――― 5月10日 過ぎ行く日常・裏 ―――
お待たせしました、二ヶ月ぶりの更新で申し訳ないです^^; 短いですが少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
眩しい太陽の光に照らされて、いくつも小さな島が浮かぶ青空。
空に浮かぶ雲が浮遊島を通り過ぎるように流れて、小鳥達も浮遊島を渡り歩くように音でいる。
正面に聳え立つ純白の巨像。
背中合わせに建つ男女の像。
威厳なんて興味ないとばかりにシンプルなコート姿の男性像は、空を見上げ、身の丈ほどある剣を地に刺し構えている。
女性像も男性像と同じように煌びやかな宝石等の装飾もフリルやリボンもない、ただ胸元までが露わになったドレスを纏って、台座に座り一冊の書物を読み解く女性像。
その像を中心に赤レンガが円を描くように乱れなく敷かれ、男女の像を彩るように色鮮やかな花々が咲き誇っていた。
レンガ地の通路、巨像の前で。
「んっ!!」
私は大きく背伸びをして、
「神界の空気はいつ来てもうまいのぅ」
私の隣ではランさんが味わうように呟いた。
「現世も儂が若い頃はこっちみたいに空気が澄んでおったんじゃがな」
「まぁ、こっちは現世と違って科学や機械技術に頼る必要がないですからね」
ランさんのぼやきに苦笑いで応える私。
「それに、ここは何年経ってもかわらんのぅ」
「神界の中でもここは一番の聖域、時間干渉系の法術で空間の時間固定してますからね」
私とランさんの視線が巨像へ上がる。
私とランさんが今いるのは神界、その最北にある『静寂の岬』だ。
私達死神が暮らす神都『ルューゲ』から何千キロと離れ、自然に讃えられた聖域。
「神界の創世から二百年後に建てられた主神の像、か」
「創世から二百年って言われても昔過ぎてわからないですけどね」
私とランさんの正面に建つ巨像は、私達死神を含めた全ての神の祖にして永遠の主神と言われる神々の像。
「しかし、セフィリアよ。オルクスはまだ来ぬのか? 約束の時間はもう過ぎておるのじゃろ?」
眉間に小さくシワを刻んで私を見上げるランさん。
「え、えぇ…………もう言われていた時間はとっくに過ぎてるんですけど」
私はランさんの問いかけに申し訳なさに顔が引きつって、制服のポケットから銀の懐中時計を取り出して時刻を確認する。
約束していた時間は午前八時半。だけど、今の時間は九時で約束の時間はもう三十分も過ぎてる。
「あまり長居すると現世の日付が変わってしまうんじゃが…………」
そう言って懐中時計を心配そうに覗き込むランさん。
私もこっちの都合に関係なく時間を刻む懐中時計を見ながら、小さくため息を付く。
現世と神界では定められた時間軸が違う。
時間軸が違うって言っても一日いれば一年、なんて極端な時間差はもちろんない。けど、神界でだいたい一時間過ごすと現世では六時間進む計算だ。
今朝、リンが学校に向かったのは七時半くらい。そこからランさんに話をして簡単な身支度を済ませて八時には現世を出発して一分もしないうちに到着。
こっちに来てから一時間経つから、現世は大体午後二時を過ぎた所だと思う。
「まぁ、あ奴が時間を護らんのは今に始まった事ではないがのぅ」
「す、すみません」
苦笑い混じりにため息を付くランさんに、私は申し訳なさに顔を俯けた。
「なに、お主が悪いわけではないんじゃから気にするでない。それに遅くなるかもしれんと思って凜にはそのまま数日空けるかもしれんと書き置きを残しておいたし、万が一何か起きた時でもエリスがおるし、心配なかろう」
「そう言っていただけると助かります」
「まぁ、あ奴が来るまでのんびりしておるよ…………じゃが」
ランさんは私を気遣うように笑って、視線を私から正面の巨像へと合わせて。
「原初の神々、か…………」
真剣な面持ちで巨像を見上げる。
「どうしたんですか? 何か気になる事でも」
「いや、大したことではないんじゃが……少しばかり気になっての」
「何がです?」
全くぶれる事のない瞳で見上げるランさんの表情に、自然と体に力が入る。
「それはな」
「それは?」
巨像から私へと視線が移り、ランさんが重苦しい表情で口を開いて。
「この二人が祖であるなら、よほど子作りには励んだのじゃろうと思ってのぅ。昼夜問わず励んだのじゃろうなぁ」
茶目っ気全開の緩んだ笑顔でランさんが楽しげに言った。
「な、っぁ!?」
私はその言葉に体の熱が一気に上がり、
「いやぁ、この二人を見習って凜も夏子さんと曾孫作りに励んで欲しいものじゃ」
「いっ、いいいいいいいいっ」
「最低でも二人、男の子と女の子が一人ずつ欲しいところじゃが…………おっ!!」
ランさんは動揺に声が出てこない私の顔を見て、何か気づいたようにねちっこい笑顔を浮かべた。
「セフィリアがどちらか産んでもらうと夏子さんの負担が」
「なななっ何言ってるんですかあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
もう顔が赤いとかってレベルじゃない、完全に沸騰した鍋に体を沈められてる気分。
「なんで私がリンの子供を産まなきゃいけないんですか!?」
「いや、現世では一夫多妻は難しいがの。こっちであれば一夫多妻は認められておるし、凜がお主と結婚すれば夏子さんも嫁にもらえるじゃろ。まぁ、どちらが正妻なのかは三人で話して決めたらえぇ」
「いや、そうじゃなくて!! な・ん・でっ!! 私がリンの子供を産むんですか!?」
私の質問に答えるどころか結婚時の計画を満足気に話すランさんに、詰め寄ってもう一度大声で問いかける。
私の怒りなんてなんのその。
「なんでって言われてものぅ……それを儂に言わせるつもりかぁ?」
ランさんはいかにも言いにくいと顔を俯け、上目遣いで私を私を見上げていたけど……口元が笑いに緩んでいて、ちょっとした小芝居のつもりって言うのが伝わって。
「儂の口からは恥ずかしくて言えんのぅ」
「ぐっ、ぐぐぐぅっ!!」
また小芝居で肩を体を抱きしめながらくねらせているランさんの姿に、思いっきり殴り飛ばしたい衝動に拳を握り掛けた時だった。
首筋に走る痺れにも似た魔力の気配。
「んっ」
「来たみたいじゃの」
その気配に私とランさんは同時に背後を振り返ると、振り返った先の空間が渦巻き状にねじ曲がって。
「すまん、少し待たせた」
少しだけ申し訳なさそうに沈んだ声が空間の捻れ越しに聞こえてきて、それと一緒にツンツン金髪頭を先頭に姿を現してトッ、と軽い音を発てて地面に着地した。
襟元や袖口を金の刺繍で飾られた白一色の制服に身を包んでいるその人は、私と同じ金髪碧眼で、背丈は私よりも頭半分くらい高い。顔立ちは整っているけど、どこか気怠そうな雰囲気に少しばかり損をしているような気がしないでもない。
名前はオルクス=バスティーア。見た目は二十歳ぐらいだけどランさんと同い年で八〇歳。私が在籍している第十三隊の隊長を務める死神で、私が入隊した頃からの師でもある。
隊長の証でもある白の制服を着ているはずなのに、だらけた雰囲気しか感じられないその人に、ランさんは人懐っこい笑顔で声を掛けた。
「久しぶりじゃの、オルクス」
「あぁ、久しぶり」
人と神様って言う境なんてない親しいさをこめた挨拶。
「この前は手伝って貰ってありがとな」
お師匠様はそう言って私の頭にポンと手を乗せ、
「そっちにかなり迷惑かけちまったけど、こいつも無事だったし……ほんと感謝してる」
私の親気分なのか、ジュマの一件に深々と頭を下げた。
「っと」
私も慌てて頭を下げて、
「何、そんな事でいちいち頭なんぞ下げんでもえぇ。危なかったと言っても、ちゃーんと無事じゃったんじゃからな」
ランさんがくすぐったそうに微笑んで、私とお師匠様の肩をぽんぽんって軽く叩く。
私とお師匠様はランさんの気遣いに頭を上げて、
「まぁ、それは良いとして……本題にはいって貰っても良いかの?」
ランさんが話を催促するように切り出した。
「あぁ、そうだな。遅れた俺が言うのもなんだけど、こっちは現世と違って時間の流れも違うし、あまり長居させるとお前の孫が心配するだろうしな」
お師匠様は私の頭から手を降ろして、制服の上に羽織っていた純白のコートの内ポケットから小石くらいの蒼い宝石を取り出した。
「とりあえず話の要点だけおさえて三十分くらいで話を済ませる。そうすれば晩飯には間に合うと思うから、またセフィリアが送ってくれ」
遅れた分の時間を取り戻すように少しだけ早口だったお師匠様。
私も話のテンポを崩さないように間を開けずに敬礼しながら「はい、了解しました」と返事をする。
「んじゃ、早速これを見てくれ」
お師匠様は蒼い宝石を足下に落として、それがスイッチだったみたいに宝石が私達の頭上に十七人の男女が横一列に映し出された。
「これは?」
「ここ二週間で殺された死神達だよ」
「殺された、じゃと?」
お師匠様の言葉に片方の眉毛をピクリと跳ね上げるランさん
「あぁ、そうだ。セフィリアとお前が任務をこなしてる間に何人か殺されててな……っと。蘭、お前も一番右端の女には面識があるだろ?」
「右端とな?」
ランさんはお師匠様に促されるように視線を一番右端移して、私もその死神に視線を合わせる。
私達三人の視線の先には一人の女性死神が映し出されていた。
肩まで伸びる柔らかい茶髪の癖毛の女性死神に、ランさんは眉を寄せて。
「確か儂の町の担当だった」
「あぁ、『第二級』のジュリア=ノーマンだ」
お師匠様は視線を別の死神に移して、うなじをだるそうに抑えて、嫌なものを思い出すように話し出すお師匠様。
「ジュリア以外の十六人は全員『第一級』の死神だ。任務で現世に出てた時に殺されてる」
「殺された十七人の内、十六人も『第一級』とは…………それも現世で殺されているとなるとただごとではないな」
「まぁな。」
心の中にある重いわだかまりを吐き出すように大きくため息をついて、話を続けるお師匠様。
「この十六人は殺され方も惨いもんでな」
「殺され方?」
ランさんはお師匠様の不快感を感じ取ったように顔を顰めて、
「結構グロいんだけどな、直接見て貰った方が早いだろ」
お師匠様はランさんの問いかけに答えながらトンッ、と地面軽く蹴って、その音が鳴ると同時に映像が切り替わる。
映し出された映像は十六の死体。
その死体の無惨な姿に、
「っ…………」
「これは……」
私は喉の奥からこみ上げてくるモノを堪えて、ランさんは悲惨さに口元が強張っていた。
十六人の死体全てが両手足が根本から無くなっていて、胸の部分に至っては拳大の穴が開いていた。
「こんな感じに殺られてた」
お師匠様も痛みを共有しているみたいに表情を歪めて、
「方法としては魔力での爆殺、ってところだな」
映像を指さしながら説明していく。
「高密度に圧縮した魔力を体内に撃ち込んで、内部で爆発させたんだろう」
お師匠様の言う通り、傷口は切り裂く鋭さとも力任せに捻り切った雑さとも違う。内側から爆発した傷口は服の袖口を裏返したみたいに皮膚が捲り上がって、その周囲の皮膚は焼けこげたように爛れていた。
「この手口………………」
ランさんは微かに驚いた様な声で呟いて、吹き飛んだ傷口をジッと睨んでいた。
私はこみ上げてくるものを必死で堪えながらランさんに声を掛けて、
「ど、どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
と、まるで自分の思い違いだと否定するように首を横に振ったランさん。
「ただ胸の穴は魔力爆破でできた穴じゃないんだよ」
お師匠様は自分の胸、心臓の辺りを指さして言った。
「十六人共、心臓を持っていかれててな、それとご丁寧に魂も一緒に持って行かれてる」
「心臓と魂、とな?」
ランさんは眉間に皺を寄せて、
「心臓と魂を持ち去って、いったい何をするつもりなんじゃ?」
「考えられるとすれば何かの儀式法術の対価、もしくは召喚法術の依り代だな」
「対価に依り代か……確かに魔力の高い死神の心臓と魂であればその可能性もあるのぅ」
重苦しい表情で頷いた。
「話を少し戻すが、この十六人はジュマとは別の奴に襲われてるんだ」
「別じゃと?」
「あぁ、殺し方に違いがあってな。ジュリアの方は一撃、心臓を奪う為に胸部を切り裂いた傷だけであとはてんで無傷。死体に残ってた魔力の残滓もジュマのもんだったんだが他の十六人はジュマとは別人の残滓が残ってた、それも十六人全員が同一の残滓だった」
「十六人全員が同じ者に殺されているとなると、かなりの力を有しておるな……それに残滓が出たと言っておったが、犯人の目星はついておるのか?」
「目星って言うほどじゃないが…………死体を確認してみたて思ったのはあれだけの精密な魔力制御での爆破はちんけな悪霊や操り人形の『虚』には到底無理だからな」
お師匠様は気まずそうに胸の前で腕を組んで、
「正体の正体は十中八九、死神の可能生が高い…………って事だけ。あとはジュマとこの犯人が何らかの関わりがあるっていう確証もない可能性だけだ。恥ずかしい話だが、それ以外はこれと言ってめぼしい手掛かりがない」
「手詰まり、と言ったところか…………」
予想外の言葉に、ランさんはあからさまにがっかりした顔で脱力して。
「話があると聞いて来てみれば…………」
呆れで重くなった視線でお師匠様を睨んで、
「まぁ、待て。今のは現状報告で、ちゃんと手はある」
「ほぅ、犯人の手掛かりもなしに策を絞り出すとはの」
その視線にお師匠様が慌てて言葉を付け加えた。
「七人を殺した奴は『第一級』の死神を標的にしてる節があるからな、そこを利用させて貰う」
「利用するとは……まさかとは思うが」
「そのまさかだ」
ランさんの考えがわかっているみたいで、お師匠様は自信満々な笑顔で言った。
「『第一級』の死神を餌にして、犯人を誘き出す」
「囮とは……なんとベタな」
「まぁ、ベタだとは思うがこれが一番手っ取り早い」
ランさんは呆れ顔で大きくため息を付いて、
「まぁ、お主の言う通り現状ではそれが一番手っ取り早いかもしれんが危険も伴うぞ」
「リスクが高いのは承知の上さ、それにこの件は俺達第十三隊だけじゃなく残りの十二隊と連携しながら事を進めていく」
お師匠様の笑顔は、リスクの高さを痛感しているみたいで真剣みを感じる締まった表情になる。
「作戦内容はさっき言った様に至って単純だ。全十三隊から各隊一人ずつ囮役の死神を決定し、現世に散らばらせて配置。その際、各隊の隊長と最低二人の『第一級』の死神を囮役の護衛につける…………という事になっているんだが」
隊長としての責任感を宿らせた瞳で私を見るお師匠様に、私は姿勢を正して。
「俺の隊からは囮役としてセフィリアが出る」
「セフィリアが囮役、じゃと?」
その言葉に信じられないって驚きに瞳を揺らすランさん。
「それは本当か?」
瞳と同じく驚きに震える声で出た質問に、
「はい、事実です」
私は迷いも動揺もなく即答した。
私の言葉に驚きを加速させるランさんに、追い打ちを掛けるようにお師匠様が話を続ける。
「セフィリアを囮役にするにあたって、蘭。お前にこの子の護衛を頼みたいんだ」
「儂がセフィリアの護衛じゃと?」
「あぁ。本当であれば俺がこの子の護衛に付かなければいけないんだが、俺は神界から離れられないし、俺の代わりが務まる死神なんてそうそういない。だが、その点で言えばお前は俺と同等かそれ以上の力を有しているから安心して任せられる」
どこか自分を責めているようなお師匠様の声色に、驚きに揺れいてたランさんの表情が冷静さを取り戻して。
「まぁ、依頼という事であれば受けてやっても良いが……儂は凜のお守りもしなければならんし、常に側にいるとなると」
「そこは大丈夫だろ。お前が孫を護りながらセフィリアの護衛をできるように。セフィリアには任務としてお前の孫の護衛を言い渡してあるし。それを考慮してお前のところに預けたんだからな」
どこか得意げな表情で私を指さすお師匠様。
「セフィリアはエリスの指導が任務と聞いていたが……凜の護衛とは初耳」
と、そこまでランさんが口にして。
「オルクス、お主」
何かに気が付いたように眉間にシワを刻んで、
「犯人はジュマと繋がりがあるかもしれんと言っておったが…………お主、最初から凜も囮にするつもりじゃったな?」
怒気なんて生温い。子供そのものって言える小さな体からは明確な殺気が滲み出ていて、場の空気が一瞬で張り詰める。
「人聞き……いや、俺の場合は神聞きっていうのか? 最初からっていうのは心外だな。まぁ、結果としてはそんな形になってしまった以上、そう思われても仕方ないが」
「何が仕方ないが、じゃ。儂に一言の相談も無く凜を囮にしようなどと…………セフィリアもセフィリアじゃ」
殺気に鋭くなったランさんの瞳が私を射殺すように向けられて、
「まぁ、お主の場合は上司の命令じゃから絶対服従なのかもしれんが……儂の家に居候すると話した時にでも、少しくらいは儂に話を通しておくべきじゃろう」
「お、おっしゃる通りです」
私は言い訳なんて一切せず、間を開ける事なく思いっきり頭を下げた。
私が頭を下げてから気が重い沈黙が数秒流れて、
「全く…………儂がここで嫌じゃと駄々をこねても作戦が中止になるわけはなかろうし、既に他の隊の者達は任に就いておるのじゃろ?」
ため息混じりに、ランさんがお師匠様に問い掛けた。
「あぁ、全隊ではないがいくつかの隊は既に現世に赴いている」
「納得はしておらんが、既に動いている者もおるのならば潔くお主の依頼を受けるとするが…………今回の依頼料は最低でも今までの百倍は覚悟しておくんじゃな」
釘を刺す、そんな言葉を体現するようにギロリッ!! って殺す気満々の視線をお師匠様にぶつけるランさん。
正に一撃必殺、っていう攻撃とも言える視線を、いかにも取り繕った感が漂う涼しげな顔で受け止めるお師匠様は、
「お、憶えておくよ…………」
早速、メッキが剥がれて萎んだ声で言葉を返した。
ランさんはフンッ!! って鼻息を荒くして、
「そうとなれば早く現世に戻るとしよう」
怒りを堪えてるのが丸わかり表情で私を見上げた。
「これ以上ここにいても依頼主をタコ殴りにして半殺し……で済ませる自信がないからの」
と、サラッと物騒な事を口にしてお師匠様に背を向けるランさん。
「セフィリア、転移法術を頼む」
「は、はいっ!!」
ランさんの言葉に肩をビクッ!! と跳ね上げて、慌てて転位法術を発動する。
私はランさんの正面へと手をかざして、
「姿成せ!!」
異空転移系法術『境界門』を召喚する。
淡い光の粒子を放ちながら『境界門』が重い扉を開いて、
「お師匠様、私達はこれで」
「あぁ」
私はお師匠様に小さく会釈して。
「セフィリア、お前は俺の弟子で『第一級』の死神。それに蘭も護衛に付いてくれるから心配ないと思うが…………」
口では心配ないって言ったお師匠様だったけど……その表情は自分の子供の心配をしているような表情で、
「現世ではなるべく一人にならないように気をつけるんだぞ?」
「はい!!」
それが嬉しくて、お師匠様の心配を吹き飛ばすように元気いっぱい笑って見せた。
私の様子にお師匠様は少しだけ安心したように小さく息をついた。
私達のやりとりを『境界門』の前で眺めていたランさんは、
「凜を囮にしておいて、師弟愛を見せつけるとはのぅ……儂も帰ったらセフィリアに家族愛というものを見せつけてやろうかの」
皮肉半分、羨ましさ半分って感じで笑っていた。
「お師匠様、行ってきます!!」
「おう、行ってこい!!」
お師匠様に見送られながら、私とランさんは『境界門』へ体を向けて、
「ランさん、今回の件は本当に申し訳ないと思っているんですが……その、よろしくお願いします」
「あぁ、お主は大船に乗ったつもりでドンと凜と子作りに専念」
と、ランさんが言ったところで最後まで言わせまいと咄嗟に小さな手を掴んで。
「っ!? い、行きます!!」
半ば強制的にランさんと『境界門』へ飛び込んだ。
私とランさんの体は『境界門』の奥へと消え、それを確認するように門も光の粒子となって消えていった。
そして、あとにはお師匠様が残されて。
「…………報酬百倍かぁ」
私達のご先祖様の巨像の前で、お師匠様が情けない声で呟いた、らしい。
「貯金、おろさなきゃな…………」
4月15日から某文庫に「れせぷしょん」をタイトル変更&改稿で投稿いたしますので一時、表上での更新はストップいたします。お手数ですが、詳しくは活動報告をご覧ください。