――― 4月28日 ―――
遅くなりました
右眼のコンタクトを外して、正面を見る。
「お帰り、凜」
少し気まずさ伝わって来る笑顔で僕の部屋で出迎えてくれたのは。
「……ただいまです、夏先輩」
僕の学院の先輩。元だけど。
「…………」
「…………」
それだけ言うと僕も夏先輩も続く言葉が出てこなかった。
昨日、お葬式が終わってから大体一日が過ぎようとしてるけど…………やっぱり夢じゃないんだ。
「…………」
「…………」
僕の目の前にいるのは夏先輩、それは間違いないんだ。
見慣れた制服に綺麗な長い黒髪、透き通るような白い肌。少し切れ長の黒みがかった瞳に形の良い鼻に唇。制服の上からでもわかる眩しいボディーライン。
学院一の美少女が僕の部屋で僕を出迎えてくれた。きっと学校の男子に知られたら間違いなく半殺し……ううん、殺されるだろうな。でも、宙に浮いてなかったらだけど……。
「…………」
「…………」
もう何度目かわからない気まずい沈黙に、夏先輩が恐ろしく長いため息をついた。
「もうっ!!私らしくないのはやめ!!」
「いや、私らしくないって……仕方ないと思いますよ」
僕は夏先輩が出してくれた助け船に乗り、そのままの流れで会話を続ける。
「夏先輩は……死んでしまったわけですし、もっと落ち込んだり泣いたりしていいんですよ」
「まぁ、過ぎたことをいつまでも悔やんでても変わらないでしょ。それに死んで幽霊になっちゃったけど凛とはこうして話も出来るし……おかげで少し気持ちが楽だし」
「夏先輩がそういうならいいんですが……」
僕はそう言って僕の少し上に浮いている先輩から目を逸らす。
「そうそう、本人が言ってるんだから気にしな……って顔赤いよ、どうかした?」
「いえ、その……えっとーあの」
夏先輩は戸惑ってる僕の様子に首を傾げ、
「もう、ほんとにどうしたの?」
「いや、その……み」
「み?」
僕は顔を俯け、恥ずかしさで破裂しそうな心臓を押さえ、意を決して夏先輩に告げた。
「み、見えそうですよ!!」
「見えそう?何が?」
「す、すす」
「す?」
「スカートの中!!」
僕は声を張り上げ、夏先輩は始めは何を言われたのかわからなかったらしく僕の言葉を繰り返して。
「スカートの中……っ!!」
すぐさまスカートを押さえ、高度を低くする。
僕は恐る恐る夏先輩へ視線を戻すと、そこには顔を色んな意味で赤くした夏先輩がこっちを睨むように見つめていて。
「…………見た?」
うっ、物凄く怖い。
「えっと……」
「…………」
正直に言いなさいと視線が突き刺さってくる。
「…………えっと、黒なんて大人っぽい夏先輩にピッタリ」
ですね、と僕が言い切る前に。
「凜のバカーーーッ!!」
夏先輩渾身の右平手打ちが僕の左の頬っぺたを寸分の狂いもなく打ち抜いて、僕は部屋のドアまで吹き飛ばされる。
「グッ……てて」
体を起こしてそのままドアに寄り掛かって、
「もう!!なんで男の子は……って」
夏先輩は怒りを吐き出そうとして、あることに気がついたようで自分の手を愕然と見つめた。
「なんで……」
まぁ、驚くよね。
「なんで……なんで凜に触れるの!?」
僕は夏先輩の戸惑いに答えた。
「『魔力』って言えばいいのかな?僕はそれが生まれつき高いんです」
右眼を指差して、夏先輩に説明した。
「僕の父親、正確には萩月家がそういう家系なんです 僕の家、萩月家は代々特異な力を持って生まれてくるんです」
大体は幽霊関係の能力で、普通は何か一つぐらいで透視だったり幽霊と話せたり、極稀に火だったり水だったりを操ったりとか珍しいのもある。お祖母ちゃんと父さん、僕は歴代で五本の指に入るくらいずば抜けて魔力が高い。
僕と父さんは幽霊が視えて触れて話せる。お祖母ちゃんはもう一つ能力があって、詳しくは聞いていないけどそれで色々幽霊関係の仕事とかもしてるらしい。
「まぁ、テレビに出てくる霊能力者の人達からすれば僕らの方が『視』えてないって言われることもありますけど」
「…………普通は『視』えてても話せたり触れたりはしないんだ」
「そうですね……『視』るのと話す、触るは動作としては別ですからね。普通はないですね」
「つまり…………」
夏先輩は不安げな表情で呟いて消えてしまいそうなほど小さい声で言った。
「凜にとっては私は幽霊だけど、普通の人間みたいにできるってこと?」
「ええ、基本的には」
僕は夏先輩の問いに素直に答え、
「…………へ?」
突然起こった出来事に素っ頓狂な声が出た。
不意に前身を包む柔らかい感触に、香水かな?桃みたいな甘い匂いが僕の思考を真っ白にして行く。
「…………」
「…………」
夏先輩がいきなり僕に抱きついて?これは夢?なんでいきなり?あの話の流れでこんな風になるの?
僕はあまりにも突然で、あまりにも唐突な夏先輩の行動に驚いた。けど、とりあえず、このまま密着してると色んな意味で非常にまずい気がして急いで夏先輩を引き離そうとして。
「っうぅ」
耳元で聞こえてきた夏先輩の弱々しい嗚咽。
「夏、先輩…………」
「うぅっぁ、うあぁぁぁあああああっああああ!!」
堰を切ったみたいに大きくなって、僕はそれをただ黙って聞くしかなかった。
「うっうぅっぐ、うあっぁあ」
いつまでも響く夏先輩の嗚咽に、僕はそっと背中に腕を回し優しく背中をさすった。
その時、素直に僕は思った。
どんなに綺麗でどんなに格好良くて、どんなに大人びていてどんなに憧れる存在でも。僕よりずっと背が高いはずの夏先輩の背中は、思っていたよりずっと小さくてずっと儚くて。
やっぱり女の子だ。
「うあぁああっ、ぅぐっひぐっうぅ、あああっ!!」
「…………たくさん、たくさん泣いてください」
泣きじゃくる夏先輩に背中を少しだけ……本当にほんの少しだけ強く抱きしめる。
夏先輩はそんな僕の言葉に押されるように声を上げて泣いた。心に満ち溢れていた色んなモノを吐き出すように。
雲一つなく夜空に輝く星の光に照らされながら、僕は考えていた。
顔だけで後ろを振り返って、僕のベットの上で泣き疲れて眠っている夏先輩を眺める。
「…………幽霊、か」
そう、幽霊。
普通幽霊っていうの何か生前にやり残したことがある人や地縛霊みたいに誰かに恨みを持ってる人の2パターンのどっちか。
夏先輩を見る限り、どちらかというと前者のような気がする。
一日だけだけど、夏先輩を見てそう思った。誰かへの恨みとか憎しみ、怒りとかで成仏できていない幽霊は皆、言葉とか感情っていうよりは存在感とかで暗い感じがする。でも、夏先輩からはそんな感じがしない。
多分、成仏しないといけないんだろうけど……夏先輩の未練、夏先輩の場合は悩みって言う方が近いのかな。
僕は小さくため息をついて、ほんの少しだけ痛む右眼を押さえた。
「明日お祖母ちゃんに相談してみようかな」
僕なんかよりだいぶ幽霊に対して詳しい感じだし、相談することは間違いじゃ無いはずだから。
僕はもう一度ため息をついて、夜空を静かに眺めていた。
でも、僕は気づかなかった。
「…………見つけた」
闇夜に溶け込むように黒の外套に身を包んだ人影に。




