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れせぷしょん  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
22/39

――― 5月9日 日常と変化と・後 ―――

 一ヶ月ぶりの更新です^^;遅くなって済みません!!



 ――――――――――午後五時――――――――――



 壁に掛けてあった時計が時間をいつも通りに刻んで、

「ふぅっ…………やっぱり、リンが煎れてくれたお茶飲むと落ち着くわね」

ほっこりした声と一緒にコトッって湯飲みとテーブルが小さく音を発てた。

「そ、そう? 前にもそんなこと言ってたけど…………」

「…………うん、セフィリアの言う通り。なんだかほっとする味ね」

 お茶の香りと味、その余韻に浸ってるみたいに隣で正座していた夏先輩が呟く。

「うーん、別に普通に煎れてるだけなんだけどなぁ…………茶葉が良いものだとか?」

 綻んだ笑顔の二人をよそに僕はお盆を脇に置いて、座布団の上で正座をする。

「いんや、恥ずかしい話じゃがどこにでも売っとる市販品じゃな。まぁ、何の変哲もない『粗茶』じゃな」

 僕よりも一音高い声が和室に響いて、

「茶の味は茶葉の質が大半を占めるがの、煎れる際の湯の温度に蒸らしの時間。湯飲みの温度に注ぐ際の順序と色んな要因があるが…………茶には煎れた人間の心が染み出るでな」

「心? 」

「そうじゃ、相手の事を思って煎れた茶でなければどんな茶葉を使っても心が和ぐ味にはなりゃせんのよ」

目を閉じてお茶を一口。そして二人と同じように小さくほっこりとした息をついた。

「さて、ひとまず茶の話は置いといてじゃ……セフィリアの話でも聞こうかの」

 場の空気を変えるように目を開いて、セフィリアへ視線を移すお祖母ちゃん。

「セフィリア、僕と夏先輩の事で話が…………」

 僕はお祖母ちゃんに続いてセフィリアに顔を向けて、

「ッ……………」

威嚇するような短い舌打ちに視線がそっちに向く。

「姉様を呼び捨てにするなと何度言わせるつもりだ…………萩月凜」

 不機嫌の塊、いや敵意の方が正しいのかな…………感情を押し殺すように震える声に、僕は小さく「はははっ」って苦笑いしかできなかった。

 神秘的に煌めく金髪に澄み渡った青空を思わせる碧い瞳。見た目で言えばさすが姉妹と感心させられるくらい似てるのに…………向けられてる感情が違うだけでこうも別々に見えるから不思議だ。

「コラ、エリスっ!!」

 僕を射殺す気満々で視線を注ぐエリスの頭を小突いて、

「ッ!? あ、姉様!? い、いきなり何を」

「さっきからリンを威嚇ばっかして、話が進まないでしょうがっ!!別に私は名前を呼ばれる事も呼び捨てにされる事も気にしてないんだから」

「で、ですが」

「良いから少しだけ黙ってなさい!!」

言われない説教に反論しようとしたエリスだったけど、釘を刺すセフィリアの一言にしゅんっ、て肩を落とす。

 セフィリアはエリスの様子に小さくため息をついて、

「やっと話ができるわね」

一仕事終えたお父さんが休みなしで仕事に行くみたいな表情で僕を見る。

「ごめんね、ウチの妹が」

「い、いいよ。別に気にはしてないから」

「はは、そう言ってくれると助かる」

 チロッって舌先を出して苦笑いを浮かべるセフィリア。

「じゃあ、話に移るわね」

「うん」

 ついさっきまでの普通の女の子みたいな空気から一変、空気に体を縛られてるような威圧感。

「っ」

 隣で場の変化に夏先輩が息を呑む音が聞こえてきて、

「リンに話があるって言うのはエリスに伝えて貰ってたけど…………」

死神としてのセフィリアの表情に僕も唾をゴクンッて飲み込んだ。

「その話って言うのはね………………」

「その話って…………」

 セフィリアの言葉の切り方に、僕は重大な事を話すんだと少しだけ前のめり気味になって。

「…………私とエリス、リンの家で住むから」

 威圧感を纏っていた表情が一瞬でテヘッ!! って舌を出しているお菓子の女の子のイラストみたいに緩んで、

「……………………………………………へっ?」

長い間の後に気の抜けた声を出す僕。

「えっ…………と………………」

「セ、セフィリア達が住むって……どういう…………」

 突然の話に言葉が出てこない僕の代わりに夏先輩が完全に泳いだ目でセフィリアに問いかけてくれた。

「い、いやぁ……言葉通りの意味で私達、ここで暮らすことになって…………」

 セフィリアは僕達の様子に申し訳なさそうに背を丸めて、

「わ、私達も驚いてるんだけどね……ちゃんと訳があるのよ」

ギチギチと噛み合わせが悪い歯車みたいな口調で話し始めてくれた。


 三日前。セフィリアがエリスに連れられて神界に言ったあの日。二人は上司の死神に新しい任務を言い渡されたらしい。そして任務の内容はこんな話だった。

 ジュマ=フーリス。あの死神に殺されてしまったこの町の担当官だった第二級の死神に代わってエリスが担当することになり、セフィリアは期限付きでエリスの世話役として現世に留まる、とのことだった。

「まぁ、もっと突っ込んだ話をするとね。今回の任務はリンがこの町の皆を生き返らせた時に町全体の魔力のバランスが崩れっちゃったんだけど、その修復工事みたいなものなのよ」

「魔力のバランスが崩れたって……それって凄く危ないことなんじゃ」

 また僕のせいで町の皆が危ない目に遭うんじゃないかって、両手をテーブルに叩きつけて。

「そんなに慌てなくても大丈夫よ、リン。魔力のバランスが崩れただけじゃ、あまり影響は出ないから」 僕の考えてる事がわかっていたみたいにセフィリアが落ち着かせるように話す。

「影響が出たとしても魔力が無い人やあっても量が少ない部類の人間には、夜中に『霊現体ゲシュペンスト』がうっすら『視』えるくらいで」

「じゃ、じゃあ……町の皆が危険な目に遭ったりしないんだね」

「えぇ、そこは安心してくれて良いわよ」

 自信満々にパチンッとウィンクするセフィリアの様子にホッと息をついて、

「魔力のバランス調整を整えるのに大体三週間くらいかかるんだけど」

セフィリアは隣で無言で僕を睨んでいたエリスの頭にポンッと手を置いて苦笑い混じりに言った。

「普通、私達死神って人間とは関わりを持つ事なんて無いから……せっかく事情を知ってるランさんや歳が近いリン達もいるし、良い機会だから現世にホームステイさせようと思ってね」

「ホームステイって…………神様が?」

 一生に一度。そんな言葉が当てはまる事なんて無かったセフィリアの提案に僕は疑問符を浮かべて、

「意外って顔してるけど、人間の魂を管理している死神だからこそ必要だと思うのよね。もっと身近に人を感じて、自分がどんな事をしているのか。自分が何に対して責任を持たなきゃいけないのか、自分の力が何の為にあるのか…………自分がどういう存在であるべきかって見つめ直すには良いチャンスだと思ってさ」

どこか自分に言い聞かせているような風にも聞こえたけど、それ以上に死神としての責任感と使命感。そしてセフィリア個人の真摯な想いが伝わってきた。

「そうなんだ…………でも、いきなり住むって言われても部屋の準備とか何も」

 してないんだけど、って言葉を続けようとして、

「大丈夫じゃぞ、凜」

お祖母ちゃんが僕の言葉にドヤ顔でフンッて鼻を鳴らした。

「だ、大丈夫って」

「セフィリアから帰ってくる前に話が来ておったからの、お主が学校で夏子さんとイチャついておる間に済ませておいたぞ」

「僕は夏先輩とイチャついてなんかいないし、話を聞いてたなら教えてくれても良かったじゃないか」

 流し目で夏先輩を見ていたお祖母ちゃんの言葉を即否して、

「いやはや、驚かそうと思ってな」

「もう、すぐに悪戯しようとするんだから」

 何か孫と祖母としての立場が逆転している会話をしつつも、僕は視線を正面に戻す。

「まぁ…………そういう事だから。三週間、妹と二人お世話になります」

 申し訳なさに引きつらせた笑顔のセフィリアは深々と頭を下げて、

「姉様!? 何故、蘭様以外の人間に頭を下げるのですか!?」

その様子に驚きと怒りが混ざったような声で叫ぶエリス。

「そもそも我々は人間を管理している側です!! 管理しているものに頭を下げるなど」

「お世話になる人に対して失礼でしょうが!! アンタもちゃんと挨拶しなさい!!」

 エリスを全く相手にしていない様子でもう一度エリスの頭に手を伸ばして、今度は鷲づかみで無理矢理あ、頭を下げさせた。

「ね、姉様っ!?」

「エリスッ!! いい加減にしないとほんとに怒るよっ!!」

 もう怒ってるよね?って突っ込みそうになったけど…………下手な事を言うと僕まで怒られそうで怖かったから僕は言葉をすんでの所で呑み込んだ。

「うぅっ………………」

 僕や夏先輩にきつい言葉をかけてくるエリスも、さすがにお姉さんのセフィリアには敵わないみたいで、

「ほら、これからお世話になるんだから言う事あるでしょ」

「ぐぅ…………よ、よろしく……………頼む」

苦痛とも取れる震える声に僕は苦笑いで応える。

「は、ははっ…………短い期間だけどよ、よろしくね」

 頭を下げた状態で固定されてるからわからないけど……………きっと、凄く嫌そうな顔してるんだろうなぁ。

 セフィリアと姉妹って言うけどやっぱり性格は全然違うんだなぁ……っていうかセフィリアが特殊なだけであって神様ってこんな感じなのかも。あのジュダって死神も人間なんて取るに足らない、って感じだったし。

「二人共、ここに住むのかぁ……………」

 僕の隣でセフィリア達を物欲しそうに眺めていた夏先輩が、

「そう、ですね…………ははっ」

「……………………………良いなぁ」

「良いなぁって…………」

何気なしに呟いた一言に驚き気味の僕はオウムみたいに繰り返して。

「っ!?」

 繰り返した僕の言葉にハッとなるのと同時に茹でられたタコみたいに赤く煮詰まる夏先輩。

「い、いやっ!! い、今のは変な意味じゃなくてね!?」

「ど、どうしたんです?」

 違うって伝えようとしているみたいで、力一杯両腕を左右に振り回す夏先輩。

「ほっ」

 そんな夏先輩の様子にお祖母ちゃんが何かに気がついたみたいにニヤッって笑った。

「そ、その……ほ、ほらっ!! 私って一人っ子でしょ!? だから兄弟というか、姉妹ができたみたいで良いなぁって!! ほんとそう思っただけで他に他意はっ!!」

「は、はぁ…………」

 夏先輩の慌てように僕はため息みたいな言葉しか出せず、

「この際、夏子さんもここに住むとよかろう。凜の嫁なんじゃし」

すんなり会話に入ってきたお祖母ちゃんの言葉に。

「孫作りは早い方が……ボゴホァッ!?」

 僕は立つと同時。ほんの一瞬でお祖母ちゃんの隣に回り込んで。顎を貫くように跳ね上げてガチッ!! って歯と歯が鬩ぎ合う音が不気味に響く。

「ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・ぉ、ぉぉおおぉおおぉぉぉぉぉぉォォォォォッ」

 猛獣の唸り声みたいな声で顎を押さえながら、お祖母ちゃんは涙目で僕に叫ぶ。

「りゃんやっ!!いふぃなひゅ、にゃにしゅしゅるんしゃっ!?」

「何を言ってるかわからないけどお祖母ちゃんが悪い!!」

 お祖母ちゃんに対して殴らないまでも暴力判定に含まれる行為をする事には罪悪感が物凄くあるけど、それ以上に守らなきゃいけないものがあったような気がして体が反応してしまった。

「うわぁ……………」

 僕らのやりとりに痛みを共有しているようにセフィリアが呻いて、

「だ、大丈夫ですか?」

「…………今のはランさんが悪いと思いますよ」

「………………ハァ」

隣に近寄って気遣う優しい夏先輩に僕と同意見とほんのりほっぺを赤くするセフィリア。一瞬の驚き顔の後に呆れたとばかりに深いため息をつくエリス。

「話が変な方向に逸れたけど、話がもう一つあるんだけど」

「えっ!?もう一つ!?」

「大丈夫よ、話って言ってもさっきのと違ってリンとナツコに確認したい事があるってだけの話だから」

「そ、そう……良かった」

 セフィリアは僕の様子に小さく笑って、半分くらい中身が残っていた湯飲みを手に取る。

「私達に聞きたい事って?」

 夏先輩はお祖母ちゃんの様子が落ち着いたのを見計らって元の位置に戻って、

「ナツコは生き返ってから三日経つけど、自分の体から魂が抜けたりとかしたりする?」

「へっ? か、体から魂が抜けるってどういう…………」

いきなりのセフィリアの質問に口元が引きつる。

「幽体離脱よ。ナツコは一度死んで生き返ったでしょう?」

「う、うん」

「一度、体と魂の繋がり……鎖みたいなものが切れた状態になった二つは元に戻るまでに少しだけ時間がかかるの。その時に肉体と魂の繋がりが弱くなる期間ができるんだけど、しばらくすると新しい鎖ができて安定期にはいるの。期間は個人差があるんだけど最低一週間は安定しにくいから、魂が抜け出る時があったりするんだけど…………」

 そこまで夏先輩に説明をしてお茶を一口含んで、夏先輩の答えを促すみたいに目を細めるセフィリア。

「う、ううん…………そういうのは特に。幽体離脱って言うのがどういうものかよくわからないけど、私が幽霊になってた時みたいな感じ?」

「そう、幽体離脱した状態でも意識はしっかり残るからそんな感じね」

「そういうのなら大丈夫、一度もなってないわ」

「順調に肉体と魂が馴染んでるみたいね、良かった」

「生き返った後も結構大変なのね」

 自分の事の筈なのに他人事みたいに感心する夏先輩。

 僕はそんな図太い神経の夏先輩に感心しながら、

「僕に聞きたい事ってそれかな? だったら僕もそう言うのは……」

「あぁっ、リンは違う話よ」

先だって答えようとしてセフィリアに遮られる。

「え、違うって……」

「まぁ、そういう話も含まれてるから違うとも言えないけど、リンに聞きたい事は生活面での事よ」

「生活面?」

 僕は何で? って首を傾げて、僕の言葉にセフィリアの一瞬表情が暗くなったように見えた。

「……リンは肉体を作るのに住人の記憶と世界の事象記録を使ったでしょ」

「うん」

「今現在、『萩月凜』っていう人間はいないはずの存在。でも、現にこうして生きているのは私達の事象操作系の法術で世界の事象記録を少しだけだけど改ざんしたから人間として存在できているんだけど…………どう? 改ざんできるところはもう無いけど、何か支障とか出てない?」

「支障かぁ…………」

 セフィリアの問い掛けに僕は腕を組んで、目を閉じて頭の中でここ三日間の生活を振り返ってみた。

 夏先輩が生き返った次の日、僕は今までいたクラスに転入生として戻る事になった。僕は体が病弱で産まれてすぐ国内の大学病院を転々としながらの入院生活。でも、体調が安定し始めて今月からやっと普通の生活が出来るようになり、三日前から日常生活デビュー…………という設定になっていた。

 他にも細かい事を言えば、僕の髪と瞳の色が紫色なのは治療の副作用、って事にもなっていて……正直、そこまで細かいところまで改ざんしなくて持って呆れるくらい感心した。

 もちろん戸籍の上でも僕はちゃんと産まれている状態になっていて、一応『萩月凜』という存在は復活していた。存在という定義設定はされたけど僕の本来あったはずの十六年間は綺麗に無くなって、僕にとっては顔見知りでも自分以外の人達は全員が初対面という認識になってる。

 ただ例外で僕の事を憶えている人が三人いる。

「特に困った事はないかなぁ……皆、僕の事憶えてないっていうだけでお父さんとお祖母ちゃんは影響されないみたいだし。二人が憶えてくれていれば生活の上では大丈夫かな」

 父さんとお祖母ちゃんは魔力が高いのも要因の一つだけど、二人とも少なからず死神と関わりを持っていたから法術やそれに似た力に対して耐性があるみたいで影響を受けないらしい。それともう一人は夏先輩だ。

 夏先輩は僕と魂の『核』を共有しているから、僕の事象操作の変化には影響されないみたい。最初、夏先輩が僕の名前を呼んでくれた時は家族以外に憶えてくれている人がいるって嬉しくて……少しだけ泣きそうになったのを憶えてる。

「凜が大丈夫ならそれで良いんだけどさ……生活面は大丈夫なら」

 僕の答えにセフィリアは何か釈然としない表情でお祖母ちゃんへ視線を一瞬向けて、

「力の方は大丈夫? ランさんから話は聞いてると思うけど」

「うん、そっちも大丈夫。お祖母ちゃんから話は聞いたし」

「そう……なら大丈夫ね」

申し訳なさそうに笑うセフィリア。

 僕が死神との戦いで目覚めた力――――――――――『略奪の審判者レセプション』。

 視覚により『存在』という概念を主軸に視覚認識し、肉体の有無、魂の有無に関係なく。生きているか死んでいるか、世界として成立しているいないに関わらず…………『存在』としての『核』に触れる、もしくは破壊する事で全てを取り込み、自身の能力として受け入れる能力。それも視覚で『視』ることのできない『概念』でさえ、『存在』の『核』を取り込めば自分の力にできるなんて…………ほんと、化け物みたいだ。

「凄い力だよね、我ながら使えなくなって良かったって思うよ」

 でも、あの戦いで目覚めた力は今はもう使えない。

「まぁ、必要以上の力は身を滅ぼすともいうし…………でも、少しでも兆候があったら私かランさんに言うのよ?」

「うん、わかってるよ」

 心配性のお母さんみたいな口ぶりで僕に釘を刺すセフィリアに、僕は黒のコンタクトレンズで塞がれた右眼を右手で覆った。

 僕はその時の事を憶えてはいないんだけど……僕が魂を砕いて自分の中に取り込んだ町の皆を助けた時。その時に僕の能力も弱まって、元の眠っていた状態に戻ったらしい。幽霊が『視』える事にかわりはなかったけど、みんなの魔力の流れや存在としての『核』を視る事が出来なくなった。

「一応、私からはこれで話は終わりよ。リンやナツコから何か聞きたい事って無い?」

「うん、僕は特にないかな」

「私もないかな」

 僕と夏先輩はそれぞれ答えて、

「話が終わったようじゃし、セフィリアとエリスは部屋に案内しようかの。荷物整理もしなければならんじゃろ」

場を締めようとお祖母ちゃんが立ち上がる。

「そうですね」

「了解しました」

 セフィリア達もお祖母ちゃんの言葉に促されて立ち上がる。

「それじゃ、私もお暇しようかな」

「はい、今日はありがとうございました」

「別に気にしないで」

 僕に小さく笑いかけながら立ち上がる夏先輩。

 僕は立ち上がりながら目だけ動かして、壁に掛けてあった時計で時間を確認する。

 今は五時四十分少し過ぎたところかぁ…………今はまだ明るいけど、夏先輩が帰る頃には真っ暗になるよね。

「微妙な時間ですし、送っていきます」

「えっ? い、いいよ、別に……そんなに遅い時間でもないし」

 立ち上がる僕を止めるように小さく手を横に振って、

「今はまだ明るいですけど、僕の家から夏先輩の家まで一時間くらいかかりますよね? この辺はバスも大きな通りまで行かないと無いですし、帰り途中には暗くなってしまいますから」

僕は夏先輩の遠慮をはねのけるように笑って立ち上がる。

「で、でも凜が大変じゃない? 帰りも一時間くらい歩くん……」

「お祖母ちゃん。僕、夏先輩を送ってくるから夕飯の支度お願いしても良い?」

 僕は聞く耳持たずって感じにお祖母ちゃんに夕飯の支度をお願いして、

「おぅ、しっかり夏子さんを送ってくるんじゃぞ」

いってこい、って小さく手を振るお祖母ちゃんに僕は頷いて。

「ら、蘭さんまで…………」

「別に構わんじゃろ、最近は物騒じゃしな」

「夏先輩、早く帰らないと冬樹さんも心配しますから」

 ほんの少し強引かなぁと思ったけど、夏先輩に何かあったら嫌だし。僕は夏先輩に学校指定の鞄を渡して。 

「じゃ、じゃあ…………お言葉に甘えて」

「じゃあ、行きましょうか」

 僕は夏先輩の横を通って襖を開けて、振り返り際にお祖母ちゃんに言った。

「行ってきます」

「気をつけてな」

「うん」

 二言三言短いやりとりを終えて、

「お、お邪魔しました」

何故かガチガチになってる夏先輩と一緒に部屋を後にした。




「……………………………………」

「……………………………………」

 夏先輩の家への帰り道、僕の家から出て約四十分。

「……………………………………」

「……………………………………っ」

 一言も話をしない沈黙は物凄く重いものなんだって、現在進行形で思い知らされているこの状況。

 …………何だろ、話をしていないだけなのに胸が苦しい気がする。

 べ、別に夏先輩を怒らせたって事は無いはずで……いや、僕が気がついてないだけで怒らせてしまったのかもしれない。でも、家まで送っていくっていうだけで他には何もしていないはずだから怒らせる要素が見あたらないもの事実。探りを入れたいと話しかけようにも夏先輩が凄い強張った表情でずっと前ばっかり見てて話しかけられる雰囲気じゃないし…………どうすればいいんだろ?

 僕がこの気まずい沈黙と空気を何とかしようと頭の中でグチャグチャ考えていたら、

「ふぅっ」

何か覚悟を決めたとばかりの深いため息を夏先輩がついて。

「り、凜も大変だね」

「な、何がですか?」

 僕は助け船とばかりに夏先輩の言葉に乗って重苦しい空気から脱出する。

「いきなり神様二人と同居って…………凄く気を遣いそうじゃない?」

「そ、そうですか? 罰当たりかもしれませんけど、あまり気にはしてないですね」

 正面を向いたまま話す夏先輩の声はまだ妙な堅さがあって、僕はできるだけ場を和ませようと柔らかく言葉を続けていく。

「前にセフィリアがいた時もそれほど気にしてませんでしたし、何よりお祖母ちゃんがいますからね。女の子二人ですからお祖母ちゃんが色々と世話を焼いてくれると思いますよ」

「まぁ、確かに蘭さんがいれば色々と心配ないかもね」

「心配って?」

「ほら、二人とも神様だからこっちの常識とか生活って縛りがあって大変じゃないかな……って」

 話が広がっていくに連れて夏先輩の声が和らいでいって、家を出てから初めて夏先輩が僕の方を見てくれた。

「前にセフィリアに聞いた話じゃ神様の世界も私達の世界とあまり変わらないみたいだけど、なれない土地って言うか……違う世界で生活するのって不便でしょう?」

「まぁ、確かに神様が人間の世界で暮らすなんて窮屈そうではありますけど…………夏先輩と一緒に僕の家にいた時はそれほど困った事とかなさそう過ごしてましたから大丈夫じゃないかと。それに今度は一人じゃなくて妹の…………ぁっ」

 そこまで言って心配事が一つ、ボンッ!! て思い浮かんでしまった。

「ど、どうしたの?」

 僕の様子に戸惑った声で問い掛けてくる夏先輩。

 僕は頭一つ分高い位置にある夏先輩の顔を見上げて、

「いや、エリスの事なんですけど…………」

「あぁ………………」

夏先輩も僕と同じ事を思ったって確信が持てる気まずげな表情に少しだけ頭痛がした。

「ちょっと…………かな? あの子、私達に厳しいよね」

「な、なんであんなにツンケンしてるかはわからないですけど…………僕、大丈夫かなぁ?」

「ははっ…………」

 乾いた声で笑う夏先輩は「頑張れ」って励ますように僕の肩をポンポンッて軽く叩いて、

「まぁ……何にしてもやっと普通の生活に戻れたわけだし、めでたしめでたしだね」

夏先輩のその言葉に、頭痛とは違う鈍い痛みが胸の辺りで疼いた。

「そうですね、エリスの事はともかく。ほんとに……元の生活に戻れて良かったですね」

 夏先輩へ小さく笑って、僕は視線を正面に戻す。

「ほんとに…………」

 心の中で、本当にそう思っているはずなのに。

「…………凜?」

「……………………」

 それを疑うみたいに、どこか釈然としない何かに心がざわめいてる…………ううん、コレは『何か』なんて言葉で逃げちゃいけないんだ、きっと。

 あの日、あの時。僕が選んで受け入れたあの時から…………ずっと感じている『何か』。

 夏先輩を生き返らせて、普通の日常を取り戻して、夏先輩が笑っていられる日常を取り戻して…………取り戻したいって思った日常の中で感じる『何か』は…………どんどん明確になっていく。

「…………ん」

 僕の中でどんどんハッキリしていくざわめきが、

「り…………ん」

あの時……僕が選んだ想いを否定――――。

「凜!!」

「っぁ!?」

 耳元で弾ける夏先輩の声。

 僕は突然の事にビックリして一歩後ずさった。

「な、何ですか? 夏先輩」

「別にどうもしないけど…………凜こそ何かあったの? いきなり黙り込んじゃって」

 夏先輩も立ち止まって、形の綺麗な眉を心配そうに寄せて僕の顔をじっと見詰めている。

「…………何か悩み事? もし何か悩んでるなら私が相談に」

「いえ」

 夏先輩の言葉を無理矢理切るように、すこし大きめな声で呟く。

「悩み事なんて何も、ただぼーっとしちゃっただけですから」

「で、でも」

「僕の事を心配してくれるのは嬉しいですけど、夏先輩は自分の事を考えた方が良いですよ?」

 話を続けようとしてくる夏先輩に、僕は悪戯っ子ぽく笑って見せて言った。

「え? 私が?」

「そうですよ、だって夏先輩。明日から女子からの告白ラッシュなんですから!!」

「なぁっ!?」

 僕の言葉にまた夏先輩の顔が赤くなって、

「ちょっ!? ち、凜!! またその話なんかむし返してぇっ!!」

「ははっ」

「もうっ!! 人が心配して聞いてるのにっ!!」

「はは、冗談ですってば」

「意地悪っ!!」

僕の頭を腕を交互に振り回して、駄々っ子みたいにポカポカッ叩く夏先輩。

 叩かれてる頭はちょっと痛かったけど……話を誤魔化せてでホッとした。

「い、痛いですってば!!」

「私の心も痛いわっ!!」

 ホッとしたのもつかの間、夏先輩の叩く力が強くなってきて、僕は慌てて走り出す。

「あっ、待ちなさい!!」

「い、嫌です!!」

 逃げ出す僕を追撃する夏先輩。

 まるで悪戯した子供が、叱るお母さんに追いかけられている様な……妙な気分だった。 

 周りから見れば「何やってるんだ?」って冷たいで見られそうな情景。

 夏先輩の攻撃から逃げようと何か方法はないかって辺りを見まして、

「あっ、夏先輩の家見えてきましたよ!!」

見覚えのある一件に家に僕は救われたような気持ちになった。

「こらっ!! 話を逸らさないでよ!!」

 僕は頭を片手で夏先輩のポカポカ攻撃を防ぎながら、残る右手で家の外門を指さす。

「もう暗くなってますから早く家に入ってください。じゃないと僕も安心して家に帰れないので」

 夏先輩の攻撃から逃れる為に適当に理由をつけて、

「くっ……」

自分が家に入らないと、僕が帰れないというそれなりの事実に悔しそうな顔をして腕を振り回すのをやめる夏先輩。

「こ、この続きは…………学校で!!」

「……………………………憶えておきます」

 明日になっても叩くつもりなんだ、って少しだけ驚いて…………とりあえず、これ以上夏先輩を刺激しないように渋い顔で言葉を返す。

「もう…………今日は送ってくれてありがとね、また明日」

「はい、また明日……」

 夏先輩は反撃し足りないって顔で別れ際に小さく手を振って、僕も小さく手を振って答える。

 それから僕は少し離れたところで、夏先輩が家の中へ入って玄関のドアを閉めるまで見送って。

「……………………………また明日、か」

 日常の中で何の変哲もない言葉。

「……………………」

 今の言葉みたいに、日常を取り戻したんだって感じる度に、僕の中で……それは形になる。

 僕は家に戻ろうと夏先輩の家に背を向けて、

「僕には、明日なんて……普通の日常なんてあって良いのかな?」

誰に話しかけるでもなく、ただ……自然にそんな言葉が出てきた。

 明日、僕が迎えるのは何気ない日常で……それはごく当たり前の事なんだってわかってるのに。


 ―――――――――――――――――――●にた●●●よ。


 僕以外に誰もいない通りで、あいつの声が頭の中で響く。

「っ」

 その当たり前の日常が僕の中で叫んでる。

「…………僕は」

 僕はゆっくり、自分が生きている世界を確かめるように歩き出す。

「僕は…………」

 ただ、護りたかっただけなんだ……この日常を。

(いや、違う)

 ただ、護りたかっただけなんだ……大切な二人を。

(いや、ただ求めただけだ)

 ただ、護りたかっただけなんだ。だから、僕は選んだんだ……この絶望を。

(絶望なんか選んでない。ただ自分の感情に従っただけだ…………自分の身勝手で醜い欲望に)



 ―――――――――――――――――――死にたくないよ。



 あいつの言葉が…………頭の中で冷たく響いて、

「僕は殺したんだ。あいつを…………怒りまかせに」

僕が取り戻した筈の日常は。

「僕はあいつと……ジュマと同じなんだ」

 僕に……静かに教えてくれた。




「僕は、自分の身勝手な我が儘で他の誰かを殺せる…………『化け物』なんだ」







 そう言った自分の声が、まるで…………誰かに助けを求めているみたいで凄く、嫌だった。


 









 




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