――― 5月12日 軋む日常・暗 ―――
月一更新ですが、お待たせしました^^; この更新に合わせて「ハカルモノ」と「5月10日 過ぎ行く日常・裏」の煉獄支柱と死神の死亡数を変更させていただきましたのでご了承下さい。
「小野先輩が行方不明っ!?」
朝の登校、通勤ラッシュでごった返しの商店街通りを抜けて、夏先輩から出た話に驚く僕。
夏先輩は重苦しい雰囲気で頷いた。
「昨日、夜の九時くらいにあかりのお母さんがあかりは来てないか、って来て……その時に私も事情を聞いて一緒にあかりの行きそうな所を探したんだけど見つからなくて…………」
「その、ケータイとかには」
「勿論何度も電話したよ……でも、何回掛けても繋がらなくって」
「そんな…………それじゃ、もう警察には?」
「うん、私とあかりのお母さんが探してる間にあかりのお父さんが届け出を出しに行ったって」
言い終わると深いため息を付いて、気が抜けたように肩がガクッ、と下がった。
夏先輩は寝てないのか、疲れ切った様な表情で僕を見下ろして。
「それに、あかりのお母さんの話だと行方不明になったのはあかりだけじゃないらしいの」
「えっ、小野先輩だけじゃないんですか!?」
「う、うん。行方不明のなったのはあかりを含めて四人らしくて、全員女子バレー部。顧問の先生から連絡が来て、その時に話を聞いたらしいんだけど…………」
小野先輩の話で驚く僕に追い打ちみたいに夏先輩が話を続けて、僕はそれを黙って聞いた。
部活は七時で一旦終了し、三年生部員の小野先輩と他の同級生三人は最後の大会に向けて自主練。部活終了から一時間遅く練習して八時には部活は終わったらしい。
その後は朝練の為にネットや道具はそのままにして顧問の先生が体育館の戸締まりを、小野先輩達は荷物を取り教室へ。
その時に「帰る時は一度職員室へ顔を出すように」って小野先輩達に言付けていたらしいんだけど、体育館の戸締まりを終えて職員室で待っててもいつまで経っても小野先輩達はこなかった。
先生が心配になって小野先輩達の教室に行ってみたんだけど教室は暗いままで、入れ違いになったかと思ったけど、荷物は全員分残ったまま。先生は先輩達を探しながら慌てて職員室に戻って校内放送で先輩達を呼び出した。
でも、結局先輩達が職員室に来ることはなくて…………。
「みんなからの連絡もなくてお手上げ状態、って感じなの…………ほんとに無事でいてくれたら良いんだけど」
二度目の深いため息を付いて、話をくくる夏先輩。
見上げる夏先輩から感じる重苦しい不安感に、本当に小野先輩の事を大切に想っているのが伝わってきた。
僕は「ほんとに、無事だと良いですね」ってそんなありきたりな言葉しか返せなくて、浪岡先生と箕島さんも無事でいてほしい――――そう思った時だった。
「…………似てる」
「え?」
僕はあまりにも似すぎていて、思わず呟いてしまった。
「先生達の時と、似てる」
二人がいなくなった状況に。昨日来た警察官の話が僕の頭の中で早送りで再生されて、
「凜、先生達の時と似てるってどういう事?」
その夏先輩の言葉に再生が途切れて、僕は我に返った。
それと同時に頭の中で刑事さんの「話すなっ!!」っていうどぎつい視線で睨んでる顔が浮かんだ。
僕は誤魔化そうと慌てて夏先輩の顔を見上げて、
「えっと、その……ですね」
「っ…………」
僕を真っ直ぐ見つめる不安に揺れる夏先輩の瞳に誤魔化すのを止めた。
小野先輩が行方不明になった時点で夏先輩も今回の不可解な事件の関係者。それに四人も同時に行方不明になっているのなら当然昨日の警察官の人達が来て話をするに決まっているんだ。
頭の中で睨んでいた刑事さんを追い出して、僕は夏先輩と視線を合わせた。
「一昨日、僕のクラスからもクラス担任の先生とクラスの子が一人行方不明になってるんです」
「っ!? 凜のクラスの子も!? それに担任の先生までって」
僕の言葉にあり得ないっていうように目を大きく開いて、絶句する夏先輩。
僕は夏先輩の様子を伺いながら昨日、刑事さんの話を掻い摘んで話した。
「先生達の時も小野先輩達の時と似てて、夜遅くまで学校に残ってて突然消えたらしんです。先生の車は駐車場、クラスの子の荷物は教師のに置きっぱなしで外に出た形跡が一切無いって話でした。刑事さんは誘拐か拉致の可能性が高いって」
「そんな……何でウチの学校でそんなこと」
「……わかりません。警察も昨日の時点で先生達が外に出た形跡もなければ、外から誰かが侵入した形跡も見つけられないみたいで。神隠し、ってわけじゃないですけど、お手上げ状態みたいです。現に昨日はアリバイ確認だけで」
何の手掛かりも掴めていない、そんな現状に自分の無力さを痛感しながら話していた僕だったけど、
「神隠し、か」
何か引っかかりを感じたように夏先輩がボツリと呟いた。
「へ?」
「いや、その少し気になったっていうだけで」
「何がですか?」
「えっと……神隠し、が」
「神隠し、がですか?」
僕は首を傾げて、夏先輩が自嘲気味に話す。
「その、一昨日なんだけどあかりが持ってきた雑誌の記事にウチの学校が載っててね」
「ウチの学校が雑誌に?」
「うん、それでその雑誌なんだけど『本当にあった都市伝説』って見出しの記事で学校の七不思議が載ってたの」
夏先輩は記憶を手繰るように目を細めて、話を続けて。
「えっと、確かーーーー闇が支配する四時四十四分、二階西校舎の大鏡に鏡の世界の扉が開かれる。そしてその鏡に姿を映したものは鏡の世界に閉じこめられ、二度と戻ってくる事はできなくなる…………って話なんだけど」
夏先輩は「まぁ、神隠しっていうよりはただの怪談話なんだけどね」って話をきって、僕の反応を窺うように横目でチラリ。
そんな夏先輩の様子を尻目に、僕は小さく笑って答えた。
「あははっ、まさかいくらなんでもそれは無いと思いますよ?」
「だ、だよね」
「そうですよ。もし仮にそうだったとしてもセフィリアやエリス、それにお祖母ちゃんがいるんですからそれに気が付いてる筈ですし、そうだったらお祖母ちゃん達が遠出する分けないだろうし、エリスだってすぐに対処して解決してくれてるはずですから」
「それもそっか、幽霊の仕業なら神様の二人が黙っていないだろうし、蘭さんだって私達に気をつけろとか前もって注意してくれてるはずだしね」
「そうですよ」
僕と夏先輩は横目で視線を合わせて、ただの幽霊相手なら間違いなく最凶メンバーと言えるお祖母ちゃん達の顔を思い浮かべながら笑った。
今の状況では不謹慎な笑顔だったけど、夏先輩が少しだけ元気になって僕は心の中でほっ、と息を付き掛けてーーーーーー正面に見えてしまったものに、頭を横殴りされた気分になった。
「り、凜?」
夏先輩は僕の視線につられて、正面へ視線を移してーーーーーー僕と同じように、さっきまで浮かべていた笑顔を容赦なく現実に押し潰された。。
僕と夏先輩の視線の先にあるのは僕らの学舎である紫苑高校とその校門。
校門前にはマイク片手の男女が数人と撮影用の大型カメラや集音マイク、照明と言った撮影器具を持つ数十人の人だかり。
そしてその奥には校門から先にその人だかりが入り込まないようにと威嚇するように立ち並ぶ数人の警察官。それに遠目だったけど駐車場に見えるのは何台もの白と黒、赤のコントラストが印象的なパトカー。
「あっ………………」
「っ」
現状の異常さと不穏さを突き付けるように待ち構えていた光景に、僕と夏先輩の心は一気に逆戻り。
そして僕や夏先輩、それ以外に登校していた他の生徒達の姿に気が付いたマスコミの人達の目には無邪気で残酷な好奇心が光って。
「すみません、テレビ××のものなんですが」
と、表情だけの冷たい笑顔で駆け寄ってくる。
僕と夏先輩は一緒に深いため息を付いて、一瞬のアイコンタクトと同時に校門へと駆け出した。
駆け寄ってくる好奇心だけの部外者を躱して、ノンストップで校門へ。
校門を越えて校舎の敷地に入った僕達の後ろではマスコミの人達を抑えるように警察官の人達が壁になって通せんぼ。
僕と夏先輩はドッと押し寄せた疲労感を吐き出して、生徒玄関へ重い足取りで歩き出して――――――不意に、僕の中で三日前にセフィリアが言った一言が脈を打つみたいにドクンッ!! って響いた。
影響が出たとしても魔力が無い人やあっても量が少ない部類の人間には、夜中に『霊現体』がうっすら視えるくらいで――――――。
「っ」
その言葉に足が止まって、
「ん? どうしたの? 凜」
「い、いえ…………なんでも」
夏先輩へぎこちなかったけど、返事を返してまた歩き出す僕。
それから二分とかからずに生徒玄関に到着。
「じゃあ、凜。昼休みに屋上でね」
「はい、また屋上で」
お昼の約束を交わして、それぞれの教室へ。
「……………………」
僕は階段を駆け上がっていく夏先輩の後ろ姿を眺めて、
「………………まさか、ね」
黒く染まった右半分の視界。黒のコンタクトをした右眼をそっと押さえて呟いた。
「…………………少し、調べてみようかな」
そう呟いた瞬間、まるで僕の言葉に応えるように――――右眼が頷くように疼いた。
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青と白、二つの光が螺旋を描き、神界と現世を繋ぐ長い長い円柱状の境界トンネル。
世界の境界を繋ぐトンネルの中は広大な空間が形成されていて、その中に浮かぶ無数の小さな浮遊大地が転々としていた。
私はその浮遊大地を走り抜けて、次の浮遊大地へ飛び移るの繰り返し。
「ランさん。今、時間軸の確認してみたんですけど、現世に到着するのは結構遅くなりそうです」
私は隣でひょいひょいと飛ぶ大先輩へ声を掛けた。
綺麗な紫色の髪が風に靡いて、高くて甘い声が返ってくる。
「少しばかり神界を出るのが遅くなってしまったからのぅ、時間はどれくらい遅くなりそうなんじゃ? セフィリア」
「えっと、そうですねぇ…………」
私は境界トンネルの魔力の流れから逆算して、
「このままのペースでいくと二日くらいずれてる感じですね」
「ほっ、かなりずれてしまったようじゃの」
意外、って感じで驚くランさん。
「まぁ、数日家を空けるかもしれんと書き置きは残しておいたから大丈夫じゃと思うが」
「スミマセン、ランさん。うちのお師匠様が」
「何、あやつもあやつで色々と忙しいからのぅ。多少の事は大目に見てやらんとな」
「うぅ、そう言っていただけるとありがたいです」
ランさんの優しい言葉に神界での任務の話を思い出して、心に優しさが抉り込むようにグサグサ刺さる。
私は心の痛みを抑えるように胸に手を当てて、
「二日もずれておるとなると、少し凜のことが気がかりじゃな。エリスめ、余程人間が嫌いなようじゃからな。喧嘩していなければよいが…………」
リンを心配するランさんの横顔に「さすがお祖母ちゃん」って感心した。
「それに関しては大丈夫ですよ、ランさん」
無愛想な妹の顔を思い浮かべながら苦笑いでフォローする私。
「あの子、人間大好きでしたから………」
「なんと、エリスがか?」
「えぇ、まぁ」
私のフォローの言葉に目を見開くランさん。
まぁ、今のあの子のリン達に対する態度を見れば信じられないのは当然だと思う。
「しかし、セフィリア。大好きでした(・・・・・・)というのは…………」
私の言葉に何か感じたのか。ランさんは横目で私の顔色を伺いながら地雷を踏まないように用心深く言葉を切って。
「…………別に人間に何かされたわけでも、嫌気が差したわけでもないんです」
私も必要以上にあの子の傷に触れないように、言葉を慎重に選んでいく。
「ただ、自分を戒めているんだと思います――――――また同じ過ちをしないように、って」
「過ち、か…………」
ランさんは顎先に右手を添えて、
「私も詳しい話を聞いたわけじゃないので何とも言えませんけど、少なくともあの子の口から話が出るまでは」
「わかっとるよ」
過ちの意味と、私の気持ちを汲むように呟いた。
「人であろうが、死神であろうが誰にも知られたくない事の一つや二つはあるもんじゃからな」
「ありがとうございます」
「なに、気にせんでよい」
私とランさんは互いに苦笑いを浮かべて、
「となると、別の気がかりな事を心配せんとな」
「別の?」
思考をエリスから別の何かに切り替えたのか、ランさんの表情が引き締まって、私も自然と口元が引き締まる。
「さっき、オルクスの奴が言っていたじゃろ。凜をついでで囮にしているとかなんとか」
ギロリとランさんの冷たい視線が胸を抑えてた私の手を貫通して、心も貫通した。
私は穴だらけになった心で必死に堪えて、
「うぐっ…………ほ、ほんとにスミマセンでした」
うめき声で謝った。
少しでも気を緩めると泣いちゃうかも、って堪える私にランさんはため息を付いて。
「本命はお主との事じゃったが、一連の事件の犯人が儂等がいないのを狙って凜を襲撃せんか心配でな」
また凜を心配するお祖母ちゃん顔のランさんにグサッ!! って、心の穴がもう一つ増えた。
私は涙が出てくるのを堪えて、
「エリスがいるといっても『第二級』一人だけでは心許ないのぅ」
「あぁ、それなら全然問題ないと思います」
不安げに呟いたランさんにキッパリと確信を持って言い切った。
「ん? 問題ないというのは…………他にも誰か儂に内緒で護衛に付いてる者がいるのか?」
「いえ、エリスだけです」
「?」
ランさんは自分の不安に対して、私の言葉の意味がわからないって首を傾げて、
「あの子、エリスは階級自体は『第二級』なんですけど…………実際の力は『第一級』なんです」
「……………なんじゃと?」
「えっと……」
私はほっぺたを掻きながら、理由を説明する。
「『第一級』の階級試験は三年前に合格してるんです。けど昇格はしないで『第二級』のまま任務に就いてるんです」
「なんとっ!! じゃが、何故『第一級』に昇格せず『第二級』のまま?」
「『第一級』と『第二級』の担当領域の違いが理由ですね」
「担当領域の違い?」
ランさんの幼くて甘い声が疑問に半音高くなって、
「はて? 『第一級』と『第二級』の担当領域にそれほど違いが」
と、そこまで言ってランさんの目が大きく開いた。
「…………」
「…………」
そこからちょっとした沈黙が続いて、
「…………『第二級』のままというのも、先程の『過ち』という話が関係しているかの?」
「……………まぁ、そんなところです」
ランさんの気まずげな質問に、濁すわけでもないのに曖昧な笑顔で答える私。
「…………全く、凜もそうじゃが最近の若い者は色々と背負いすぎじゃな」
深々とため息を付くランさん。その顔は本当に辛そうで「出来ることなら代わってやりたい」って気持ちが一目でわかる。
私はそんなランさんと同じ気持ちで頷いて、
「そう、ですね……出来るなら私も少しは背負って」
「いや、お主もじゃよ」
「えっ?」
ランさんの思いがけない言葉に、私は自分でも聞こえないくらいの小さくて、弱々しい声を出してしまった。
私の今の顔は多分、驚いてるんだと思う。ランさんは私を寂しそうな笑顔で見つめて、
「お主とて自分が背負っているモノを誰かと分かち合っても良いのじゃぞ?」
「わ、私は別に……何も背負ってなんかいませんよ」
優しさが一杯詰まった言葉に、私は途切れ途切れだったけど絞り出すように答えて。
「お主もまだ十六、誰かの為に生きるのは早すぎる…………今ならまだ間に合う。自分の為に、自分の思った通りに生きていけば良いではないか?」
「ッ…………」
私はランさんから逃げるように顔を逸らして、心で暴れる感情を押し殺して浮遊大地に着地。よろけそうになるのを堪えて、体勢を立て直しながら駆け出す。
「…………………」
「…………………」
そこからは私の答えを待つように沈黙だけが流れて、ランさんもただ黙って私を横目で見守っていた。
それから二、三回浮遊大地を飛び渡って、
「……………………っ」
心の中で叫んでる感情を噛み殺して、私は震える唇を必死に動かして。
「わ、私……は」
どうしようもなく震える声でランさんへ答えを告げようとした時だった。
「――――――――『楽譜』」
まるで耳元で囁かれたような明確さと氷みたいな……ううん、それ以上の冷たい声が響いて。着地したと同時に周りの空間を薙ぎ払うように吹き荒れる魔力の気配と足下に浮かび上がる線状の白色の閃光。
「何っ!?」
「これはっ!!」
閃光の輝きは魔力の爆発的な高まりと同調するように強くなって、
「セフィリア!!」
焦りに染まったランさんの声が耳に突き刺さるのと同時に右手には摑まれる感触。
「ッ!?」
ランさんの声に答える間なんてなくて、私がランさんに手を掴まれたんだと認識した瞬間。
「描き込み(チェック)」
白の閃光は赤へと色を変えて、
「――――『激怒して』」
鼓膜を斬り裂くような轟音と血のように赤い灼熱の業火に視界を焼き尽くす。
「ッ!?」
その瞬間。私の足下からは大地の感触が消えて、風を斬り裂きながら飛ぶ浮遊感が体を襲って、
「っと、ギリギリ間に合ったようじゃな」
安堵に満ちたランさんの声と一緒に、足下には大地の感触が戻った。
「なっ!?」
間一髪飛び移っていた他の浮遊大地から、私達がついさっきまでいた直径一〇〇メートルはありそうな浮遊大地が爆炎に包まれながら粉々に砕け散っていたのが見えた。
「あと一瞬、気が付くのが遅ければ浮遊大地ごと吹き飛んでいたのぉ」
爆炎で焼けたのか、微かにすすけた着物の右袖を左手で払うランさん。
「セフィリア、怪我はしておらんか?」
「あ、ありがとうございます。おかげでなんとか無傷で」
私は突然の出来事にどもりながらもお礼を言って、
「――――――さすがに挨拶程度じゃ駄目ね」
私の声を切り落とす、楽しげで冷たい声が後ろで弾んだ。
その声が弾んだと同時に背後で膨れあがる暴力的な魔力の気配。
「っ!?」
その気配に私は弾かれたようにバッと後ろを振り返って、
「なっ……………ぁ」
十メートル程離れた場所でに立っていた人影に絶句した。
私と同じ金髪に、均整のとれた顔立ちと海を連想させるような鋭く尖った深い碧眼。黒一色のYシャツとスラックス、それにロングコートに身を包んで、女の私でも艶めかしいと思ってしまう真紅い唇には不気味な笑みを浮かべた女の人。
ただ立っているだけなのに首元に刃を突き付けられているような圧迫感。その圧迫感にたじろぐ私を護るように、ランさんが静かに前に出る。
「不意討ちとは、相変わらずじゃのぅ」
熱を感じない無機質な瞳で女性を睨むランさん。
「あら、今のは挨拶がわりよ、いつも不意討ち不意討ちって失礼しちゃうわね」
女性は艶めかしい唇の端を愉快と快楽で吊り上げ親しげな口ぶりで、ランさんは忌々しいと鋭い声で言葉を交わす。
「死んでおらんとは思っておったが……やはり此度の死神殺しはお主じゃったか」
「ご名答。『討滅』のボウヤは元気にしてる? あの子には随分お世話になっちゃったからね」
「あぁ、元気にしておるよ。お主が表れたとなれば今すぐにでも自らの手で滅ぼしに来るであろうな」
まるで長い付き合いの友達の様な会話…………なのに、言葉に込められているのは互いに相手を殺すっていう冷たい感情だけ。
「あら、それは怖い怖い」
「何、見え透いた嘘をついておるんじゃ。そう思っていれば儂の前に姿を見せはせんじゃろうに…………お主、何が目的じゃ?」
境界トンネルに満ちた冷虐な魔力を滅ぼすように、ランさんから溢れ出る紫電の雷光が迸る。
「あぁ、貴方に会えた嬉しさでうっかり忘れるところだったわ」
胡散臭い笑顔に事欠いて、出た言葉は薄っぺらい嘘だった――――けど。
私の視界の端で境界トンネルの青と白の螺旋が乱れて、
「貴方にも用があるんだけど、先に後ろの子の用事を済ませたいのよねぇ……良いかしら?」
その言葉を合図に境界トンネルに亀裂が入り、漆黒の閃光が溢れ出した。
「こ、これは『漆黒境界』!?」
「違うわよ、お嬢さん」
女性が私の驚愕を片手間であしらうように否定して、
「『煉獄境界』よ」
漆黒の閃光に血のような赤の閃光が入り交じる。
青と白の美しい螺旋は黒と赤の歪な曼荼羅模様と変わり、
「さて、と……じゃあ、そろそろ始めても良いかしら?」
「何を始めるつもりじゃ?」
ランさんは驚きもせずに、ただ女性を見据え続けて。
「あら? 言わなくてもわかるでしょう」
女性はこれから始まる時間を楽しむように、ねっとりとした熱い息を漏らしながら言った。
「―――――――――殺し合いよ」