――― 5月9日 日常と変化と・前 ―――
四ヶ月間、大変お待たせしました(汗
『れせぷしょん』第二幕始動です!!またできるだけ定期的に更新して楽しんで頂けるように頑張りますのでよろしくお願いします!!
「す、好きです!!」
青空に響く綺麗で純粋な言葉。
目に映るのは二つの人影。
「えっと…………その」
明らかに戸惑っているのがわかる声が弱々しく鳴いて、
「わっ私と付き合ってください!!」
一人の女の子の甘酸っぱい想いが。
「ご、ごめんなさい」
息をつく間もなく、相手の人が頭を下げて打ち落とした。
「まぁ……そうなっちゃうよね」
甘酸っぱくもほろ苦い青春。なんてことはない日常の一ページが広がる光景。
今は昼休み、そして場所は屋上。この光景を屋上のさらに一段上、出入り口の梯子を登って上から隠れるように眺めてる。
覗き見している訳じゃなくて、お昼ご飯を食べ終わったところでこの告白イベントが始まったから他意はない。
屋上にやってきて告白イベントを開始した二人。一人は橙色のネクタイをしていて、一年生なんだって思った。
この学校ではネクタイを学年別に一年は橙色、二年は赤、三年は青で色分けしてる。
そして想いが届かなかったことに呆然としている一年生の女の子の想いを申し訳なさそうな顔で様子を伺っているもう一人の生徒。その生徒のネクタイは青で、自分もよく知っている先輩だ。
「夏先輩、男だけじゃなくて女の子にもモテるんだぁ…………」
僕は一風変わったその光景に人差し指でほっぺたを掻いて、感心しながら呟いた。
腰まで伸びる美しい流麗な黒髪。澄んだ光を宿す黒の瞳に雪のように白い肌。触れただけではじけてしまいそうな瑞々しい唇に一分の隙もなく整った顔立ち。止めは学校指定の制服では到底抑えることのできない眩しいプロポーション。
容姿端麗、眉目秀麗、清楚可憐、天香国色……って色んな誉め言葉があるけど、まるでその言葉を言われるために産まれてきたような人だなって思う。それを裏付けるって大げさな言い方にならないでもないけど、男子から告白された回数は三桁は簡単に超えてるって。ほんと、噂じゃないってところがかけ離れてるくらいに凄い先輩だ。
「ご、ごめんね……私、好きな人いるから」
そんな凄すぎる夏先輩は最もらしい理由で優しく断って、
「い、いえ……き、気持ちを伝えられただけで十分、ですから」
今にも泣き出してしまいそうな表情で無理矢理笑う女の子。
「きゅ、急に呼び出したりして、すみません……でした」
「いいよ、その……少しびっくりしただけだから」
「そ、その……あ、ありがとうございました」
無理矢理作った笑顔に光る一粒の滴。
その笑顔に痛みを共有するように夏先輩の表情が曇って、
「神村先輩の恋が、かっ叶うよう応援してます!!じ、じゃあっ!!」
夏先輩に顔を見られたくないのか、女の子は顔を腕で隠して夏先輩に背を向ける。
女の子はそれから一度も振り返らず、止まることなく屋上の出入口に駆け込んで出て行った。
「…………」
屋上の出入口のドアがバタンッと重い音を響かせて、
「はぁっ…………」
それと同時に夏先輩が大きく、深く、重たいため息をついた。
「……………………」
しばらくの間、夏先輩は出入口を静かに見詰めて。
「ん……」
そんな夏先輩の姿に心がざわめいて、思わず声をかけようと立ち上がって。
「え?」
何かに気がついたように夏先輩が顔を上げて、
「っと」
「…………っ!?」
そうなることが当たり前。そんな言葉に僕と夏先輩の視線がピタリと重なる。
「こっこんにちわ、夏先輩」
「り、凜っ!?」
僕はぎこちない笑顔で挨拶、夏先輩は驚きに上擦った声で僕の名前を呼んだ。
「りりりりっ凜!! いつからそこにいたのっ!?」
「いつからって……昼休み始まってからずっと」
「い、今の……見てた、よね?」
「はい、それはバッチリと……」
「あぁっ……」
「ははっ」
気まずさと恥ずかしさを半分ずつ混ぜたような表情の夏先輩。
僕はそんな夏先輩に苦笑いで答えて、下に降りよう梯子の前まで歩いて。
「わ、私が上に行くからっ!!」
「へっ? そ、そうですか」
意外な言葉に僕は一歩後ろに下がる僕。
夏先輩は梯子に駆け寄って「ほっ」と小さく声を漏らしてグングン梯子を登る。
「足下、気をつけてくださいね」
僕はそう言って右手を夏先輩に差し出して、
「うん、ありがとう」
その差し出さした手を支えに梯子を登り切る夏先輩。
お疲れ様でした。そう、正面に立っていた夏先輩に言おうと思っていた僕はつい、夏先輩の姿に思ったことを口に出してしまった。
「その…………やっぱり大きいですよね」
「え、大きいって…………」
僕の一言と夏先輩を見る視線に、夏先輩の視線が下がって。
「ちょっ!?」
一瞬、言葉が詰まって。また顔を真っ赤にして、すぐ胸を隠すように体を抱きしめた。
「ん? どうしたんですか? 夏先輩」
「どどどどっどうしたんですか? って、凜こそいきなり何言ってるのよ!?大きいってどこ見て言ってるのよっもうっ!!」
何故か怒っている夏先輩の様子に僕は慌てて答えて、
「どこ見てって、夏先輩を見てるんですよ」
「っ!?」
声にならない悲鳴。そんな短い声が飛んで、夏先輩の頭から湯気が立ち上る。
「わ、私を見てるってっ!!そのっ、うっ嬉しいけど!!す、少しは見るところを」
真っ赤な顔をして怒っているのか喜んでいるのかわからない夏先輩の言葉を、
「ほら、今向かい合って立ってるじゃないですか。こうやって並んでみると、改めて夏先輩って身長高いんだなぁ…………って」
僕は悔しさ混じりの苦笑いで止めた。
「……………………え?」
「いや、だから……その。ぼっ、僕も男ですから女の子より背が低いって結構気にしてるんですよ」
僕が喋る度に夏先輩の顔色が一気に冷めて、
「あぁ、僕もせめて夏先輩くらい背が高かったらなぁ…………」
心の底からしみじみ出た言葉に夏先輩はガックリと肩を落としていた。
「し、身長の話だったんだ…………」
「はい、そうですけど?」
僕は項垂れた夏先輩の様子に首を傾げて、
「もう、紛らわしいなぁ…………てっきり」
「紛らわしいって…………何の話をしてると思ったんですか? 夏先輩」
「っ!! ううん、身長よ!! 身長!! 私もその話だと思ってたから!!」
物凄い勢いで顔を上げて、僕の質問に慌ててるみたいで両手をブンブン振ってガチガチの笑顔で答える夏先輩。
どこかぎこちない様子に、あまり深く聞いちゃいけない気がして。
「は、はぁ」
どこか釈然としない感じがしたけど……納得しようと思った。
夏先輩は僕が納得した(本当は聞きたいけど)様子に安心したのか、小さく息をついて胸を撫で下ろした。
「とりあえず座って話しましょうか」
そう言って僕はスラックスのポケットからハンカチを取り出して、コンクリートの床に広げて敷く。
「どうぞ、ないよりはましだと思いますから」
「あ、ありがとう」
夏先輩は遠慮がちに僕が敷いたハンカチの上に、両足を横に流すように座った。
僕も夏先輩が座ったのを見計らって、行儀は悪いと思ったけど両足を伸ばしながら座る。
「それにしても凄いですよね」
「ん? 何が?」
僕は感心を会話に種に呟いて、
「さっきの告白のことですよ、男子からなら見慣れてますけど女子からも告白されるなんて凄いとしか言いようがないですよ」
「わ、私だって驚いてるのよ? その、男の子からはされたことはあるけど……女の子からって言うのは初めてだったんだからね」
驚きと戸惑いに眉を寄せる夏先輩。
僕はそんな夏先輩をからかうように言って、
「この分だと男子だけじゃなく女子からも告白ラッシュですかね?」
「もう、あまりからかわないでよ。凜の意地悪っ!!」
いじけた様にプイッってそっぽを向く夏先輩。
そんな子供みたいな夏先輩の様子に、申し訳ないと思ったけど………やっと戻ってこれた気がする。
夏先輩が生き返ってから、今日で三日。
こんなたわいないやりとりが凄く幸せに感じる。
約二週間前、夏先輩は不幸な事故で命を落とした。
学校の帰りに幼馴染みの友達と買い出しの途中、夕飯の買い出しを終えた矢先の出来事。身元不明の通り魔に心臓を一突き、即死だった。世間では薬物中毒者とか精神異常者とか色々ニュースや噂になっていたけ。
夏先輩は殺された後、『未練』を果たすために幽霊になって僕の目の前に現れて……その日から二週間色んなことがあった。
初めの内は僕と夏先輩で成仏できるように『未練』探しをしていたんだけど、その途中で夏先輩を殺した悪人の幽霊に襲われて、それを退治しに現れた死神の女の子。セフィリア=ベェルフェールって物凄く綺麗な子に助けて貰った。そしてその死神の女の子、セフィリアに夏先輩を生き返らせてくれるって聞いた時はほんとに驚いたけど……成仏以外に道が見えたことで嬉しかった。
でも、生き返らせる事ができるって喜んでたのもつかの間。今度は僕の魂を狙ってきた『虚』って化物とその親玉のもう一人の死神と戦うことになってホントに大変だった。でも、なんとか死神を倒して夏先輩を生き返らせることができて本当に良かったと思う。
あの二週間の出来事をあまり良くはないけど『思い出』として終わらせることができて良かった、って思った時だった。
「あ、そういえば」
「ん?」
僕はあることを思い出して、夏先輩に問いかけようとした。それに夏先輩が僕の方に顔を向け直してくれて。
「萩月凜っ!!」
私と凜の上。つまり空から急降下で突き刺さる鋭い声が響いて、
「へっ?」
「えっ?」
その声に私達は一緒に視線をあげて、降り注いできた声の主が猛スピードで降下。私達の視線が上から下へと動いて、屋上のコンクリート製の床が砕ける音に耳が痛くなる。
「っ!?」
「うわぁっ、床が」
床が砕けた衝撃で起きた風を防ぐように顔を覆って、
「萩月凜、それに神村夏子」
私達の足下より下。屋上の中央から刺すように飛んでくる声に。
「あぁ……床が」
凜が困り顔で砕け散った床の中央で佇んでいる一人の女の子に視線を向ける。
太陽の光を浴びて煌めく背中まで伸びる長い金髪。それを引き立てるように栄える青空を瞳に押し込んだ様な碧眼。顔立ちは当然とばかりに整ってはいて、凜と比べると大人びていると思うけど幼さが残っていて、可愛いと綺麗の中間という感じ。興味ないように冷たい表情だってけど、黒の制服とコートに身を包んだその外見からある女の子の姿が思い浮かんだ。
多分、あの子を中学生にしたら……というか、その年頃の時はこんな感じだったんだと思う。
「問題ない。周囲の人間に気づかれぬよう法術による空間隔離を行っているし、すぐに法術で修復する」
「まぁ、騒ぎにならないならいいんだけど……」
戸惑いにほっぺをポリポリ掻く凜。
「転移法術で静かに」
「現世に来る時は法術よりもただ異空間を開いて落ちてくるだけの方が簡単で手間がかからない」
「いや、そうかもしれないけど」
「そんなことはどうでも良い、些細なことで時間を取らせるな」
「う、うん」
凜の戸惑いなんてなんのその。
「あのさ、エリ」
「気安く名を呼ぶなと言ったはずだぞ、萩月凜」
凜が女の子の名前を呼ぼうとして、嫌悪感全開で声をたたき落とす女の子。
「ご……ごめん」
若干、怯え気味に謝った凜の代わりに私は女の子の名前を口にする…………心の中でだけど。
エリス=ベェルフェール、それがこの子の名前。
私はエリスの名前を心の中で呟いて、
「ん? 何をジロジロ見ている、神村夏子」
私の視線を不愉快そうに表情を歪めるエリス。
エリスはチョンッっと軽やかに私達の前まで跳んで、
「私の顔に何かついているのか?」
睨むように私の顔をのぞき込む。
「ううん、そうじゃなくて……やっぱり姉妹だね。セフィリアにそっくりだと思って」
「当然だな、姉妹なのだから多少は容姿が似通っていてもおかしくはないだろう」
当たり前の事を言うな、まるでそんな言葉を言っているように小さく鼻を鳴らして腰に手を添えるエリス。
「無意味な会話に時間を割いてしまったが……まぁ、良い。萩月凜」
「何かな?」
「今日は貴様に姉様から言付けを預かって来たのだが、手短に話す」
私への苛立ちを上乗せにするように、凜へ敵愾心むき出しの視線をぶつけるエリス。
「…………………」
今でもエリスがこんなに私達に辛く当たる理由がわからないけど、あの時。初めて出会った時からこんな感じだった気がする。
三日前、5月6日。天気は晴れで空が朱色に染まっていたあの時。
「私、神村夏子は……あ」
――――――――――ダアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!
まるで害意の塊みたいな轟音が屋上に響く。
それは唐突で、突然で、不意で……あり得ないタイミングで鳴り響いた。
「なっ!?」
「っ!?」
私の声、想いを消し飛ばすように響いたそれは屋上の中央。コンクリート製の床に深い亀裂を刻んで、
「夏先輩!!」
「な、何が起きたの!?」
凜は正面。轟音が鳴り響いた方向を睨み付けて、私を庇うように背を向ける。
「リンッ!!ナツコッ!!」
「何事じゃ!?」
凜が私に背を向けてから一瞬の間もなく、屋上の出入口が吹き飛んで。
「セ、セフィリアッ!?そ、それに蘭さんまでっ!?」
突然の出来事以上に二人の姿に驚いて、
「君は誰っ!?」
帰った筈の二人の姿に驚いていた私とは逆に、凜は最優先で状況把握をしていた。
凜の緊迫した声に、私も正面に顔を戻して、
「ん? 貴様は……」
砕け散った床の中心に立つ人影に目が驚きで大きく開いた。
そこに立っていたのは目の覚めるような綺麗な金髪の女の子。
背丈で言えば私と凜のちょうど真ん中ぐらいの女の子が見覚えのある黒の制服とコートに身を包んで、こっちを品定めするような目付きで見ていた。
「……確か、萩月凜という名だったか」
凜に名前を確かめる、というよりは自分の記憶の中の一単語。憶えていなくても不思議はない、そんな曖昧な記憶を確かめるように呟いた。
「な、何で僕の名前?」
「多分、私の出した報告書を読んだんだと思う」
凜の質問に答えたのは空から振ってきた女の子じゃなくて、少し戸惑っているようなセフィリアが視線を女の子に合わせて言った。
「知ってる人? それに報告書って……それにセフィリアと同じ制服着てるってことは」
「人間風情が姉様の名を気安く口にするな」
仏頂面、っていえばいいのかな?物凄くつまらないものを視るように棘しかない言葉を凜に突きつけるエリス。
「あ、姉っ!?」
「姉様って……もしかして」
エリスの棘のある言葉から『姉』という一単語を取り出して、
「まぁ、ナツコが思ってる通りよ」
セフィリアが渋い顔でそれを口にした。
「この子はエリス=ベェルフェール、私の妹で第二級の死神よ」
「い、妹さん…………」
「そ、そういえばセフィリア、妹がいるって言ってたものね」
私と凜、そしてセフィリアは互いにぎこちない笑顔で場の空気を作り直そうとして、
「姉様、今は現世で人間ごときに時間を浪費している場合ではありません」
失礼なんてまだ優しい、見下している言葉が私達の耳に突き刺さる。
「こらっ!!」
セフィリアはエリスを叱ろうとしたのか、眉をつり上げて。
「お叱りは後ほど、今は一秒でも時間を無駄にできませんので」
セフィリアに怯むことなくエリスはセフィリアの腕を取って、
「姿成せ」
何に命令する訳でもなく、自然にそう呟く。
エリスがそう呟いた瞬間、エリスとセフィリアの正面に青い光と一緒に大きな門が現れて。
「っ!?」
「何っ!?」
「ちょっ!? エリス!!いきなり境界門を召喚してんじゃ」
「オルクス様のご命令です、直ちに神界へと帰還して頂かないと」
セフィリアを言い納めるように、私達へ向けられていた侮蔑とは逆に懇願するように呟くエリス。
「お師匠様の?」
「はい、詳しくは私も聞いておりませんが緊急との事で」
エリスの困惑した表情にセフィリアの表情が強張って、
「リン、ナツコ……ごめん、少し行ってくる」
申し訳なさそうに乾いた笑顔で笑うセフィリア。
「う、うん」
「き、気をつけてね」
エリスの登場から一切話の流れが掴めないまま、話はセフィリアとエリスの中で終わったみたい。
「開け」
エリスの声に門が静かに答えて、開いた門からは青い閃光が緩やかに漏れ出す。
「行ってきます」
セフィリアは苦笑いで小さく手を振って、
「い、いってらっしゃい」
私と凜もそれにつられるように苦笑いで小さく手を振る。
セフィリアはエリスに引きづられるように光の中へ姿を消して、門が静かに閉じる。
門は光の粒子になって風に吹かれるように消え、砕けていた床や吹き飛んでいったドアもいつの間にか元の状態に戻っていた。
「ほ、法術……よね」
法術は何度も見たことはあったけど、やっぱり何度見てもその光景に目を疑いたくなる。
「はい、話から察するに空間とか世界を移動する法術だと……」
「やっぱり、神様って凄いね…………」
「はい…………」
ただ呆然と門が消えた空間を眺めていた私達を現実に連れ戻すように、
「じゃあ、ワシらも家にも戻るとするかのぅ」
事も無げに蘭さんの幼い声が響く。
「あ、うん。そうだね、お祖母ちゃん」
「夏子さんの生き返ったパーティーはセフィリアが戻ってくるまで延期じゃの」
「はは、そうですね……」
突然の来訪で予定していたパーティーがなくなったのに少しだけがっかり気味の蘭さんに苦笑いで答える私。
「まぁ、すぐに戻ってくるじゃろ」
そういって蘭さんは出入口へと歩き出した。
私達も蘭さんに遅れること数秒、屋上を後にしようと歩き出す。
「で、でもビックリしましたね……いきなりセフィリアの妹が空から降ってくるなんて」
「はは……こんな経験滅多に、というか普通はないから」
突然現れて、嵐みたいな勢いセフィリアを連れて帰っちゃった妹さんに二人で苦笑いを浮かべる。
「でも、セフィリアってやっぱり死神なんですね……仕事のオンオフの切り替わりがわかりやすいや」
「そうだね、神様だからそうなのかもしれないけど……あまり無茶とかしないといいけど」
「そうですね…………」
二言、三言。取り留めのない言葉を交わして、
「…………あっ」
不意に、凜が何かを思い出したみたいで。
「どうしたの? 凜」
「その、さっき……夏先輩の好きな人の名前を…………」
「っ!?」
セフィリア達のことで頭一杯だった私に爆弾なんてまだ優しいと思える言葉を投げつけてきた凜に、足が止まる。
「そ、その……夏先輩」
凜も私に合わせて立ち止まって、恥ずかしそうに目を伏せながら私へ体を向ける。
「な、何?」
心臓が最大速度で脈を打って、今にも破裂してしまいそう。
「その、な……夏先輩の、さっきの言葉、なんですけど」
緊張からなのか、途切れ途切れに言葉を続ける凜。
ほんのり朱色に染まった可愛いほっぺたを恥ずかしそうに掻いて、上目遣いで私を見る凜。
私の目が正常であれば凄く照れているよう見える凜の態度に、限界ギリギリの心臓がドクンッ!!って跳ね上がって。
「う、うん」
私も両手を前で組んで、恥ずかしさに逸らしたくなる視線を必死で堪える。
「その…………」
言いにくそうに口ごもる凜の様子に体を緊張が縛り付けて、体がどんどん熱くなって…………。
「神村夏子っ!!」
現実だけを詰め込んだ声に、思わずビクンッ!!て体が跳ねる。
「は、はいっ!?」
「わたしの話を聞いていたか?一応、貴様にも伝えるようにと言付かっていたのだが…………」
不満を張り付けた表情のエリス。私はここは素直にと思って。
「ご、ごめん……全然聞いてなかった」
「全く、これだから人間は」
正直な対応に呆れが混じったため息をついて、
「今日、セフィリアが帰ってくるらしいですよ」
エリスと私の間を取り持つように凜が隣で説明してくれた。
「僕に話があるみたいなんですけど夏先輩も一緒に、って。僕の家に集まるみたいなんですけど…………」
そこまで口にして、凜が気まずげにエリスを見上げる。
「肝心の話って何かな?」
「姉様がご自分で話すと言っていたからな、ここで私が話をする必要はない」
「そ、そう」
わかったよ、とエリスに愛想笑いで付け加えて。また、私へと視線が戻ってくる。
「その、急で申し訳ないんですが……もし、今日何も予定がなければ僕の家に来て貰えると助かるんですが…………」
申し訳なさだけを込めた大きな瞳。私を上目遣いで見詰める凜の様子が子犬のように見えて、思わず抱きしめたくなってくる…………けど、それは我慢。我慢しないと……駄目? 駄目、よ。駄目よっ!! 私っ!!
「だ、大丈夫よ、予定もなかったし…………」
両腕で暴れる欲求を必死で堪えて、
「ありがとうございます」
凜の晴れ晴れした青空のような笑顔に心の中で血の涙を流しておく。
「話はついたな、では私は任務に戻る」
私と凜に差し込むように冷たく言って、
「あ、うん。仕事、頑張ってね」
「貴様になどに言われずとも」
凜の言葉をつっけんどに返される。
「はは、そだね」
「フンッ」
最後は気遣われたのが気に障ったのか、突き放すように鼻を鳴らして屋上から一番近い家の屋根まで一っ飛び。その距離は少なく見積もっても五〇〇メートルはあったけど、死神のこの子にはさほどの距離じゃないみたい。
着地後、エリスは商店街に向かうように住宅の屋根の上をとんとん跳んで移動していく。
「………………」
「………………」
私達はエリスの姿が見えなくなるまで見送って。
「じ、じゃあ帰りのHR終わったら校門で」
「えぇ、そうね」
学校が終わった後の簡単な予定を決めておく。
「でも、何の話だろ? 一応、遅くなるかもってお父さんに連絡しておこうかな」
友達と勉強会をする、って言えば大丈夫かな?
私はブレザーのポケットから携帯電話を取り出そうとポケットに手を差し込んで、
「そうですね、どんな話になるのかもわからないですし…………」
「うん、その方が良いよね。連絡もなしに遅くなったら心配するだろうし」
「すみません、僕事のはなしなのに…………もし、あまり遅い時間になるようだったら僕が家までおくりますから」
「お、おくっ!?」
凜の突然の言葉にポケットの奥でミシッって軋む音が鳴った。
「り、りりりりっ凜が?」
完全な不意打ちの一撃に声が上擦って、
「は、はい…………この前のこともありますけど、女の子一人で夜道は危ないですから」
「あ、ありがとう」
「いえ、気にしないでください」
私の様子に怪訝そうに首を傾げながらもにこやかに笑う凜。
そしてキリが良いと言うように昼休みの終わりを告げる鐘が鳴って、
「あっ、昼休み終わっちゃいましたね」
「そ、そうね…………」
その音が凄く憎らしくて大きくため息をついた。
「もう」
こういっては悪いと思うけど、エリスが乱入していなかったら凜とまったりゆったりとした時間が過ごせたんだろうなぁって思う。
まぁ、我ながらそんな子供じみた事を考えても仕方がないなと自重して。
「じゃあ、教室に戻りましょう。次の授業の準備もしないと」
「はい」
互いに笑顔で終わろうと笑みを浮かべながら立ち上がって、
「あっ」
「ん? どうしたの? 凜」
凜が私を気まずげに見上げて。
「あの、これはあくまで興味本位で……その、今すぐじゃなくても良いんですけど」
「何?」
「ほんと、夏先輩の気持ち次第で良いので……」
「う、うん。良いけど……何を聞きたいの?」
もったいぶる、というか気まずそうに私を見上げていた凜に首を傾げて。
「その、あ、あの時も……聞けなかったんですけど」
そういって見上げていた凜は一歩前へ私に向かって踏み出した。
「っ!?」
目の前に迫る凜の愛らしい顔に一気に体が沸騰、
「り、っ!?」
もう息が届きそうなくらいに迫った凜の唇に視線が捕まって。
「いつか機会があれば教えてくださいね?」
目の前に迫っていた凜の顔がするりと脇に消えて、耳元で小さく添えられた言葉に私は。
「夏先輩の好きな人」
耳元で囁かれた言葉に、体中の熱が一気に冷める。
凜はそう言ってすぐに離れて、
「三日前、教えてくれた時にエリスが来た時に大きな音で聞こえなかったんですよねぇ。それにその後も聞いたのに教えてくれなかったので…………」
申し訳なさと気恥ずかしさに頭を掻きながら小さく笑う。
「こういうのは恥ずかしいから何回も言いたくないと思うんですけど……どうしても気になっちゃって」
好奇心一杯の無邪気な凜の笑顔に、心を抉り取られるような錯覚に襲われる。
テヘッ!!ペロペロ、的な感じで言われた一言は私の心に深くのしかかって、
「あ、うん…………その内、ね」
私の心は涙で一杯だった。
そう、私が生き返ったあの日。私の中の眩しくて愛しさに溢れてしまった想いを伝えたあの日。
「約束ですよ」
「…………うん」
私の想いはエリスが降ってきた音に吹き飛ばされていたのだ。
あの日、新しい日常が始まったのは確かだけど……私と凜の関係は変わらないまま。
仲の良い先輩と後輩…………その関係から変わることはなかったのだ。
「あぁ、気になるなぁ…………」
もどかしさにため息をつきながらニヤニヤしている凜の姿に思わず。
「………………ばか」
「へ?」
聞こえるか聞こえないかぐらいの微妙な声に凜が私の方に視線を向けて、
「何でもない」
「そ、そうですか?」
空耳かなぁ、って首を傾げた。
私は無言で空を見上げ、
「…………………ハァ」
私の心とは真逆。雲一つない青空に雲を作るようにため息をついた。
私が青空についたため息は今まで生きてきた人生の中で一番どこまでも重くて、どこまでも暗かった。