてみよう、そう言いかけて。
「何か私に用か? 萩月凜」
後ろから堅い声がドッ!! って重たい音と一緒に響いた。
「へっ!?」
僕は突然の声にお弁当を膝の上から落ちそうになるのも関わらずバッと後ろを振り返って、左眼に映る金髪の女の子の姿に思わず叫んだ。
「エ、エリス!? な、何で学校に!?」
「ただの巡回だ。無駄に驚くな、目障りだ」
いつもの如く跳んで来たのか、乱れて肩に掛かった煌めく金髪を後ろに払う仏頂面のエリス。
「ご、ごめん」
年下の筈なのエリスに、その文句なしの美貌から出てくる圧力に思わず頭を下げてしまう僕。
エリスはそんな僕にフンッとそっぽを向いて、校門へ顔を向けた。
屋上からだと遠くてよく見えなかったけど、エリスの視線の先には何台ものパトカーと数人の制服警官がバリケードを作って取材をしに来ていたテレビ局の人達と先の見えない押し問答をしている光景が見えた。
それを見ていたエリスは小馬鹿にするように小さくフンって鼻を鳴らして、腕組みして口を開いた。
「なにやら騒ぎがあったようだが…………それほど騒ぐような事でもあったのか?」
「えっと、ウチの学校で誘拐事件があってさ。それで警察の人とテレビ局の人達が来てるんだ」
「人さらい、か。私からすれば騒ぐほどの事でもないが貴様達人間にしてみれば大事のなのだろうな…………まぁ、いい」
無関心って風に平坦な声で呟きながら、顔を僕へ向け直すエリス。
「先程、心外にも私の名を口にしていたが何か用か? あるのなら手短に話せ」
「えっ? あ、うん」
予想外だったエリスからのバトンに、僕は膝の上にあったお弁当を手早く脇にどけて立ち上がった。
「その、町の幽霊の事で聞きたい事があるんだけど…………」
「町の? 町の『霊現体』がどうかしたのか?」
エリスはキョトンと不思議そうな顔で首を傾げて、
「最近、姿を視てないと思ってさ。いつもはたくさんいる筈なんだけど、エリスは町の幽霊の事で何か知らないかな?」
「あぁ、その事か」
僕の質問に納得したっていう様に頷いた。
「私がこの町の魔力のバランス調整をしているのは知っているな」
「うん、知ってるけど…………エリスの任務に関係してるの?」
「そうだ。今、魔力の流れが一番不安定なのが商店街の辺りなのだが、その場所の魔力バランスを安定させるのに『霊現体』達の微弱な魔力が作業の邪魔でな、法術で半径3キロ圏内で霊体除けの結界を張ってる」
「じゃあ、ここ最近僕の右眼に幽霊が視えないのって」
「あぁ、その影響だろう。貴様も彼等を視る事を極力避けているようだったし、問題ないだろうと思って説明していなかったんだが…………何か気になる事でもあったのか?」
僕の質問に何か引っ掛かるような表情で問い掛けてくるエリス。
僕はエリスの表情に変な心配させちゃいけないと思って慌てて理由を言って、
「その、普段視えてるのにいきなり視えなくなったから……何か事件でも起きてるのかなって心配になってさ」
ハハッ、って最後に短く笑ってすます僕。
エリスは僕の言葉に小さく息をついて、ジロッと睨む。
「そんな些細な事で心配などしなくて良い。そもそも死神である私がいるのだ、貴様が荒事に関与する必要もないだろう」
そのエリスの言葉に「エリスが説明してくれなかったからじゃない」って言いそうになって、
「いや、その…………まぁ、そうだよね」
ギリギリの所で喉から出た言葉を差し替えた僕。
僕はほっぺを描きながら苦笑いでエリスに答えて、僕をジト目で見ていたエリスの目が何か思い出したように丸くなった。
「あぁ、そういえば私も貴様に用があったな」
「僕に用?」
「まぁ、用と言うほどのものでもないが……萩月凜、今日は放課後に予定はあるのか?」
「へ?」
僕はいきなりの何の脈絡もない話に思わず気の抜けた声を出して、
「今日は家に戻るのが遅くなる。私は夕食の準備に間に合いそうにないし、それに姉様達もいつ帰ってくるかもわからんからな。なるべく早めに家に帰って欲しいのだが」
「あぁ、それなら今のところ大丈夫だと思う。警察とか学校から何もなければすぐに帰れると思うし、何かあってもなるべく早く帰るようにするから」
エリスの伺い顔に小さく笑みで返して、エリスも小さく頷き返してくれた。
「そうしてくれると助かる」
「別に気にしなくても大丈夫だよ。エリスは仕事してるんだし、それに元々僕ん家だしね」
珍しく僕に丁寧な対応をしてくれるエリスに苦笑いして、
「居候の身ですまないな、貴様も友人が行方不明になって大変だと思うが頼んだぞ」
「うん、まかっ……」
任せてと答えようとして思わず言葉が詰まってしまった。
「っ……………………」
僕はある事に気がついて、目を大きく見開いたまま硬直。
「ん? どうしたんだ?」
エリスの怪訝そうな声と表情にハッと我に返って、眉間に皺を寄せてながらエリスを上目遣いで見つめた。
「ごっ……ごめん、エリス。今日、放課後に警察の人と話す約束してたんだった」
「む、そうなのか?」
「う、うん…………その、帰る時間も警察の人次第ではかなり遅くなるかも…………っ!?」
僕の言葉にエリスの眉がピクッて跳ね上がって、エリスの不機嫌メーターが一気に跳ね上がったのがわかる。
「…………ご、ごめん。その、なるべく早く帰れるように努力はするから」
「…………まぁ、いい。貴様にも事情というものがあるだろうから仕方がないだろう。が」
エリスは両手を腰に当てて、僕の顔を覗き込むように睨み付ける。
夏先輩やセフィリアに負けないくらいの美貌も、不機嫌さが全面に出ると威圧感が半端じゃないって実感する。
「最悪二〇時前には家に戻れ。もしくは学校からでられるようにしろ? その時間に出て死ぬ気で走って準備すれば私が帰宅する前には夕飯の準備が出来ているはずだからな」
「ど、努力します」
丁寧な対応なんてどこへやら。完全に不機嫌状態でプイッとそっぽを向いて、僕に背を向けるエリス。
「せいぜい昨日のように寄り道せずに帰る事だな」
不機嫌から滲み出た怒りを投げつけるように一言言い残してドンッ!! と床のコンクリートを蹴って高々と跳躍。
少し離れた民家の屋根に着地。そこから商店街の方へ向かって跳躍を繰り返して、あっという間もなくエリスの姿が見えなくなった。
「…………………………」
僕はエリスの姿を見えなくなった商店街の方をただ立ちつくしたまま見つめて、
「…………なんで?」
心の中でざわめくように顔を出した疑問を声に出した。
「なんで、行方不明になったのが僕のクラスの子だって知ってるの?」
エリスは最初学校に来た時「何の騒ぎだ?」って事件の事を知らない様子だった。それで僕は「ウチの学校で誘拐事件があってさ」って答えただけで、誰がだなんて一言も喋ってないのに――――――貴様も友人が行方不明になって大変だと思うが、って確かにそう言った。
「…………やっぱり、またこの町で何かが起きてるんだ」
それも僕に内緒にしたい様子だった事を考えると、間違いなく幽霊絡みの事件。という事は箕島さんや浪岡先生、小野先輩達全員……あの七不思議。神隠しにあった可能性が高い。
けど、それを確かめようにもエリスのあの様子だと話を聞いても教えてくれそうにないし、警察の人にそんな話をしても鼻で笑われて終わりだろうしなぁ…………。
「…………やっぱり自分で確かめるのが一番、かな」
僕は途中だったお昼ご飯を食べようと腰を下ろして、胡座を掻いた。
「そうなると皆が行方不明になった時間帯まで学校にいないと駄目だけど」
事件が大っぴらになった今の状況だと放課後に部活とか居残りは出来なくなると思うし、警察の人も校内を巡回する筈。それに一度学校を出て、その時間帯に学校に来ても校門は閉まってる可能性も高い上に、警察だって犯人の手がかりを掴む為に近くで張り込みとかしてると思う。
「一度外に出ると戻れないって思った方がいいかも…………時間までどこかに隠れてるしかないか」
僕は見つかりにくそうな場所を思い浮かべながら、右手で箸を取って。
「念のため靴も中履きと外履きを入れ替えておこうかな。校内に残ってないかチェックしそうだし…………あ、夏先輩にもメールしとかないと駄目だ」
ほぼ毎日一緒に帰ってるから何も連絡しないと校門でずっと待ってくれてる可能性がかなり高いし、何より危ない目に遭わせたくし。
「内容は……急用が出来たので先に帰ります、って感じで良いかな?」
僕は夏先輩へのメールの内容を考えながらご飯を一口頬張って――――キィッて梯子の下から金属がこすれるような音が鳴った。
「ん?」
その音に僕は誰か来たのかな? ってお弁当を持ったまま梯子の上から下を覗いて見ると、屋上出入口のドアが少しだけ開いていて小さくゆらゆら動いていた。
程よく噛み潰したご飯をコクッて飲み込んで、
「あれ? ちゃんと閉めたと思ったんだけどな…………まぁ、いいか。ご飯食べてから閉めよっと」
ただの記憶違いってご飯の続きに戻った。
この時、放課後の事に考えを巡らしていた僕は気づかなかった――――――僕が顔を引っ込めた後、少しだけ開いていたドアが音もなく静かに閉じた事を。
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「…………やっと、か」
音を発てることなく掃除用具のロッカーを内側から開いて、待ちくたびれた暗闇に小言をこぼす僕。
ロッカーを出るとそこはロッカー同様にとっぷり暗くなった教室。
今は僕がいるのは二階西校舎にある生徒指導室だ。
授業が終わってすぐに職員室から生徒指導室の鍵を借りに行った。
最初は鍵を管理している女の先生に「何の用で使うの?」って不信がられたけど、そこは高校二年生。生徒指導室の中には進学先の大学の資料や昔の就職先の求人情報があるから「今の内から進学や就職の参考に見ておこうと思って」って最もらしい理由を言ってみた。
まぁ、二年になったばかりで自分でも速いかもって思ったけど「まだ二年の五月なのに感心、感心」って頭を撫でながら貸して貰えた。
そこからは一度生徒指導室で一時間くらい時間を潰して、鍵を閉めずに鍵を職員室へ。その後、大急ぎで生徒指導室に向かい、誰にも見られない用に入室。内側から鍵をロックして、掃除用具のロッカーに隠れた。
「さすがに暗くて何も見えないや」
長い時間ロッカーの中にいた僕は固まった首を左右に倒しながら解して、暗闇の中でズボンのポケットから携帯電話を取り出して、パカッと開いた。
そうすると携帯の画面がパッと点灯して、ライト代わりに。その光が目につかないようにその場にサッと屈んだ。
そのついでに携帯の時計を確認してみると時間は午後七時五十六分。あと少しで八時になる。
「もう少しで皆が消えた時間か…………」
そう言って僕は携帯電話を床に置いて、右眼のコンタクトを外した。
「…………何か手掛かりが掴めると良いんだけど」
外したコンタクトをブレザーの内ポケットから取り出したコンタクトケースに閉まって、また内ポケットへと戻した。
それから床に置いた携帯電話を左手で掴んで、生徒指導室の出入口まで近づく。
僕はドアのロックを音を発てないよう慎重に外して、ドアの小窓から顔半分を覗かせて廊下の様子を窺った。
廊下は窓から差し込む月明かりで少しだけ明るかったけど、それでも暗くて五メートル先も見る事は出来なかった。でも今は人の気配は感じられなくて、見回りのライトの光も見えない。見えるものと言えば生徒指導室正面の大鏡に映る僕の姿くらいで、右眼にも幽霊やそういった類のものも視えていないから、今のところは平常、なのかな。
「あとは何か起こるまでここで様子見かぁ…………」
前に来た警察の人の話だと犯行時刻は夜の八時から九時の一時間の間。その時間に誘拐、または拉致されたって言っていたから最低でも一時間はここで見張っているとして……何も起こらなかったらどうしようかな?
一番理想的なのは都市伝説にもあった通り真夜中の四時四十四分――――つまり明日の明け方前までここにいてその時間にかがみの前に立つ事。そうすれば今すぐここで何か起きる事はなくても、その時には何か起きるかもしれない。
そこでも何も起きなきゃ『都市伝説』……七不思議の真相は立証されるから、少なくともある程度事件との関わりや不確かな可能性を制限できる。
「でも、そうなると完全に夕飯の支度は出来なくなるから……エリス、すっごく怒るんだろうなぁ」
今思えば昼休みにエリスが僕に「早く帰れ」って言ったのは、僕を危険に事に巻き込まない為だったのかもしれない。
いくら人間嫌いとはいえエリスも死神。人間の安全を最優先に任務をしているんだろうし、僕はある意味では前科持ちだから特に目を光らせているのかもしれない。
「でも、人間が嫌いなのに人間を護るって大変なんだろうなぁ」
嫌な事をする時は精神的にも肉体的にも結構疲れる。僕なんかもあまりたくさん人がいるところは好きじゃないから、そう言ったところに行くとかなり疲れるからよくわかる。
出会ってから約一週間。悪態というか厳しい態度で接していたエリスの姿が頭の中に浮かぶ。
「………………」
人間なんて眼中にない。人間なんて心の隅にも置いておく必要もない。人間とは会話すら必要ないと不満を隠すことなく示した表情。
でも、一昨日。エリスと一緒に夕飯の準備をしていた時のあの表情は、今までの中で違うように見えた。
僕お気に入りのエプロンを渡した時の和んだ顔に、母さんの事で気遣ってくれた時の痛みを理解してくれようとしてくれた顔。まぁ、その後に出た言葉は結構厳しいものだったけど…………それでも、あの時のエリスの表情はとても人間嫌いっては思えなかった。
そんなエリスの様子を思い出しながら僕は首を首を傾げて、
「エリス、本当に人間が嫌いなのかなぁ?」
一人、暗い生徒指導室の中で自問自答してた時だった。
「あれ?」
ふと、正面の大鏡に映った僕の上に映っていた壁掛け時計に気がついた。
暗闇に目が慣れたのか、鏡に映し出された壁掛け時計の時刻が見えて、時針が指していたのは八時。
「時間、か…………ここからは気を引き締めていかないと」
鏡越しに確認した時間に僕は言葉通り、気を引き締めようとして――――偶然、ある事に気がついた。
「へぇ、鏡にモノが映る時って反対になるけど八時って四時に見えるん……っ!?」
なんとなしに呟いた言葉に背中へゾワッ!! って悪寒が奔り抜けて、思わず立ち上がって後ろを振り向いた。
「ま、まさか…………」
動揺する僕を冷めた目で見るように、時計の時針は何事もなく進んで。
「七不思議の『真夜中の四時四十四分』って…………」
胸の奥から蠢くように、じわりと滲んだ疑問が確信へ変わり掛けた時。
―――――――――――コッ。
それを後押しするように小さな靴音のようなモノが背後で響いた。
「ッ!?」
――――――しまった!!
僕がその音に気がついたと同時にドア越しに背中に感じる、突き刺さされるような圧迫感。まるで一瞬の動揺を狙ったみたいに現れた気配に、僕は後悔した――――――完全に隙をつかれた。
「ッ…………」
後ろでドアが静かに開く気配を感じて、ドアを開けるという事は少なくとも人間……ううん、セフィリア達みたいに実態を持った何かっていう可能性もある、と恐怖を誤魔化すように頭を回転させる僕。
「フッ!!」
僕は開いたドアから流れるように迫る圧迫感に、正面へ飛ぶのと同時に体を反転させて左手を前に突き出して右拳を後ろに引きながら構えた。
「だ」
背後に感じていた圧迫感に怯むまずに「誰だっ!?」って声を張り上げようとして、
「ッ!?」
「なっ!?」
僕の行動に驚いて目を見開いている人影に、声が喉元で急停止した。
「………………」
「………………」
生徒指導室の出入口に立っていたのは右手を少しだけ前に伸ばした格好で、切れ長の目を丸くした夏先輩だった。
「………………」
「………………」
僕らは互いに驚き顔で固まって、重いような軽いような……どこかいたたまれない沈黙に無言で見つめ合って。
「………………」
「………………」
丸くなっていた目を刃物みたいに鋭く、伸ばしていた右手を引いて胸の前で腕組みして仁王立ちする夏先輩。
僕は構えを解いて、間の抜けた声で言った。
「な、なんで夏先輩がここに?」
「昼休み、エリスと話をしてたでしょう。その時に屋上の出入口の所で話を聞いてたの」
僕とは対照的に不機嫌、というか完全に怒っている声で答える夏先輩。
「最初はエリスと話し終わったら出て行こうと思ったんだけど……その後に凜が言ってた事聞いて、私も学校に残ろうって決めたの」
「あぁ…………」
夏先輩の答えに閉めたと思っていた屋上出入口のドアが開いていた事を思い出して、僕は顔を隠すように右手で覆った。
あの時、僕が下の様子に気づいた時に夏先輩がいたんだ…………夜の準備に気を取られて気づかなかったんだ。
「もう、また私に内緒で危ない事して…………」
「いや、これはその…………前みたいに幽霊が関係しているかわからないですし、まだ危ないと決まったわけじゃ」
呆れと心配が入り交じったため息をこぼす夏先輩に僕は慌てて弁解して。
「皆が行方不明になってるんだから、幽霊云々関係なく危ないに決まってるでしょう」
ごく真っ当な言葉で僕の弁解を打ち落とす夏先輩。
「で、でもですね」
それでもと僕は反論を返そうとして、
「それに言ったよね…………」
僕の反論をそっと押さえ込むように静かで重い声で言葉を紡ぐ夏先輩。
「…………皆が背負ってるモノをほんの少しだけで良いから私にも背負わせてよ、って」
「あ…………」
夏先輩の言葉に、あの日――――死神ジュマ=フーリスと戦っていたあの日の記憶がドンッ!! と強烈に浮かんで……言葉が出なかった。
巻き込んでしまった後ろめたさから内緒にしていた事―――――ジュマの本当の狙いが僕の魂だったと言う事。
それを知った夏先輩にセフィリアと一緒に怒られたあの日の記憶が、頭の中で鮮明に溢れだして。
「はい、確かに」
あの日と同じ後ろめたさに気圧されて、力のない笑みで言葉を返す僕。
そんな僕の笑みを見た夏先輩は怒り顔から寂しさが滲んだ笑顔に変わって、
「私にできる事なんてないのかもしれないけど……凜が抱えてる辛い事や悲しい事。ほんの少しで良いから私にも背負わせて、ね?」
願いを請うように、優しい声で問い掛けてきた。
僕は夏先輩の寂しさの滲んだ笑顔と温かくて優しい声に、
「はい…………ありがとう、ございます」
と、自責に沈みつつ、感謝の苦笑いで返事を返した。
僕の答えに少しだけ明るくなった夏先輩の笑顔に、僕はほっぺを掻きながらその場にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、その……僕がここでやろうとしている事と状況を説明するのでドアを閉めてこっちに来てくれるとありがたいです」
「うん、わかったわ」
軽くなった声で頷いて、ドアをそっと静かに閉める夏先輩。
それから夏先輩もその場にしゃがみ込んで、四つん這いになって僕の所へ。
「屋上で少しだけ話は聞いてたけど……とりあえずここで張り込みするのよね?」
僕の正面で正座して、顎先に人差し指を添えて首を傾げる夏先輩。
「はい、とりあえずは警察の人が言っていた九時までの一時間はここで張り込みをしようと思ってます。それで誰も来なかったり、何も起こらなかった場合は…………ここで徹夜をしようかと」
僕は視線を夏先輩から逸らして、計画とはいえない計画を気まずいながらも告げて。
「て、徹夜!?」
予想通り、予想外って驚く夏先輩が小さい声でもハッキリとした言葉を続ける。
「徹夜って……明日の朝まで学校にいるって事?」
「えぇ、まぁ…………出来れば一時間以内に事件の元凶、もしくは犯人が出てきてくれるのが理想的なんですけどね。それにせっかく学校に隠れたのでこの際『都市伝説』――――神隠しの七不思議も確かめてみようと思って」
驚く夏先輩には悪いと思いつつも、明日まで学校にいる事は決定済みみたいに話を続ける。
「なので、夏先輩は九時まで何も起きなかったら帰ってください」
「え? なんで?」
僕の言葉に驚きとは別に不思議、って顔で目を丸くする夏先輩。
「いや、なんでって…………」
そんな夏先輩に僕の方が逆に驚き返されて、ごくごく真っ当な理由を口にする。
「今の時間でも怪しいですけど、あまり帰りが遅いと冬樹さんも心配するでしょうし」
「あぁ、それなら大丈夫。お父さん、昨日の夜に急患の患者さんが出たみたいで今日も病院に泊まるって言っていたから帰らなくても大丈夫」
帰らせる口実と冬樹さんを出しにしてみたものの、若干ドヤ顔であっさり返されて。
「え、っと……」
「徹夜かぁ……高校の入試以来だから、途中で寝ちゃってたら起こしてね」
もう一緒に徹夜する事を決めた夏先輩の姿に、額からたら~っと汗が一滴流れた。
身の危険があるかもしれないのに軽いなぁ…………。
「…………じゃあ、これだけは約束してくださいね」
「ん? 何を約束するの?」
「ここで何か起きたら夏先輩はすぐ物陰に隠れてくださいね。もしここで争い事とかになったら僕が対応しますから…………いいですね?」
ため息混じりにアクシデント時の対応を夏先輩に念押しして、
「うん。絶対に守るとは言えないけど、約束するわ」
さりげなく守るつもりがないって返されて、夏先輩の無視加減に思わず体から力が抜けて床にゴンッ!! っておでこをぶつけた。
「り、凜っ!?」
僕の頭突きに夏先輩が僕へ手を伸ばして、僕はそれを払いのけるようにバッと体を起こした。
「難しい約束じゃないですし、夏先輩の事を思って行ってるんですから約束してくださいってばっ!!」
声の音量は抑えつつも、夏先輩を危険な目に遭わせたくないって気持ちを前面に押し出して訴える僕。
「その、気持ちは嬉しいけど…………約束事では破りまくりの凜にとやかく言われたくないかなぁ」
僕の思いを夏先輩が苦笑いで受け止めて、さらりと約束を受け流した時。
「全くだ。癪に障るがその事に関しては神村夏子と同意見だな」
頭の中に冷たい怒りを宿した声が響いて、その声が突き刺さるように右眼をザクッと鋭い痛みが貫く。
「クッ!?」
「こ、この声って」
僕は痛む右眼を抑えて、夏先輩は痛みにふらついた僕を支えながら周囲を見渡すと。
「人間ごときが死神である私との約束を反故にするなど有り得んな」
忌々しい、って最後に付け加えられた不満タラタラな声と一緒に、僕と夏先輩の正面の空間に蒼い光が煌いた。
煌いた蒼い閃光は大きな光の壁になって、
「蘭様の血縁といっても、あまりにも不遜な行為だとは思わないか? ――――――萩月凜」
蒼の閃光を切り裂くように輝きに満ちた金髪が顔を出して。
『エ、エリス!?』
冷淡な美貌の持ち主の女の子の名前を口にした。
「フン」
驚きと萎縮に口元を引き攣らせた僕と夏先輩を一瞥して、つまらないものを見たって感じで鼻を鳴らすエリス。
「私との約束を反故してまで何をしているかと思えば…………神村夏子と逢い引きとは」
「っ!?」
イライラした声で言ったエリスの言葉に夏先輩は一瞬でトマトみたいに顔を赤くして。
「逢い引きなんかしてないよ!!」
僕も顔が熱くなるのを感じながら全力で否定した。
「ん、違ったか?」
「違うよ、僕と夏先輩は……その、そういう事じゃなくて行方不明になった人達の事件を調べてるんだよ」
「何故、貴様達があの事件の事を? 警察とやらが調査しているのだろう? 貴様達がやらずとも問題ないのではないか?」
「エリス、昼間に僕と話した時……嘘ついたでしょ?」
「嘘?」
僕の言葉にエリスは眉尻をピクリと跳ね上げて、驚き顔から目を鋭く尖らせた威嚇顔へ変わるエリス。
不機嫌顔とは違って身を切るような圧力を叩きつけてくるエリスに、僕は立ち上がって物怖じせずまっすぐ見つめる。
「昼間、事件の事を何も知らないってフリをしてたけど…………」
「いったい何の話をしている?」
僕の言葉に間を空けずに問い掛けるエリス。でも、その言葉奥地にする前に一瞬だけ動揺に瞳が揺れた。
その動揺にたたみ掛けるように、言葉を突きつけていく。
「僕がエリスに話したのは誘拐事件があった事だけで、誰が誘拐されたのかは話してないんだけど」
「それがどうしたというのだ?」
「事件の事を知らないはずなのに、なんで「友人が行方不明」にって言ったの?」
その言葉にエリスの眉尻がピクッて跳ねて、
「いくら神様っていっても法術を使った様子もないし、あんな短い時間で事件の事を把握するなんて無理だと思う」
「………………」
「エリス、最初から事件の事知ってたんでしょ? それも死神が関わらなきゃいけない事で」
「………………っ」
心中を射貫いたのか、苦しげな表情で押し黙ってしまうエリス。
場の重苦しい雰囲気に夏先輩も立ち上がって、僕とエリスのやりとりの様子をじっと窺ってる。
それから暫く重苦しい静かな時間が流れて、
「…………私とした事が少々迂闊だったな」
自分への責めなのか、ポツリと呟いて諦めが滲んだため息をつくエリス。
そして僕へ向けられた碧い瞳にはさっきまであった動揺は消えて、代わりに強い義務感のようなものが見えた気がする。
「確かに、私は貴様に嘘をついた……それは謝罪しよう」
「エリス…………」
「だが、貴様達に話す必要のない事だ。この件は死神の領域、何の力も持たない人間が遊び半分で関わって良い問題ではない」
越えようのない一線を深く刻むように、冷たくて厳しい視線で僕達を見据える。
揺るぎない感情の奔流に怯みそうになる心を振るわせて、
「そんな事ないよ!! 僕達は」
「遊びなんかじゃないわ」
僕の言葉を代弁するように、夏先輩が静かで、それでいてハッキリとした声で告げた。
「な、夏先輩?」
「大切な友達が、大事な人が攫われてるのに軽い気持ちで関わったりなんかしない」
叩きつけられていた冷たい感情を振り払うように腕を振って、代わりに熱を持った感情をぶつける夏先輩。
「大切な人達を助けたいから私と凜はここにいるの。遊び半分でここにいる訳ないじゃない!!」
「………………」
エリスの冷たい瞳を真っ向から受け止めて、跳ね飛ばす夏先輩。
僕はそんな夏先輩の姿に呆気にとられながらも、夏先輩にとって小野先輩がどれだけ大切な人なのか再認識した。
夏先輩とエリスの睨みが三度目の重苦しい沈黙を呼んで、エリスは自分の体を抱きしめて。
「…………何故だ?」
冷淡から哀愁、普段の強気な態度とは違う――――とても優しくて、儚くて、悲しい表情。
「え?」
「何故って…………?」
今まで一度も見た事のない弱々しいエリスの様子に、僕と夏先輩はそれ以上言葉が出てこなくて。
「何故、貴様達は取り戻せた日常から外れようとするのだ?」
エリスは僕達とは違う何かを見ているような虚ろな瞳で言葉を続ける。
「先程もいったがこの件は我々死神の領域、それに貴様達でいえば警察と言った組織の本分。それなのに何故、我々に任せず自らの身の危険に晒し、日常とはかけ離れた場所へ踏み入れようとする?」
「大切な人を助けたいから…………と、しかいえないかな」
夏先輩もエリスの様子に戸惑ってはいたけど、きちんと質問に答えを返して。
「ならば、尚のこと我々に任せるべきだ。貴様達が誘拐された人間達を大切に思っているのなら、その者達も貴様達の事を大切に思っているはずだ」
エリスは顔をうつむかせ、小さく震える体を強く抱きしめながら言った。
「その者達が自分を助ける為に貴様達が危険な目に遭う事を良しと思うか?」
「そ、それは…………」
「思わんのだろう? だからこそ、貴様達は日常の中で待つべきだ。貴様達が過ごす温かな日常で、大切なものが無事に帰ってくるのを」
「エリス………………」
痛みを吐き出すようなエリスの言葉。
そんな痛々しい姿に夏先輩はそれ以上言葉を返す事が出来ず、
「貴様達の大切な人間は私が必ず連れ戻すと約束する……だから、貴様達は取り戻した日常でまっていてくれ。頼む」
なりふり構っていられない、そんな焦りの様なものを感じさせるエリス。
何かに追い詰められている……ううん、僕の目が確かなら今のエリスは自分から追い詰めているように見える。
まるで、自分の犯した罪を償うように、自分の罪を自ら罰するように。
「…………そう、だね」
僕はエリスの言葉に小さく頷いて、
「え? り、凜?」
僕の横では夏先輩が驚きと戸惑いに目を丸くした。
エリスも驚いたように顔を上げて、僕のジッと見つめていた。
「エリスの言う通り、僕達は日常の中で皆が無事に帰ってきてくれるのを待っていた方がいいのかもしれないね」
「あ、あぁ……それが本来あるべき居場所であるならば尚更な」
どこか安心したように笑顔を浮かべそうだったエリスに、
「…………でも、僕には当てはまらないかな」
控えめだったけど、僕はエリスのお願いを断った。
夏先輩とエリス。二人とも僕の言葉の意味がわからないって顔で驚いて、
「当てはまらない、というのはどういう事だ?」
震える声でエリスが問い掛けてきた。
僕はその問い掛けに一瞬伝えようかどうか迷って――――光の消えたエリスの瞳に、言おうと決めた。
「取り戻した日常は凄く温かくて、優しくて…………どうしようもなく眩しくて、幸せなものだって思う。でも、それは夏先輩や他の皆の日常で…………僕の日常は無くなったんだ」
僕がそういった瞬間。夏先輩の表情が今に泣き崩れてしまいそうな表情になったけど…………この時、僕は気づかなかった。
自分の言葉から、自分の中で渦巻いてるものから逃げないようにするのに精一杯で。
「無くなった、というのは……貴様の事象記録の事か? だが、それならば今からいくらでも作り直していけば」
「ううん、そういう意味じゃないんだ。その、正確には無くなったっていうのとも違うかな」
エリスの声を遮って、僕はずっと心の中で渦巻いてるものを形にしていく。
「僕は選んだんだ…………あの日、ジュマと戦ったあの日に」
体を失って『事象隷属黙示録』に造り替えられて、自分の心の中で選んだんだ。
「僕は…………僕が過ごすはずだった日常を―――――――――」
僕が自分で選んだあの選択を口にしようとした瞬間。
僕の選択を示すように、ドアの向こうから強烈な紅い閃光が溢れ出した。
「グッ!?」
そして右眼に突き刺さっていた痛みが抉るような激痛に代わって、よろけてしまう僕。
「なにっ!?」
「くっ!?」
そして夏先輩とエリスはドアの小窓、隙間から差し込む不気味な紅い閃光に、一斉にドアの方へ体を向けて。
「これは」
「っ!!」
僕は右眼の痛みを噛み殺して、閃光にたじろぐエリスの脇を通り抜けて、何の躊躇いもなくドアを勢い良く開け放った。
「なっ!?」
ドアを開けて視界に飛び込んできたのは大鏡から溢れる強烈な紅い閃光と、その赤の中で渦巻く黒い光。
右眼と左眼。その両方で視認できる不可思議で以上でしかない現象に一瞬、気を取られた時だった。
大鏡の中で渦巻いていた黒い光が長く連なった鎖に変化して、波紋を立たせながら幾つも飛び出した。
「な、何!?」
飛び出した鎖は僕の両手足に絡みついて、骨を砕かれると思ってしまうくらいに強く締め上げる。
「くっ!?」
痛みに顔を顰めていると、
「り、凜!?」
「くっ!? しまった」
背後から夏先輩とエリスの痛みに歪んだ声が聞こえて、顔だけだったけど慌てて後ろを振り向いた。
「夏先輩!! エリス!!」
そして僕の声を合図にしていたかのように、黒の鎖がジャリッ!! って重苦しい音を発てて夏先輩達を大鏡へ引きずり込む。
「くっ!?」
そして僕も二人の名前を口にする間もなく大鏡に引きずり込まれて、視界は黒一色に染まった。
大鏡に引きずり込まれる直前、僕が最後に見たのは大鏡に映る生徒指導室の壁掛け時計。
時針が指していたのは八時十六分。けど、その時刻は鏡に反転して映ると四時四十四分。
学校の七不思議に出てくる『闇が支配する真夜中の四時四十四分』――――――そう、神隠しの時間だった。